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宅建見習い栞の人情事件簿 〜転生したら昭和の不動産屋だったので、巻き込まれているうちに宅建過去問が解けるようになりました〜  作者: 条文小説
〈権利関係 配点14点/50点〉 代理

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32/150

[表見代理]法理編 栞とお勉強

挿絵(By みてみん)

 今日の事件を、もう一度整理する。


 榊原さんは、弟の修二さんに、倉庫を貸すための代理権を与えていた。


 つまり。


 代理権は、あった。


 ただし。


 土地を売る代理権までは、なかった。


 それなのに修二さんは、榊原さんの代理人として、浜田食品に土地を売った。


 普通に考えれば。


 ――無権代理。


 本人である榊原さんには、その契約の効果は帰属しない。


 本人が追認しなければ、浜田食品は榊原さんに対して、「契約どおり土地を渡してください」とは言えない。


 ……はずだった。


「なのに、今回はそこから話がひっくり返るんだよなあ」


 私は鉛筆の尻で、ノートを軽く叩きました。


「何がひっくり返るんだ?」


 声がして、顔を上げる。


 真壁さんでした。


「また後ろから覗いてたんですか」


「人聞き悪いな。普通に通っただけだ」


「私の机の真後ろを?」


「細かい奴だな」


 細かくなければ宅建は受かりません。


 私はノートを真壁さんの方へ向けました。


「表見代理です」


「今日のやつか」


「はい」


「権限がねえのに、あることになる」


「正確には、代理権がないのに、一定の場合には本人に契約の効果が帰属する、ですね」


「……もうその時点でややこしい」


「でしょうね」


 私は大きく書きました。


  表見代理


 そして、その下に。


  本当は代理権がない。


  しかし、外から見ると「代理権があるように見える」。


  その外観について本人にも責任がある。


  相手方がそれを信じても仕方がない。


  →本人に契約の効果を帰属させる。


「これが表見代理です」


「もっと簡単に言え」


「本人が作った“代理人っぽさ”を信じた人を守る制度」


「お」


 真壁さんが頷きました。


「それなら分かる」


「でしょう?」


「最初からそう言え」


「試験では『代理人っぽさ』って書いてくれませんから」


「宅建も融通利かねえな」


「民法に文句言ってください」


 私はノートに線を引きました。


 表見代理で一番大事なのは。


 代理人が悪いかどうか。


 ではありません。


 本人と相手方のどちらを守るべきか。


 そこです。


 たとえば今日。


 榊原さんは、本当に土地を売るつもりがなかった。


 だから、榊原さんからすれば、


 「弟が勝手にやったことだ」


 となる。


 一方。


 浜田食品から見ると。


 榊原さん本人から、


「不動産のことは弟に任せてある」


 と言われていた。


 弟は実印まで持っている。


 印鑑証明書も持っている。


 権利証まで見せてくる。


 しかも以前から、実際に不動産関係の仕事を任されている。


 これで、


「弟には土地を売る権限だけありませんでした。見抜けなかったあなたが悪いです」


 と言われたら。


 ――いや無理でしょう。


 となる。


「なるほどな」


 真壁さんが腕を組みました。


「だから本人に責任を負わせるのか」


「一定の場合は、です」


「一定の場合?」


「表見代理なら何でも成立するわけじゃありません」


 私はそこに、大きく丸をつけました。


  共通ポイント


  相手方が善意無過失であること。


「出たな」


「何がです?」


「善意無過失」


「宅建民法の常連です」


「また法律の善意か」


「はい。親切な人という意味ではありません」


 私は書きました。


  善意=代理権がないことを知らない。


  無過失=知らなかったことについて落ち度もない。


「つまり?」


「『本当に代理権があると思っていたし、そう思ったことについて不注意もなかった』ということです」


「じゃあ、浜田食品が実は弟に売却権限がないと知ってたら?」


「駄目です」


