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宅建見習い栞の人情事件簿 〜転生したら昭和の不動産屋だったので、巻き込まれているうちに宅建過去問が解けるようになりました〜  作者: 条文小説
〈権利関係 配点14点/50点〉 代理

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[双方代理]法理編 栞とお勉強

挿絵(By みてみん)

 夕方の事務所で、私はノートを開きました。


 今日の事件を、もう一度、最初から整理してみる。


 田島さんは、長谷川さんに土地を売る代理権を与えた。


 ところが長谷川さんは、その土地を――。


 自分で買おうとした。


「……改めて書くと、すごいな」


 私は鉛筆を止めました。


「何がだ?」


 後ろから声がしました。


 振り返ると、真壁さんが缶コーヒーを片手に立っています。


「長谷川さんです」


「まだ言ってんのか」


「だって、自分で売って、自分で買うんですよ?」


「まあな」


「一人で『九百万円で売ります』『九百万円で買います』『成立です』ですよ」


「お前、その右手と左手の説明、気に入ったな」


「分かりやすいでしょう?」


「分かりやすすぎて、長谷川がちょっと可哀想になってきた」


「本人のいないところで急に優しくならないでください」


 私はノートに大きく書きました。


 自己契約


「まず、これです」


「自己契約」


「はい」


 私はその下に、簡単な図を書きました。


 本人A

  ↓

 代理人B


 BがAの土地を、

 B自身に売る。


「つまり?」


「代理人が、本人の相手方にもなる契約です」


「今日の長谷川だな」


「そうです」


 田島さんが本人。


 長谷川さんが代理人。


 そして買主も長谷川さん。


 これが自己契約です。


「でもよ」


 真壁さんが椅子を引きました。


「代理人って、本人の代わりに契約するんだろ?」


「はい」


「だったら、代理権が広ければ自分に売ってもいいんじゃないのか?」


「そこが駄目なんです」


「なんで?」


 私は少し考えてから、ノートの端に書きました。


 売主 → できるだけ高く売りたい


 買主 → できるだけ安く買いたい


「代理人が売主側に立つなら、本来は本人の利益を考えないといけません」


「高く売れ、ってことだな」


「そうです。でも、その代理人自身が買主になったら?」


「安く買いたい」


「はい」


「……矛盾するな」


「そこです」


 私は大きく丸をつけました。


 自己契約が禁止される理由

 =本人と代理人の利益がぶつかる危険があるから。


「代理人が自分で値段を決められたら、本人に不利な条件でも契約できてしまいます」


「長谷川の九百万みたいにな」


「はい」


「でも、本当に九百万が相場だったら?」


「それでも原則は駄目です」


「損してなくても?」


「損していなくても、です」


 真壁さんが眉を上げました。


「厳しいな」


「結果だけで判断する制度じゃないんです」


「結果?」


「『今回はたまたま本人に損がなかったから有効』なんてことにしたら、毎回あとから価格が適正だったか争うことになります」


「ああ」


「だから最初から、利益が衝突しやすい形そのものを制限しているんです」


「なるほどな」


 私はノートに書き足しました。


 重要

 本人に実際の損害が出たかどうかではなく、

 利益相反の危険がある取引だから原則禁止。


「つまり試験で」


 私は鉛筆を立てました。


「『本人に損失が発生しないのであれば、自己契約してよい』」


「誤り」


「正解です」


「簡単じゃねえか」


「今は事件の後だから簡単なんです」


「そういうもんか」


「宅建は、理解する前のABCが一番怖いんです」


「アルファベットに恨みでもあるのか」


「あります」


 私は次の見出しを書きました。


 双方代理


「次はこっちです」


「川本商事の件だな」


「はい」


 今度は図を書く。


 売主A

  ↓代理

  C

  ↑代理

 買主B


「代理人Cが、売主Aと買主B、両方の代理人になる」


「双方代理」


「そうです」


 今日なら、


 売主・田島さん。


 買主・川本商事。


 そして両方の代理人が長谷川さん。


「これも駄目」


「原則禁止です」


「理由は自己契約と同じか?」


「ほぼ同じです」


 私は頷きました。


「売主は高く売りたい」


「買主は安く買いたい」


「でも、その両方の代理人が一人だったら?」


「両方の利益を同時に最大にするのは無理だな」


「そうなんです」


 私はノートに書きました。


