[未成年者]法理編 栞とお勉強
閉店後。私は机の上に今日の書類を並べ、ノートを開きました。
今日のテーマは――未成年者。
十七歳の恒一くんが一人で土地を買おうとしていた。
本人には、自分で働いて、自分でお金を稼いで、自分の人生を決めたいという気持ちがあった。その気持ちは、たぶん間違っていません。でも法律は、こういうところで少し冷静です。
――気持ちが大人でも、十八歳未満なら原則として未成年者。
そして、未成年者には法律上の「保護」がある。
「何書いてる?」
顔を上げると、真壁さんがコーヒーを持って立っていた。
「今日の復習です」
「またノートか」
「ノートにまとめると覚えやすいんです」
「俺は頭に入れる前に眠くなる」
「それは勉強法以前の問題です」
「ひどいな」
真壁さんが笑う。
そこへ所長もやってきた。
「今日は未成年者だったな」
「はい」
「なら、最初に一番大きな棚を作っておけ」
「棚?」
「制限行為能力者だ」
私はペンを持ち直した。
そうでした。
未成年者だけを覚えるより、その上の概念から整理した方が分かりやすい。
私はノートの一番上に書いた。
制限行為能力者
そして、その下に四つ。
①未成年者
②成年被後見人
③被保佐人
④被補助人
「この四つが基本です」
「名前だけ見ると、急に難しくなるな」
真壁さんが言う。
「『被』が三つも並ぶからですよ」
「『被』って何だ?」
「“保護される側”と考えると分かりやすいです」
私は書き足した。
成年被後見人 →後見人に保護される人
被保佐人 →保佐人に保護される人
被補助人 →補助人に保護される人
「なるほど」
真壁さんが頷いた。
「つまり、名前は難しいけど、要するに“一人で法律行為をすることについて、法律上の保護が必要な人”か」
「そうです」
所長が補足する。
「制限行為能力者が単独でした法律行為は、原則として取り消すことができる」
私は『原則、取消しができる』に赤線を引いた。
ここは今日の一番大きな柱だ。
ただし――。
民法には、必ずと言っていいほど「ただし」がある。
「でも、全部が全部取り消せるわけじゃないんですよね」
「そうだ」
所長が頷いた。
「だから未成年者は、“何もできない人”と覚えるな」
「はい」
「“一定の重要な法律行為について、保護されている人”と覚えろ」
私は、その言葉を書き留めた。
次のページ。
私は大きく書いた。
未成年者=18歳未満
「これは簡単ですね」
「簡単なところほど、試験では間違える」
真壁さんが言う。
「たしかに……」
以前は成人年齢が二十歳だった。でも現在は十八歳。
だから、
17歳 → 未成年者
18歳 → 成年者
ここは素直に覚える。
「じゃあ、十七歳で働いていても?」
「未成年者です」
「自分でお金を稼いでいても?」
「未成年者です」
「じゃあ、めちゃくちゃしっかりした十七歳でも?」
「未成年者です」
「……厳しいな」
「法律は本人の雰囲気では年齢を決めませんから」
所長が静かに言った。
「今回の恒一くんも、それだ」
そう。
本人がしっかりしているかどうかと、法律上の年齢は別問題。だからこそ、十七歳である以上、原則として法定代理人の同意なく重大な契約をすることには制限がある。
ここが本丸。
私は大きく書いた。
未成年者が法定代理人の同意なくした法律行為
→原則、取消し可能
「今回の土地ですね」
「そうだ」
所長が頷く。
「恒一くんは十七歳。そして親の同意を得ずに土地購入契約をした」
「だから、原則として取消しを検討できる」
「その通り」
私は少し考えた。
「でも、“契約した瞬間から無効”ではないんですよね?」
「そこは重要だ」
所長が言う。
「取消しがされるまでは、いったん有効なものとして扱われる」
私はノートの端に書いた。
未成年者の契約 =最初から当然に無効、ではない =取消しができる
ここは、「意思表示」でやった無効と取消しの違いともつながってくる。
「つまり、今日の未成年者も“無効”じゃなくて“取消し”なんですね」
「そう」
「この違い、忘れないようにしないと」
「栞、そこ忘れたら前回のノートが泣くぞ」
「ノートに感情移入しないでください」
私は次の見出しを書いた。
未成年者の契約を取消せる人
①未成年者本人
②法定代理人
③成年に達した元未成年者
「ここ、ちょっと意外なんですよね」
「何が?」
真壁さんが聞く。
「未成年者本人も取消せることです」
「本人なんだから当然じゃないのか?」
「そう思うんですけど、実際には“親が取り消すんでしょ”って覚えてしまいそうで」
私は赤字で書いた。『取消しに親の同意は不要』
「これ、試験で出るやつです」
「なるほど」
所長が頷く。
「未成年者本人が、自分のした法律行為を取り消すこともできる」
「そして法定代理人も取消せる」
「そうだ」
「さらに、その人が十八歳になった後も、元未成年者本人が取消せる」
「そういうことだ」
私は三つを丸で囲んだ。
①本人
②法定代理人
③成年に達した元未成年者
「よし」
「何が?」
「ここは覚えました」
「本当に?」
「たぶん」
「そこは“はい”でいいだろ」
さて。
ここからが試験問題の嫌なところ。
私はノートに大きく、
ただし!
