↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宅建見習い栞の人情事件簿 〜転生したら昭和の不動産屋だったので、巻き込まれているうちに宅建過去問が解けるようになりました〜  作者: 条文小説
〈権利関係 配点14点/50点〉 意思表示

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/148

[無効・追認]現場編 最初からない約束と、あとから消せる約束

【みてみんメンテナンス中のため画像は表示されません】

 人は、契約をひっくり返したい時、だいたい同じ言葉を使います。


 ――こんなの、なしでしょう。


 ――いやいや、最初から無効でしょ。


 ――取り消せますよね?


 ――なかったことにしてください。


 気持ちは分かります。


 でも法律は、こういう“なし”を、ものすごく細かく分けます。


「最初から効いていない“なし”」なのか。それとも、「いったん効いていたけど、あとから消せる“なし”」なのか。


 この違い、日常会話だとほとんど同じです。でも民法では、ぜんぜん違う。


 何が違うか。


 誰が言えるのか。いつまで言えるのか。相手が何と言おうが消えるのか。後から「やっぱり有効でいいです」とできるのか。つまり、“どう壊れているか”の違いではなく、“壊れたものを誰がどう扱えるか”の違いなんです。


 そして、ここまで心裡留保、虚偽表示、錯誤、詐欺、強迫とやってきた私たちにとって、この話は避けて通れません。


 だって結局みんな、最後はここに流れ込むからです。


 無効なのか。取消しなのか。


 その違いが分からないと、全部がふわっとした“なんか揉めた話”で終わってしまう。


 その日の朝、大槻不動産には珍しく、まだ開店前から人が立っていました。


 ガラス戸の向こうで、腕を組んでうろうろしている男が一人。四十代半ばくらい。日焼けした顔に、現場仕事の人らしい体格。作業着ではなく、無理やりスーツを着たみたいな格好です。


 そしてその横に、まるで別世界みたいに白いブラウスを着た、三十代くらいの女性。


 組み合わせの時点で、すでに少し不穏です。


「おはようございます」


 私がシャッターを開けると、その男性がすぐに言いました。


「頼む、所長いるか。今すぐ聞いてほしい」


 切羽詰まった人の声でした。


 所長も真壁さんも、ちょうど奥から出てきたところで、その様子を見てすぐに応接へ通しました。


「どうしました」


 所長が腰を下ろすと、男は名刺を差し出しました。


 関根建設 関根 恒一


 女性の方は、少しためらってから名乗ります。


 三浦 奈津子


 名字が違う。夫婦ではない。なのに一緒に来た。つまり、問題はこの二人の間か、二人が同じ相手に巻き込まれたか。


 そして実際、その両方でした。


「まず、どちらから話します?」


 私が聞くと、関根さんは自分の胸をどんと叩きました。


「俺からだ。昨日、知り合いに言われたんだよ。俺が交わした契約、最初から無効かもしれないって」


「どういう契約ですか」


「土地売買だ」


 知ってました。不動産屋に来る話の9割がそれです。


「うちの会社で抱えてる空き地を、ある男が“うまく処分してやる”って言ってきた。だが条件が変でな。……その土地を使って、ある議員の選挙対策用の金の流れを作る、と」


 応接が静まりました。


 真壁さんが眉をしかめます。


「はい?」


 関根さんは苦い顔で続けました。


「表向きは土地売買だ。だが実際には、その土地をまともに利用する気もなく、代金も一部は裏で戻す。要するに、政治資金だか裏金だか知らんが、見せかけの売買で金を動かすつもりだったらしい」


 私は一瞬、頭の中の引き出しを開きかけて、止まりました。


 これ、虚偽表示っぽくもあります。でももっと根本が変です。


 見せかけの売買。金の還流。違法な目的。社会的にまずいヤツです。


 つまり――


「公序良俗……?」


 ぽろっと口から出ると、所長が小さく頷きました。


「その可能性があるな」


 関根さんが机を叩きました。


「そうだ! それだ! 知り合いの弁護士にも“そんな話は公序良俗違反で無効だろう”って言われてな!」


 なるほど。


 しかももう一人、三浦さんの話もある。


「三浦さんの方は?」


 私が尋ねると、彼女は小さく息を吸ってから言いました。


「私は……マンションの一室を買う契約をしました。半年前に」


「はい」


「でも、後で分かったんです。販売会社の説明が、かなり嘘だったって」


 詐欺ですね。これは匂いで分かります。


「今、その契約を取り消したいんです。でも相手から、“もう半年も経ってるんだから無理だ”とか、“あなた、住むつもりで家具まで見に行ったでしょう、それは追認だ”とか言われていて……」