 双方代理が禁止される理由

 =一人の代理人が、対立する双方の利益を同時に守れないから。


「今日、田島さんはなるべく高く売ってほしいと言ってました」


「川本商事は安く買ってほしい」


「はい」


「長谷川は両方から頼まれてた」


「完全に板挟みです」


「本人は板挟みって顔してなかったけどな」


「むしろ真ん中で楽しそうでした」


「そこが問題なんだろ」


「そうです」


「で」


 真壁さんがノートを指しました。


「自己契約も双方代理も、やったらどうなる?」


「ここが大事です」


 私は少し大きな字で書きました。


 自己契約・双方代理

 ↓

 原則として

 無権代理人がした行為とみなされる。


「無効じゃないのか?」


「そこ、試験で引っかけられます」


「違うのか」


「単純に『当然に無効』と処理するわけじゃないんです」


「じゃあ?」


「無権代理として扱います」


「無権代理……」


「つまり、本人に当然には効果が帰属しない」


「でも本人が後から認めれば?」


「そこです」


 私は指を立てました。


「無権代理として扱われるので、本人が追認すれば、契約の効果を本人に帰属させる余地があります」


「なるほど」


「だから試験では」


 私は書きました。


 × 自己契約をしたら当然に無効

 ○ 原則として無権代理人がした行為とみなす


「似てるようで違うんだな」


「はい」


「宅建って、こういう日本語の細かい差が好きだよな」


「好きというより、執念があります」


「誰の?」


「作問者の」


 そこへ所長が通りかかりました。


「何をまとめてる」


「自己契約と双方代理です」


「そうか」


 所長はノートを覗き込みます。


「なら、例外を忘れるな」


「今ちょうどそこです」


「ほんとか?」


「今、書こうとしてました」


「便利な言葉だな」


 信用してください。


 私は次のページに書きました。


 例外


「原則禁止」


「でも例外がある」


「はい」


「何だっけ」


 真壁さんが腕を組みます。


「まず一つ目」


 私は書きました。


 ①本人があらかじめ許諾した行為


「今日の長谷川さんでも、田島さんが最初から」


『長谷川君。君自身が買ってもいいよ』


「と許していたら?」


「有効」


「そうです」


「双方代理なら?」


「売主も買主も許可してれば有効?」


「正解です」


 私は丸をつけました。


 自己契約

 →本人があらかじめ許諾していれば有効


 双方代理

 →双方の本人があらかじめ許諾していれば有効


「双方代理の場合は、片方だけ許可してればいいのか?」


「駄目です」


「両方か」


「はい。双方の本人が許諾している必要があります」


「そりゃそうだな」


「売主だけ『いいよ』と言って、買主が知らなかったら、買主側の利益相反問題が残りますから」


「なるほど」


 私はノートに大きく書きました。


 試験ポイント

 双方代理は「双方の承諾」が必要。


「じゃあ問題」


「来い」


「同一人物が売主と買主の双方の代理人になった。しかし売主・買主の双方があらかじめ承諾していた」


「有効」


「正解」


「簡単」


「だから事件の後は簡単なんですって」


「はいはい」


「もう一個の例外は?」


 真壁さんが聞きました。


「債務の履行です」


 私は書きました。


 ②債務の履行


「これが、水野先生の登記ですね」


「ああ、俺が最初お前に説明したやつ」


「所長がです」


「俺も横にいただろ」


「見てただけです」


「細けえな」


 私は続けました。


「売買契約がまだ成立していない段階では、価格や条件を決める余地があります」


「だから双方代理は危ない」


「はい。でも契約が終わった後は?」


「売る土地も決まってる」


「代金も決まってる」


「登記する義務が残ってる」


「そうです」


 私は水野先生の名前を書きました。


「司法書士が売主と買主の双方から登記申請の代理を受けることがあります」


「双方代理じゃないのか?」


「形だけ見れば、双方から代理を受けています」


「でも有効」


「はい」


「なんで?」


「もう交渉する余地がないからです」


 私はノートに矢印を書きました。


 契約前

 価格・条件を決める

 ↓

 双方の利益が衝突する危険あり


 契約後

 決まった内容どおり登記する

 ↓

 債務を履行するだけ


「水野先生が勝手に、一千四百八十万円を九百万円にできるわけじゃありません」


「当たり前だ」


「土地を別の土地に変えることもできない」


「当たり前だ」


「買主を自分に変えることも」


「それやったら別事件だ」


「ですよね」


 私は笑いました。


