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宅建見習い栞の人情事件簿 〜転生したら昭和の不動産屋だったので、巻き込まれているうちに宅建過去問が解けるようになりました〜  作者: 条文小説
〈権利関係 配点14点/50点〉 契約総論

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[停止条件]法理編 栞とお勉強

挿絵(By みてみん)


 夕方の事務所で、私はノートを開きました。


 今日の事件を、もう一度、最初から整理する。


 森下さんは、


「自分の家が十月末までに二千万円以上で売れて、その代金を受け取れたら」


 という条件で、神谷さんの土地を買う契約をした。


 つまり、


 森下さんの家が売れる。


   ↓


 停止条件が成就する。


   ↓


 神谷さんの土地についての売買の効力が発生する。


 ここまではいい。


「……問題は、“まだ効力がない”ってところなんだよなあ」


 私は鉛筆をくるりと回しました。


「何がだ?」


 いつの間にか、真壁さんが後ろに立っています。


「真壁さん、背後から出るのやめてもらえます?」


「別に忍んでねえよ」


「顔が怖いので忍んでるように見えるんです」


「失礼だな」


 真壁さんが私のノートを覗き込みました。


「で、何が分かりにくいんだ?」


「停止条件って、言葉だけ聞くと勘違いしやすいんです」


「どう勘違いする?」


「条件が成就するまで契約そのものが存在しない、みたいに」


「ああ」


「今日の神谷さんが、まさにそれでした」


 私はノートに大きく書きました。


 停止条件

 =条件が成就するまで「法律効果の発生」を待たせるもの。


「契約そのものを消しておくわけじゃないんです」


「なるほど」


「ここ、かなり大事です」


 私はさらに下へ書きます。


 停止条件付法律行為

 →条件成就までは法律効果が発生しない。

 →しかし、停止条件付きの契約そのものは締結されている。


「だから神谷さんは」


 真壁さんが言いました。


「『まだ森下さんの家が売れてないから、契約やーめた』とは言えない」


「そうです」


「条件がまだなんだから、土地を渡す義務もまだない。でも好き勝手に契約から抜けられるわけでもない」


「その理解です」


 私は赤鉛筆で囲みました。


 超重要

 「効力未発生」≠「契約不存在」


「試験、こういう言葉遊び好きそうだな」


「好きです」


「断言したな」


「前世で散々殴られましたから」


「また意味分からんこと言ってるな」


 私はページを一枚めくりました。


「じゃあ、そもそも“条件”って何だと思います?」


「何かが起きたら、ってやつだろ」


「ざっくり正解です」


「ざっくりかよ」


「法律っぽく言うと」


 私は書きました。


 条件

 =法律行為の効力の発生または消滅を、

 将来の発生が不確実な事実にかからせること。


「将来で、しかも起きるかどうか分からないこと?」


「はい」


「例えば?」


「宅建に合格したら家をあげる」


「お前、それ好きだな」


「試験教材あるあるです」


「じゃあ、“来年一月一日になったら家をあげる”は?」


「それは条件じゃありません」


「なんで?」


「一月一日は、普通に時間が経てば必ず来ますから」


「あ」


「条件は“発生するかどうか不確実”でないと駄目です」


「なるほどな」


 私は欄外に書きました。


 条件 →将来・不確実

 期限 →将来・確実


「停止条件と解除条件も、ここから分かれます」


「解除条件?」


「はい」


 私は二本の矢印を書きました。


 停止条件

 条件成就 → 効力が発生する


 解除条件

 条件成就 → 効力が消滅する


「例えば」


 私は説明しました。


「宅建に受かったら毎月五万円仕送りします」


「停止条件だな」


「はい。受かるまでは効力なし。受かったら効力発生」


「じゃあ解除条件は?」


「宅建に落ちたら、今している毎月五万円の仕送りをやめる」


「最初から仕送りは始まってる」


「そうです。そして“不合格”という条件が成就すると、仕送りの効力が消える」


「なるほど」


「だから覚え方は」


 私は大きく書きました。


 停止条件=始まる条件

 解除条件=終わる条件


「それなら俺でも分かる」


「真壁さん基準、だいぶ低くないですか」


「お前、最近遠慮なくなったな」


「成長です」


「悪い方向にな」


「さて」


