↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宅建見習い栞の人情事件簿 〜転生したら昭和の不動産屋だったので、巻き込まれているうちに宅建過去問が解けるようになりました〜  作者: 条文小説
〈権利関係 配点14点/50点〉 制限行為能力者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/152

[成年被後見人]現場編 同意したから大丈夫、が一番大丈夫じゃない人たち

挿絵(By みてみん)

 人はたぶん、「同意しました」という言葉を、ちょっと信じすぎます。


 判を押した。うなずいた。「いいですよ」と言った。だから有効。だから自己責任。だからもう動かせない。


 世の中の契約のだいたいは、まあその感じで回っています。でないと毎回「本当に本当に本心ですか?」なんて確認していたら、コンビニでおにぎり一個買うのにも三十分かかります。


 でも法律は、ときどき言います。


 「いや、その“同意”は、信じる方が危ない」


 前回の未成年者も、そうでした。十七歳が倉庫付き土地を買う。本人はやる気満々でも、法は「まだ一人で背負わせるには早い」と止める。


 そして今回の成年被後見人は、もっとはっきりしています。


 未成年が「まだ若いから保護する」制度だとしたら、成年被後見人は「大人だけど、今は一人で法律行為を任せるには危ないから保護する」制度です。


 だからこそ、ここでは年齢よりも、判断能力が前に出ます。


 そして厄介なのは、見た目では分からないことがある、という点です。


 ちゃんと会話しているように見える。買い物もしている。愛想もいい。でも、土地の売買や建物の処分みたいな重い判断になると、もう支えがないと危ない。


 しかもこの制度、未成年者と似ているようで、かなり違います。


 原則、行為は取り消せるでも日用品だけは取り消せないそして何より、成年後見人には同意権がない。


 ここ、本当にいやらしいです。


 普通は「保護者がいるなら同意でセーフになるのでは?」と思いますよね。


 でも成年被後見人では、それが通じない。


 なぜか。それは、同意したとおりに本人が行動できるとは限らないから。


 つまり、ここでは「事前に許したからOK」という発想そのものが弱い。


 ……うん。


 このへんまで来ると、民法はもう“契約の技術”というより、“人間の危うさの観察”を始めてる気がします。


 そして昭和六十三年の大槻不動産にも、その日、「昨日うちの父が、住んでいる家を売る契約をしてしまったんです」という、胃の痛い相談が持ち込まれました。


 しかも相手方は、こう言ったそうです。


 「でも、お父さんにはちゃんと説明して、後見人の奥さんもその場にいたんですよ」


 ……はい。その言い方、今日いちばん危ないやつです。


 昼前のことでした。


 ガラス戸が静かに開いて、品のいい女性が入ってきました。五十代後半くらい。紺のワンピース。姿勢はまっすぐ。でも目の下に、かなり深い疲れがあります。


「すみません。相談したいことがあって……」


 所長がすぐに応接へ通しました。私はお茶を出しながら、その人の手元を見ます。封筒が二つ。片方は病院の封筒っぽい。もう片方は不動産売買契約書のサイズ。


 はい、嫌な予感が濃いです。


「私は高梨と申します」


 高梨恵子たかなしけいこさん。


「夫のことで……。夫は一昨年から、家庭裁判所で後見開始の審判を受けていて、今は成年被後見人です」


 その時点で、私はノートを引き寄せました。はい、今日の主題確定です。


「ご主人のお名前は」


「高梨恒一です」


「そのご主人が、昨日何か契約を?」


「……はい。自宅を売る契約を」


 応接の空気が、一気に重くなりました。


 真壁さんが新聞から顔を上げます。


「自宅?」


「はい。夫が住んでいる家です。今は私も一緒に住んでいます」


 所長が、すぐに確認しました。


「成年後見人は、どなたですか」


「私です」


「では、奥さんが成年後見人」


「はい」


「その場にいた?」


「いました」


「そして相手方は、“後見人もいたから大丈夫”と言っている」


 高梨さんは、深く頷きました。


「そうなんです。でも、夫はその日、かなり機嫌がよくて、相手の言うことにただ合わせている感じで……。私は途中でおかしいと思ったんですが、向こうは“後見人さんが同席なら安心です”と……」