「つまり、債務の履行なら、本人の利益を害する危険が基本的にない」


「だから例外として認められる」


「そういうことです」


「でもさ」


 真壁さんが少し考えました。


「債務の履行なら、何でも双方代理できるのか?」


「うーん」


 私は鉛筆を止めました。


「そこは、“もう内容が確定していて、その決まった義務を実行するだけか”を見るのが大事だと思います」


「まだ条件を決める余地があるなら?」


「危ないです」


「なるほど」


 所長が横から言いました。


「試験では細かい理屈より、まず代表例を覚えろ」


「登記申請ですね」


「そうだ」


「司法書士が売主と買主双方を代理して所有権移転登記」


「典型だな」


 私は赤鉛筆で囲みました。


 典型例

 売買契約成立後、

 司法書士が売主・買主双方を代理して

 所有権移転登記を申請する。


 →債務の履行なので有効


「じゃあ、今日の話を全部まとめるぞ」


 真壁さんが突然言いました。


「え?」


「俺が問題出す」


「珍しい」


「失礼だな」


 真壁さんが指を一本立てました。


「田島さんが長谷川に土地売却の代理権を与えた。長谷川が自分で買った」


「自己契約」


「田島さんの許諾なし」


「原則、無権代理扱い」


「田島さんに損がなければ?」


「それだけでは有効になりません」


「よし」


 二本目。


「田島さん側の代理人も長谷川。川本商事側の代理人も長谷川」


「双方代理」


「両方の許諾なし」


「原則、無権代理扱い」


「双方が事前に許諾してたら?」


「有効」


「よし」


 三本目。


「売買契約はもう終わった。司法書士が売主と買主双方から登記申請を頼まれた」


「債務の履行なので有効」


「……」


 真壁さんが黙りました。


「どうしました?」


「お前、ちゃんと覚えてんな」


「誰だと思ってるんですか」


「十八歳の事務見習い」


「肩書きだけで殴らないでください」


 私は最後に表を作りました。


 【自己契約】


 代理人が本人の相手方になる


 原則

 →無権代理人がした行為とみなす


 例外

 →本人があらかじめ許諾

 →債務の履行


 【双方代理】


 一人の代理人が双方を代理する


 原則

 →無権代理人がした行為とみなす


 例外

 →双方の本人があらかじめ許諾

 →債務の履行


「……これだけ見ると簡単だな」


 真壁さんが言いました。


「そうなんですよ」


「じゃあ何で試験だと間違えるんだ?」


「余計な文章がいっぱい付くからです」


「例えば?」


 私は問題文っぽく読み上げました。


「AがB所有の甲土地の売却に関する代理権をBから書面で与えられている場合において――」


「もう嫌だ」


「早いですよ!」


「AとかBとか甲土地とか出た瞬間、頭が帰ろうとする」


「気持ちは分かります」


「お前もか」


「前世では何度も帰りました」


「前世?」


「何でもありません」


 所長が私のノートを指しました。


「栞」


「はい」


「試験で一番大事な見分け方を書いとけ」


「見分け方?」


「ああ」


 所長は鉛筆を取ると、余白に三行書きました。


 誰の代理人か。

 相手方は誰か。

 本人の許諾があるか。


「……なるほど」


「文章をそのまま読むな」


 所長が言います。


「まず人間関係を図にしろ」


「心裡留保の時も言ってましたね」


「法律問題は、人が増えるほど図を書け」


「ABCを?」


「ああ」


「嫌いなんですよねえ」


「好き嫌いで試験受けるな」


「正論が痛い」


 私は仕方なく図を書きました。


 ①本人A

   ↓

  代理人B

   ↓

  買主B


 →自己契約


 ②売主A

   ↓

  代理人C

   ↑

  買主B


 →双方代理


「こう見ると」


 真壁さんが言いました。


「自己契約は、代理人と相手方が同じ」


「はい」


「双方代理は、左右の代理人が同じ」


「その覚え方、いいですね」


「俺でも思いつくくらいだから簡単だろ」


「自分を下げながら説明しないでください」


 私は過去問用の欄を作りました。


 【ひっかけ①】


 本人に損害がないなら、自己契約・双方代理をしてよい。


 →誤り。


 【ひっかけ②】


 自己契約・双方代理は、当然に無効となる。


 →誤り。

 原則として「無権代理人がした行為とみなす」。


 【ひっかけ③】


 双方代理でも、一方の本人だけが承諾すれば有効。


 →誤り。

 双方の本人の許諾が必要。


 【ひっかけ④】


 売買契約成立後、司法書士が売主・買主双方を代理して

 所有権移転登記を申請するのも禁止される。


 →誤り。

 債務の履行として認められる。


