↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/14

第10話 とくに何もしない休日

今日は店の定休日だった。朝、いつもの時間に目が覚めたものの、すぐには布団から出なかった。薄く開いた窓から朝の冷たい空気が入り込み、部屋の中をゆっくりと流れている。鳥の鳴き声が遠くから聞こえる。


布団の中で身体を伸ばし、枕に頭を預けたまま、しばらく天井を眺める。今日は店を開けない。仕込みもしない。客を迎える必要もない。そう考えると、身体を急いで起こす理由がなかった。


しばらくしてからようやく布団を出る。顔を洗い、髪をテキトーに整え、簡単に身支度を済ませる。台所へ向かい、昨日の残りものを確認する。鍋には煮物が残っている。味噌汁もまだある。炊飯器にはご飯も残っていた。朝からわざわざ料理をする必要はなさそうだった。


煮物と味噌汁を温め、ご飯を茶碗によそう。卵を焼こうかとも思ったが、面倒だったのでやめた。三品を食卓へ並べ、椅子に座る。湯呑みにお茶を注ぎ、ゆっくり朝食を食べる。


昨日の煮物は一晩置いたことで味がよく染みていた。大根を箸で割ると、柔らかく崩れる。ご飯と一緒に口へ運び、味噌汁をすすってから、また煮物を食べる。いつもの朝食より簡単だが、休みの日ならこれくらいで十分だった。


食べ終わったあとも、すぐに席を立たず、湯呑みを手にしたまましばらく座っていた。温かいお茶を少しずつ飲む。


「はぁ……」


やがて茶を飲み終え、食器を流しへ置く。洗うのも後でいい。




庭へ出ると、朝の空気はまだ少し冷たかった。軽く身体を動かすため、倉庫から剣を取り出す。現役時代に使っていた剣だ。鞘には細かな傷が残っている。庭の端に立ち、ゆっくり剣を抜く。朝の光を受けて刃が光る。


昔はこの剣を毎日のように振っていた。探索へ出る前にも振り、帰ってきてからも振った。身体が重くなるまで鍛え、翌日に筋肉痛が残っても、また鍛えた。


「久々だ」


構える。足の位置を確認する。肩の力を抜く。ゆっくり振る。ヒュッ、と空気を切る音がした。速くすることも、力を込めることもしない。身体がちゃんと動くか確認するように、一定の動きで剣を振っていく。


腕を上げ、振り下ろす。足を踏み替える。腰を回す。今日は十数回ほど振ったところで終わりにする。剣を鞘へ戻し、手ぬぐいで額の汗を拭く。少し身体が温まった。それだけで十分だった。



倉庫へ剣を戻し、庭を見渡す。畑の土が少し乾いている。昨日も水をやっているので、たっぷり与える必要はなさそうだった。それでも、葉の様子を見ながら、乾いているところだけ軽く水をやる。葉の上へ落ちた水滴が丸くなり、そのまま茎を伝って土へ落ちていく。土へ染み込み、黒く色を変えていく。


水やりを終えたら、じょうろを元の場所へ戻す。雑草を抜くこともしない。畑を耕すこともしない。昨日までにやった分で十分だ。



縁側へ座布団を持っていき、そこへ腰を下ろす。庭を眺める。風が吹くと、畑の葉がゆっくり揺れる。木の枝も揺れている。鳥が一羽、庭の端へ降りてきた。しばらく地面をつついていたが、すぐに飛び去っていった。縁側に座ったまま、その様子を眺めている。特にすることはない。


朝の時間がゆっくり過ぎていく。座布団へ身体を横たえる。背中に感じる固さがちょうどいい。腕を枕代わりにして、目を閉じる。風が頬を撫でる。遠くから誰かの話し声が一度だけ聞こえたが、それもすぐに消えた。静かな時間が続く。


そのまましばらくしていると、まぶたが重くなってくる。




どれくらい経ったのか分からない。目を覚ましたときには、太陽が高い位置まで昇っていた。軒先から差し込んでいた朝の柔らかな光はすっかり消えて、庭全体が昼の陽射しに包まれていた。畑の葉も朝よりはっきりと見える。


身体を起こして時計を見る。昼を少し過ぎていた。思った以上に眠っていたらしい。縁側から立ち上がり、台所へ向かう。なぜかもう腹が減っている。さっき朝食を食べたばかりのような気もするが。新しく何かを作る気分でもなかったので、朝とほとんど変わらない食事をとった。


「買い物でも行くか」


ちょうどいい散歩にもなる。財布と買い物袋を持つ。戸締まりを確認してから玄関を出た。外へ出ると、昼の陽射しが降り注いでいた。空を見上げると、雲は少なく、青い空が広がっている。今日は天気もいい。歩いていくにはちょうどよかった。




昼過ぎの町にはのんびりした空気があった。店先には今日仕入れた商品が並べられている。魚屋からは魚を焼いたような香りが流れてきた。思わず足を止めそうになるが、今日は魚を買う予定はない。買い物袋を持ったまま、そのまま歩いていく。