 はい。来ました。


 成年後見人に同意権がない


 この論点が、ものすごく現実の顔をしてやって来ました。


 所長が、まず基本から確認します。


「高梨さん。後見開始の審判は、家庭裁判所で正式に出ていますね」


「はい。書類もあります」


 病院の封筒ではなく、もう一つの書類の方から、審判書類の写しが出てきました。


 私はそれを見ながら、頭の中で今日の第一整理を始めます。


「成年被後見人って、つまり重い認知症の人ってことですか?」


 真壁さんがざっくり聞くと、高梨さんは少しだけ迷いながらも頷きました。


「簡単に言えば、そうです。最近は日によって波がありますけど、悪い日は家の中でも迷いますし、お金のこともほとんど判断できません」


 私はここで、できるだけ分かりやすく口を挟みました。


「法律上の言い方をすると、判断能力を欠く状況にあって、家庭裁判所の後見開始の審判を受けた人が成年被後見人です」


「はい……」


「認知症だけじゃなく、知的障害や精神上の障害なども含みますが、要するに“一人で重い契約を任せるのは危ない状態”です」


 高梨さんは疲れた顔で頷きます。


「ええ。夫は昔、自分で店をやっていた人なので、ぱっと見はしっかり見える日もあるんです。でも、数字も、契約も、もう……」


「だから後見人がついている」


「はい」


 所長が言いました。


「成年後見人は、家庭裁判所が選任した人ですね」


「ええ。私が選ばれました」


「複数ではなく一人」


「はい」


 私はそこで、ノートに書き込みました。


成年被後見人


 ・判断能力を欠く状況

 ・家庭裁判所の後見開始の審判

 ・保護者は成年後見人

 ・成年後見人は家庭裁判所が選任

 ・複数選任も可能

 ・法定代理人である


 うん。


 未成年者とは別の入り口ですが、保護の発想はつながっています。


「で、そのご主人が自宅を売る契約をした」


 所長が契約書に目を落とします。


 売主は高梨 恒一。買主は東城開発。価格は相場より少し安い。そして対象は、ご主人が住んでいる居住用建物と敷地。


 ……うわ。論点が重い。


 成年被後見人の取消しだけでは終わりません。居住用不動産の処分まで絡む。


 でもまずは基本からです。


「高梨さん」


 私はゆっくり言いました。


「成年被後見人がした法律行為は、原則として取り消すことができます」


 彼女は、はっきり息を吐きました。


「やっぱり……」


「はい。原則はかなり強いです」


「その時、夫は穏やかに話していて、質問にも一応答えていたんです。だから相手は“判断できている”って……」


「そこ、すごく大事なんですけど」


 私は少し強調しました。


「成年被後見人は、その時たまたま事理を弁識できそうに見えても、原則として取り消せます」


 高梨さんが目を見開きます。


「そうなんですか」


「はい。後見開始の審判を受けている以上、制度として保護がかかっているので」


 真壁さんが横から言いました。


「つまり、“今日はなんかしっかりして見えたから大丈夫でした”って逃げられにくいわけだ」


「そうです」


 ここ、すごく強いですよね。

 未成年者だと年齢で切る。

 成年被後見人だと、審判の存在がまず効く。


 だから相手方が「見た感じ大丈夫そうだった」は、あまり切り札にならない。


「ただし」


 私はすぐに続けました。


「例外があります」


 高梨さんがまた緊張した顔になる。

 申し訳ないですが、民法は毎回これです。


「日用品に関する行為は、取り消せません」


「日用品?」


「たとえば、シャンプーを買うとか、日常の食料品とか」


「……自宅の売却は違いますよね」


「まったく違います」


 真壁さんがぼそっと言いました。


「シャンプーと居住用不動産を同じ棚に置くなよって話だな」


「でも条文上は、そのくらい差をつけてるってことです」


 つまり、成年被後見人にも、日常生活まで全部止めるわけではない。

 でも土地建物みたいな重いものは、かなり強く保護する。


 ここのバランスも、民法らしいです。


3. 成年後見人にある権限、ない権限

 高梨さんが少し躊躇いながら言いました。


「でも、私、その場にいたんです」


「はい」


「しかも、相手に急かされて、“主人がその気なら……”みたいなことを言ってしまって」


「なるほど」


「それだと、私が同意したことになるのかって……」


 はい。

 今日の大本命です。


「高梨さん」


 私はできるだけはっきり言いました。


「成年後見人には、同意権がありません」


 応接に少し沈黙が落ちました。


「……え?」


「同意権がないんです」


「でも私、後見人ですよ?」


「はい。後見人です。でも未成年者の法定代理人とは違って、成年後見人には“同意して本人に有効にさせる”という権限がありません」


 真壁さんが腕を組みました。


「ここ、未成年者とごっちゃになりやすいんだよな」


「ものすごくなります」


 私は頷きます。


「未成年者の法定代理人には同意権がありました。でも成年後見人にはありません」


「どうしてですか……?」


 高梨さんが本当に不思議そうに聞くので、私は少し考えてから答えました。


「未成年者なら、同意した内容をその後ある程度その通りに理解して行動できることが期待できます」


「はい」


「でも成年被後見人は、判断能力を欠く状況にあります。たとえ事前に“これでいいですよ”と後見人が言っても、本人がその意味を安定して理解してそのとおりに行うとは限らない」


