第5話 偉大なる魔術師への道
それから、たまに俺と会うたびに魔法について軽く教えてやった。もちろん俺は剣士で、魔法使いではない。だから魔法そのものを専門的に教えることはできなかった。それでも、探索者として魔法使いと組んできた経験はある。
魔法を使うときに気をつけること。
敵との距離。
周囲の確認。
魔力を一気に放出しないこと。
そういった基本的なことなら教えられた。
実際、アルバはすぐに魔法を使えるようになった。ただし、ひどく不安定だった。というか、下手すぎた。
「えいっ!」
アルバが風の魔法を放つ。
ドンッ!
目の前の岩ではなく、その隣にあった岩が吹き飛んだ。
「……」
「どうですか!?」
「言わなくても分かるだろ」
「えへへっ、やっぱ私、魔法の天才でしたね」
マジかこいつ。アルバは、自分を客観視できない天才だった。
「威力は凄い。でも、狙いがめちゃくちゃだろうがよ」
「うっ……」
「その状態じゃ、いつか仲間を傷つける。制御することを覚えろ」
「でも師匠、仲間が避けてくれればよくないですか?
アルバの頭に軽くチョップした。
「それに魔力を使いすぎてる」
「……」
「今の魔法なら、10分の1くらいの魔力で十分だ。いくら底なしの魔力量と言っても、燃費のことは頭に入れとけ」
「分かってます。分かってますよ」
アルバが頬を膨らませる。
「でも、難しいんです。師匠」
「師匠って呼ぶな」
「なんでですか?」
「俺は弟子を取らない主義なんだ。何度言えばわかる」
「でも、こうやって色々と教えてくれてるじゃないですか」
「たまにな」
「それでも私にとっては師匠なんです! いいじゃないですか!」
「よくない」
「ふん、だっ!」
●大魔導師・アルバ視点
ある日。魔法の練習中に事故が起きた。
魔力の球が、手の先でどんどん大きくなる。最初は小さな球だった。けれど、ほんの数秒で大きさが倍になった。さらに膨らむ。球の表面が不規則に揺れ、バチバチと光が走る。
「……え?」
私は息をのんだ。止められない。魔力を抜こうとしているのに、指先から逆に吸い込まれていく。
「師匠……!」
目の前で、魔力を込めた球が一気に膨れ上がった。
「馬鹿! 魔力を絞れ!」
「そんなこと言われたって! できないものは、できません!」
「だったらキャンセルしろ!」
「無茶言わないでください!」
怖かった。自分の力では全く制御できない。
頭では分かっているのに、何をどうすればいいのか分からない。頭の中が真っ白になる。魔力の球がさらに膨らんだ。
もう、私の体より大きい。
「師匠……!」
このままだと、爆発する。
私は助けを求めるように師匠を見る。師匠の顔が変わった。今まで見たことがないほど、真剣な顔だった。
師匠がこちらへ走ってくる。
身体を強く突き飛ばされた。私の身体が地面を転がる。
「きゃっ!」
背中に強い衝撃が走った。転がった先で顔をあげると、師匠の背中が見えた。壁となったように、私の視界を塞いでいた。私と爆発寸前の魔力の塊との間に師匠がいる。私には絶対に爆発を当てさせないとでも言うように。
「師匠……!」
声が震えた。
逃げて。そう言いたかった。でも、声にならなかった。
師匠なら分かっていたはずだ。この魔力がもう止まらないことも。次の瞬間に、何が起こるのかも。それなのに、師匠は一歩も動かなかった。
ドォォォォォオンッ!
世界が白くなった。凄まじい爆音が響く。空気が震え、地面まで揺れた。
「きゃあああっ!」
爆風で砂や小石が舞う。けれど、そんなことはどうでもよかった。
「師匠!」
師匠は、最後まで一歩も動かなかった。私を庇ったまま、爆発をまともに受けたのだ。
「師匠! 大丈夫ですか!?」
「……ああ。大丈夫だ。お前は大丈夫なのか?」
「私は大丈夫です!」
私は前に回って、師匠の身体を確認する。目に入った瞬間、息が止まった。師匠の身体は、焼けただれていた。服はところどころ破れ、皮膚は赤く腫れている。
それでも師匠は、何事もなかったかのようにしている。
「そんな……」
私のせいだ。
私が魔力を制御できなかったから。
私が止められなかったから。
その事実が頭の中に浮かんだ瞬間、身体が震えた。
そして師匠の左耳から、赤いものが流れていることに気づいた。
「……師匠!」
師匠が左耳へ手をやる。指先に赤い血がついた。
「……」
師匠は自分の指先を見つめる。その顔には、驚きも怒りもなかった。そして、いつものように落ち着いた声で言った。
「大したことない」
「大したことあります!」
私は思わず叫んだ。
どうして。どうしてそんなことを言えるの?
身体中が焼かれている。耳から血まで流れている。それなのに、どうして平気な顔をしていられるの?
