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第13話 国王、元B級探索者をスカウトする

「実は私は、この国の国王です」

「…………」


言葉が頭に入ってこなかった。店内の空気が、一瞬だけ止まったような気がした。俺は黙ったまま男を見る。五十代くらいの男。落ち着いた物腰。品のある服。そして、さっきから感じていた妙な違和感。


俺の名前を知っていたこと。俺の過去を知っているような質問。A級への推薦について話したときの、あの反応。いくつかのことが頭の中で繋がりそうになる。


「……すみません。今、なんて?」


俺が聞き返すと、男はもう一度、はっきりと言った。


「私は国王のアルフレッド・スターリングです」

「……本物ですか?」

「本物です」


国王は苦笑しながら身分を示すものを取り出した。


王家の紋章。


探索者として王都へ出入りしていた頃、王城から出される依頼書や正式な通達で見たことがあった。細かな意匠まで覚えているわけではない。それでも、その紋章が軽々しく使えるものではないことくらいは知っている。


俺は差し出されたものをしばらく眺めた。


「……本物だ」


思わず呟く。頭の中が一気に混乱してきた。国王。目の前にいるこの人が。さっきまで普通に味噌汁を飲んでいた、この人が。


「…………」


俺は無意識に、さっき出した料理を思い出した。大根。焼き魚。味噌汁。漬物。


「……国王様に、庭で作った大根出しちゃったんですね」

「とても美味しかったですよ」


国王は平然と答えた。俺が額を押さえていると、隣の若い男が笑った。


「ちなみに俺は勇者です」

「……ちょっと待ってください」


俺は顔を上げた。


「なんで国王と勇者が、うちで飯を食ってるんです? しかも、普通の客みたいに」

「陛下がどうしても、一度直接会いたいと」

「それで、わざわざここまで?」

「はい」


俺は2人を交互に見る。王国で最も偉い人間と、王国を代表する英雄が、昼飯を食べに来た。そんな話を誰かにしても、信じてもらえないだろう。俺だって、今までの自分の記憶を疑いたくなってくる。


「それで、俺に何の用です?」


俺が尋ねると、国王は表情を改めた。先ほどまで料理について話していた客の顔ではない。国を治める者としての顔だった。


「あなたにお願いしたいことがあります」

「お願い?」


国王は懐から書類を取り出した。俺はその書類へ視線を落とす。一体、何が書かれているのか。


「王国の探索者育成機関についてはご存じですか?」

「名前くらいなら知っています」

「現在、長官の席が空いています」


嫌な予感がした。


「そこで、あなたにお願いしたいのです」


国王は一度言葉を切る。


「王国の探索者育成機関、その長官を務めていただけませんか?」

「…………」


俺は沈黙した。何を言われたのか、今度はちゃんと理解できた。理解できたからこそ、余計に意味が分からない。


「いやいやいや」


俺は首を振った。


「俺、元B級ですよ?」

「存じています」

「もう探索者も引退してます」

「存じています」

「46歳です」

「それも存じています」


国王が俺をじっと見る。


「……本気なんですね」

「はい」


国王の声は真剣だった。さっきまで客として料理を食べていたときの穏やかな雰囲気とは違う。言葉の一つ一つが重く感じられた。


「なぜ俺なんです?」


俺は自分のことを、それほど特別な人間だとは思っていない。46歳まで探索者を続けて、辿り着いたのはB級。A級への推薦を受けたことは何度かあった。周囲からは、もう少し上を目指せると言われたこともある。ただ、結果として最後までB級だった。それは事実だ。


「あなたと共に活動した者たち。たとえばロイド・アシュフォード、アルバ・ミルフォード」


ついこの間、恩返しがしたいと会いに来てくれた2人だ。


「それと勇者パーティーのリリアン・モンゴメリ。彼女も、あなたを師匠と呼んでいます」


勇者が言った。


「リリアン」


その名前を聞いた瞬間、俺は少しだけ黙った。懐かしい響きだ。初めて会ったときは、まだ15歳くらいだった。財布を狙って俺に近づいてきたのだ。腹を空かせていて、服も随分と汚れていた。でも、盗賊としての才能があることにすぐ気づいた。ただ、その才能をどう伸ばせばいいのか、本人は何も分かっていなかった。


だから俺が教えた。といっても、盗賊としての技術そのものは、俺から何かを教えたわけではない。それでも本人は、俺に飯を食わせてもらったことをきっかけに、勝手に俺を師匠と呼び始めた。


今では勇者パーティーの一員。立派になったものだ。





そんなことを考えていると、店の奥から小さな物音が聞こえた。


カタン。


何かが触れたような音だった。俺は反射的にそちらを見る。厨房の奥。食材や調理道具を置いている棚のあたりだ。


「……?」


勇者が少しだけ苦笑する。


「リリアン、いつまで隠れてる?」

「え?」


俺は思わず聞き返した。


リリアン?


