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宅建見習い栞の人情事件簿 〜転生したら昭和の不動産屋だったので、巻き込まれているうちに宅建過去問が解けるようになりました〜  作者: 条文小説
〈権利関係 配点14点/50点〉 契約総論

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[請負契約]法理編 栞とお勉強

挿絵(By みてみん)


 夕方の事務所で、私はノートを開きました。


 今日の高瀬さんと黒川さんの件を、もう一度最初から思い返してみる。


 高瀬さんは、黒川さんに家を建ててもらった。


 黒川さんは、


「完成した」


 と言った。


 でも実際には、


 床が傾いている。


 窓の大きさが図面と違う。


 床材も仕様書と違う。


 浴室も仕上げ切っていない。


 そして基礎には、説明されていない問題まであった。


「……こうして並べると、完成とは何なのか分からなくなりますね」


「屋根があって壁があれば完成じゃないのか」


 後ろから真壁さんの声がしました。


「また極端ですね」


「でも黒川も似たようなこと言ってたろ」


「言ってました」


 私はノートの一番上に、大きく書きました。


 請負契約


「まず、ここからです」


「委任との違いか?」


「そうです」


 私は頷きました。


「請負は、ある仕事を完成させることを約束して、その仕事の結果に対して報酬を支払う契約です」


「結果に対して?」


「はい」


「じゃあ委任より、完成が重要なんだな」


「そこです」


 私は丸をつけました。


 請負

 =仕事の完成を約束する契約


「今日なら?」


「黒川さんが家を完成させる」


「高瀬さんが金を払う」


「正解です」


 私は続けます。


 注文者

 =仕事を頼む側


 請負人

 =仕事を完成させる側


「高瀬さんが注文者」


「黒川が請負人」


「はい」


「今日は簡単だな」


「まだ入口です」


「最近その言い方怖いんだよ」


 私は次に、大きく二つ書きました。


 注文者の義務

 →報酬を支払う


 請負人の義務

 →仕事を完成させ、目的物を引き渡す


「これが基本です」


「今日の家なら、黒川が家を完成させて渡す」


「はい」


「高瀬さんが一千八百万円払う」


「はい」


「でも残り六百万で揉めた」


「そうです」


 私はノートに線を引きました。


「ここで重要なのが、仕事の完成と引渡しと報酬支払いの関係です」


「全部同時じゃないのか?」


「完全には同時じゃありません」


「来たな」


「まず、仕事そのものは完成していないといけません」


「うん」


「そのうえで、目的物の引渡しと報酬の支払いは、原則として同時履行の関係です」


 私は書きます。


 仕事の完成

 ↓

 目的物の引渡し ⇔ 報酬支払い


「つまり」


 真壁さんが指で追いました。


「完成が先」


「はい」


「その後、家を渡すのと金を払うのが同時」


「その理解で大丈夫です」


「じゃあ、完成してないのに『引き渡したから払え』は駄目」


「そういうことです」


 私は今日の黒川さんを思い出しました。


 ――屋根がある。


 ――壁がある。


 ――戸も閉まる。


 でも。


 請負で問われるのは、


「建物らしきものが存在しているか」


 ではありません。


 契約どおりの仕事を完成させたか。


 そこです。


「次が今日の本丸です」


 私は赤鉛筆を持ちました。


 契約不適合責任


「売買でも出てくるやつだな」


「はい」


「請負でも使う?」


「使います」


 私は頷きました。


「請負も有償契約なので、完成した目的物が契約内容に適合していなければ、契約不適合責任の問題になります」


「今日なら?」


「床が傾いている」


「窓が違う」


「床材も違う」


「浴室も未完成」


「そうです」


 私はまとめました。


 契約で約束した品質・種類・数量などに

 目的物が適合していない

 ↓

 契約不適合


「昔の瑕疵担保責任と同じ?」


「今の民法では、契約不適合責任という整理です」


「試験では新しい言葉で覚えろってことだな」


「そうです」


 私はさらに四つ並べました。


 注文者ができること


 ① 追完請求


 ② 報酬減額請求


 ③ 損害賠償請求


 ④ 契約解除


「四つか」


「大事な四つです」


「今日一番出てきたのは追完だな」


「はい」


 私は「追完請求」に丸をつけました。


 追完請求

 =契約どおりに直してもらうこと


「床を直す」


「はい」


「窓も図面どおりにする」


「はい」


「床材も仕様書どおりにする」


「そうです」