「試験って、本当に言い方変えてくるな」


「はい」


「『本人に損害がない』って書かれたら、何となく良さそうに見える」


「そこです」


 私は赤線を引きました。


「自己契約・双方代理で見るべきなのは、『結果として損したか』ではありません」


「形そのものが危ないか」


「はい」


「でも本人が危険を分かった上で許可したらいい」


「そうです」


「もう義務を実行するだけならいい」


「そうです」


 私は嬉しくなって、真壁さんの肩を叩きました。


「完璧です!」


「痛えよ」


「今日から宅建受けます?」


「嫌だ」


「即答ですね」


「お前見てると余計嫌になる」


「失礼な」


 私は、最後のまとめを書きました。


 自己契約・双方代理の本質


 代理人は本人のために動く立場。


 ところが、


 自己契約では、

 代理人自身の利益と本人の利益がぶつかる。


 双方代理では、

 売主と買主の利益がぶつかる。


 だから原則禁止。


 ただし、


 本人が危険を理解して

 あらかじめ許諾している場合、


 または、


 すでに内容が決まった債務を

 履行するだけの場合には、


 禁止する必要がない。


「……うん」


 私は少し満足しました。


 昨日までなら。


 自己契約。


 双方代理。


 この二つは、ただの暗記項目でした。


 名前も似ている。


 図も似ている。


 問題文にはAだのBだのCだのが出てくる。


 正直、私は何度も混ぜました。


 でも。


 今日の田島さんを思い出せば、もう間違えない。


 自分の土地なのに。


 自分の知らないところで。


 自分の代理人が買主になって。


 自分の代理人が相手側まで代理して。


 値段まで決めてしまう。


 あの違和感。


 あれこそが、禁止されている理由なんだ。


「栞」


 所長が呼びました。


「はい?」


「最後に一行書け」


「何をですか」


「今日、田島さんが言ったことだ」


 私は思い出しました。


『任せたってのは、好きにしていいって意味じゃないだろ』


 私はそのままノートに書きました。


 代理を任せることは、

 代理人に好きにしていい権利を渡すことではない。


「いい言葉ですね」


「法律そのものだ」


 所長が言いました。


「代理権は強い。だから制限がある」


「……はい」


「本人がその場にいないからこそ、守る必要がある」


 私はノートを見つめました。


 確かにそうです。


 代理という制度は、人を助けるためにある。


 遠くにいても。


 忙しくても。


 体が不自由でも。


 自分の代わりに誰かが動いてくれる。


 でも。


 本人がいないからこそ。


 代理人が好き勝手をしていいわけではない。


 むしろ逆です。


 本人がその場にいないからこそ。


 代理人の権限には、ちゃんと線が引かれている。


「ところで」


 真壁さんが机の上を探しました。


「昨日のどら焼き、まだ残ってるか?」


「一個あります」


「くれ」


「嫌です」


「何でだよ」


「私のです」


「事務所宛てだろ」


「私が管理してます」


「じゃあ俺の代理人になって、俺に渡してくれ」


「嫌です」


「代理人は本人のために動くんだろ?」


「その代理権を与えられてません」


「じゃあ所長」


「断る」


「まだ何も言ってませんよ」


「どら焼きだろ」


「読まれてる!」


 私は笑いながらノートを閉じました。


 昭和六十三年。


 今日覚えたのは、たった二つ。


 自己契約。


 双方代理。


 でも、その裏にある考え方は一つでした。


 代理人は、本人より偉くならない。


 そして試験では、もう一つ。


 原則禁止。


 ただし、


 本人のあらかじめの許諾。


 債務の履行。


 ここを忘れない。


 私は最後に、赤鉛筆で大きく囲みました。


 【最重要】


 自己契約・双方代理

 →原則として無権代理扱い


 ただし


 ①本人のあらかじめの許諾

 ②債務の履行


 なら有効。


 よし。


 これでもう大丈夫です。


 少なくとも。


 一人で右手と左手を使って土地を売る人が出てこない限りは。


「栞」


「はい?」


「どら焼き半分でいいからくれ」


「嫌です」


「本人の許諾を求めています」


「許諾しません」


「法律って冷たいな」


「それ、法律じゃなくて私です」


 夕暮れの事務所に、また笑い声が響きました。

 以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。

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