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宅建見習い栞の人情事件簿 〜転生したら昭和の不動産屋だったので、巻き込まれているうちに宅建過去問が解けるようになりました〜  作者: 条文小説
〈権利関係 配点14点/50点〉 時効

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[時効]現場編 「勝手に成立しない」と言うなら、今ここで『援用』します

挿絵(By みてみん)

 時効という言葉は、妙に人を強気にします。


「もう十年経ったから俺のものだ」


「昔の借金なんて時効だろ」


「二十年使ってるんだから、もうこっちの土地だ」


 このへんまでは、わりと皆さん元気です。


 ところが、


「では、時効を援用しましたか?」


 と聞くと、急に静かになります。


 援用。


 法律は、ときどき日常会話では絶対に使わない単語を、重要人物みたいな顔で配置します。


 前世で宅建を勉強していた私も、最初にこれを見たとき思いました。


 完成したんなら完成でいいじゃん。


 なんでさらに何か言わなきゃいけないの。


 ケーキが焼けたあとに、


「私はこのケーキを完成したものとして扱います!」


 と宣言しないと食べられないんですか。


 面倒な制度だなあ、と。


 その考えを改めることになったのは、昭和六十三年の六月。


 朝から大槻不動産に、一人のおじいさんが怒鳴り込んできた日でした。


「二十三年使っとる土地を、今さら返せって言うんですよ!」


 机を叩いたのは、松田源一さん。


 六十代半ば。日に焼けた顔に白い眉。駅から少し離れた住宅地で、奥さんと二人暮らしをしている。


 その横で奥さんの松田春江さんが、小さくなっていました。


「お父さん、机壊れちゃうから」


「机より土地だ!」


 優先順位が豪快です。


 私はお茶を置きながら、向かいに座る真壁さんを見ました。


 真壁さんも私を見ました。


 そして二人同時に、所長を見ました。


 こういう時の大槻所長は便利です。


 声を荒らげません。


 机も叩きません。


 ただ座っているだけで、


 ――まあ順番に話せ。


 という圧が出ます。


「松田さん」


「はい」


 一発で静かになった。


 やはり所長、圧の宅建業免許を持っている。


「最初から聞きます。その土地というのは?」


「うちと黒田さんとこの境目です」


 松田さんが鞄から古びた紙を出しました。


 住宅地図。


 その上に赤鉛筆で線が引いてある。


「ここです。幅が一メートルちょっと。長さが十五メートルくらい」


「細長いな」


 真壁さんが覗き込む。


「庭として使っとるんです。植木もある。物置もある。塀も二十三年前からそこに建っとる」


「登記上は?」


「黒田さんの土地らしいんです」


 ――なるほど。


 少し見えてきた。


 松田さん夫婦が家を買ったのは二十三年前。


 そのとき既に、現在とほぼ同じ位置に簡単な柵があり、売主から、


「ここまでがこの家の土地ですよ」


 と説明を受けた。


 松田さん夫婦はそれを信じた。


 その後、柵をブロック塀に替え、アジサイを植え、小さな物置まで置いた。


 隣の黒田家からは、何も言われなかった。


 二十三年間。


 ところが半年前、隣家の主人が亡くなった。


 土地を相続した甥の黒田浩二という男が、土地をまとめて売却することになった。


 測量した。


 そこで発覚した。


 塀が登記上の境界から一メートル以上、黒田家側へ入り込んでいる。


「それで昨日、不動産屋が来ましてな」


 松田さんが唇を震わせました。


「塀を壊して、物置をどけて、土地を明け渡してください、と」


「期限は?」


「二週間です!」


「二週間」


 真壁さんが眉を上げる。


 塀を壊して物置を動かすには、なかなか景気のいい期限です。


「それだけじゃないんですよ」


 春江さんが、初めて口を開きました。


「うちのお父さんが、『二十年以上使ってるんだから時効でしょう』って言ったら……」


「言ったら?」


「向こうの不動産屋さんが笑ったんです」


 私は少し嫌な予感がしました。


「なんて?」


「『時効なんて勝手に成立するものじゃありませんよ』って」


