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宅建見習い栞の人情事件簿 〜転生したら昭和の不動産屋だったので、巻き込まれているうちに宅建過去問が解けるようになりました〜  作者: 条文小説
〈権利関係 配点14点/50点〉 制限行為能力者

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[未成年者]現場編 十八歳未満に、駅裏の土地はまだ早い

挿絵(By みてみん)

 人は、契約書に判を押すと、急に大人になった気がします。


 分厚い紙。難しい言葉。住所氏名。そして、自分の名前の横に押した印鑑。


 あれ、不思議ですよね。昨日までコンビニで肉まんを買うのにも小銭を数えていた人が、急に何百万円、何千万円の土地の話をし始める。しかも本人も周りも、なんとなくこう思いがちです。


 ――判を押したんだから、もう自己責任でしょう。


 いや、まあ、原則はそういう世界です。でも法律は、ときどき言います。


 「いや、その人はまだ一人でそこまで決めさせるには危ないです」


 それが、制限行為能力者の話です。


 名前がまず堅い。堅い上に長い。そして「被保佐人」「被補助人」とか並び始めると、もう急に眠くなる。


 でも、やっていること自体は案外まっすぐです。


 認知症の方。判断力が落ちた人。まだ若すぎる子。つまり、一般の人と比べて、一人で法律行為を決める力が足りない人を保護する。


 そういう制度です。


 ここで大事なのは、「かわいそうだから保護する」だけじゃないこと。


 むしろ、取引相手の方に“その契約、本当にいいの?”と立ち止まらせる制度でもあります。


 だって、不動産の契約って重いです。お菓子を一個買うのとは違います。土地を売る。建物を買う。賃貸借に入る。それで人生の形が変わる。


 そんなものを、判断力が十分でない人が、勢いで一人で決めてしまったら困ります。


 そして昭和六十三年の大槻不動産にも、その日、「その土地を売ったの、本人まだ十七歳なんですが」という、あまりに真っ直ぐな地雷が飛び込んできました。


 しかも、話はそれだけでは終わりませんでした。


 未成年。営業許可。お小遣い。贈与。 法定代理人。取消権。そして、母親のお腹の中にいる子にまで話が伸びる。


 ……はい。今日も情報量が多いです。


 その日、午前中の大槻不動産は少し静かでした。


 所長は古い台帳をめくっていて、真壁さんは電話口で「だから“駅から徒歩5分”っていうのは、走った場合じゃなくて普通に歩いた場合で言ってください」と冷静に怒っている。


 私は私はで、前回までのノートを整理していました。[意思表示]が終わったので、少し本棚を片づけたみたいな気分です。


 すると、ガラス戸が勢いよく開きました。


「すみません!」


 入ってきたのは、四十代前半くらいの女性でした。髪は一つにまとめ、顔色は悪く、でも目だけは異様にはっきりしている。追い詰められている人の目ですね。


「うちの息子が、勝手に土地の契約を……!」


 はい、来ました。今日のテーマ、初手からど真ん中です。


 所長がすぐに応接へ案内しました。


「落ち着いてください。順に聞きます」


 女性は名刺こそ持っていませんでしたが、名乗ってくれました。


 木島美佐子きじまみさこさん。


「息子は十七です。高校を出たばかりで、今は古着屋で働いていて……。その子が、駅裏の古い倉庫付きの土地を“自分で商売を始めるから”って、勝手に買う契約をしたんです」