 はい。来ました。


 取消し。追認。いつまでできるか。


 今日の相談、妙に行儀がいいです。いえ事件としては最悪ですが、論点としてはあまりにも整いすぎています。


 所長が言いました。


「なるほど。今日は二本立てだな」


「二本立てですか」


 真壁さんが顔をしかめる。


「無効と取消しの比較だ」


 私は思わずノートを引き寄せました。はい、重要です。


「まず関根さんの話から整理しましょう」


 所長の声はいつも通り落ち着いていますが、たぶん内心では私と同じです。これは教える話だなと。


「関根さん」


 所長がゆっくり言いました。


「その契約、まだ実行途中ですか」


「一部金は動いた。だが登記はまだだ」


「相手方は?」


「北条企画って会社の男だ。だが実態は、議員の秘書みたいな連中が後ろで動いてるらしい」


「で、その土地を本当に使う気は?」


「最初からないだろうな。俺も途中で嫌な匂いがして、止めたくなった」


 私は整理しながら聞いていました。


 これは、単に“だまされた”とか“脅された”ではありません。契約の内容そのものが、社会の秩序に反する可能性が高い。


「所長」


「分かってる」


 所長は頷いて、関根さんに言いました。


「もし契約の目的が、表向きの土地売買を装って、違法な資金移動や社会的に許されない行為の隠れみのにすることなら、その契約は無効と考えるべき可能性があります」


「無効……ってことは?」


 私はそこで、いつものように少し噛み砕きました。


「最初から効いていないということです」


「最初から?」


「はい。いったん有効だったけど後で消す、じゃありません。最初から、その契約は法律上まともに効力を認めてもらえない」


 関根さんは、少しだけ顔を上げました。


「じゃあ、取り消しとかしなくていいのか」


「そこが、取消しと違うところです」


 私はノートの上に大きく二つの円を描きました。


 左に、無効。右に、取消し。


「無効は、“契約が最初からダメ”です」


「うん」


「だから、基本的には誰でも主張できるし、いつでも主張できる。期間制限もありません」


 関根さんが少し目を丸くします。


「誰でも?」


「はい。少なくとも取消しみたいに、“決まった人だけが、決まった期間に言える”という性質ではありません。」


 真壁さんが横から言いました。


「要するに、“こんなの法律が面倒見ない”って話だな」


「かなりざっくり言うとそうです」


「お前も最近ざっくり言うな」


「感染しました」


 関根さんは腕を組みました。


「じゃあ俺は、今からでも“この契約は無効だ”と言っていいのか」


「言えます」


 所長がはっきり言う。


「ただし、本当に公序良俗違反に当たるかは、事実関係を丁寧に見ないといけません。単に“感じが悪い話”では足りない」


「そこは分かる」


「でも、もしあなた自身も最初から裏金作りに積極的に乗っていたなら、堂々と保護を求めにくくなる部分もあります」


 関根さんは苦い顔をしました。


「……耳が痛いな」


 そうでしょうね。


 無効って、万能ではありません。でも、少なくとも取消しとは違って、最初から効いていないという性質が強い。


 私はここで、以前の相談との違いを少し実感しました。


 心裡留保や虚偽表示で“無効”と言ってきた時も、意味は同じ方向だったんです。最初から効き目がない。ただ今回の公序良俗違反は、もっと剥き出しの無効です。


 冗談でもなく、嘘でもなく、中身そのものが駄目だから無効。


 この違い、少し好きかもしれません。法が「いや、それはもう入口から無理です」と言う感じがして。


「次に三浦さんです」


 所長が向き直ると、三浦さんは少し背筋を伸ばしました。


「はい」


「どんな説明が嘘だったんですか」


「駅徒歩5分、と言われた部屋が、実際には15分近くかかりました。あと、“すぐ隣に大きな公園ができる計画がある”と言われたんですが、そんな話は市役所にありませんでした」