と書いた。
「未成年者だから、何をしても取消せる――ではありません」
「今日も来たな、“ただし”」
「来ました」
私は三つに分けて書く。
①単に権利を得る、または義務を免れる行為
「これはイメージすると簡単です」
「例えば?」
「ただでもらう」
「お?」
「誰かから土地を贈与してもらうとか」
「土地?」
「まあ、例としてはかなり豪華ですけど」
私は続けた。
単に権利を得るだけなら、未成年者を保護する必要性が小さい。
贈与を受ける。借金を免除してもらう。つまり、得するだけ、または義務から解放されるだけ、の行為。
「だから、原則として取消せない」
「なるほど」
真壁さんが頷く。
「土地を“もらう”のと、土地を“買う”のでは違うわけだ」
「そうです」
「買うと代金を払う義務が発生する」
「その通りです」
私は大きく書いた。
もらう → 原則、取消せない
買う → 原則、法定代理人の同意が必要
「こうすると覚えやすいですね」
次。
②法定代理人が処分を許した財産の処分
「これも身近な例があります」
「おこづかい?」
「正解です」
私は書いた。おこづかいでお菓子を買う
「親から“このお金は自由に使っていいよ”と渡されたなら、その範囲で使うことまで、毎回親の同意を必要としたら大変です」
「そりゃそうだ」
「コンビニでジュースを買うたびに、親の印鑑が必要になりますからね」
「そんな家庭、嫌だな」
私は笑いながら続けた。
「だから、法定代理人が処分を許した財産について、その許された範囲で処分する行為は、取消しできません」
そして一行。
許された財産の範囲なら、自分で処分できる。
「ただし」
真壁さんが先回りする。
「土地はおこづかいじゃない」
「はい」
「今回それ何回言うんだ」
「大事なので」
そして三つ目。
③法定代理人から営業許可を受けた場合
「ここは少しややこしいです」
「古着屋の話だな」
「そうです」
私は書いた。
法定代理人から営業を許可された未成年者 →その営業に関しては、成年者と同一の行為能力を有する
「じゃあ、親から“古着販売の営業をしていいよ”と許可されていたら?」
「その営業については、単独で契約できます」
「古着を仕入れる」
「できます」
「古着を売る」
「できます」
「じゃあ、その勢いで自分の住む家を買う」
「……それは別です」
「やっぱり?」
「やっぱりです」
私は線を引いた。
営業許可の効力 =許可された営業の範囲
「ここが大事です」
所長が頷く。
「古着販売の営業を許可したからといって、その未成年者が何でも自由に契約できるわけではない」
「つまり、“営業許可=成年者になった”ではない」
「そういうことだ」
「古着屋をやるための仕入れはできても、自分の居住用の建物購入まで当然に自由になるわけではない」
「正解」
私は丸をつけた。
営業許可は万能パスではない。
これで覚えよう。
次のページ。
ここもまとめて覚えてしまう。
法定代理人の四つの権利
①同意権
②取消権
③追認権
④代理権
「これ、似たような言葉が四つ並ぶんですよね」
「だから意味で覚えろ」
所長が言う。
私は一つずつ整理した。
①同意権
「事前に、“それをやっていいよ”と言う権利」
契約する前 →同意
②取消権
「契約した後に、“やっぱり取り消します”と言う権利」
契約した後 →取消し
③追認権
「契約した後に、“この契約でいいです”と確定させる権利」
契約した後 →有効なものとして確定
④代理権
「本人に代わって、法定代理人自身が法律行為をする権利」
本人に代わって →代理
「なるほど」
真壁さんが言った。
「同意と追認が、ちょっと似てるな」
「時間軸で分けると覚えやすいですよ」
私はノートに矢印を書いた。
契約前 → 同意
契約後 → 取消し or 追認
「そして、そもそも親が本人の代わりに契約するなら?」
「代理権」
「よし」
真壁さんが頷いた。
「今日のノート、かなり実用的だな」
「ありがとうございます」