 真壁さんが電話を切りながら、思わずこちらを見ました。


「十七で土地買った?」


「そうなんです!」


 美佐子さんは半分泣きそうでした。


「本人はもう大人だとか、自分で稼いでるとか言ってるんですけど、まだ十七ですよ!?」


 はい。その通りです。


 私はノートを開きながら、頭の中で今日の最初の見出しを立てました。


 未成年者。


 所長がまず、静かに確認します。


「息子さんは、現在十七歳で間違いないですね」


「はい。来月で十八ですが、まだ十七です」


「婚姻は?」


「していません!」


 その言い方に、ちょっとだけ切実さがありました。たぶん最近のトラブル量からすると、そこまで疑いたくなるのでしょう。


 私はここで、いったん大きく整理することにしました。


「木島さん。まず前提なんですが、法律には制限行為能力者という考え方があります」


「せいげん……?」


「一人で法律行為を決める力が、一般の人より足りないと考えられる人です」


 美佐子さんは真剣に聞いています。


「代表的には四つです」


 私は指を折りました。


 1、未成年者

 2、成年被後見人

 3、被保佐人

 4、被補助人


「名前がちょっと難しいですが、要するに“保護される側”です。たとえば成年被後見人なら、後見人に保護される人」


「はい……」


「そして、こういう人たちが単独でした契約は、原則として取り消せることがあります」


 真壁さんが横からぼそっと言いました。


「今日の主役は、そのうちの未成年者ってわけだな」


「はい」


 私は頷きました。


「未成年者は、十八歳未満の人です」


 美佐子さんが即座に言います。


「じゃあうちの子、まさにそれです」


「はい。原則として、法定代理人――普通は親権者ですね――の同意なく単独で契約すると、後で取り消せます」


 彼女は、その瞬間、露骨に安堵した顔をしました。


「よかった……!」


 でも、ここで勢いよく「じゃあ終わりですね」と言うと、宅建問題にすぐ負けます。民法はそんなに簡単ではありません。


「ただし」


 私は続けました。


「未成年でも、取消しできない例外があります」


 美佐子さんの顔がまたこわばる。


 その反応、分かります。


 法律って、安心させてからすぐ次の落とし穴を見せてきますよね。


「契約内容を見せてください」


 私が言うと、美佐子さんはすぐに書類を出しました。


 対象は、駅裏の古い倉庫付き土地。買主は木島 恒一。息子さんですね。売主は地元の個人。仲介に小さな不動産会社が入っている。


 価格を見ると、完全に冗談みたいな額ではありません。でも高校出たばかりの子が一人で契約していい金額では、まったくない。


「息子さん、自分で資金を出すんですか」


「そんな大金あるわけないです。古着屋で働いていて、お店を始めたいとか言って……たぶん知り合いに唆されたんだと思います」


 なるほど。


「営業の話は?」


「“若いんだから今動け”“倉庫を改装して古着と雑貨の店をやれば絶対当たる”って言われたそうです」


 真壁さんが嫌そうな顔をしました。


「絶対当たる、ほど信用ならない営業文句もないな」


「ほんとにそれです」


 私は契約書を見ながら言います。


「まず原則は、未成年者が単独でした契約は取消し可能です」


「はい」


「でも、たとえば単に権利を得るだけの行為なら、取り消せません」


「権利を得るだけ?」


「はい。たとえば、ただ贈与してもらうとか。もらうだけで、義務が増えない場合です」


「でも土地を買うのは違いますよね?」


「違います。代金を払う義務がつきます」


「ですよね」


 よかった、その感覚で合ってます。


「ほかにも、法定代理人が処分を許した財産の処分は取り消せません」


「おこづかいみたいな?」


「そうです。たとえば、おこづかいでお菓子を買うとか」


 美佐子さんが即答しました。


「土地はおこづかいじゃありません」


「ええ、まったくその通りです」


「あと営業許可っていうのもあるんですよね?」


 所長が補足します。


「法定代理人から、一定の営業について許可を受けている未成年者は、その営業に関する範囲では成年者と同じように扱われることがあります」


 私は思わず所長を見ました。


「今日めちゃくちゃ授業が丁寧ですね」


「テーマがテーマだからな」


 美佐子さんが不安そうに言います。


「うちの子、古着屋で働いてはいますけど……」


「親として営業許可を出しましたか?」


「出してません!」


「ではその例外にも当たりにくいです」


 ただし、ここで私は少し立ち止まりました。


「でも仮に、古着販売の営業許可を出していたとしても、それで自分が住むための家を買うとか、営業と関係ない土地購入まで全部自由になるわけじゃありません」