 ……以前の相談の合わせ技みたいな案件です。


「他には?」


「管理費も、“今後ほとんど上がらない”と言われたのに、入居前から値上げ予定が出ていて……」


「なるほど」


 所長は頷きます。


「今の話だと、少なくとも詐欺や錯誤の問題が見えます」


「やっぱり……」


「ただ、今日のポイントはそこだけじゃない」


 真壁さんが机を指で叩きました。


「“取り消したいけど、もう遅いのか”と、“追認したことになってないか”ですね」


 三浦さんが不安げに頷きました。


「はい……。それが一番怖くて」


 私は紙の右側、取消しの欄に書き込みます。


 ・いったん有効

 ・後から取り消せる

 ・遡って消える

 ・取消権者だけ

 ・一定期間内だけ

 ・追認すると消せなくなる


「三浦さん」


 私はできるだけゆっくり言いました。


「取消しは、いったん有効に成立した契約を、あとから契約時にさかのぼって消すことです」


「さかのぼって……」


「はい。これを遡及効そきゅうこうと言います」


「難しそうな言葉ですね……」


「はい。私も最初嫌いでした」


 真壁さんが吹きました。


「今は好きみたいな言い方だな」


「好きではないですけど、便利です」


 私は続けます。


「大事なのは、“最初は有効”ということです。だから放っておくと、そのまま有効なまま進みます」


「じゃあ、無効より厳しいんですね」


「そうです。だからこそ、取消せる人も限られるし、いつまでもできるわけじゃない」


「その期間が……半年じゃ遅いって言われたんです」


「半年だから即遅い、ということではありません」


 三浦さんの顔が少し上がる。


「取消権は、原則として、追認できる時から5年間行使しないと消えるんです」


「5年……」


「あと、行為の時から20年という外側の線もあります」


「じゃあ半年は……」


「まだすぐアウトではない可能性が高いです」


 彼女は目に見えて息をつきました。


 こういう“半年も経ったら全部無理”みたいな脅し、相手方は平気で使ってきますよね。気持ちは急かされるし、自分でも“今さらかな”と思ってしまう。でも法律は、そこまで雑じゃない。