 ――半分正しい。


 こういう人が、一番厄介です。


 全部間違っている人なら簡単なんです。


 でも、法律を半分だけ知っている人は、その半分を棍棒にします。


「それでな」


 松田さんが悔しそうに言いました。


「『今まで一度も時効だなんて主張してないでしょう。だったら土地は黒田さんのものです』って」


 なるほど。


 私は湯飲みを置きました。


 頭の中で、前世の宅建テキストがぱらぱらとめくれる。


 時効。


 取得時効。


 完成。


 援用。


 遡及効。


 ああ。


 今日の問題、きれいに全部乗ってる。


「松田さん」


「はい」


「その不動産屋さん」


 私は言いました。


「前半は合ってます」


「えっ」


「時効は、長い時間が経っただけで、自動的に何もかも終わるわけじゃありません」


 松田さんの顔が曇る。


 私は続けました。


「でも、後半は違います」


「……違う?」


「今まで援用していなかったからといって、これから援用できないとは限りません」


 真壁さんが横を向きました。


「出たな」


「何がですか」


「お前が法律用語を使い始める時の顔」


「どんな顔ですか」


「試験問題に仕返しする顔」


 失礼な。


 まあ、否定はしません。


 私は松田さん夫婦に向き直りました。


「まず確認させてください。二十三年間、この場所を自分たちの土地だと思って使ってきたんですね?」


「もちろんです」


「誰かに借りているつもりではなく?」


「そんなつもりは一度もない」


「黒田さんから、返せとか、使用料を払えとか言われたことは?」


「一度もありません」


「塀や植木について文句を言われたことは?」


「ないです」


「昔の写真はありますか?」


 春江さんが顔を上げました。


「ありますよ」


「本当ですか?」


「子どもが小さい頃、庭でいっぱい撮ってます」


 強い。


 昭和の家族写真、こういうとき突然証拠になります。


「古い契約書や図面も探してください。それと、当時の売主さんが生きていれば、お話を聞きたいです」


 松田さんが首を傾げました。


「そんなもんで何とかなるんですか」


「何とかなる可能性があります」


 私は住宅地図の赤線を指しました。


「他人の土地でも、一定の要件を満たして長期間、自分の土地として占有し続けると、時効で所有権を取得できることがあります」


「ほら!」


 松田さんが勢いよく立ち上がった。


「俺の言った通りだ!」


「座ってください」


「はい」


 所長強いなあ。


「ただし」


 私が続けます。


「二十年以上使った、だけでは足りません」


「まだあるのか」


「あります。法律は、そんな簡単に土地を配りません」


「そりゃそうか……」


「所有する意思をもって、平穏かつ公然と占有を続けていることなどが必要です」


 真壁さんが私を見る。


「つまり、こっそり使ってたら駄目か」


「そうです」


「借りてた場合も?」


「基本的には、そのままじゃ駄目です。借りている人は、『持ち主は別にいる』と認めて使っていますから」


「なるほどな」


 私は頷きました。


「松田さんの場合は、最初から自分の土地だと思って、塀まで建てて、普通に庭として使っていた。ここは重要です」


 春江さんが、少しだけ表情を明るくしました。


「じゃあ……二十三年経っているなら」


「取得時効が完成している可能性はあります」


 私は、あえてそこで言葉を切りました。


「でも」


 松田さんが身構える。


「完成しただけでは、まだ足りません」


「まだあるのか!」


「あります」


「法律って面倒くさいな!」


「前世から知ってます」


「前世?」


「なんでもありません」


 危ない危ない。


 転生設定を客に説明するところでした。


「必要なのが、時効の援用です」


「援用……」


「簡単に言えば」


 私は指を一本立てました。


「時効が完成しています。だから私は、その時効の利益を受けます――と主張することです」


「つまり?」


「『この土地について取得時効を主張します』と言う」


「言わなきゃ駄目なのか」


「はい」


 松田さんはぽかんとしたあと、頭をかきました。