「俺のノートにも書いといて」
「自分で書いてください」
次のページに、私は少し考えてから書いた。
未成年者 =何もできないではない。
ここは、今日の話で一番大事な気がした。
普通の買い物もする。許された財産も使う。営業許可を受ければ、その営業について自分で取引もできる。単に権利を得るだけの行為もできる。
ただし、
重い法律行為については、原則として法定代理人の同意が必要。
「つまり、全部禁止じゃないんですよね」
「そうだ」
所長が言う。
「保護することと、何もさせないことは違う」
私はその言葉を、そのままノートに書いた。
――保護することと、何もさせないことは違う。
恒一くんのことを思い出した。
彼は店をやりたかった。自分の人生を、自分で決めたかった。法律は、それを否定しているわけではない。ただ、土地購入という大きな契約には、一度立ち止まらせる。そのくらいのブレーキをかけてもいい年齢だ、と。
ノートをめくる。すると、所長が言った。
「そういえば、胎児も整理しておけ」
「未成年者から胎児に飛びます?」
「関連論点だ」
「民法、話が急ですね」
でも、たしかに試験では出る。
私は新しい見出しを書いた。
胎児の権利能力
「まず原則として、胎児はまだ生まれていないので、一般には権利能力を持ちません」
「でも例外がある」
「はい」
私は三つ書いた。胎児が例外的に保護されるもの
①不法行為に基づく損害賠償請求
②相続
③遺贈
「この三つ」
真壁さんが指を折る。
「不法行為、相続、遺贈」
「はい」
「これだけ覚えればいい?」
「宅建なら、まずはこの三つを確実に覚えます」
「じゃあ、お腹の中の子が土地を相続することは?」
「あります」
「でも自分で土地を売ることは?」
「できません」
「なんで?」
私は少し考えてから答えた。
「ここは、“権利を持てるか”と“自分で法律行為ができるか”を分けると分かりやすいです」
所長が頷いた。
「そこだ」
私は今日の最後の大きな線を『権利能力と行為能力は別』に引いた。
「赤ちゃんでも、財産を持つことはできます」
「でも、自分で契約することはできない」
「そうです」
真壁さんが少し考える。
「じゃあ、赤ちゃん名義の不動産ってありえる?」
「あります」
「赤ちゃんが自分で契約書に判を押したら?」
「そもそも意思能力の問題があります」
「なるほど」
私はまとめた。
不動産を所有できる ≠ 自分で不動産売買契約をできる
ここは、かなり重要。
赤ちゃんが土地を相続することはできる。
でも赤ちゃん自身が、
「この土地、売ります!」
と言って契約するわけではない。所有できることと、自分で法律行為をすることは別です。
「これ、試験で出されたら引っかかりそうです」
「だから出る」
所長が即答した。
「ですよね」
私は最後の方に、小さく書いた。
婚姻による成年擬制
「そういえば、昔は“未成年者でも婚姻すれば成年者とみなされる”って問題がありましたよね」
「昔はな」
所長が答える。
「でも現在は、十八歳未満の者は婚姻できない」
「つまり、今の勉強では“婚姻している未成年者”という設定そのものに注意する」
「そういうことだ」
真壁さんが笑う。
「法律も時代が変わるんだな」
「物件も法律も、古い情報をそのまま使うと危ないですね」
「不動産屋らしい締めだな」
今日のまとめ――未成年者は「禁止」ではなく「保護」
私は最後のページを開いた。
そして、今日の内容を一枚にまとめる。
■制限行為能力者
一般の人と比べて、行為能力が制限され、法律上保護されている人。
①未成年者
②成年被後見人
③被保佐人
④被補助人
■未成年者
18歳未満
法定代理人の同意なくした法律行為は、原則として取消し可能。
ただし、次の三つは取消しできない。
①単に権利を得、または義務を免れる行為
例:贈与を受ける、債務を免除してもらう
②法定代理人が処分を許した財産の処分
例:おこづかいで買い物をする
③法定代理人から営業許可を受けた範囲の行為
