[契約解除]法理編 栞とお勉強
その日の夕方。
私は机いっぱいに紙を広げていました。
売買契約書。
登記簿謄本。
内容証明の控え。
そして、真ん中には宅建のテキスト。
「……解除って、一個の論点じゃないんだよなあ」
私は鉛筆の尻で額を叩きました。
今日の三宅さんの事件だけでも、
代金が払われない。
契約を解除したい。
催告は必要なのか。
解除したら何を返すのか。
損害賠償はどうなるのか。
土地が第三者に転売されていたらどうなるのか。
登記はどうなるのか。
……多い。
民法、解除の一言に仕事を詰め込みすぎです。
「何をぶつぶつ言ってる」
真壁さんが缶コーヒーを片手にやってきました。
「契約解除を整理してます」
「今日散々やっただろ」
「現場で分かった気になった知識ほど、試験で裏切るんです」
「お前、試験に何されたんだよ」
「いろいろです」
前世でね。
とは言えない。
私はノートの一番上に大きく書きました。
契 約 解 除
そして、その下に四つ。
① 原則は「催告してから解除」
② 例外は「催告なしで解除」
③ 解除したら「原状回復」
④ 第三者がいたら「登記を確認」
「まずこれです」
「ずいぶん減ったな」
「試験勉強は、最初に骨組みを作るんです」
「ほう」
「細かい知識を最初から全部覚えようとすると、脳みそが閉店します」
「十八歳の脳みそが閉店するな」
「前世では何度も閉店しました」
「前世?」
「なんでもありません」
危ない。
◇
私はまず、「解除」という言葉を丸で囲みました。
「そもそも解除って何だ?」
真壁さんが聞きます。
「契約を結んだあとで、その契約関係を解消することです」
「相手が嫌だって言ったら?」
「解除権があるなら、相手の承諾はいりません」
「一方的でいいのか」
「はい」
私はノートに書きます。
解除権を持つ者が相手方に、
『解除します』
と意思表示すればよい。
「つまり、向こうが『認めません』と言っても?」
「解除の要件を満たしていれば、相手が承諾しなくても解除できます」
「強いな」
「強いです」
だからこそ、好き勝手に使えるわけではない。
私はその下に太く書きました。
【原則】
履行しない
↓
相当期間を定めて催告
↓
それでも履行しない
↓
解除
「今日の三宅さんですね」
「ああ。藤堂商事が残代金を払わなかった」
「はい。でも三宅さんは、いきなり『解除だ』と言ってしまった」
「三か月も払ってなかったんだぞ?」
「気持ちは百パーセント分かります」
「だったら解除でいいだろ」
「そこを感情で決めないのが民法です」
「冷たいな」
「二千七百万円払わない人には私もだいぶ冷たくなれますけど」
私は鉛筆を走らせました。
民法の原則は、
「相当の期間を定めて、履行してください」
と催告すること。
そして、その期間内にも履行されなければ、解除できる。
「じゃあ、『払ってください』って電話するだけじゃ駄目なのか?」
「絶対に駄目とは言いません。でも試験では、もっと単純に考えたほうがいいです」
私は書きました。
催告解除=
「○日までに履行してください。
履行しなければ解除します」
「期限を切る」
「そうです」
「今日、所長がやったやつだな」
「はい」
ここで私は、さらに横へ大きく「注意」と書きました。
「もう一個、重要です」
「まだあるのか」
「あります」
改正民法では、催告期間を過ぎても、
その時点での債務不履行が、契約や取引上の社会通念に照らして軽微なら解除できません。
「軽微?」
「ほんのわずかな不履行で、契約そのものをひっくり返すほどじゃない場合です」
「たとえば?」
「三千万円の売買で、何らかの事情で数円だけ不足していたから即座に全部解除、みたいな極端な話を考えると分かりやすいです」
「そりゃやりすぎだな」
「解除は契約全体を壊す強い効果がありますから」
私は赤鉛筆で囲みました。
【催告解除の重要ポイント】
債務不履行
+
相当期間を定めて催告
+
期間内に履行なし
+
不履行が軽微ではない
↓
解除できる
「宅建なら、この『軽微』も要注意です」
「昔より面倒になってないか?」
「法律はだいたい、改正するとテキストが厚くなります」
「誰が得するんだ」
「テキスト会社」
「言うな」
◇
「でもさ」
真壁さんが椅子を引きました。
「絶対に払わないって奴にも、わざわざ『一週間待ちます』って言うのか?」
「そこです」
私は二重丸をつけました。
【例外――無催告解除】
「一定の場合には、催告せず、直ちに解除できます」
「どんな場合だ?」
私は順番に書きました。
一、債務の全部が履行不能
二、債務者が全部の履行を明確に拒絶