「変な仕組みだな」


「そう思います?」


「だって二十年経ったんだろ?」


「でも本人が、時効を使いたくない場合だってあるでしょう?」


「……ああ」


 春江さんが頷きました。


「借金なんかだと、時効でも返したい人はいるかもしれない」


「そうです」


 私は嬉しくなって指を向けました。


「まさにそれです」


「栞」


 所長の低い声。


「客を指差すな」


「すみません」


 興奮するとつい。


「時効というのは、一定期間が経ったからといって、裁判所や役所が勝手に『はい今日からあなたの勝ち』と決める制度じゃありません」


 私は言いました。


「その利益を受ける人が、使うかどうか決めるんです」


 松田さんが腕を組みました。


「じゃあ俺は使う」


「即答ですね」


「土地取られるよりいい」


「では、その意思をきちんと相手に伝えましょう」


 その日の午後。


 真壁さんと私は、松田家へ向かいました。


 古いアルバムを確認するためです。


 いやあ、出るわ出るわ。


 昭和四十年代の写真。


 庭でスイカを食べる子ども。


 縁側で昼寝する犬。


 アジサイの前で笑う春江さん。


 そして、その全部に同じ位置の柵が写っている。


「これ、昭和四十一年ですよ」


 私は一枚を持ち上げました。


「日付まで書いてある」


「うちの嫁さん、何でも書くんですよ」


「お父さんが何でも忘れるからです」


「夫婦の記録管理として優秀ですね」


「栞、お前は誰目線なんだ」


 真壁さんが呆れます。


 さらに押し入れの奥から、家を買った当時の図面が出てきた。


 正確な測量図ではない。


 けれど、売主が手書きしたと思われる配置図には、問題の柵の位置が庭の境として描かれている。


「これなら、少なくとも『勝手に最近入り込んだ』って話じゃないな」


 真壁さんが言いました。


「はい」


「二十三年間、丸見えで使ってる」


「公然ですね」


「塀建てて植木植えて物置まで置いてる」


「隠す気ゼロです」


「むしろ主張が強いな」


 庭が、


 ここ俺んちです、


 と二十三年間ずっと叫んでいる。


 夕方、大槻不動産に戻ると、相手方から電話が入っていました。


 黒田さん本人と、仲介をしている東亜土地販売の担当者が、明日来るという。


「揉めますかね」


 私が聞くと、真壁さんが缶コーヒーを開けました。


「揉めるだろ」


「ですよね」


「でもな」


 真壁さんはアルバムのコピーを机に置きました。


「揉め事ってのは、声がでかい方が勝つんじゃない」


「はい」


「材料が多い方が強い」


 この人、時々すごくいいこと言うんですよね。


 顔は怖いけど。


 翌日。


 黒田浩二さんは、四十代くらいの細身の男性でした。


 想像していたような悪人顔ではありません。


 むしろ困っている。


 その横にいた東亜土地販売の営業、坂崎さんの方が、ずっと戦闘態勢でした。


「ですから」


 坂崎さんが机の上の公図を指で叩きました。


「登記上はここまで黒田さんの土地です」


「それは承知しています」


 所長が言う。


「なら塀を戻してもらうしかないでしょう」


「取得時効を援用します」


 私が言いました。


 坂崎さんの指が止まりました。


「……は?」


「松田さんは、問題の土地を二十三年以上、自分の土地として占有し続けています」


「だから昨日も言いましたよ。時効は勝手に成立しない」


「はい」


 私はにっこりしました。


「ですから今、援用しました」


 沈黙。


 真壁さんが横で口元を押さえています。


 笑うな。


 坂崎さんの顔が少し赤くなった。


「いや、そんな口頭で一言言えば済む話じゃないでしょう!」


「裁判になるかどうかは別の話です。要件について争いがあれば、証拠を出して判断してもらうことになります」


 私は机に写真を並べました。


「昭和四十一年の写真です」


 次。


「昭和四十四年」


 次。


「昭和四十八年」


 次。


「昭和五十三年」


「……」


「ずっと同じ位置に柵があります」


 さらに図面を出す。


「松田さんが購入した当時の資料です。売主から、柵までが敷地だと説明されたという話もあります」


 坂崎さんは黙りました。