 真壁さんが頷きます。


「そこ試験でよくひっかけるやつだな」


「はい。許可された営業の範囲だけです」


「古着の仕入れができるからって、自宅用の建物購入まで自由じゃない」


「そういうことです」


 美佐子さんは、少し安心しながらもまだ不安そうです。


「じゃあ、取り消せるんですね……?」


「かなりその方向です」


「親の同意なく?」


「はい。そもそも同意がないことが問題なんです」


 ここ、すごく大事です。


 私はわざと少し強調して言いました。


「未成年者が取消しをするのに、親の同意は不要です」


「えっ」


 美佐子さんが意外そうな顔をする。


「だって親が保護者なら、取り消すにも親が必要なんじゃ……」


「そう思いやすいですよね。でも違います」


 私はノートの余白に小さく書きました。


 取消しは、守られる側の武器でもある。


「未成年者本人も取り消せます。もちろん法定代理人も取り消せます。そして、後でその子が成年になった後でも、自分で取り消せることがあります」


「本人も?」


「はい」


「じゃあ、今息子が“やっぱやめたい”って言えば……」


「言えます」


 所長が頷きます。


「ただ、親としてあなたが取り消すこともできます」


「よかった……」


 私はここで整理して見せました。


 ――未成年者の行為を取り消せる人


 ・未成年者本人

 ・法定代理人

 ・今は成年者になった元未成年者


「この三つです」


「なるほど……」


「なので、“本人じゃない親には無理”でもないし、“親が反対なら本人は取消せない”でもありません」


 真壁さんが言います。


「親子で取消しを巡って揉めると面倒だが、制度としては両方に権限があるわけだ」


「そうです」


 美佐子さんは、少しだけ笑いました。


「なんだか、ようやく法律が親の味方してる気がします」


「今回はかなりしています」


 今回は、ですが。


 午後になって、その息子さん本人、木島 恒一くんが来ました。


 十七歳。金髪とまではいかない茶髪。細身。目つきはきついけれど、完全な不良ではなく、むしろ「自分で何かやりたい」気持ちが先に走っている感じです。


 そして入ってくるなり言いました。


「母さん、勝手に来たのかよ」


「勝手じゃないでしょう! あんた十七なのよ!?」


「でも俺、働いてるし」


 出た。


 働いてるし理論。


 これは気持ちは分かるんです。でも民法は、そこでは決めません。


「木島くん」


 私はお茶を置きながら言いました。


「働いてることと、未成年かどうかは別です」


「……」


「あなたは今、十七歳ですよね」


「そうだけど」


「じゃあ原則として未成年者です」


「でも自分で稼いだ金でやるつもりだし」


「金額が土地です」


「……」


「お菓子じゃないんです」


 真壁さんが横で咳払いしていました。笑ったな、今。


「俺、古着の店やりたいんですよ」


 恒一くんは少し不満そうに言いました。


「今の店でも任されてるし。将来考えたら、倉庫付きの土地押さえるの早い方がいいって言われて」


「誰に?」


「店に出入りしてる先輩みたいな人」


「その人、土地の相場分かってます?」


「……そこまでは」


「でしょうね」


 私はできるだけ刺しすぎないように言います。


「やりたいことがあるのはいいことです。でも、法律は“やりたい”と“一人で重い契約していい”を同じにしていません」


 恒一くんは、そこで少し黙りました。


 完全に反抗しているわけではないんですよね。ただ、自分を子ども扱いされたくないだけで。


「もし親が、古着販売の営業をしていいと正式に許可してたら?」


 彼が言いました。


「そしたら平気だった?」


「その営業の範囲なら、強くなります」


「ほら」


「でも、今回の土地購入がその営業のためで、しかも許可の範囲に含まれるかは別に見ます」


「……厳しいな」


「土地が重いので」


 所長が静かに口を開きました。


「恒一くん。君が商売をしたい気持ちは否定しない」


「はい」


「もちろん未成年者保護も、“夢を潰す制度”じゃない。“早すぎる重い判断を止める制度”だ」


 恒一くんは、そこで少しだけ顔を上げました。


 たぶんその言い方は届きました。


 ここで私は、せっかくなので大事な棚を作ることにしました。


「木島さん」


 私はお母さんに向き直ります。


「法定代理人――親ですね――には、未成年者に関していくつかの権利があります」


「はい」


「覚えるなら四つです」


 ――法定代理人の権利


1、同意権

2、取消権

3、追認権

4、代理権