「……」


「だから、制度として“同意すれば本人の行為が有効になる”という作りにしていないんです」


 所長が静かに補いました。


「成年後見人にあるのは、取消権、追認権、代理権です」


 私はすぐにノートへ整理しました。


・成年後見人の権限

・取消権

・追認権

・代理権

・同意権はない


「ここ、すごく大事です」


 私が言うと、真壁さんも珍しく素直に頷きました。


「むしろ今日の事件そのものだな」


「はい。“後見人がいたから大丈夫”が、一番大丈夫じゃない」


 高梨さんは、そこでようやく少し力が抜けたようでした。


「じゃあ、私がその場にいたことだけで、この契約が固まるわけじゃないんですね」


「そうです」


「同意したから有効、にもならない」


「はい」


 ここで恒例の疑問が出ました。


「でも、それだと後見人って何をするんですか」


 真壁さんが聞くと、高梨さんも同じ顔をしています。


 分かります。


 同意できないなら、座って見てるだけの人みたいに聞こえてしまう。


「違います」


 私は言いました。


「成年後見人は、代理して行うことができます」


「代理」


「本人の代わりに、本人のために、法律行為をする権限です」


「じゃあ本人が土地を売るんじゃなくて、後見人が代わりに売ることは?」


「可能です。ただし――」


 私は契約書を指で押さえました。


「本人が住んでいる建物や敷地を処分する場合は、家庭裁判所の許可が必要です」


 高梨さんがはっとしました。


「やっぱり……!」


「はい。しかもこれはかなり重要です」


 所長が契約書を閉じます。


「居住用不動産の売却、賃貸、賃貸借の解除、抵当権設定など、生活の基盤を動かす処分には、家庭裁判所の許可が必要だ」


「後見監督人がいたら、その人の許可で足りますか」


 私があえて聞くと、所長は首を振りました。


「足りない。家庭裁判所の許可だ」


「ですよね」


 ここもひっかけポイントです。


 監督人がいようがいまいが、居住用不動産の処分は家庭裁判所。


 高梨さんは、両手をぎゅっと握りました。


「私は、そんな許可の話、全然聞いていません」


「では、その点でもかなり問題です」


「もし私が“売ってもいいかな”と思ってしまっていたとしても……?」


「それでも、家庭裁判所の許可が別に要る話です」


 真壁さんが低く言いました。


「相手方、だいぶ雑だな」


「たぶん雑というより、分かってて押してますね」


 私はつい本音を漏らしました。


「後見人がその場にいると、“家族も了承済み”みたいに見せやすいんでしょう」


「ありそうだな」


 高梨さんは、ふと契約書の一ページをめくって言いました。


「相手方が言っていたんです。“高梨さんにとって不利益な契約じゃない、現金も入るし、家も当面借りられる形にする”って。もしそうなら、取り消せないんでしょうか」


 これも、実務ではよく出そうな言い方です。


 私は首を横に振りました。


「成年被後見人がした行為は、原則として取り消せます」


「贈与を受けるだけみたいな、得な契約でも?」


「はい。未成年者と違って、そこを一般的に“単に権利を得るだけだからOK”とはしません」


 真壁さんが言いました。


「建物の贈与を受ける契約ですら、日用品じゃないから取消し対象になりうるわけだな」


「そうです」


 成年被後見人の保護は、未成年者よりも、ずっと“包括的”です。重い認知症の人が大きな贈与を受けるって、得か損かだけでは測れませんからね。管理も負担も絡みます。


「つまり」