三、一部が履行不能、または一部の履行を拒絶し、残りだけでは契約目的を達成できない
四、決められた日時・期間に履行しなければ契約目的を達成できないのに、その時期を過ぎた
五、その他、催告しても契約目的を達成できるだけの履行がされる見込みがないことが明らか
真壁さんがしばらく眺めました。
「長い」
「でしょうね」
「もっと不動産屋向けにしてくれ」
「じゃあ――」
私は余白に書きました。
催告しても意味がないなら、待たなくていい。
「雑!」
「でも核はこれです」
私は笑いました。
たとえば、
「絶対に代金は払わない」
と買主が明確に言っている。
あるいは、引き渡すはずだった特定の物が滅失して、もう履行そのものができない。
あるいは、
「結婚式当日の午前中までに会場を使える状態にする」
という契約なのに、結婚式が終わってから履行しても意味がない。
「この場合に『あと一週間待ちます』と言っても仕方ないだろ?」
「そういうことです」
「法律もたまには話が分かるな」
「たまにはって」
私はノートに矢印を書きました。
原則 → 催告解除
例外 → 無催告解除
「まず、この二つを分ける」
「今日の三宅さんは?」
「藤堂商事が単に『待ってくれ』と言っていただけなら、まず催告解除を考える」
「もし『一円も払わん』と言ってたら?」
「全部の履行を明確に拒絶しているなら、無催告解除を検討できます」
「なるほど」
真壁さんが頷きました。
私は横に大きく書きました。
【試験では最初に見る】
催告が必要か?
催告不要か?
◇
「で、解除したらどうなる」
「次がそこです」
私はページをめくりました。
今日、三宅さんは最初、
「解除すれば土地が戻ってくる」
と思っていた。
大きく間違ってはいない。
でも、解除というのは、単に「じゃあ今日で契約終了ね」で終わる制度ではありません。
「契約が解除されると、当事者には原状回復義務が生じます」
「元に戻す?」
「そうです」
私は簡単な図を書きました。
売主A
↓ 土地
買主B
買主B
↓ 代金
売主A
そして、その二本の矢印を逆向きにする。
解除後――
A → 受け取った代金をBへ返す
B → 受け取った土地をAへ返す
「これが原状回復です」
「文字通り元の状態に戻すわけか」
「基本的にはそうです」
だから、
土地を渡していたなら土地を返す。
登記を移していたなら、その登記も元へ戻すための手続をする。
代金を受け取っていたなら代金を返す。
「でも、売主が代金を何年も持ってたら?」
「そこが試験ポイントです」
私は赤鉛筆を持ちました。
【重要】
金銭を返還するとき
→ 受領時からの利息を付ける。
「受け取った金だけ返せばいいわけじゃない?」
「はい」
「じゃあ、買主が土地を使って儲けてたら?」
「それも返還すべき利益が問題になります」
今日の土地を例にすれば。
買主が引渡しを受けた土地を駐車場として貸し、一か月十万円の利益を得ていた。
解除したからといって、
「土地だけ返しました。駐車場代は私のものです」
とはならない。
土地の使用によって得た利益も、原状回復の対象として返還が問題になる。
「なるほどな」
「売主だけ利息を付けて、買主は使い得、ではバランスが悪いでしょう?」
「確かに」
私はまとめました。
解除後の原状回復
売主
→ 受領代金+受領時からの利息
買主
→ 土地・建物等+使用利益等
「ここ、宅建ではかなり狙われます」
「数字だけ返せ、土地だけ返せ、みたいな問題か」
「そうです」
片方だけ見たら駄目。
契約解除は、
双方を元へ戻す。
それが基本です。
◇
「じゃあ」
真壁さんが言いました。
「悪いのが買主でも?」
「はい?」
「今日なら、代金を払わなかった藤堂商事が悪いだろ」
「そうですね」
「だったら藤堂が先に土地を返すべきじゃないのか」
「……出ました」
「何が」
「宅建の引っかけです」
私は勢いよく書きました。
【原状回復義務は同時履行の関係】
「同時?」
「はい」
解除によって、
売主には代金返還義務。
買主には目的物返還義務。
これらは原則、同時履行の関係です。
「自分が債務不履行を起こして解除された側でも?」
「そこがポイントです」
「先に返せと言われない?」
「解除後の原状回復については、相手方の原状回復と同時履行を主張できます」
私は例を書きます。
AがBに土地を売却。
Bが代金の一部を支払い、土地の引渡しも受けた。
その後Bが残代金を払わず、Aが契約解除。
この場合。
A
「お前が悪いんだから土地を先に返せ!」
B
「先に俺の払った代金を返せ!」
「どっちが先です?」
真壁さんが考える。
「Bが悪いからB?」
「……と思わせておいて」