「同意権は、契約していいよと認める権利」


「はい」


「取消権は、勝手にした契約を後で取り消す権利」


「はい」


「追認権は、“この契約を有効でいいことにします”と確定させる権利」


「はい」


「代理権は、本人に代わって法律行為をする権利です」


 美佐子さんは、少し驚いたように言いました。


「親って、そんなに権利があるんですね」


「逆に言えば、それだけ責任も重いです」


 真壁さんがぼそっと言う。


「宅建より子育ての方が難しそうだな」


「それはたぶんそうです」


 恒一くんが、ちょっと嫌そうな顔をしました。


「じゃあ俺、結局何も決められないってことですか」


「そんなことはありません」


 私はすぐに言いました。


「日常の細かい買い物まで全部駄目って話じゃないです。未成年者保護は、あなたを完全な人形にする制度ではありません」


「……」


「でも土地売買みたいな重い契約は、原則として一人では危ない。そこに線が引かれてるだけです」


 この線引き、すごく民法っぽいですよね。ゼロか百かじゃない。でも、土地にはちゃんとブレーキをかける。


 そのあと私は、恒一くんに少し分かりやすく説明しました。


「たとえばです」


「はい」


「あなたが誰かからただで古着の棚をもらうなら?」


「もらうだけなら得ですね」


「はい。単に権利を得るだけなら、未成年でも取り消せません」


「へえ」


「逆に、あなたが誰かに棚を売るなら?」


「契約ですね」


「はい。原則、法定代理人の同意が必要」


「なるほど」


「じゃあ、お母さんが“毎月のおこづかいで好きにしなさい”と言って渡したお金で、古着を数着仕入れたら?」


「それはいける?」


「処分を許された財産の範囲なら、取消しにくいです」


「でも土地は?」


「おこづかいで買うスケールじゃありません」


「そこは何回も言いますね」


「大事なので」


 真壁さんが、もう半分面白がってます。


「じゃあ営業許可は?」


 恒一くんが聞きました。


「たとえば、親から“古着販売の営業をしていい”と許可されていたら、その営業の範囲ではかなり自由に動けます」


「仕入れとか売るとか」


「そうです」


「でも自分が住む家を買うのは?」


「別です」


「店用の土地は?」


「そこは具体的に見ます。少なくとも“営業許可を受けた未成年者だから何でも自由”ではありません」


 恒一くんは、そこでようやく少し笑いました。


「なんか、抜け道がありそうでないんですね」


「民法はだいたいそうです」


 この話で終わるかと思ったら、終わりませんでした。


 木島さん親子が少し落ち着いた頃、所長が別件の書類を持ってきて言いました。


「ついでに、もう一つ相談が来てる」


「まだあるんですか」


「相続がらみだ。胎児の話が出てる」


 私は思わず顔を上げました。


「急に範囲広がりましたね」


「制限行為能力者の周辺論点だな」


 相談内容はこうでした。


 近所の地主さんが亡くなり、相続人の一人である娘さんが妊娠中。そこで親族の一人が、「まだ生まれてない子には権利なんかないだろう」と言い出して揉めている、と。


 ……はい、宅建でよく見るやつです。


 私は木島さん親子にも聞こえるように説明しました。


「原則として、胎児はまだ自分では何もできないので、一般的に権利能力は完成していません」


「ですよね」


 真壁さんが頷く。


「でも例外があります」


 ――胎児に例外的に権利が認められる場面


 ・不法行為に基づく損害賠償請求

 ・相続

 ・遺贈


「つまり、お腹の中の子でも、相続や遺贈では保護されるんです」


 美佐子さんが少し驚いたように言いました。


「じゃあ生まれる前でも、財産を受ける側にはなれるんですね」


「そうです」


「でも自分で契約はできない」


「それはもちろんです」


「ややこしい……」


「はい。ややこしいです」


 でもこういう“例外で守る”感じも、民法らしい。何もかも切り捨てない。でも何もかも自由にもさせない。


 午後遅く、例の土地取引の仲介業者に電話を入れました。


 担当者は、予想通り少し強気です。


『ですがご本人はもう働いていますし、事業を始める意思も明確でした』


 所長が受話器を持ったまま淡々と返します。


「未成年であることは把握していましたか」


『年齢は……聞いていました』


 はい、知ってましたね。


「法定代理人の同意書は?」


『取っていません』


「営業許可の確認は?」


『していません』


「では、未成年者が単独で行った重い法律行為として、取消しの対象になる可能性が高いですね」


『ですがご本人はしっかりしていますよ』