「浴室も仕上げる」


「それも」


「つまり『ちゃんと完成させ直せ』ってことか」


「乱暴に言えばそうです」


「乱暴だけど分かりやすいな」


「じゃあ報酬減額は?」


 真壁さんが聞きます。


「追完してもらわない代わりに安くして、ってこと?」


「大体のイメージはそうです。ただし、行使には要件があります」


「そこは後で?」


「今日はまず大枠です」


 私は書きました。


 報酬減額請求

 =契約に適合しない分だけ、

  報酬を減らしてもらうこと


「全部タダじゃないんだな」


「そうです」


「不適合があれば自動で全額免除、ではない」


「そこ大事です」


 私は赤線を引きました。


 不適合あり

 =即、報酬全部ゼロ


 ではない。


「高瀬さんも最初、『じゃあ払わなくていいんですか』って飛びそうになってたもんな」


「そうなんです」


「人間、自分に有利な方向へだけ全力疾走するな」


「法律が柵ですね」


「いいこと言った風だな」


「次は損害賠償です」


 私は続けました。


 契約不適合により損害が出た

 ↓

 債務不履行のルールに従って

 損害賠償請求が問題になる


「これは修理とは別?」


「別です」


「先に修理請求しないと損害賠償できない?」


「必ずしもそうではありません」


「お」


 私は赤鉛筆で囲みました。


 修補請求を先にしないと

 損害賠償できないわけではない


「ここ、過去問で狙われます」


「請負人に『まず直させろ、その後でしか損害賠償できない』って書いてあったら?」


「誤りになり得ます」


「なるほど」


「重大な不適合で、建替えが必要になるほどなら、建替費用相当額の損害賠償が問題になることもあります」


「家一軒分?」


「場合によっては」


「重いな」


「家ですから」


 私は今日、高瀬さんが言った言葉を思い出しました。


 ――家なんだから。


 請負では、


 この一言がとても重い。


「解除は?」


「これもできます」


「建物でも?」


「はい」


「昔は建物は解除できないとかいう話なかったか?」


 私は真壁さんを見ました。


「鋭いですね」


「俺だってたまには勉強してる」


「昔の民法には、建物その他の土地の工作物について解除を制限する規定がありました」


「今は?」


「削除されています」


「じゃあ今は、建物だから解除できない、とは言えない」


「そうです」


 私は大きく書きました。


 現行民法では、

 請負目的物が建物でも

 要件を満たせば解除できる


「これは改正前の知識を引きずると危ないですね」


「古い過去問ほど注意か」


「はい」


「お前、前世でこういうので混乱した顔してるな」


「しました」


「やっぱり」


「昔の過去問に改正論点が混ざると、頭の中で民法が二重になります」


「分からんけど大変そうだな」


「そして次」


 私は少し大きく見出しを書きました。


 注文者の材料・指図が原因だった場合


「今日、黒川さんが『浴室の棚の位置を高瀬さんが変えた』って言ってたところです」


「あったな」


「ここは大事です」


 私は書きます。


 不適合の原因が


 ・注文者が供した材料の性質


 または


 ・注文者の指図


 にある場合


「この場合どうなる?」


「原則として、注文者は契約不適合責任を追及できません」


「四つ全部?」


「原則はそうです」


 私は並べました。


 原則として


 ①追完請求 ×


 ②報酬減額請求 ×


 ③損害賠償請求 ×


 ④解除 ×


「厳しいな」


「でも筋は通ってます」


「自分が持ってきた悪い材料で壊れたのに、請負人に直せは変だもんな」


「そういうことです」


「自分が『こう作れ』って言って、それで不具合出ても同じ」


「はい」


 私は今日の会話を思い出します。


「ただし、黒川さんの言っていた“棚の位置を変えた”は、床の傾きや基礎の問題の原因じゃなかった」


「だから逃げ道にならなかった」


「そうです」


 ここは因果関係を見る。


 注文者が何か指図した。


 それだけで全部免責になるわけではない。


 その不適合が、その材料や指図によって生じたのか。


 そこが必要です。


「でも例外があるんだろ?」


 真壁さんが言いました。


「あります」


「もう分かってきた」


「成長しましたね」


「嬉しくないな」


 私は赤線を引きました。


 請負人が、

 材料や指図が不適当だと知っていたのに

 注文者へ告げなかった場合

 ↓

 免責されない


「ここ重要です」


「知ってたのに黙ってたら駄目」


「はい」


「今日の地盤の話に近いな」


「そうです」


 実際には材料や指図そのものとは少し違いますが、


 “専門家側が問題を知っているのに黙って進める”