 私は今日の本題に戻りました。


「問題は、条件が成就する前です」


「今日の神谷さんだな」


「はい」


 森下さんの家がまだ売れていない。


 だから、神谷さんの土地売買の効力はまだ発生していない。


 そこで神谷さんは、


「まだ効力がないなら、もっと高い相手に売ってもいいだろう」


 と考えた。


「でも駄目だった」


「はい」


 私はノートに書きます。


 条件の成否が未定である間、

 当事者は相手方の利益を害することができない。


「これ、どういう意味です?」


 真壁さんが眉をひそめました。


「停止条件付きだと、条件が成就するまでは完全な権利じゃないですよね」


「ああ」


「でも、“条件が成就したら権利を取得できる立場”はあります」


「森下さんなら、家が売れたら神谷さんの土地を買える立場」


「そうです」


「それを神谷さんが先にぶっ壊しちゃいけない」


「そのとおりです」


 私は丸を付けました。


 条件成就前でも、

 将来権利を取得する可能性のある相手方の利益は保護される。


「だから神谷さんが先に第三者へ土地を売って、森下さんへ渡せない状態にしたら?」


「問題になる」


「はい。損害が出れば、損害賠償責任を負う可能性があります」


「条件がまだなのにか」


「そこがポイントです」


 私は真壁さんを指さしました。


「条件がまだだから何をしてもいい、ではない」


「指差すな」


「大事なので」


「俺に試験出すな」


「でも、今日いちばん重要なのは」


 私はページの真ん中に大きな四角を書きました。


「故意の条件成就妨害です」


「神谷さんが森下さんの家の買主候補に電話した件か」


「はい」


 私は整理しました。


 森下さんの家が売れる。


   ↓


 条件が成就する。


   ↓


 神谷さんは二千六百万円で土地を売ることになる。


 ところが、その後に三千二百万円で買いたい人が現れた。


 神谷さんにとって、森下さんの条件が成就すると不利益になる。


「六百万安く売ることになるからな」


「そうです」


「だから森下さんの家が売れないように口出しした」


「これが故意の条件成就妨害になり得ます」


 私はノートに書きました。


 条件の成就によって不利益を受ける当事者が、

 故意にその条件の成就を妨げたとき

 ↓

 相手方は、その条件が成就したものとみなすことができる。


「……改めて見ると怖いな」


 真壁さんが言いました。


「何がです?」


「逃げようとして条件を潰したら、その条件クリア扱いにされるんだろ?」


「そうです」


「自爆じゃねえか」


「見事な自爆です」


 私は書き足しました。


 停止条件をわざと潰して逃げる

 → 「じゃあ成就したことにしますね」があり得る。


「法律、性格悪いな」


「でも、これがないと困るんです」


「どうして?」


「例えば」


 私は別の例を書きました。


 A「銀行融資が通ったら、この土地を買います」

 B「分かりました」


 ところが土地が値上がり。


 Bが銀行に電話。


「Aには貸さない方がいいですよ」


 その結果、融資不成立。


 B

「はい、条件不成立なので契約は終わりです」


「……それ通ったら何でもありだな」


「ですよね」


「自分で条件を潰して、自分で条件不成立だって言える」


「だから法律は、それを許さない」


 私は赤い線を引きました。


 自分で条件を潰して利益を得ることはできない。


「じゃあ逆もあるのか?」


「逆?」


「条件をわざと成就させた場合」


「あります」


 真壁さん、今日は妙に鋭い。


「条件が成就することによって利益を受ける当事者が、不正にその条件を成就させた場合は、相手方は条件が成就しなかったものとみなせます」


「おお」


 私は書きました。


 故意に条件成就を妨害

 →相手方は成就したものとみなせる


 不正に条件を成就

 →相手方は成就しなかったものとみなせる


「要するにズル禁止だな」


「だいぶ雑ですが、かなり本質です」


「法律、案外分かりやすいじゃねえか」


「条文にすると急に難しくなるんですよ」


「そこが法律の悪い癖だな」


「じゃあ次」


 私はノートの隅に「解除」と書きました。


「停止条件の成否が未定の間に、当事者は一方的に契約をやめられるか」


「今日やっただろ。駄目」


「正解です」


「即答できたぞ」


「成長しましたね」


「お前に言われると腹立つな」


 私は書きます。


 停止条件付き契約も「契約」。