 この反論、たまにあります。でも法律は、“しっかりしてそう”だけで土地売買を許しません。


「しっかりしているかどうかは印象の問題です。法律上は十八歳未満です」


『……』


「木島さん側としては、取消しを検討します」


 電話を切った後、恒一くんがぽつりと言いました。


「俺、そんなに子どもっぽいですかね」


 ちょっとだけ、空気が柔らかくなります。


「子どもっぽいかどうか、じゃないんです」


 私は言いました。


「土地売買を一人で背負うには、まだ保護される年齢だってことです」


「……」


「逆に言えば、普通の買い物や、許された範囲の営業まで全部否定してるわけじゃない」


 彼は、しばらく黙ってから、少しだけ肩の力を抜きました。


「じゃあ、店やるのが完全に無理って話でもないんですね」


「はい。順番の問題です」


「順番」


「まず大人の同意と、資金計画と、物件の妥当性です。夢だけで土地は買えません」


「そこ、なんか刺さりますね」


「たまに私も自分で言ってて刺さります」


 真壁さんが笑いました。


「栞、お前それ“決め台詞集”作れるぞ」


「需要ありますか?」


 ここで、美佐子さんがふと思い出したように聞きました。


「昔って、“結婚してる未成年”とか聞いたことあるんですけど、そういう場合はどうなるんですか」


 私は少し頷きました。


「以前は、未成年者が婚姻すると成年に達したものとみなされる、という考え方がよく出ていました」


「はい」


「ただ、今のルールでは、そもそも未成年が婚姻する状況自体を前提にしにくくなっています」


「じゃあ、今はあまり気にしなくていい?」


「はい。少なくとも、“婚姻してる未成年”みたいな古い問題文は、そのままでは今の勉強に使いにくいです」


 真壁さんが言いました。


「でも“昔のひっかけがそのまま残ってることがある”って意識は大事だな」


「そうですね」


 宅建って、たまに古い匂いのする問題文が混ざりますからね。そこはちょっと、昭和の物件みたいなところがあります。


 所長が、ついでのようにもう一つ言いました。


「あと、よく誤解されるが、赤ん坊は不動産を持てないわけじゃない」


「そうなんですよね」


 私は頷きます。


「乳児は、自分で売買契約を有効にすることはできません。意思能力の問題がありますから」


「はい」


「でも、“不動産を所有できるか”は別です」


 恒一くんが少し意外そうな顔をしました。


「別なんですか」


「はい。生まれた時点で権利能力があります。だから、相続や贈与などで不動産を持つこと自体はありえます」


「へえ……」


「つまり、契約を一人で有効に結べるかと、財産を持てるかは別問題です」


 これ、すごく試験っぽいですよね。でも現実にも大事です。“判断できない=何も持てない”ではありません。そこを分けるのが法律です。


 最終的に、木島さん親子の件は、未成年者取消しを前提に進めることになりました。


 所長がまとめます。


「今回は、未成年者が単独で土地購入契約をした」


「はい」


「単に権利を得るだけではない。代金支払義務がある」


「はい」


「処分を許された財産の範囲でもない」


「はい」


「営業許可もない」


「はい」


「なら、原則通り取消し方向でいい」


 美佐子さんは深々と頭を下げました。


「ありがとうございます」


 恒一くんは、少し複雑そうな顔です。


「……俺、自分で決めたつもりだったんだけどな」


 その気持ちは本物なんだと思います。でも、本物の気持ちと、有効な土地契約は、必ずしも同じじゃありません。


「その気持ちは否定しません」


 私は言いました。


「でも今回の契約は、一回戻して考えた方がいい」


「……うん」


「未成年者保護って、恥じゃないです」


「え?」


「“今の自分はまだ一人で背負わせない方がいい”っていう法律の判断です」


 彼はしばらく黙っていましたが、やがて小さく言いました。


「じゃあ、次やる時は、ちゃんと筋通します」


「それが一番強いです」


 窓の外は、すっかり暗くなっていました。駅前のネオンが少し揺れて、古いガラスにぼんやり映っています。


 民法、相変わらず面倒です。でもその面倒くささは、誰かの勢いとか、誰かの弱さとか、誰かの無理解を、少しでも事故にしないための面倒くささなんだと思います。


 だったらまあ、付き合ってやってもいいかなと思いました。


 ……試験でこの例外三つを並べて出されると、普通に腹は立ちますけど。

 以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。


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