 という構図は似ています。


「注文者が素人なら、請負人のほうが分かってること多いもんな」


「だから、不適当だと知っているなら告げるべきなんです」


「知らなかった場合は?」


「その例外には入りません」


「“知っていた”が大事」


「はい」


「次は期間です」


 私は少し嫌な顔をしました。


「嫌そうだな」


「期間制限、苦手なんです」


「数字だから?」


「民法、数字を変えて人を落としに来るので」


「試験に恨みあるな」


「あります」


 私は書きました。


 契約不適合について

 損害賠償請求などをする場合、

 債権の消滅時効のルールにも注意


「具体的には?」


「損害賠償請求権なら、原則として」


 私は整理します。


 権利を行使できることを知った時から5年


 または


 権利を行使できる時から10年


「昔の“一年以内”ってのは?」


「古い瑕疵担保責任の知識をそのまま使うと危険です」


「改正で整理された?」


「はい」


「じゃあ『引渡しから一年以内に損害賠償しないと必ず消える』みたいな問題は?」


「現行法では、そのまま正しいとは言えません」


「古い数字ほど危険だな」


「本当にそうです」


「それからもう一つ」


 私はページの端に書きました。


 責任を負わない特約


「そんな特約できるのか?」


「原則できます」


「『契約不適合責任は負いません』って?」


「はい」


「じゃあ請負人無敵じゃないか」


「そうでもありません」


 私はすぐ下に書きました。


 請負人が知りながら告げなかった事実

 ↓

 免責特約があっても責任を免れない


「出た」


「はい」


「知ってて黙ってたら駄目」


「ここでもそうです」


「法律、黙ってる専門家に厳しいな」


「契約相手が知らない重要なことを自分だけ知っていて、しかも責任免除まで使えるなら、不公平ですから」


「なるほど」


 私は今日の黒川さんをまた思い出しました。


 もし、


「責任は一切負いません」


 という特約があったとしても。


 自分が知っていた重要な不具合を隠していたなら、


 それで全部逃げ切れるわけではない。


 契約書は盾にはなる。


 でも。


 何でも隠せる透明マントではありません。


 そこへ所長がやってきました。


「ずいぶん書いたな」


「請負、思ったより論点多いです」


「建物が絡むからな」


「所長」


「何だ」


「試験で一番大事なところ、何ですか?」


 所長は私のノートを見ました。


 しばらくして、ペンを取りました。


「まずこれだ」


 そして一番下に書きます。


 「完成したか」と

 「契約どおりか」を分ける。


「……!」


 私は思わず顔を上げました。


「どういうことです?」


「建物が出来上がったように見えても、それで契約どおりとは限らん」


「今日の家ですね」


「そうだ」


「屋根も壁もある」


「だが窓も床材も違う」


「傾きもある」


「なら契約不適合を考える」


 所長は続けて書きました。


 次に、


 誰の原因で不適合が生じたか。


「請負人側なら契約不適合責任」


「注文者の材料や指図なら、原則として責任追及できない」


「ただし請負人が不適当だと知って黙っていたら別」


「そういうことだ」


 私はノートを見つめました。


 確かに。


 問題文で、


 家が完成した。


 瑕疵があった。


 という言葉だけ追うと混乱する。


 でも人物関係と原因を整理すると見えてくる。


 注文者。


 請負人。


 契約内容。


 完成した仕事。


 不適合。


 原因。


 誰が知っていたか。


「法律の問題はな」


 所長が言いました。


「“欠陥がある”で終わるな」


「はい」


「なぜあるのか、誰のせいかまで見る」


「……なるほど」


「それで初めて責任が決まる」


 真壁さんが横から言いました。


「今日の黒川みたいに『棚の位置変えただろ』だけじゃ駄目なんだな」


「そうです」


「その棚の変更で床が傾いたのかを見る」


「はい」


「因果関係ですね」


「言葉だけは偉そうになったな」


「中身もあります!」


 私は最後に、今日の内容を一枚にまとめました。


 【請負契約まとめ】


 ① 請負とは


 請負人

 →仕事を完成させる


 注文者

 →仕事の結果に対して報酬を払う


 ② 完成・引渡し・報酬


 まず仕事を完成


 その後、


 目的物の引渡し

 ⇔

 報酬支払い


 は原則として同時履行


 ③ 契約不適合があれば


 ・追完請求


 ・報酬減額請求