まさか。そんなわけがない。そう思った直後、棚の陰から髪が少しだけ見えた。


「…………」


やがて、観念したように1人の少女が姿を現した。俯いたまま、こちらへ歩いてくる。昔より少し背が伸びている。顔つきも大人びていた。服装も、昔のような粗末なものではない。立派な装備を身につけている。


「……リリアン?」


俺が名前を呼ぶ。少女の肩が小さく跳ねた。そして、ゆっくりと顔を上げる。目が合った。懐かしい顔だった。何年も会っていなかったはずなのに、あの頃の面影が残っている。


「……師匠」


リリアンの声が震えた。何か言おうとして、口を開く。けれど、声が続かない。何度か唇を動かしたあと、ようやく小さな声がこぼれた。


「……久しぶりです」


その声を聞いた瞬間、昔の記憶が一気に蘇った。罠を見つけると、嬉しそうに報告してきたことを。


「久しぶりだな、リリアン」

「……はい」


リリアンは俯いたまま、小さくうなずいた。


「元気だったか?」

「……はい」

「そうか」


俺は笑った。


「立派になったな」

「……っ」


リリアンの顔が歪んだ。


「ごめんなさい、師匠」

「何が?」

「私……」


リリアンは俯いた。


「師匠を怪我させました」


俺は少しだけ目を見開いた。


「ああ……、あのときのことか」

「はい」

「まだ気にしてたのか?」

「気にしますよ」


リリアンの声が震える。


「師匠は、私を庇って怪我したから……」


そこでリリアンは言葉を詰まらせた。


「本当はA級にも、S級にもなれたのに」

「いや、S級はさすがに無理だと思うぞ」


俺は苦笑した。


「A級もどうだろうな。そこまで行けたか、今となっては分からん」

「でも……」

「リリアン」


俺は首を振った。


「それと、お前のことは関係ない」


リリアンは目元を赤くしながら俺を見る。


「私が、もっとちゃんとしていれば……」

「もういい」

「師匠……」

「本当にもういいんだ」


俺は笑った。


「俺からしたら、久しぶりにお前の顔を見られただけで嬉しい」


俺がそう言うと、リリアンの目から涙が落ちた。リリアンの頭へ手を置いた。髪をゆっくりと撫でる。


そして、次の瞬間だった。


「師匠……!」


リリアンが俺の胸へ飛び込んできた。


「お、おい」


細い腕が背中へ回る。俺は一瞬どうすればいいのか分からず、その場で固まった。


「師匠」

「……ったく」


俺は苦笑しながら、もう一度その頭を撫でた。リリアンは俺の胸へ顔を埋めたまま、小さく答えた。その様子を、国王と勇者は黙って見ていた。






やがて国王が口を開く。


「ロイドも、アルバも、リリアンも。3人とも口を揃えて、あなたから教わったことが今の自分を支えていると言っていました」


「……大げさですよ。俺は大したことをしてませんよ」

「そんなことないです」


リリアンが顔を上げた。


「師匠がいなかったら、私は今ここにいません」

「リリアン……」

「ロイドさんも、アルバさんも、きっと同じです」


俺は何も言えなかった。

思い出してみても、本当に特別なことを教えた記憶はない。ロイドに特別な剣技を授けたわけでもない。アルバにすごい魔法を教えたわけでもない。リリアンには盗賊の技術をなに1つ教えていない。


俺が伝えたことがあるとすれば、仲間の位置を確認しろとか、罠を見つけたら勝手に進むなとか、無理だと思ったら引き返せとか、そんな当たり前のことばかりだった。


探索者として生きていくなら、どれも当たり前のことだ。だから俺は、それを特別な指導だと思ったことがなかった。


「あなたは、自分が教えたことを軽く考えているようですね」

「そうですか?」

「ええ。私はロイド・アシュフォードの記録も、アルバ・ミルフォードの記録も確認しました。彼らは確かに優秀です。才能もあったのでしょう」


国王は静かに続ける。


「しかし、強さだけで探索者として生き残れるわけではない。そうでしょう?」

「……まあ」

「どれほど剣が強くても、危険を察知できなければ死ぬ。どれほど強力な魔法を使えても、撤退する判断ができなければ死ぬ。どれほど優れた技術を持っていても、仲間との連携を失えば、命を落とす」


国王は俺を見る。


「探索者という仕事は、魔物を倒すことだけではありません」


俺は黙って聞いていた。


「記録に残っているだけでも、あなたと行動した新人の生存率は非常に高い」

「そんな記録まで調べたんですか」

「あなたに指導を受けた者たちは、その後、多くが成長しています。A級になった者。B級上位まで進んだ者。王国軍へ入った者。魔術師になった者。斥候として活躍している者。治癒術師として名を上げた者」

「たまたまですよ」

「本当にそう思いますか?」


俺は返事をしなかった。国王は責めるような言い方をしているわけではない。ただ、俺が自分のことをどう見ているのか、確かめるような目をしていた。


「我々が欲しいのは、魔物を1番多く倒せる人間ではありません」


国王は手にしていた書類を俺へ差し出した。


「若い探索者に、どう生き残るかを教えられる人間です」


俺は書類を受け取った。


「危険な場所へ入ったとき、どこまで進むべきなのか。いつ撤退するべきなのか。仲間が倒れたとき、何を優先するべきなのか。自分の力を過信しないこと。勝てない相手から逃げること」


国王の声が、静かな店内へ響く。


「そういうことを、実際の経験から教えられる人間は決して多くありません」


俺は書類へ視線を落とした。


「あなたなら、それができると私は考えています」


長官。王国の探索者育成機関、その責任者。あまりにも荷が重い。しかも俺には店がある。畑がある。だからこそ、すぐに答えを出すことはできなかった。


「……少し考えさせてもらえますか?」

「もちろんです」


国王はすぐにうなずいた。


「返事を急がせるつもりはありません」





3人は店を出た。リリアンは最後まで俺のほうを見ていた。


「またな、リリアン」

「……はい、師匠」


俺は軽く手を上げる。リリアンも小さく手を振り返した。扉が閉まり、馬車がゆっくりと動き始める。

俺は店の前に立ったまま、その姿をしばらく見送った。やがて馬車が道の向こうへ消えていく。


俺は改めて手に持った書類を見て、ため息をついた。

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