「表見代理なし」


「はい」


「知らなかったけど、ちょっと調べれば簡単に分かった場合は?」


「それも駄目です」


「善意だけじゃ足りない」


「そうです」


 私は赤鉛筆で囲みました。


  表見代理の相手方


  善意だけでは足りない。


  善意+無過失が必要。


「ここはかなり重要です」


「試験に出るのか」


「むしろ、ここを間違わせに来ます」


「性格悪いな」


「試験問題に人格を求めないでください」


          ◇


「で」


 真壁さんが椅子を引っ張ってきました。


「表見代理って、今日の一種類だけなのか?」


「いい質問ですね」


「なんだその先生みたいな言い方」


「三種類あります」


「増えた」


「安心してください」


「何を安心すりゃいい」


「全部、考え方は同じです」


 私はノートに三本の線を引きました。


  ①代理権授与の表示による表見代理


  ②権限外の行為の表見代理


  ③代理権消滅後の表見代理


「……漢字が多い」


「真壁さん、まだ一文字も説明してません」


「もう帰りたい」


「勤務時間中です」


 まず一つ目。


 私は数字の①を丸で囲みました。


  ①代理権授与の表示による表見代理


  民法109条


「これは、本人が相手に対して、『この人には代理権がありますよ』という表示をした場合です」


「でも実際には?」


「代理権を与えていない」


「なんでそんなことすんだよ」


「そこは本人に聞いてください」


「迷惑な奴だな」


「だから本人が責任を負うんです」


 たとえば。


 Aが土地の所有者。


 Bが代理人らしき人。


 Cが買主。


 AがCに、


「Bに土地を売る権限を任せてあります」


 と言った。


 ところが実は。


 AはBに、そんな代理権を与えていなかった。


 それでもCがその言葉を信じて、善意無過失でBと契約した。


 この場合。


 Aは、


「実は代理権を与えてませんでした」


 とは簡単には言えない。


「そりゃそうだな」


 真壁さんが頷きました。


「自分で『代理人です』って紹介したんだろ」


「そうです」


「だったら信じた奴より、言った本人の方が悪い」


「ざっくり言えば、それです」


 私はノートに書きました。


  109条


  本人が「代理権があります」と表示


      ↓


  実際には代理権なし


      ↓


  相手方が善意無過失


      ↓


  表見代理成立


「覚え方は?」


 真壁さんが聞きます。


「『あるって言ったの、あなたですよね』」


「雑だな」


「でも覚えられるでしょう?」


「……まあな」


          ◇


「二つ目」


 私は②を丸で囲みました。


  ②権限外の行為の表見代理


  民法110条


「これが今日の榊原さんの事件です」


「弟には代理権自体はあった」


「はい」


「倉庫を貸す権限」


「でも土地を売った」


「権限オーバー」


「そのとおりです」


 私はノートに書きます。


  本人A


   ↓「ここまでなら任せる」


  代理人B


   ↓「じゃあ、もっとやっちゃおう」


  相手方C


「代理人の『もっとやっちゃおう』が嫌すぎます」


「お前が書いたんだろ」


「分かりやすさ優先です」


 たとえば。


 AがBに、


「土地を担保にして、お金を借りてきてくれ」


 と代理権を与えた。


 ところがBは。


 土地を担保に入れるのではなく、土地そのものをCに売ってしまった。


 これは与えられた代理権の範囲を超えています。


 本来なら。


 土地売却については無権代理。


 でも。


 CがBに売却の代理権まであると信じ、そのように信じたことについて正当な理由がある。


 つまり、善意無過失なら。


 表見代理が成立することがある。


「今日の榊原さんは、まさにそれか」


「はい」


「弟に賃貸を任せてた」


「土地管理もさせていた」


「本人も弟を取引窓口みたいに紹介してた」


「実印なども持たせていた」


「……並べると強いな」


「でしょう?」


 私は頷きました。


「だから浜田食品側からすると、『売却権限まであると思いました』という主張に説得力が出る」