「どうして……」
私は、師匠の人生を狂わせてしまった。
なのに師匠は、ずっと私に変わらず接してくれた。私が何度謝っても、責めることもなかった。だからこそ、師匠が私のことを忘れるなんて、最初は信じられなかった。
でも今思えば、師匠は私のことを忘れたフリをしていたんじゃないだろうか。内心「もう関わりたくない」と、思っていたのかもしれない。当然だ。
それなのに私は、自分が恩返ししたいからという理由で会いに来て、しかも店先で泣いてしまって。
最低だ。
私が会いに来たことを、師匠は迷惑に思っている。
私の顔を見ることさえ、師匠は嫌に思っている。
だから、忘れたフリをしていたのに。
そう考えると、胸が苦しくなった。
私の魔法が暴発して、師匠の体は傷ついた。私を庇ったせいで左耳の聴力を奪った。それが探索者としてどれだけ大きな傷なのか、今の私は知っている。本当なら、もっと強くなれたはずなのに。もっと高い場所へ行けたはずなのに。
「……私のせい」
師匠はあの日のことを思い出したくないに決まってる。
私が魔力を制御できなかったせいで、師匠は傷ついた。それなのに私は、何年も経ってから何事もなかったみたいに会いに来た。私は自分のことしか考えてなかった。師匠の気持ちも考えずに会いに来た。
そう思うと、涙がまたこぼれそうになった。
何が恩返しだ。胸の奥が苦しくて、息をするのさえ辛かった。
●グレイ視点
アルバは、急にまた泣き出した。
……情緒不安定すぎるだろ。
こっちはアルバに会えて、普通に嬉しいっていうのに。思い出した瞬間は、感動したくらいだ。ただ、名前が出てこなかっただけなのである。
そりゃ、忘れていたことは申し訳なく思う。でも、俺は師匠と言われるほどアルバに修行をつけた覚えがない。昔、何度か会って少し教えただけだ。両手で数えられるくらいだぞ。
何年も会っていなければ、忘れていても仕方ないだろう。……というのは、さすがに薄情だろうか。
俺は昔から、人の顔や名前を覚えるのが苦手なのだ。
「……あのとき、私が制御できなかったから」
アルバの声が震える。すると、ぽろぽろ流れていた涙が、さらに増えた。
「おいおい。そんなに泣くなって」
「だって……」
「言っておくが、左耳の件はお前のせいじゃない。俺がちゃんとそばで見てなかったからだ」
「でもぉぉぉおおお……!」
「でもじゃねえよ」
慰めているつもりなのだが、まったく効果がない。むしろ泣き声が大きくなっている。
「うえぇぇぇん……!」
「……」
これ、外まで聞こえてるだろ。勘弁してくれ。
「もう、師匠、私のこと、会いたくなかったのに。ごべんばざい……」
アルバは泣きながら、深々と頭を下げた。
「いや、だから違うって」
「ごべんなざい……!」
どうしたもんかね、これは……。本当は、会いたくなかったどころか、会えて嬉しいに決まってるだろ。昔、少しだけアドバイスした若いのが、大出世してわざわざ会いに来てくれたんだから。
それが嬉しくないわけがない。
「ひとまず、泣くのを止める魔法とかないのか」
口にしてから、そんな都合のいい魔法があるわけないと思った。
「ありばぶ……」
あるのかよ。便利だな、魔法。
アルバは涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま、杖を取り出した。そして、何やら小さな声で詠唱を始める。
魔力がアルバの身体を包む。すると、さっきまで止まらなかった涙が、ぴたりと止まった。「止まりました」と言って、アルバが顔を上げる。
泣くのを止めるためだけに魔法を使う大魔導師。
「迷惑なのは分かってます」
アルバは目元を拭い、真面目な顔になる。
「でも、せめて恩返しをさせてください。師匠」
「恩返しか……」
別にいらないんだけどなぁ。そう思ったが、ここで「いらない」と言ったら、また泣き出しそうだし。
「例えば、お店を大きくするとか!」
「今のままでいい」
「魔法で山を削って畑を広げることもできます!」
「それだけは絶対にやめろ」
アルバは真剣な顔で考え込む。剣聖になると言ったときくらい真剣だ。こういうところは、昔から変わっていない。
「じゃ、じゃあ……、師匠の、お、お、およ――」
「アルバが元気でいてくれることが、一番の恩返しなんだが。それじゃダメか?」
アルバが顔を赤くして目を丸くする。俺としては本心だった。店を大きくする必要もない。山を削って畑を広げられても困る。
昔の教え子が元気に生きている。それだけで十分だ。
「……グルルル」
「ん?」
低い唸り声が聞こえた。
俺はアルバを見る。
「腹でも減ったか?」
「私のお腹の音じゃないですぅっ!」
「だよな」
俺は立ち上がる。
「外から聞こえたな」
「はい……」
2人で店の外へ出る。
日が沈みかけ、辺りはすっかり薄暗くなっていた。昼間の暖かさも消え、冷たい風が肌を撫でていく。その道の先。茂みが、大きく揺れている。ガサガサと音を立てている。
「魔獣か」