 私は整理しました。


「成年被後見人についての例外は、基本的に日用品など日常生活に関する行為です。そこ以外はかなり広く取消し対象になります」


 高梨さんが、小さく頷きました。


「夫はこの前、自分でシャンプーを買ってきたんです。そういうのはそのままでいい。でも家の売買は違う……」


「はい。まさにその線引きです」


 ここで、高梨さんが一番言いたかったことを、ようやく口にしました。


「でも、昨日の夫、本当に一時的には受け答えができていたんです」


「はい」


「だから私、自分でも迷ってしまって……。もしかして、昨日だけはちゃんと分かっていたのかなって」


 私は少しだけ息を吸いました。


 この気持ち、つらいですよね。家族だからこそ、良い日には“今日は戻っているかもしれない”と思いたい。そしてその期待が、法律の場ではかえって迷いになる。


「高梨さん」


 私はできるだけ柔らかく言いました。


「その迷いは自然です」


「……」


「でも法律上は、後見開始の審判を受けている人は、その時たまたま事理を弁識できそうでも、原則として取消し可能と扱います」


「そうなんですね」


「はい。そうしないと、相手方が毎回“今日はしっかりしていた”と言い出して、制度が崩れます」


 所長が頷きました。


「だから審判がある。家族の感覚だけに任せないためだ」


 なるほど。そうか。成年後見制度って、本人保護だけじゃなく、家族の迷いを制度で支える面もあるんですね。


 “今日は大丈夫そう”に引っ張られすぎないように。


 その日の夕方、東城開発の担当者が事務所に来ました。


 こういう時に自分から来る相手、たいてい押しが強いです。案の定、三十代後半くらいの男で、笑顔がなめらかでした。


「いやあ、高梨さんが少し誤解されてるようで」


 出た。誤解。


「私は東城開発の新見と申します」


「どうも」


 所長は挨拶だけ返して、席を勧めました。


 新見は、いかにも“理屈で丸めるのが得意です”という顔をしています。嫌いじゃないです。こういう人の理屈を法で止める回はだいたい面白いので。


「まず申し上げたいのは、高梨様は当日、非常に落ち着いておられました」


「はい」


 所長は感情を交えません。


「質問にも受け答えしていましたし、奥様――つまり後見人の方も同席しておられた。ですから、こちらとしては適正な契約と理解しています」


 はい。典型です。


 私はメモを取りながら、頭の中で反論の順番を並べます。


 成年被後見人は原則取消し可


 ・その場でしっかり見えたことは決定打にならない

 ・成年後見人に同意権はない

 ・居住用不動産の処分には家庭裁判所の許可が要る


 完璧です。逆に、ここまできれいに並ぶと少し怖いくらいです。


 所長が静かに言いました。


「まず前提として、高梨氏は後見開始の審判を受けた成年被後見人です」


「それは承知しています」


「であれば、本人がした本件売買契約は、原則として取り消し可能です」


「しかし、本人はしっかりしていました」


「その点は原則を崩しません」


 新見の笑顔がほんの少し固まりました。


「……なるほど」


「次に、奥様が同席していた件ですが、成年後見人には同意権がありません」


 新見の目が、一瞬だけ泳ぎました。


 はい、知ってたか、知らなかったか。どちらでも今の反応は効いてます。


「同意権、ですか」


「ええ。未成年者の法定代理人と混同しているのかもしれませんが、成年後見人にあるのは取消権・追認権・代理権であって、同意権ではありません」


「……」