「違うのかよ」
「同時履行です」
「民法、容赦ないな」
「原因を作った人への制裁と、解除後に双方を原状へ戻す関係は、分けて考えるんです」
私は大きく書きました。
債務不履行をした側だからといって、
原状回復義務を必ず先履行するわけではない。
「これ、過去問で非常に作りやすい引っかけです」
「『悪い奴が先』って思わせるわけか」
「そうです」
「人間心理を利用してるな」
「宅建試験、時々性格悪いんです」
◇
真壁さんが缶コーヒーを飲み干しました。
「でも契約を解除したら、それでチャラなんだろ?」
「チャラにならないものがあります」
「何だ?」
「損害です」
私はまた赤鉛筆を取ります。
解除
+
損害賠償請求
可能。
「両方できるのか?」
「はい」
「解除したのに?」
「解除したからって、債務不履行によって既に生じた損害まで消してしまったら困るでしょう」
たとえば。
三千万円で売った土地について、買主が残代金を払わない。
長期間待たされた末に契約解除。
その間に土地価格が下がり、今では二千五百万円でしか売れない。
すると売主には損害が生じている可能性があります。
「解除したから、五百万円の損害もなかったことにします」
では困る。
「だから解除と損害賠償は両立するんです」
「解除か賠償か、どっちか一つを選ぶわけじゃない」
「そうです」
私は四角で囲みました。
超重要
契約解除をしても、
損害賠償請求を妨げない。
「今日、所長が三宅さんに言ってましたね」
「ああ。土地だけが戦いじゃない、ってやつか」
「はい」
契約を元へ戻す話と、
債務不履行で生じた損害を埋める話。
これは別です。
ここを一緒にしてはいけない。
◇
「……で」
真壁さんの顔が少し険しくなった。
「今日の一番ややこしい奴だ」
「第三者ですね」
「東亜開発」
「はい」
私は新しいページを開きました。
解除の問題で、私がいちばん嫌いだった場所。
――第三者。
「また第三者か」
「民法は第三者が大好きです」
「お前、心裡留保のときも同じこと言ってなかったか」
「法律トラブルは二人だけなら割と単純なんですよ」
AとBだけなら、
売った。
払わない。
解除した。
返す。
で済む。
ところがBがCへ転売した瞬間、
民法が急に本気を出す。
私は図を書きました。
A → B → C
売主 買主 第三者
「AがBに土地を売った」
「うん」
「BがCへ転売した」
「うん」
「その後、BがAに代金を払わないので、AがAB間を解除した」
「今日だな」
「そうです」
ここでAが言う。
「解除した。土地は私へ戻る。C、返してください」
Cが言う。
「いや、私はBから買いました」
「さて、どうするか」
「今日の話だと登記だろ?」
「正解です」
私は大きな文字で書きました。
【解除と第三者】
まず登記を見る。
「これ、ものすごく大事です」
「善意か悪意かじゃなくて?」
「そこが、心裡留保や詐欺取消しなどと混ざりやすいところです」
第三者Cが、
AB間に解除原因があることを知らなかった。
――善意。
知っていた。
――悪意。
「悪意なら負けそうだろ」
「普通そう思いますよね」
「違うのか」
「解除と不動産の第三者関係では、基本的に登記が決定的に重要になります」
私は書きました。
Cが登記を備えている
→ 原則としてCが保護される。
Cが善意か悪意か
→ 基本的には、それだけで勝敗を決めない。
「知っていても?」
「はい。単に事情を知っていたというだけでは、登記を持つ第三者が当然に排除されるわけではありません」
真壁さんが顔をしかめた。
「今日、三宅さんが納得できなかったところだな」
「そうです」
「俺もちょっと納得できん」
「感情としては分かります」
でも、不動産取引では、
誰が権利を持っているのかを外から確認できる公示方法――登記が重視されます。
そこで私は、ノートを二つに分けました。
解除前の第三者。
解除後の第三者。
「ここ、分けて覚えたほうがいいです」
◇
まず。
A→Bの売買。
その後、
B→Cへ売却。
Cが登記。
そのあとAがBとの契約を解除。
つまり、
A→B
↓
Cが取得・登記
↓
Aが解除
「Cが先に出てきた」
「そうですね」
「これが解除前の第三者です」
私は書きました。
【解除前の第三者】
第三者Cが登記を備えていれば、
解除によってCの権利を害することはできない。
「つまりAは、Bとの契約を解除したからといって、登記を備えたCから土地を取り戻せない」
「善意悪意は?」
「基本的には問いません」
「やっぱ登記か」
「はい」
ここで心裡留保や詐欺取消しとごちゃごちゃにしない。
私は大きく書きました。
解除――登記!