「でもさ」


 真壁さんが聞きました。


「何でもかんでも信じればいいのか?」


「そこが善意無過失です」


「たとえば?」


「近所のおじさんが、『俺、総理大臣の代理人だから国会議事堂売れるよ』と言ってきたら」


「信じねえよ」


「ですよね」


「むしろ病院を勧める」


「そのくらい外観が怪しければ、普通は保護されません」


「なるほど」


「代理権があると信じるだけの根拠が必要なんです」


 私は大きく書きました。


  110条のキーワード


  基本代理権がある。


  しかし、その範囲を超えた。


「基本代理権?」


「元になる代理権です」


「今日なら賃貸?」


「はい」


「まったく何の代理権もない奴が勝手に売った場合とは違うんだな」


「そこ、とても大事です」


 私は赤線を引きました。


 110条は、


 何らかの代理権があることが前提。


 そのうえで。


 その代理人が権限を越えてしまった場合です。


「宅建だと、抵当権設定の代理権しかないのに売却した、とか」


「出そうだな」


「実際よく出ます」


「貸すのと売るのは全然違うけどな」


「だからこそ、その違いを越えて表見代理が成立するかが問われるんです」


          ◇


「三つ目」


 私は③を囲みました。


  ③代理権消滅後の表見代理


  民法112条


「これは簡単です」


「その言葉を信じて何度ひどい目に遭ったか」


「今回は本当に簡単です」


 昔は代理人だった。


 でも今は代理権がなくなった。


 なのに。


 元代理人が、まだ代理人であるかのように契約した。


「元社員みたいなものか?」


「近いですね」


「辞めた営業マンが、昔の名刺持って契約取ってくる」


「かなり嫌な具体例ですが、そんなイメージです」


 私は書きます。


  以前


  A本人


   ↓


  B代理人 ←本当に代理権あり


  その後


  代理権消滅


   ↓


  Bがまだ代理人の顔でCと契約


「この場合も、Cが代理権の消滅を知らず、そのことについて過失もなければ、表見代理によって保護されることがあります」


「本人からしたら、『もうクビにしたんだから知らねえ』じゃ駄目なのか」


「相手から見て、それが分からないような状態を残していたら問題になります」


「なるほど」


「昔は本当に代理人だったわけですから、相手が信じやすいんですよ」


 私は覚え方を書きました。


  112条


  「昔は本物、今は偽物」


「偽物って言うと犯罪者っぽいな」


「代理権だけの話です」


「まあ、覚えやすい」


          ◇


 私は三つを並べました。


 ①109条。


 最初から代理権はない。


 でも本人が「代理権がある」と表示した。


 ②110条。


 代理権はある。


 でも代理人がその範囲を越えた。


 ③112条。


 昔は代理権があった。


 でも今は消滅している。


「こう並べると、結構きれいなんですよ」


「どこがだ?」


「時間軸です」


「時間軸?」


 私は①を指しました。


「109条は、代理権がないのに『あるように見せた』」


 次に②。


「110条は、代理権はあるけど『範囲を越えた』」


 最後に③。


「112条は、代理権が『あったけど、なくなった』」


「おお」


「ほら」


「珍しく整理されてる」


「珍しくは余計です」


 私はまとめました。


  109条


  代理権なし+本人があると表示


  110条


  代理権あり+範囲オーバー


  112条


  代理権あり→消滅済み


 そして。


 全部に共通するのが。


 相手方の善意無過失。


「これだけ覚えれば、だいぶ戦えます」


「試験って戦いなのか?」


「私は前世でかなり殴られました」


「また前世の話してる」


          ◇


「でも栞」


 真壁さんが、三つ並んだ条文を見ました。


「世の中、そんなにきれいに三種類に分かれるのか?」


「……いいところに気づきましたね」


「また先生になった」


「組み合わせもあります」


「増やすなよ!」


 私は笑いながら書きました。


 たとえば。


 本人が、


「Bには代理権があります」