 ・損害賠償請求


 ・契約解除


 ④ 建物でも


 現行民法では

 要件を満たせば解除可能


 ⑤ 注文者の材料・指図が原因


 原則

 契約不適合責任を追及できない


 ⑥ ただし


 請負人が材料・指図の不適当を知りながら

 告げなかった場合は別


 ⑦ 免責特約


 原則有効でも、


 請負人が知りながら告げなかった事実については

 責任を免れない


「……多いな」


 真壁さんが言いました。


「委任の時も同じこと言ってましたね」


「民法、だいたい多いんだよ」


「それはそうです」


 私はその下に、さらに大きく書きました。


 試験では


 ①何を完成させる契約か


 ②本当に契約どおりか


 ③不適合の原因は誰にあるか


 ④注文者が何を請求しているか


 を確認する。


「これなら俺でも読める」


「じゃあ一問」


「急だな」


「注文者が自分で持ち込んだ粗悪な木材を使うよう頼み、その木材が原因で家に不具合が出ました。請負人は原則、契約不適合責任を負う?」


「負わない」


「正解」


「でも請負人が、その木材は駄目だと知ってたのに黙って使った」


「それなら責任追及される」


「正解!」


 私は思わず拍手しました。


「何だよ」


「成長しましたね」


「お前に育てられた覚えはない」


 所長が新聞を広げながら言いました。


「じゃあ栞にも一問」


「え」


「請負人が建物を完成させ、引渡しも済ませた。ただし契約と違う窓がついている。注文者は何ができる」


「追完請求」


「それだけか」


「報酬減額請求、損害賠償請求、解除も要件を満たせば」


「よし」


 私は胸を撫で下ろしました。


「突然試験始めるのやめてください」


「本番はもっと突然だ」


「試験日は決まってます!」


 真壁さんが吹き出しました。


 私はノートを閉じる前に、今日の事件を一行でまとめました。


 請負は、

 「何か作れば終わり」ではない。


 「契約どおりの仕事を完成させる」契約である。


 その下に、もう一行。


 契約不適合があれば、

 何が違うか、なぜ違うか、誰の原因かを分けて考える。


 昨日までなら。


 請負。


 契約不適合。


 追完。


 減額。


 損害賠償。


 解除。


 そんな言葉は、全部テキストの上に並んだ暗記事項でした。


 でも今日は違います。


 高瀬さんの家がある。


 黒川さんがいる。


 まだ引越せない奥さんがいる。


 図面と違う窓がある。


 傾いた床がある。


 そして。


 これから直されていく家がある。


 法律は、家そのものを建ててはくれません。


 ひびを埋めることもできない。


 床を水平にもしてくれない。


 でも。


 どこまで直すべきなのか。


 誰が責任を負うのか。


 何を請求できるのか。


 その道筋をつけてくれる。


 それだけでも。


 壊れかけた話し合いを立て直すには、十分なことがあります。


「栞」


「はい?」


 真壁さんが、机の上に小さな箱を置きました。


「何です?」


「水平器」


「……なぜ」


「今日の記念」


「いりません」


「お前、床傾いてるか気にしてただろ」


「だからって十八歳女子への贈り物が水平器ってどうなんですか」


「役に立つぞ」


「ロマンが水平です」


「意味分からん」


 所長が新聞の向こうで笑っていました。


 私は仕方なく水平器を手に取りました。


 小さな気泡が、真ん中で止まる。


 水平。


 まっすぐ。


 契約も、できればこんなふうに分かりやすければいい。


 でも現実は、


 人の言い分が傾いたり、


 責任がずれたり、


 約束したはずの内容がいつの間にか変わったりする。


 だから。


 そのたびに確認する。


 何を頼んだのか。


 何を完成させる約束だったのか。


 何が違っているのか。


 そして、


 その違いは誰の責任なのか。


 私はノートを鞄にしまいました。


 請負契約。


 たぶん、覚えた。


 少なくともこれから家を見るたび、


「屋根があるから完成」


 とは思わなくなるくらいには。


 そして――。


 真壁さんにもらった水平器は、


 結局その日から、


 私の机の一番目立つところに置かれることになりました。


 ちょっと悔しい。


 でも。


 案外、悪くない記念品でした。

 以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。

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