◇
「じゃあ解除した後にBが売ったら?」
「それが次です」
AがBとの契約を解除。
本来なら土地はAへ戻る。
ところがAが、解除による登記を戻さず放っておいた。
登記簿上はまだB名義。
そしてBがCに売った。
図を書く。
A→B
↓
Aが解除
↓
B→C
「これが解除後の第三者です」
「この場合はCが悪そうだな」
「でも、ここも登記です」
「またか」
「またです」
解除によってAへ所有権が戻った。
一方で、BからCも所有権を取得したと主張する。
Bを起点に、
AとCが権利を争う形になる。
「二重譲渡みたいになるのか」
「そのイメージです」
だから、
Aが解除による所有権回復の登記を先にするか。
Cが所有権移転登記を先にするか。
「先に登記を備えた方が?」
「原則として勝ちます」
私は囲みました。
【解除後の第三者】
解除しただけで安心するな。
第三者に対抗するには登記が重要。
「じゃあ宅建対策としては」
真壁さんが指を一本立てる。
「解除前でも?」
「登記」
「解除後でも?」
「登記」
「善意?」
「基本、そこだけで決めない」
「悪意?」
「基本、そこだけで決めない」
私は思わず拍手しました。
「完璧です!」
「馬鹿にしてるだろ」
「してません」
「顔がしてる」
「生まれつきです」
◇
そこへ所長が奥から出てきました。
「何を騒いでる」
「所長、解除と第三者です」
「また栞の講義か」
「真壁さんが生徒です」
「勝手に生徒にするな」
所長は私のノートを覗き込みました。
「ふむ」
「どうです?」
「一つ注意しておけ」
「何ですか」
「登記なら何でも無条件に勝つ、と思うな」
「あ」
「背信的悪意者のような例外まで全部一行で潰すと、あとで困る」
「はい」
私はすぐ横に書き加えました。
※第三者が単に「悪意」であることと、信義則上保護に値しない「背信的悪意者」であることは別問題。
「宅建ではまず基本ルールを押さえる。でも、法律としては例外がある」
「そういうことだ」
所長が頷いた。
さすが所長。
テキスト一冊分の圧を一言で足してくる。
◇
「それで終わりか?」
真壁さんが聞いた。
「もう一つ、大物がいます」
「まだいるのかよ」
「解除権の不可分性です」
「名前からして帰りたい」
「帰させません」
私はノートに人物を書きました。
売主がAとB。
買主がCとD。
「共同で契約していた場合です」
「うん」
「解除するとき、Aだけが勝手にCだけへ『解除します』と言ったら?」
「……駄目なのか?」
「原則、駄目です」
私は太く書きました。
解除権は、
全員から全員へ。
「覚え方、そのまんまだな」
「こういうのは、そのままが一番強いです」
当事者の一方が複数いる場合、
解除は原則として、
その全員から、
または、
その全員に対して、
しなければならない。
「なんで?」
「契約関係をバラバラにしないためです」
同じ一つの契約について、
Aとの関係だけ解除。
Bとの関係は存続。
Cに対してだけ解除。
Dには契約継続。
なんてことになると、法律関係がぐちゃぐちゃになります。
「だから解除権を不可分に扱う」
「全員から全員へ」
「はい」
さらにもう一つ。
複数人の解除権者がいる場合、
そのうち一人について解除権が消滅すると、
原則として他の者についても解除権が消滅する。
「これも不可分性です」
「一人だけ解除権を残すわけじゃないのか」
「原則として、そうです」
私は二重線を引きました。
解除権の不可分性
① 解除は「全員から全員へ」