「ですから、“後見人がいたから有効”とはなりません」


 真壁さんが腕を組んだまま、低く言いました。


「しかも、今回は居住用不動産ですね」


「はい」


 私が続けます。


「成年後見人が本人に代わって居住用建物や敷地を処分する場合ですら、家庭裁判所の許可が必要です。まして今回は、本人名義で契約を進めています」


 新見の笑顔が完全に消えました。


「家庭裁判所の許可は……今回、得ていません」


「でしょうね」


 危うく口に出しかけましたが、ギリギリ飲み込みました。私も大人になりました。


 所長がまとめに入ります。


「したがって、本件は少なくとも、成年被後見人の行為として取消しの対象になり得る上、居住用不動産処分の点でも重大な問題があります」


 新見は数秒黙ってから、やや硬い声で言いました。


「持ち帰って検討します」


「お願いします」


 所長はそれ以上追い詰めませんでした。追い詰めすぎると、変な意地になる相手もいますからね。


 新見が帰ったあと、高梨さんはまだ不安そうでした。


「でも、夫は最近、自分で小さい買い物をしてくるんです。お菓子とか、石けんとか」


「それは自然です」


 私は答えました。


「成年被後見人でも、日用品の購入その他日常生活に関する行為は、取り消せません」


「どうしてですか」


「そこまで全部取り消せると、本人の日常生活が回らなくなるからです」


 真壁さんが言いました。


「毎回シャンプー買うたびに“後見人の追認がいる”とか言い出したら、生活できないからな」


「まさにそれです」


 高梨さんは少し笑いました。


「たしかに」


「でも逆に言えば、その例外は日常生活の範囲にかなり限定されます」


「家の売却は、絶対違う」


「絶対違います」


 ここ、覚えやすいですよね。


 シャンプー → OK

 自宅売却 → 全然OKじゃない


 極端なくらい差があるので、かえって頭に残ります。


 高梨さんが、ためらいながら聞きました。


「取り消すのは、私がするんですか。それとも夫本人なんでしょうか」


「両方ありえます」


 私は答えました。


「本人にも取消権がありますし、成年後見人にも取消権があります」


「なるほど……」


「ただ、実際には後見人が動くことが多いと思います」


「追認は?」


「成年後見人に追認権があります」


 ここで真壁さんが言いました。


「でも今日の件、追認する流れはなさそうですね」


「ないですね」


 私は即答しました。


「居住用不動産ですし、家庭裁判所の許可問題もありますし」


 つまり今日の主戦場は、追認というより取消しです。でも“追認権もある”と知っておくのは大事。


 なぜなら、成年後見人にない権限が同意権で、ある権限が追認権だから。


 この並び、絶対に混ざるやつです。案外覚えられます。


 話が一段落したころ、所長が思い出したように言いました。


「ところで高梨さん、少し話がずれるが、甥御さんの件で未成年後見の話も出ていたな」


「あ、はい。姉の子です。両親がいなくて……」


 私はすぐに顔を上げました。


 また横展開ですね。ありがとうございます民法。


「未成年後見人って、成年後見人と同じように家庭裁判所が必ず選ぶんですか?」


 私が聞くと、所長は首を振りました。


「成年後見人は家庭裁判所が選任します。 でも未成年後見人は、場合によっては最後の親権者が遺言で指定することもあります」


「なるほど」


「だから、“成年後見人は家庭裁判所が選びますが、未成年後見人は必ずしもそうとは限りません”」