 ただし、問題は次です。


「でも相手が、“家具を見に行ったから追認だ”って……」


 私は指を一本立てました。


「そこは別問題です」


「追認って、何ですか」


 三浦さんが素直に聞いてくれたので、むしろ説明しやすいです。


「追って認めるって書きます」


「はい」


「つまり、取り消せる契約について、“でも私はこの契約を有効なものとして確定させます”とすることです」


「じゃあ……取消しと逆?」


「かなりそうです」


 私はノートに矢印を書きました。


 ・取消し → 契約をさかのぼって消す

 ・追認 → 契約を有効なものとして確定させる


「たとえば騙されて物を買った人がいたとして」


「はい」


「後で騙されていたと気づいても、“でもこの物、やっぱり欲しいし、このままでいいや”と思うことがありますよね」


「ありますね」


「その時、その人は取消しではなく、追認を選べる」


「……なるほど」


「ただし、追認したら、もう後から取り消せません」


 真壁さんが言いました。


「要するに、取消権を自分で捨てるんだな」


「そうです」


「じゃあ売主が勝手に“追認されたことにしよう”とはできない?」


「できません」


 私は頷きました。


「追認って、取消権を放棄することだから、取消せる側がするものです。相手方が勝手にできるものじゃない」


 三浦さんが少し顔をしかめました。


「じゃあ、家具を見に行っただけで追認って言われるのは……」


「その一事だけで当然に追認、とまでは言いにくいです」


「よかった……」


「ただし」


 私はすぐ続けました。


「どこまで行動したかは見ます。事情を知った後に、明確に“この契約でいいです”と振る舞ったなら、追認と評価される余地はあります」


「事情を知った後、が大事なんですね」


「すごく大事です」


 ここが本日の肝の一つです。


 所長がここで、机を軽く叩きました。


「追認は、いつでもできるわけじゃない」


「え?」


 三浦さんが目を瞬かせます。


「取消しの原因が消えていないと、追認はできません」


「どういうことですか」


 私は例をそのまま使いました。


「たとえば、騙されて契約したなら、自分が騙されていたと気づいてからでないと、ちゃんと追認したことにはなりにくい」


「はい」


「強迫なら、強迫が終わってからです」


「あ……」


「まだ怖がらされている最中に、“この契約でいいです”と言ったとしても、それは本当に自由な追認とは言いにくいですよね」


 三浦さんは何度も頷いていました。


 関根さんまで腕を組んだまま「そりゃそうだ」と小さく言います。


 いつの間にか一緒に勉強会です。


「なので」


 私は整理します。


「追認が問題になる時は、まず


 ①取消し原因を知ったか/消えたか

 ②その後に有効と認める行動をしたか


 この順で見ます」


 真壁さんが感心したように言いました。


「今日のまとめ、だいぶ見えてるな」


「今日は題材がきれいなので」


「事件としては全然きれいじゃないけどな」


「それはそうです」


 ここで関根さんが口を開きました。


「ちょっと待て。無効の方には、追認みたいなのはないのか」


 いい質問です。


「あります」


 私が答えると、三人ともこちらを見ました。


「ただし、ちょっと性格が違います」


「どう違う」


「無効なものは、最初から効いていません」


「うん」


「だから、追認といっても、“もともとダメだったものがそのまま当然に生き返る”わけではありません」


 所長が補います。


「無効行為の追認は、事情によっては新たな行為とみるような発想がいる。取消しの追認ほど単純じゃない」


 関根さんは難しい顔をしました。


「よく分からん」


「大丈夫です」


 私は正直に言いました。


「今日、まず押さえるべきなのは、取消しの追認です。無効との違いとしては、取消しは“追認で確定する”無効は“最初から効いてない”この差が大きいと思ってください」


「なるほどな」


 関根さんは大ざっぱに納得してくれました。助かります。


 午後、二つの案件はそれぞれ動き始めました。


 関根さんの方は、契約書や金の流れを詳しく確認する必要があるため、所長がかなり慎重に聞き取りを進めます。


「この一部返金ってのは、誰の指示だ」


「北条の男だ。“表には出せない費用分だから”って」


「領収書は?」


「表向きの分しかない」


「土地利用計画書は?」


「まともなものは見てない」


 うん。だいぶ駄目ですね。


 公序良俗違反って、日常の相談ではそこまで頻出ではありませんが、出てくる時はたいてい最初から匂いが濃い。


 関根さんも、途中から明らかに“自分でも変だと思っていた”顔をしていました。


「所長」


 私は小声で聞きます。


「これ、かなり無効方向ですか」


「まだ断定はしないが、筋は濃い」


「取消しじゃなくて、無効」


「そうだ。ここを取り違えると、相手に“もう期間が過ぎた”“あなたしか言えない話だ”と丸め込まれる」


 なるほど。


 つまり、無効を取消しみたいに扱うと弱くなる。

 逆に、取消しを無効みたいに思うと、期間や追認で足をすくわれる。


 ……これ、本当に重要ですね。


 一方、三浦さんの方は、販売会社へ確認の電話を入れました。


 担当者は、実に腹の立つ感じで答えます。


『駅徒歩5分は、個人差がありますから』


 個人差で十分は縮まりませんよ。


『公園計画も、将来的な街づくりの期待を申し上げただけです』


 出ました、“期待”。


『それに三浦様は、その後も購入前提で家具店を回り、ローン相談も進めておられます。これは実質的に追認でしょう』


 私は受話器を持つ所長の横で、メモを取りながら内心で舌打ちしました。