② 一人の解除権が消滅すると、原則として他の解除権も消滅
「試験なら①が特に覚えやすいです」
「全員から全員へ、か」
「はい」
◇
「でも」
真壁さんが首を傾げました。
「共有の建物を貸してて、借主が賃料払わなかった場合も、共有者全員じゃなきゃ解除できないのか?」
「……いいところ来ましたね」
「珍しく褒めたな」
「今だけです」
「おい」
ここには注意すべき例外があります。
共有物の賃貸借契約の解除。
判例上、共有物の賃貸借契約を解除することは、共有物の「管理」に関する行為として扱われる場面があります。
そのため、
共有者全員の同意ではなく、
持分価格の過半数によって決められることがあります。
「全員から全員へ、じゃない?」
「そうです」
「矛盾してないか?」
「一見すると」
でもここは、
契約解除一般の「解除権の不可分性」と、
共有物をどう管理するかという「共有」のルールが交差するところです。
「宅建って、こういう別の章から刺してくる問題、大好きなんですよ」
「嫌な試験だな」
「でしょう?」
「なんで嬉しそうなんだ」
「仲間が増えたので」
「増やすな」
◇
私はここまでの内容を、一枚にまとめました。
――契約解除・栞の最終整理。
① 原則は催告解除
相当期間を定めて履行を催告
↓
履行されない
↓
解除
ただし、不履行が軽微なら解除できない。
② 例外は無催告解除
履行不能。
全部の履行を明確に拒絶。
一部の不能・拒絶で残りだけでは目的達成不能。
定期行為で時期を過ぎた。
その他、催告しても目的達成に必要な履行の見込みが明らかにない。
→ 催告せず解除できる。
③ 解除は一方的意思表示
解除権があれば、
相手の承諾は不要。
④ 解除したら原状回復
売主
→ 受領した代金+受領時からの利息を返還。
買主
→ 土地・建物等を返還し、使用利益等も問題となる。
⑤ 双方の原状回復義務は同時履行
債務不履行をした側だからといって、
必ず先に返還するわけではない。
⑥ 解除+損害賠償
できる。
「解除したから損害賠償できない」
は誤り。
⑦ 第三者がいたら登記
解除前の第三者
→ 登記を備えた第三者は原則保護。
解除後の第三者
→ 原則として登記の先後で決する。
善意・悪意だけで決めない。
⑧ 解除権の不可分性
原則、
「全員から全員へ」
「……多いな」
真壁さんが言いました。
「多いですね」
「最初、四つって言ってなかったか?」
「増殖しました」
「法律の知識を菌みたいに言うな」
◇
そこへ所長が赤鉛筆を持ってきました。
「栞」
「はい」
「試験なら、もう一段整理できる」
「どうやってです?」
所長は私のノートに三本の線を引きました。
そして書きます。
解除する「前」
解除する「時」
解除した「後」
「……あ」
「時系列で考えろ」
所長は指を置きました。
解除する前。
――解除できる条件があるか。
催告が必要か。
無催告でよいか。
不履行は軽微ではないか。
解除するとき。
――相手方への意思表示。
複数当事者なら解除権の不可分性。
解除した後。
――原状回復。
同時履行。
損害賠償。
第三者。
登記。
「……すごい」
私は思わず言いました。
「何がだ」
「急に全部つながりました」
解除という一語を、一気に丸暗記しようとするから混乱する。
時間で切ればいい。
前。
時。
後。
私は新しく書き直しました。
【契約解除の攻略法】
解除前
→ 解除できる?
解除時
→ 誰が誰に解除する?
解除後
→ 何を戻す?
誰が先?
損害は?
第三者は?
登記は?