 高梨さんが少し感心したように言いました。


「同じ“後見人”でも違うんですね」


「はい。そこも混ざりやすいところです」


 真壁さんがぼそっと言いました。


「宅建ってほんと、似てる単語をわざと並べてくるよな」


「学習者いじめの気配があります」


「でも現場でも混ざるからな」


「それはそうです」


 三日後。東城開発から連絡が来ました。


 結論としては、契約の白紙撤回。手付返還。今後の請求放棄。


 責任を認める文言は当然入っていませんでしたが、それでも十分です。高梨さんの家は、少なくともこの件では守られました。


 知らせを受けて事務所に来た高梨さんは、深く頭を下げました。


「本当にありがとうございました」


「いえ」


「夫は、今日はまた、あの日のことをほとんど覚えていなくて……」


 私は少し胸が詰まりました。


 そうなんですよね。この制度って、本人が自分で“あの契約は危なかった”と後から反省できるとは限らない人のためにある。


 だから周りと制度が支える。


「高梨さん」


 私は言いました。


「後見人として、その場で迷ったことを責めすぎないでください」


「……」


「“今日はしっかりして見えた”日に迷うのは、家族として当然です」


 彼女の目が、少し赤くなりました。


「でも、制度があってよかったです」


「本当にそうですね」


 所長も静かに頷いていました。


 窓の外はすっかり暗く、駅前の光がガラスにぼんやり映っていました。


 前は、十七歳に倉庫付き土地は早い、という話でした。今日は、大人でも、一人で家を売らせるには危ない人がいる、という話。


 つまり制限行為能力者って、結局こういうことなんですよね。


 自由に契約させることが、その人のためにならない場面がある。


 法律はそこに、年齢や審判や許可という形で、わざと不自由を置く。


 でもその不自由は、たぶん事故を減らすための不自由です。


 民法、相変わらず面倒です。でも、今日みたいな話を見ると、やっぱりその面倒くささには意味があると思ってしまいます。


 ……まあ試験で「同意権があるかないか」を入れ替えて出されると、本気で腹は立ちますけどね。

 以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宅建見習い栞の人情事件簿 〜転生したら昭和の不動産屋だったので、巻き込まれているうちに宅建過去問が解けるようになりました〜
名探偵 藤原彰子の宮中事件簿 ――『転生皇后 藤原彰子』スピンオフ外伝
転生皇后 藤原彰子 〜 欠けることのない望月の世は私が創る 〜
新訳 太閤記 ~ 転生 豊臣秀吉、未来を識る僕は史実の道を静かに歩む 〜
新訳 三河物語 〜 徳川家康と家臣団の戦国サバイバル 〜 with 逆行転生犬シロ
新訳 北条五代記 〜 近所の隠居が書いたメモがガチの戦記だった件〜
美しき女帝 北条政子 〜 婚約破棄どころか強制結婚!? 平家のエリートに嫁がされそうになったので、豪雨の山を越えて愛する無職の元へ走ってみた 〜
新訳 曽我物語 〜 復讐系なろうの原点、父を殺された兄弟の二十年の復讐譚〜
箴言・格言・名言集 〜頑張るあなたへ、今日を乗り越えるための一言〜
拝啓、愛読者様。― 想いを少しだけ 謹呈 条文小説
六道輪廻抄 〜 戦国転生記 〜
コミックス「六道輪廻抄〜戦国転生記〜」
動画生成AIが作成したイメージビデオ
動画生成AIが作成したなろう小説イメージビデオ
動画生成AIが作成したなろう小説イメージビデオ
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。