例:古着販売を許可された未成年者が、その営業のために商品を仕入れる
※営業許可があるからといって、何でも自由にできるわけではない。
■未成年者の取消し
取消しできるのは、
①未成年者本人
②法定代理人
③成年に達した元未成年者
そして、
未成年者本人が取消すのに、親の同意は不要。
■法定代理人の四つの権利
同意権 →事前に「やっていい」
取消権 →後から「取り消す」
追認権 →後から「この契約でいい」
代理権 →本人に代わって法律行為をする
■胎児
原則として権利能力はない。
ただし、
①不法行為に基づく損害賠償請求
②相続
③遺贈
については、例外的に保護される。
■最後に一番大事なこと
財産を持てることと、自分で契約できることは別。
生まれたばかりの赤ちゃんでも、不動産を所有することはできる。
でも、自分で不動産売買契約をすることはできない。
ここを混同しない。
私は最後に、ノートの一番下に一本の線を引いた。
「できないことがある」
「でも、何もできないわけじゃない」
「保護される」
「でも、自由を全部奪われるわけじゃない」
そこまで書いたところで、真壁さんがノートをのぞき込んだ。
「ずいぶん哲学的になったな」
「民法って、突き詰めるとそういう話じゃないですか?」
「急に深いこと言うな」
所長もノートを見る。
「悪くない」
「本当ですか?」
「うん」
私は少し嬉しくなった。
所長が続ける。
「ただし、一つだけ足りない」
「何ですか?」
「宅建試験用なら、もっと雑に覚えてもいい」
「え?」
所長は私のノートの余白に、三行だけ書いた。
未成年者=18歳未満
原則、同意なしの法律行為は取消し
例外は「もらう・許された財産・許された営業」
「……」
私はしばらく、その三行を見つめた。
「確かに、ものすごく覚えやすい」
「だろ」
真壁さんが得意そうに言う。
「じゃあ俺も覚えた」
「本当ですか?」
「未成年者は十八歳未満」
「はい」
「原則取消し」
「はい」
「もらう、許された財産、許された営業」
「完璧です」
「じゃあ今日は帰るか」
「そこまでセットなんですか?」
真壁さんが笑った。
「勉強も仕事も、終わる時間を決めないと終わらないからな」
「なるほど」
私はノートを閉じた。
今日の事件で、恒一くんは一度立ち止まった。でも、それは彼の夢を取り上げるためではない。十七歳だから何もするな、という話でもない。
自分で商売をしたいなら、そのための準備をすればいい。
親と話をする。資金計画を立てる。営業について必要な許可を取る。そして、本当にその土地が必要なのかを考える。
十八歳になれば、自分で決められることも増える。だから今回の「取消し」は、人生をやり直すためのブレーキでもある。
私はノートの最後に、一行だけ書いた。
未成年者保護とは、子どもを子どものままにする制度ではない。大人として大きな決断をするまで、転ばないように支える制度だ。
「……よし」
ノートを閉じる。これで今日の棚は完成。
制限行為能力者。未成年者。
同意権。取消権。追認権。代理権。胎児。
権利能力と行為能力。
また、ずいぶん増えた。でも、不思議なことに、最初に見たときほど怖くない。
法律は、
「この人は何もできない」
と言っているわけじゃない。
「ここは一人で決めるには重いから、誰かと一緒に考えよう」
と線を引いているだけなのだ。
そう考えると、制限行為能力者という堅苦しい名前も、ほんの少しだけ優しく見えてくる。
……まあ。宅建試験で、
「未成年者が営業許可を受けた場合、その営業に関する一切の法律行為について成年者と同一の行為能力を有する」
なんて書かれていたら、
「一切ってどこまでだよ!」
と心の中で叫ぶ自信はあります。
法律は優しい。試験問題は、たまに優しくない。そこだけは、別問題でした。
以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。