「これなら問題文を読んだとき迷わないですね」
「まず、今どこの話をしているか確認するんだ」
「はい」
「法律問題はな」
所長が言いました。
「時系列が崩れると、全部崩れる」
私は頷きました。
心裡留保でもそうだった。
解除でもそう。
A、B、C。
文字だけ見ると無機質です。
でも今日なら。
Aは三宅さん。
Bは藤堂商事。
Cは東亜開発。
そして時間が流れている。
三宅さんが土地を売った。
藤堂商事が代金を払わなかった。
土地は転売された。
登記が移った。
三宅さんが解除を考えた。
そこから原状回復や損害賠償の問題が生まれる。
図にすれば、たった数本の矢印。
でも現実では、その矢印一本ごとに誰かの生活がある。
◇
「栞」
「はい?」
真壁さんが、私のノートを指しました。
「結局、解除で一番大事なのは何だ?」
「うーん」
私は考えました。
「『解除します』と言えば何でも元通りになると思わないこと?」
「実務なら百点だな」
所長が言いました。
「試験なら?」
私はノートを見る。
催告。
無催告。
原状回復。
同時履行。
損害賠償。
第三者。
登記。
不可分性。
そして、さっき所長が書いた三つの言葉。
「……時系列」
「そうだ」
所長が頷いた。
「解除する前なのか、解除した後なのか。第三者が現れたのはいつなのか。まずそこを整理しろ」
私は最後のページに、大きく書きました。
【栞式・契約解除】
まず時間を見る。
解除前
→ 原則、催告。例外、無催告。
解除
→ 一方的意思表示。複数なら原則「全員から全員へ」。
解除後
→ 原状回復。双方は同時履行。
損害あり
→ 損害賠償も可能。
第三者あり
→ 登記を見る。
そして、その下。
解除は「全部なかったことにする魔法」ではない。
契約を終わらせたあと、
誰に何を戻し、
誰の権利を守り、
残った損害をどう処理するかまでが「解除」。
「……よし」
私は鉛筆を置きました。
「終わったか?」
「はい」
「じゃあ帰るぞ」
「あ、待ってください」
「何だ」
「最後に覚え方を書きます」
私はノートの一番下に書きました。
催告して、
解除して、
戻して、
損害を埋めて、
第三者がいたら登記を見る。
「どうです?」
「まあ分かりやすい」
「でしょう」
「でも今日、三宅さんは結局解除しなかったけどな」
「……」
私は鉛筆を止めました。
確かに。
これだけ解除について勉強した事件なのに、
最終的には解除しなかった。
「真壁さん」
「ん?」
「法律小説として、それ言っちゃ駄目なやつです」
「知るか」
所長が笑いました。
「むしろ、それでいい」
「え?」
「解除できると知っていることと、解除することは別だ」
私は所長を見る。
「法律は、使える権利を全部使えと言ってるわけじゃない」
「……あ」
「解除も、損害賠償も、契約を続けて履行を求めることも、状況次第だ。知識は選択肢を増やすためにある」
私は今日の三宅さんを思い出しました。
最初は、
「解除して土地を返してくれ」
それしか見えていなかった。
でも最後は。
土地を戻すのではなく、
代金を確実に受け取り、
損害を整理し、
土地が新しい家族の住む場所になる道を選んだ。
解除しなかった。
だから負けたわけじゃない。
解除できることを知ったうえで、別の出口を選んだのだ。
私はノートの最後に、一行だけ付け足しました。
法律を知るということは、
戦う方法を一つ覚えることではなく、
「どう終わらせるか」を選べるようになること。
「……ちょっと格好つけすぎですかね」
「かなりな」
真壁さんが即答しました。
「消します」
「いや」
所長が言いました。
「残しとけ」
「え?」
「たまには十八歳らしくていい」
「これ、十八歳らしいですか?」
「知らん」
「所長!」
真壁さんが笑う。
私も笑いました。
窓の外は、もう暗くなっていました。
昭和六十三年。
今日も不動産屋の机の上では、
誰かの土地と、
誰かのお金と、
誰かの事情が、
契約書という紙の上で交差している。
契約は、結ぶときだけが大事なのではない。
約束が守られなかったとき。
関係を終わらせるとき。
そのあとを片づけるとき。
そこにも法律はいる。
私はノートを閉じました。
――契約解除。
もう、「解除します!」だけでは覚えない。
催告。
無催告。
原状回復。
同時履行。
損害賠償。
第三者。
登記。
不可分性。
そして最後に。
解除前・解除時・解除後。
時間を追えば、法律はちゃんと整理できる。
「栞、帰るぞ」
「はい」
「たい焼き残ってるぞ」
「えっ」
私は立ち上がりました。
「真壁さん、私の分は?」
「一個ある」
「よかった」
「尻尾だけ」
「それは原状回復を要求します」
「もう食ったから履行不能だ」
「無催告解除します」
「何を解除するんだよ!」
所長の笑い声が、暗くなった事務所に響きました。
今日覚えた法律用語を、さっそく無駄遣いしている。
でも。
たぶん、こういう日のほうが忘れない。
少なくとも私はもう、
「解除」と聞いて、
ただ契約が消えるだけだとは思わないでしょう。
そして、たい焼きについてだけは。
第三者に転売される前に確保しようと、
心に固く誓いました。
以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。