 私は続けました。


「少なくとも、最近になって境界を越えたわけではありません」


「でも登記は黒田さんだ」


「登記と取得時効は、別に検討する必要があります」


 そこへ黒田さんが、遠慮がちに口を挟みました。


「あの……」


 全員が見る。


「実は私、子どもの頃に叔父の家へ遊びに来たことがあるんです」


「はい」


「あの塀……その頃からありました」


 坂崎さんが振り向いた。


「黒田さん」


「いや、本当に」


 黒田さんは申し訳なさそうに松田さんを見ました。


「松田さんが庭にしていたことも知っています。叔父から、何か聞いた覚えもありません」


 空気が変わりました。


 坂崎さんだけが、まだ抵抗する。


「ですが、仮にですよ。仮に時効が完成していたとしても、その土地が松田さんのものになるのは、今日援用した時点からでしょう?」


 ――来た。


 私は心の中で鉛筆を握りました。


 宅建の問題なら、ここに丸印をつけます。


「違います」


「何?」


「時効には、遡及効があります」


「そきゅう……?」


「効力が、過去にさかのぼるんです」


 私は写真の一番古い一枚を指しました。


「取得時効が成立すれば、その効力は、占有を始めた時点までさかのぼります」


 黒田さんが目を丸くしました。


「二十年経った日からじゃないんですか?」


「はい」


「今日からでもない?」


「はい」


 私は頷きました。


「法律上は、時効取得の効果が占有開始時にさかのぼる、という扱いになります」


 松田さんが横からぼそっと言いました。


「ずいぶん遠くまで戻るんだな」


「二十三年分です」


「若返れんかな」


「土地だけです」


 春江さんが吹き出しました。


 真壁さんまで顔を背けた。


 坂崎さんは面白くなさそうでしたが、所長が静かに口を開きました。


「もちろん、今日ここで所有権が確定した、と一方的に言うつもりはありません」


 事務所が静まる。


「取得時効の要件を精査する。必要なら土地家屋調査士や司法書士にも入ってもらう。争うなら法的手続きになる」


 坂崎さんを見る。


「だが、少なくとも『登記が黒田さんだから二週間で壊せ』で済む話ではない」


 それは、静かな一撃でした。


 怒鳴っていない。


 脅してもいない。


 でも、相手が雑に丸めようとしていた話を、一つずつ正しい箱へ戻していく。


 所有権。


 占有。


 期間。


 取得時効。


 援用。


 証拠。


 登記。


 順番に並べると、不思議なくらい理不尽さは小さくなる。


 法律のカタルシスって、たぶんこれだ。


「……分かりました」


 最初に折れたのは、黒田さんでした。


「私は争いたくありません」


「黒田さん?」


「叔父も二十年以上何も言わなかったんでしょう。それを相続した私が突然、塀を壊せというのも……」


 黒田さんは松田さんに頭を下げました。


「きちんと調べて、時効取得が認められるなら、その前提で手続きをしましょう」


 松田さんは、しばらく何も言いませんでした。


 昨日まで、


 土地を取られる。


 と怒鳴っていた人です。


 でも今は、少し困ったように頭をかいていました。


「いや……俺もな」


「はい」


「境界が違ってたなんて、本当に知らんかったんです」


「分かってます」


「黒田さんが悪いわけでもない」


 黒田さんが顔を上げる。


「だからまあ」


 松田さんは右手を出しました。


「ちゃんとやりましょう」


 黒田さんが、その手を握りました。


 坂崎さんだけが、少し居心地悪そうに座っています。


 私は思いました。


 こういうのでいい。


 誰かを叩きのめさなくてもいい。


 最初に乱暴だった話を、法律で元の大きさに戻す。


 それだけで、人はちゃんと話せるようになる。


 数週間後。


 専門家も交えて資料を確認し、松田さん側は正式に取得時効を主張することになりました。


 黒田さんも争わず、必要な手続きを進める方向で話がまとまった。


 そして、ある日の夕方。


 松田さん夫婦が事務所へやってきました。


「栞ちゃん」


「はい」


 春江さんが、小さな花束を差し出しました。


 アジサイでした。


「庭の?」


「そう」