 嫌ですねえ、この“都合のいい追認認定”。


 所長は冷静でした。


「三浦さんが、説明の虚偽に気づいたのはいつですか」


『さあ、こちらは知りません』


「そこを確認せずに追認とは言えませんよ」


『しかし態様としては――』


「取消し原因を知った後で、自由意思により契約を有効と確定させる行動が必要です。ただ家具を見ただけ、ローン相談をしただけで当然に追認になるとまでは考えません」


 おお。所長、きれいに刺しますね。


 電話を切った後、私は思わず言いました。


「今の、すごく分かりやすかったです」


「そうか」


「はい。“いつ知ったかを飛ばして追認と言うな”ってことですよね」


「そういうことだ」


 真壁さんが椅子に座りながら言いました。


「相手は“その後なんかしてただろ”って広く言いたがるからな」


「でも順番がある」


「ある」


「民法、順番ゲーですね」


「たまに本当にそうだな」


 夕方になるころには、二つの案件の輪郭がかなり見えてきました。


 ――関根さんの案件


 ・土地売買を装った不透明な資金移動

 ・利用意思が薄い

 ・一部金銭還流

 ・社会的に不当な目的が強い

 ・無効主張の方向が有力


 ――三浦さんの案件


 ・虚偽説明の疑い

 ・詐欺または錯誤取消しの余地

 ・契約後の行動について追認争い

 ・ただし、取消原因を知った時期の確認が必要

 ・取消し+追認否定の整理が必要


 ハルさんの事件みたいに一つの土地に五論点詰め込み、という形ではありません。でも今回はその代わり、無効と取消しの違いそのものが正面から出ている。


 夜、関根さんと三浦さんに、それぞれ簡単な説明の時間を取りました。


 まず関根さん。


「あなたの件は、もし本当に公序良俗違反にあたるなら、最初から効いていないという筋になります」


「うん」


「だから、“取消しの期間がどうこう”という話とは性質が違う」


「助かるな、それは」


「ただし、事実関係をきちんと固める必要はあります。無効だから何でも雑でいい、とはなりません」


「分かった」


「それと、今後その契約を前提に新しい動きをしないことです」


「追認みたいなことになるのか?」


「無効の話なのでそこは少し違いますが、少なくとも自分で余計にややこしくしない方がいい」


 関根さんは深く頷きました。


 次に三浦さん。


「あなたの件は、無効というより取消しの問題です」


「はい」


「つまり、いったん成立しているので、こちらからちゃんと取消しの意思を出す必要がある」


「分かりました」


「そして相手が言う“追認”については、まずあなたが騙されていたと気づいたのがいつかそこをはっきりさせる必要があります」


「先月です」


「その後、“それでもこの契約でいいです”とはっきり言いましたか?」


「言っていません」


「書面で何か認めた?」


「いいえ」


「なら、家具を見に行ったことなどだけで直ちに追認と決まるわけではありません」


 三浦さんは、そこでやっとはっきり笑いました。


「少し安心しました」


「ただ、安心だけでは駄目です」


 私は少しきつめに言いました。


「取消しは、無効と違って、放っておけば勝手に消えてくれるものじゃありません」


「……はい」


「だから動きます」


「はい」


 この“放っておくとまずい”感じ、取消しの本質なんですよね。


 取消しなのに“そのうち何とかなるだろう”と思うと、期間や追認で足をすくわれる。


 無効なのに“どうせダメな契約でしょ”と雑に構えると、事実の整理が甘くなって負ける。


 つまり、


 取消しは急げ。無効は丁寧に固めろ


 これ、試験にも実務にも効く気がします。


 窓の外は、すっかり夜でした。古い街灯の明かりが、事務所のガラスにぼんやり映っています。


 たぶん、意思表示で大事なのは、個別の単語を暗記することだけじゃありません。どれが、最後に“無効”へ流れ、何が“取消し”へ流れるか。その地図を持つことです。


 地図がないと、論点はただの迷路になる。でも地図があれば、少なくとも今どこで迷っているかは分かります。


 土地の話は、いつだって人を熱くさせる。でも、法律はその熱を、冷たい棚に一つずつ戻していく。


 その棚の名前を、私は今日、ちゃんと覚えました。


 無効。取消し。追認。


 たぶん次からは、もう少し迷わずに済みます。

 以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宅建見習い栞の人情事件簿 〜転生したら昭和の不動産屋だったので、巻き込まれているうちに宅建過去問が解けるようになりました〜
名探偵 藤原彰子の宮中事件簿 ――『転生皇后 藤原彰子』スピンオフ外伝
転生皇后 藤原彰子 〜 欠けることのない望月の世は私が創る 〜
新訳 太閤記 ~ 転生 豊臣秀吉、未来を識る僕は史実の道を静かに歩む 〜
新訳 三河物語 〜 徳川家康と家臣団の戦国サバイバル 〜 with 逆行転生犬シロ
新訳 北条五代記 〜 近所の隠居が書いたメモがガチの戦記だった件〜
美しき女帝 北条政子 〜 婚約破棄どころか強制結婚!? 平家のエリートに嫁がされそうになったので、豪雨の山を越えて愛する無職の元へ走ってみた 〜
新訳 曽我物語 〜 復讐系なろうの原点、父を殺された兄弟の二十年の復讐譚〜
箴言・格言・名言集 〜頑張るあなたへ、今日を乗り越えるための一言〜
拝啓、愛読者様。― 想いを少しだけ 謹呈 条文小説
六道輪廻抄 〜 戦国転生記 〜
コミックス「六道輪廻抄〜戦国転生記〜」
動画生成AIが作成したイメージビデオ
動画生成AIが作成したなろう小説イメージビデオ
動画生成AIが作成したなろう小説イメージビデオ
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。