 条件未成就だからという理由だけで、

 一方的に解約できるわけではない。


「ただし」


 私は付け加えました。


「もちろん、契約に解除権が定められていたとか、解除原因があるとか、双方が合意解除するとか、そういう場合は別です」


「要するに“停止条件だから自由に撤回できる”が間違いなんだな」


「そうです」


「AもBも?」


「どちらもです」


 私は表にします。


 買主A

 「まだ条件が成就してないから、やっぱり買いません」

 →原則として不可


 売主B

 「まだ条件が成就してないから、やっぱり売りません」

 →原則として不可


「試験で出そうだな」


「実際よく狙われる考え方です」


「じゃあ覚え方」


「はい?」


 真壁さんが腕を組みました。


「停止条件は、“キャンセル待ち”じゃない」


「……」


「どうだ」


「意外といいです」


「また意外って言ったな」


「次は相続です」


「条件がまだなのに?」


「だからこそ狙われます」


 私は例を書きました。


 AがBの土地を買う。

 ただし、

 A所有の家が期限までに売れることが停止条件。


 条件成就前にA死亡。


「この場合」


 私は真壁さんを見ました。


「Aの買主としての地位はどうなるでしょう」


「まだ効力が出てないから消える……じゃないんだろ?」


「素晴らしい」


「流れで分かっただけだ」


「正解です」


 私は書きました。


 停止条件付法律行為の当事者の地位

 →原則として相続の対象になる。


「つまりAが死んでも」


「相続人が買主の地位を引き継ぐ」


「はい」


「で、その後条件が成就したら?」


「相続人に効果が生じます」


「なるほどな」


「もちろん、一身専属的な権利みたいに相続できないものは別ですけど」


「普通の不動産売買の買主の地位なら相続する、と」


「そうです」


 私は赤字で書きました。


 条件未成就

 ≠

 相続できない


「停止条件って、何でも“まだだから無い”って考えると間違えるんだな」


「!」


 私は思わず真壁さんを見ました。


「それ、かなりいいまとめです」


「なんだよ」


「書いていいですか?」


「著作権料払え」


「梨一切れで」


「安いな」


「相続できるなら」


 真壁さんが言いました。


「売ったりもできるのか?」


「できます」


「まだ条件が成就してなくても?」


「はい」


 私は新しい欄を作りました。


 条件の成否未定の間の権利義務

 →譲渡できる

 →相続できる

 →担保に供することもできる


「例えば」


 私は言いました。


「山林の売買が成立して履行されたら報酬二%をもらえる、という停止条件付きの報酬請求権があるとします」


「ああ」


「まだ山林の売買が成立していない段階でも、その停止条件付きの報酬請求権を第三者へ譲渡できる」


「まだ金を請求できる状態じゃないのに?」


「“条件付きの権利”として譲渡できます」


「へえ」


「ただし、もらう人も条件付きで受け取るだけです」


「条件が成就しなきゃ?」


「結局、現実の報酬請求はできません」


「宝くじの当選前に、当たったらもらえる立場を譲るみたいな感じか」


「ちょっと違いますけど、イメージは近いです」


「また微妙に否定するな」


「今度は既成条件です」


「まだあるのか」


「停止条件、意外と論点多いんですよ」


「梨おかわり」


「逃げないでください」


 私はノートに二つ例を書きました。


 ① 契約時に、条件がすでに成就している。


 ② 契約時に、条件が成就しないことがすでに確定している。


「まず停止条件の場合」


「うん」


「契約時にすでに条件が成就していたら?」


「もう待つ意味がない」


「そのとおり」


 私は書きました。


 停止条件が契約時にすでに成就

 →無条件の法律行為になる


「例えば」


「宅建に合格したら家をあげる、と契約した。でも契約時点で既に合格していた」


「もう条件達成済み」


「だから普通の贈与と同じ扱い」


「じゃあ逆に」


 真壁さんが言いました。


「絶対に条件が成就しないことが、契約時点で分かってたら?」


「停止条件付き法律行為は無効です」


 私は書きます。


 停止条件が成就しないことが契約時に確定

 →無効


「例えば?」


「既に第三者へ売却して引渡しまで終わった山林について、“この山林が将来別の人へ売れて履行されたら報酬を払う”みたいな契約をする場合」


「もう売れない」


「少なくとも、その前提では条件が成就しないことが確定しています」