 問題になった、あの細長い土地に咲いていたもの。


「今年も咲いたから」


「……ありがとうございます」


 私は受け取りました。


 少し青くて、少し紫。


 きれいでした。


 松田さんが照れくさそうに言う。


「二十三年前からあるんだ」


「じゃあ大先輩ですね」


「お前より長く松田家にいる」


「私、松田家の人間じゃありませんけど」


「そうだった」


「危うく養子にされるところでした」


 真壁さんが奥から口を挟みます。


「もらってもらえ。食費が減る」


「所長。真壁さんが従業員を売ろうとしてます」


「土地じゃないから時効は関係ないな」


「所長まで!」


 事務所に笑い声が広がりました。


 私は花瓶にアジサイを挿しました。


 そして席に戻り、ノートを開く。


 今日のところには、三つだけ書きました。


 時効は、時間が経っただけでは終わらない。


 まず、必要な期間が経過して「時効が完成」する。


 そして、その利益を受ける人が「時効を援用」する。


 時効が成立すると、その効力は起算点までさかのぼる。


「完成して、援用する」


 私が呟くと、真壁さんが缶コーヒー片手に寄ってきました。


「何だ、呪文か?」


「時効です」


「二十年待ってから呪文唱えんのか」


「雑に言えば」


「ずいぶん気の長い魔法だな」


 確かに。


 でも、私はアジサイを見ました。


 二十三年間。


 毎年、春になれば芽が出て。


 梅雨になれば花が咲いて。


 夏には色が褪せて。


 その隣で、家族が歳を取って。


 子どもが大人になって。


 犬がいて。


 いなくなって。


 人の暮らしが積み重なった。


 時効という制度は、単なる時計の話じゃないのかもしれない。


 本当の権利関係と、長く続いた現実が食い違ったとき。


 法律は、あるところで問いかける。


 長く続いたこの現実を、どう扱いますか、と。


 だから、ただ時間が経てばいいわけではない。


 完成して。


 援用して。


 そこで初めて、その長い時間に法律上の意味が与えられる。


「栞」


「はい?」


 所長が書類から顔を上げました。


「一つ覚えておけ」


「何ですか?」


「時効の相談で、『何年経った』だけ聞いて判断するな」


 私はペンを止めました。


「その間に何があったかを見るんだ」


「……」


「裁判を起こしたのか。請求したのか。債務を認めたのか。そういう事情で、時効の完成が猶予されたり、進んだ期間が更新されて振り出しに戻ったりすることもある」


 私は、ノートの隅に小さく書き足しました。


 時間だけを見るな。


 途中で何があったかを見る。


「なるほど」


「だから時効は、カレンダーだけじゃ解けん」


 所長はそう言って、また書類に戻りました。


 私は少し笑いました。


 前世で過去問を解いていた頃。


 時効は、数字の暗記だと思っていた。


 十年。


 二十年。


 何年。


 何年。


 でも違った。


 大事なのは、その時間の中身だ。


 誰が。


 どんなつもりで。


 何をして。


 何をしなかったのか。


 そして最後に、時効を使うと意思表示したのか。


 法律は、時計を見ているようで。


 案外、人間を見ている。


 窓の外では、梅雨の雨が静かに降り始めていました。


 花瓶のアジサイに、一滴だけ雨の匂いが残っている。


 私はノートを閉じます。


 昭和六十三年。


 今日もまた、過去問の中にしかいなかった言葉が、一つ、人の暮らしになりました。


 時効。


 長く続いた時間を、ただ古いものとして捨てるのではなく。


 その時間に意味を与える制度。


 ……ただし。


「真壁さん」


「なんだ?」


「二十年使ったからって、人の机を自分のものにしないでくださいね」


「誰がするか」


「念のためです」


「お前の机なんか二十年もいらん」


「ひどい」


 所長が新聞の向こうで笑いました。


 アジサイも、少しだけ笑っているように見えました。

 以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。

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