 と表示した。


 でも、実際には代理権がない。


 ここまでは109条。


 ところがBが。


 その表示された範囲をさらに超える契約をした。


「109条プラス110条か」


「そうです」


 つまり。


 代理権授与表示+権限外行為。


 こうした組合せによる表見代理も認められる場合があります。


「まだあるのか」


「あります」


「聞きたくねえ」


「112条+110条」


「聞いてない」


「昔は代理権があった。でも代理権が消滅した。その元代理人が、昔持っていた権限の範囲までさらに越えて契約した場合」


「もう代理人、自由すぎない?」


「そういう人が出るから条文が増えるんです」


 私は書きました。


  109条+110条


  代理権授与表示がある


     +


  その表示された範囲まで超える


  112条+110条


  代理権が消滅した


     +


  元の権限の範囲まで超える


「試験でここが出たら?」


「まず一発で条文番号を当てようとしないことです」


「じゃあどうする」


「人間関係を整理する」


 そこへ。


「その通りだ」


 低い声がしました。


 大槻所長でした。


「所長」


「表見代理か」


「はい」


 所長は私のノートをちらりと見ました。


「栞。試験で一番危ないのは、条文番号を覚えたことで安心することだぞ」


「え?」


「109、110、112と覚えても、問題文の人間関係が分からなければ意味がない」


 所長は鉛筆を取りました。


 そして。


 私のノートの端に。


 A――本人


 B――代理人


 C――相手方


 と書きました。


「まず、この三人を置け」


「はい」


「次に、本人AがBに何をした」


「代理権を与えたのか」


「そうだ」


「代理権があったのか、なかったのか」


「うむ」


「いつまであったのか」


「そう」


「そしてBは何をしたのか」


「最後に?」


 私は聞きました。


 所長はCを指しました。


「Cが何を知っていたかだ」


 私は目を見開きました。


 なるほど。


 表見代理は。


 代理人ばかり見ていると混乱する。


 でも。


 ①本人は、どんな外観を作ったか。


 ②代理人は、どこまで権限を持っていたか。


 ③相手方は、何を知っていたか。


 これだけ順番に見ればいい。


 私は大きく書きました。


  表見代理の問題を解く順番


  ①本人の行為を見る。


  ②代理人の本当の権限を見る。


  ③代理人が何をしたかを見る。


  ④相手方が善意無過失かを見る。


「これ、かなり大事ですね」


「条文より大事なくらいだ」


 所長が言いました。


「代理は、人を整理できるかどうかで決まる」


「人を整理する……」


「法律用語に引っ張られるな。誰が、誰に、何を任せたか。それだけだ」


 私は、その言葉を二重線で囲みました。


          ◇


「ところで」


 真壁さんが言いました。


「表見代理が成立したら、結局どうなる?」


「本人に効果が帰属します」


「つまり今日なら?」


「浜田食品が表見代理を主張できるなら、榊原さんは『弟に売却権限はなかった』という理由だけで契約を否定できなくなる」


「契約は有効になる」


「はい」


「じゃあ弟はお咎めなし?」


「なりません」


 私は即答しました。


「むしろ、そこも試験ポイントです」


 ノートに新しく見出しを書きます。


  表見代理と無権代理人の責任


「表見代理が成立する場合でも、相手方は無権代理人に対する責任追及を選ぶことができます」


「どういう責任だ?」


「原則として、履行か損害賠償です」


「本人に契約を守らせるか」


「はい」


「それとも、無権代理人を追及するか」


「そうです」


 真壁さんが眉をひそめました。


「相手が選べるのか?」


「はい」


「表見代理が成立したら、本人だけに行くんじゃないのか」


「そこがポイントです」


 私は赤鉛筆で書きました。


  相手方は選択できる。


  ①表見代理を主張する


   →本人に契約の効果を帰属させる。


  ②無権代理人の責任を追及する


   →履行または損害賠償を求める。