「だから無効」


「はい」


 真壁さんが少し考えました。


「解除条件は逆か?」


「!」


「なんだよ、その顔」


「今日は本当に鋭いですね」


「普段俺を何だと思ってる」


 私は表を書きました。


      すでに成就   成就しないこと確定


 停止条件 無条件     無効

 解除条件 無効      無条件


「おお、きれいに逆だ」


「そうなんです」


「覚えやすいな」


「停止条件は“始まる条件”だから」


 私は指で表をなぞりました。


「既に始まる条件が達成済みなら、最初から普通に効力あり」


「逆に絶対達成しないなら、永遠に始まらないから無効」


「そうです」


「解除条件は“終わる条件”だから」


「既に終わる条件が達成済みなら、最初から終わってるので無効」


「そして絶対達成しないなら、ずっと終わらないから無条件」


「完璧です」


「……俺、宅建受けようかな」


「やめてください」


「なんでだよ」


「私より先に受かったら腹立つので」


「小せえな、お前」


「不能条件も似ています」


「不能?」


「絶対実現できない条件です」


「例えば?」


「東京から大阪まで瞬間移動できたら」


「無理だな」


「それを停止条件にしたら?」


「永遠に始まらない」


「なので無効」


 私は書きました。


 不能の停止条件

 →無効


 不能の解除条件

 →無条件


「解除条件なら?」


「例えば、“東京から大阪へ瞬間移動できたら毎月の仕送りをやめる”」


「一生瞬間移動できない」


「だから仕送りはずっと続く」


「解除条件が働かないから、無条件になるわけか」


「はい」


 真壁さんがノートを見ながら言いました。


「さっきの既成条件と考え方一緒だな」


「そうです。意味から考えると暗記量が減ります」


「最初からそう教えろよ、試験学校も」


「全国の先生を敵に回す発言やめてください」


 そこへ所長が入ってきました。


「まだやってるのか」


「停止条件を整理してました」


「ずいぶん書いたな」


 所長が私のノートを覗き込みます。


「所長、ひとつ聞いていいですか?」


「なんだ」


「停止条件で、宅建業法にも関係するところがありますよね」


「自己の所有に属しない宅地建物の売買契約締結の制限か」


「はい」


 真壁さんが首を傾げます。


「何だそれ」


「売主が宅建業者で、買主が一般の客の場合の規制です」


 私は説明しました。


「宅建業者が、自分の所有でもない土地を、“自分が売主”になって一般の人へ売るのは、原則として制限されます」


「なんで?」


「本当にその土地を仕入れられるか分からないのに、先に客へ売ったら危ないからです」


「なるほど」


「ただし、業者がその土地を確実に取得できる契約を既に締結している場合などは例外があります」


 私はそこで一呼吸置きました。


「でも、その仕入れ契約が停止条件付きだったら?」


「条件が成就しないかもしれない」


「そうです」


「じゃあ確実に仕入れられるとは言えない」


「そのため、その停止条件付き契約を根拠に、一般消費者へ自ら売主として先に売るのは駄目、と考えるのが基本です」


 真壁さんが腕を組みました。


「要するに」


「はい」


「“取れるか分からん物件を、取れる前提で売るな”」


「そうです」


「これも割と常識だな」


 所長が小さく笑いました。


「宅建業法はな、常識を細かく条文にしたようなところがある」


「所長、それ試験前の受験生に言うと怒られますよ」


「そうか?」


「常識で解けたら誰も苦労しません」


「お前は前世で苦労したんだったな」


「……なんで所長までその設定に乗るんですか」


「設定なのか?」


「そこ掘らないでください」


 私は最後に、今日の内容を一枚にまとめました。


 【停止条件 最重要整理】


 ① 停止条件とは

  条件成就まで法律効果の発生を待たせるもの。


 ② 条件が成就したら

  その時から効力が生じる。


 ③ 条件未成就でも

  契約そのものが存在しないわけではない。


 ④ だから

  「まだ条件が成就していないから」

  というだけで一方的に契約をやめることはできない。


 ⑤ 条件の成否未定の間も

  相手方の利益を害することはできない。


 ⑥ 条件成就によって不利益を受ける者が

  故意に条件成就を妨害したら

  相手方は条件が成就したものとみなせる。


 ⑦ 条件付きの権利義務は

  原則として相続・譲渡・担保設定が可能。