「表見代理が成立したからといって、無権代理人が自動的に責任を免れるわけではありません」


「なるほどな」


「なので試験で、『表見代理が成立する以上、相手方は無権代理人に責任追及できない』と出たら」


「誤り」


「正解です」


「俺、宅建受けようかな」


「やめた方がいいですよ」


「なんでだよ!」


「今ちょっと正解しただけで調子に乗ったからです」


          ◇


 私は、無権代理との違いも整理しました。


  無権代理


  代理権がない。


     ↓


  原則として本人に効果は帰属しない。


     ↓


  本人が追認すれば、本人に効果が帰属する。


 一方。


  表見代理


  本当は代理権がない。


     ↓


  しかし、本人側に外観を作った責任がある。


     ↓


  相手方が善意無過失。


     ↓


  本人に効果が帰属する。


「つまり」


 私は声に出しました。


「無権代理の原則を、そのまま通すと相手方がかわいそうな場合に、例外として本人に責任を負わせる」


「本人が原因を作ってるからな」


 真壁さんが言いました。


「そうです」


 私は頷きました。


「今日の浜田食品みたいに、本人自身の言動を信じて取引した相手まで切り捨てると、取引が怖くてできなくなります」


「毎回本人に電話して確認しろって話になる」


「そうなります」


「代理人の意味ないな」


「そうなんです」


 代理制度は、人に任せるための仕組みです。


 でも。


 任せる仕組みがある以上。


 外から見た人が、


 「この人に任されているんだな」


 と信じる場面も出てくる。


 そこで本人が。


 都合のいい時だけ代理人を使い。


 都合が悪くなった瞬間、


「そこまでは任せてない」


 と全部ひっくり返せたら。


 取引は成り立ちません。


 だから。


 法律は本人に聞く。


 その外観を作ったことについて、あなたにも責任はありませんか、と。


          ◇


「ただし」


 所長が言いました。


「栞。もう一つ書いておけ」


「何です?」


「表見代理は、相手を何でも保護する制度じゃない」


「善意無過失ですね」


「それだ」


 所長は椅子に腰を下ろしました。


「本人に責任があるからといって、相手方がろくに確認もせず契約していいわけじゃない」


「はい」


「不自然な事情があるなら調べろ」


「そうですね」


「代理権を証明する書面の内容も見る」


「はい」


「売買みたいな重大な行為なら、なおさらだ」


 私は頷きました。


 今日の浜田食品は。


 何も確認しなかったわけではない。


 弟が代理人として実際に動いていた。


 榊原さん本人から、弟に不動産のことを任せていると言われていた。


 実印。


 印鑑証明書。


 権利証。


 そうした事情が積み重なっていた。


 だからこそ。


 善意無過失だと評価される余地が強くなった。


 もし。


 ただ弟が口だけで、


「兄の土地、俺が売れますよ」


 と言っただけだったなら。


 話はずっと違っていたかもしれない。


「つまり」


 私は書きました。


  表見代理=見た目だけで即成立


 ではない。


  本人側の外観


     +


  相手方の善意無過失


 が必要。


「そういうことだ」


 所長が頷きました。


          ◇


 私は最後に。


 今日の内容を試験用に一枚へまとめました。


  【表見代理】


  本当は代理権がない。


  しかし。


  本人にも「代理権があるように見える状態」を作った責任がある。


  そして相手方が善意無過失。


  その場合、本人に代理行為の効果が帰属する。


  【三類型】


  ①民法109条


  代理権授与表示


  本人が「代理権があります」と表示。


  実際には代理権なし。


  覚え方:


  「あるって言ったの、あなたですよね」


  ②民法110条


  権限外の行為


  何らかの代理権はある。


  しかし代理人が範囲を超えた。


  覚え方:


  「そこまでは任せてない」


  ③民法112条


  代理権消滅後


  以前は代理権があった。


  しかし現在は消滅済み。


  覚え方:


  「昔は本物、今は権限なし」


  【共通】


  相手方は善意無過失。


  【組合せ】


  109条+110条


  112条+110条


  もあり得る。


  【効果】


  表見代理成立


  →本人に効果が帰属。


  【相手方の選択】


  表見代理を主張する。


     または


  無権代理人の責任を追及する。


  無権代理人への責任追及では、原則として履行または損害賠償を請求できる。


「……よし」


 私は鉛筆を置きました。


「終わったか」


 真壁さんが聞きました。


「あと一行だけ」


 私はノートの一番下に書きました。


  表見代理では、


  「代理権が本当にあったか」だけを見ない。


  「なぜ相手が、あると信じたのか」を見る。


「それ、いいな」


 真壁さんが言いました。


「でしょう?」


「珍しく」


「今日それ二回目です」


 所長が新聞を畳みました。


「もっと短くできるぞ」


「え?」


「本人が作った見た目を、善意無過失の相手に押しつけるな」


 私は少し考えました。


「……確かに」


「試験では、それで十分だ」


「所長」


「何だ」


「たまに説明うまいですよね」


「たまに?」


 しまった。


 圧が出ました。


「常にです」


「よろしい」


 真壁さんが笑っています。


 ずるい。


          ◇


 私はノートを閉じました。


 今日まで。


 表見代理という言葉は、私の中でただの暗記事項でした。


 109。


 110。


 112。


 数字だけなら。


 電話番号の途中みたいなものです。


 でも。


 今日の事件を思い返せば。


 109条には。


 「この人に任せています」と言ってしまった本人がいる。


 110条には。


 任された範囲を越えてしまった代理人がいる。


 112条には。


 もう権限を失ったのに、昔の顔のまま動く元代理人がいる。


 そして、その向こう側には。


 それを信じて契約した相手がいる。


 法律は。


 代理人の胸の中を見ることはできない。


 だから。


 外から見える事情を、一つずつ拾う。


 誰が。


 どんな外観を作ったのか。


 相手は。


 なぜそれを信じたのか。


 そして。


 その信頼を守るべきなのか。


 それを考える。


 前世で私は。


 表見代理が苦手でした。


 条文が三つもある。


 組合せまである。


 善意無過失が出てくる。


 無権代理人の責任まで絡む。


 見るだけで嫌になったものです。


 でも。


 今なら少し分かります。


 三つの条文を別々に暗記するから難しい。


 根っこは全部、同じです。


 ――その「代理人らしさ」を、誰が作ったのか。


 それだけ。


「栞」


「はい?」


 真壁さんが、昼間の饅頭の箱を持っていました。


「最後の一個、食うか?」


「食べます」


「即答だな」


「善意無過失ですから」


「関係あるか?」


「ありません」


「じゃあ俺が食う」


「待ってください!」


「代理権ないだろ」


「所長!」


 所長は新聞の向こうから言いました。


「饅頭については、栞に処分権限を与える」


「やった!」


「今、代理権が発生したぞ」


 真壁さんが笑います。


 私は堂々と箱を受け取りました。


「では、正式な代理人としていただきます」


「その権限、食うことまで入ってんのか?」


「権限外ですか?」


「表見代理を狙うな」


 笑い声が、夕方の事務所に広がりました。


 私は饅頭を半分に割りながら思います。


 代理は便利です。


 自分一人ではできないことを、人に任せられる。


 だから社会は回る。


 でも。


 人に権限を持たせるということは。


 その人を信じる人が現れるということでもある。


 名刺。


 印鑑。


 言葉。


 肩書。


 これまでの取引。


 たった一つなら弱いものでも。


 積み重なれば。


 「この人には権限がある」


 という顔になる。


 だからこそ。


 代理権は。


 与える時も。


 終わらせる時も。


 その範囲を決める時も。


 曖昧にしてはいけない。


 私は最後に、ノートの余白へ小さく書きました。


  表見代理。


  見た目の責任を、誰が負うのかを決める制度。


 そして、その横にもう一つ。


  実印と権利証をまとめて渡さない。


 これはたぶん。


 試験には出ません。


 でも。


 実務では。


 こっちの方が、ずっと大事かもしれません。

 以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。

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