 ⑧ 既成条件

  停止条件が既に成就 →無条件

  停止条件が成就不能確定→無効


 ⑨ 解除条件は逆

  既に成就→無効

  成就不能確定→無条件


 ⑩ 不能条件

  不能の停止条件→無効

  不能の解除条件→無条件


「長いな」


 真壁さんが言いました。


「試験範囲なので」


「もっと一言で覚えられないのか」


「うーん」


 私は少し考えました。


 今日の神谷さん。


 森下さん。


 まだ家は売れていなかった。


 だから土地売買の効力も発生していなかった。


 でも、契約まで無くなっていたわけではない。


 条件成就前にも守られるものがあって。


 条件を故意に潰せば、そのズルは見抜かれる。


 そして、その立場は相続することも、譲渡することもできる。


 私はノートの一番上に、大きく書きました。


 停止条件は、

 「何もない状態」ではなく、

 「効力が発生するか待っている状態」。


「これならどうです?」


 真壁さんが読んで、頷きました。


「分かりやすい」


「でしょう?」


「じゃあ神谷さんの事件を一言で言うなら?」


 私は即答しました。


「待っている契約を、自分で殺そうとしたら駄目」


「物騒だな」


「じゃあ真壁さんは?」


「まだ発車してない電車でも、切符を買ったら勝手に別の客を座らせるな」


「……それ採用します」


「著作権料」


「梨」


「また梨かよ」


 所長が、私のノートを最後まで読んでから言いました。


「栞」


「はい」


「停止条件の問題で、一番やってはいけない読み方は何だと思う」


 私は考えました。


「……“まだ効力がない”だけ見て、全部無かったことにする?」


「そうだ」


 所長はペンを取りました。


 そしてノートの一番下に書きます。


 「効力」と「契約」を分けて考える。


「条件が成就するまでは、法律効果は発生していない」


「はい」


「だが、条件付きの法律関係まで存在しないわけではない」


「はい」


「だから、解除、妨害、相続、譲渡の問題が出てくる」


 私は頷きました。


「つまり問題文を読んだら」


「まず、“何がまだ発生していないのか”を確認しろ」


「契約そのものなのか」


「法律効果なのか」


「そういうことだ」


 なるほど。


 停止条件が難しく見える理由は、たぶんそこです。


 効力がない。


 だから何もない。


 そう思ってしまう。


 でも実際には、その“待っている間”にも法的な意味がある。


 将来の権利がある。


 期待がある。


 相続できる地位がある。


 譲渡できる権利がある。


 そして、それを故意に潰そうとした人には、


「では、条件は成立したことにしましょう」


 という反撃まで用意されている。


「……法律って」


 私が呟くと、真壁さんが聞き返しました。


「何だ?」


「待ってる人にも意外と優しいんですね」


「何の話だ」


「停止条件です」


 私はノートを閉じました。


 神谷さんの土地は、まだ森下さんのものではなかった。


 でも森下さんには、


 条件が成就したらその土地を買える、


 という立場があった。


 法律は、その“まだ手に入っていないもの”まで、完全ではないにせよ守っている。


 そう考えると、停止条件という言葉が少しだけ好きになりました。


「栞」


「はい?」


 真壁さんが机の上に皿を置きました。


 梨です。


「残り一個」


「いただきます」


「半分な」


「え」


「俺の著作権料」


「まだ言ってたんですか」


「停止条件付きで譲ってやる」


「条件は?」


「俺が宅建に受かったら、お前に全部やる」


「それ、たぶん不能の停止条件です」


「失礼だな!」


 所長が吹き出しました。


 私も笑いました。


 昭和六十三年。


 今日も一つ、テキストの言葉が人の顔を持った。


 停止条件。


 条件が成就するまで、効力を待たせる仕組み。


 けれど、その待っている時間は空白ではない。


 契約はそこにある。


 期待もそこにある。


 だから、勝手に壊してはいけない。


 そして――。


 自分で条件を壊しておいて、


「ほら、条件が成立しませんでした」


 は通らない。


 私はノートの最後に、もう一行だけ書き足しました。


 停止条件――

 「まだ」は、「無かったこと」ではない。


 うん。


 これなら、たぶん試験でも忘れない。

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