しばらく歩くと、いつもの市場が見えてきた。町の中でも比較的人の集まる場所で、野菜や肉、魚、調味料など、食事に必要なものはだいたいここで揃う。店先には木箱が並び、それぞれの店が仕入れた商品を並べている。昼を過ぎているので、朝ほど混雑してはいない。客も店員も少し落ち着いた雰囲気だった。


まずは野菜を見ることにする。八百屋の店先には、大根、白菜、人参、玉ねぎ、じゃがいも、長ねぎなどが並んでいた。かごに入れられた葉物は瑞々しく、根菜は土を軽く落とした状態で並べられている。店先に立ち、急がず一つずつ見ていく。


大根を手に取る。ずっしりと重い。表面もきれいで、持った感じも悪くない。一本選んでかごへ入れる。次に人参。何本か手に取って太さや形を見る。料理に使いやすそうなものを選ぶ。玉ねぎもいくつか。じゃがいもも買っておく。煮物に使えるし、肉と一緒に焼いてもいい。長ねぎは少し多めに買う。味噌汁に入れることもできるし、薬味として使うこともできる。白菜の前で足を止める。しばらく眺めてから、一番状態のよさそうなものを選んだ。葉の先まで張りがある。



野菜を選び終えたところで、今度は種の棚へ向かう。小さな紙袋が木箱の中に並べられている。袋には野菜の名前と簡単な説明が書かれていた。今の畑に植えているものと同じ種類もある。袋を一つずつ手に取り、裏側に書かれた説明を見る。植える時期、水やり、収穫までの目安。知っていることも多いが、こうして改めて見るのは嫌いではない。畑のどこへ植えようか考える。今の畑にはまだ育っている野菜がある。収穫したあとに空く場所もある。その場所を思い浮かべながら、種を選ぶ。


野菜を選んで、種を選んでいるだけなのに、それなりに時間が経っていた。店員から声をかけられる。


「グレイさん、今日は休みかい?」


振り向くと、顔見知りの店員が笑っている。


「ああ。定休日です」


そう答えると、店員も笑って頷いた。


「休みの日くらい、ゆっくりしないとな」


会計を済ませる。次は肉だ。市場の奥にある肉屋へ向かう。店先にはいくつかの肉が並んでいた。鶏肉、豚肉、牛肉。どれも今日仕入れたばかりらしい。まず鶏肉を見る。もも肉をいくつか選ぶ。焼いてもいいし、煮てもいい。唐揚げにしてもいい。明日の料理を考えながら、使いやすそうな量を選ぶ。豚肉は薄切りを買う。野菜と一緒に炒めてもいいし、味噌汁に入れてもいい。生姜焼きにしてもいい。


店員に頼むと、肉を手際よく切ってくれる。包丁がまな板を叩く音が響く。トントン、と一定の音が続く。牛肉は少しだけ買うことにした。普段の食事なら豚や鶏のほうが使いやすい。牛肉は少し贅沢をしたいときに使えばいい。店員が包んだ肉を受け取り、買い物袋へ入れる。さっきまで軽かった袋が、かなり重くなっていた。


今日はこれくらいでよさそうだった。



市場を出る。外へ出ると、店の中より少し暖かく感じる。陽射しが少し傾いている。買い物袋を持ち直し、家へ向かう。帰り道も急がない。行きより荷物は重くなったが、それほど苦にはならなかった。探索するときの装備の方が重たいくらいだ。のんびり家へ戻っていく。


家について玄関を開ける。買い物袋を台所へ運ぶ。まず肉を冷蔵庫へ入れる。鶏肉、豚肉、牛肉をそれぞれ分けて置く。次に野菜を片付ける。大根を野菜置き場へ。白菜も傷まないように置く。人参、玉ねぎ、じゃがいもをそれぞれ決まった場所へしまっていく。長ねぎは使いやすいようにまとめる。


最後に種の袋を取り出す。買ってきた袋を一つずつ確認する。種は湿気の少ない場所へ置いておく。棚の上へ並べると、小さな袋がいくつも並んだ。明日すぐ植えることは考えてない。畑の様子を見ながら、空いた場所へ順番に植えればいい。


買い物袋を畳み、元の場所へ戻す。台所を見渡す。冷蔵庫の中も少し充実した。野菜も肉もある。これならしばらく困らない。


今日は特別なことは何もしていない。それでも、こうして一日をゆっくり過ごしていると、時間そのものを味わっているような気がする。




夕食は残り物の果物を食べることにした。異世界のりんごに似た食べ物だ。包丁を手に取り、皮を剥いていく。瑞々しい果肉が現れると、食べやすい大きさに切り分ける。皿へ盛り付ければ、それだけで夕食の準備は終わりだった。昼にしっかり食べたせいか、夜はそれほど腹も減っていない。椅子に座り、果物を口へ運ぶ。噛むたびに甘い汁が広がる。


「ロイドにアルバに、出世してたなぁ」


そんなことを呟きながら外を見る。窓の外はすでに暗くなっていて、昼間まで聞こえていた町の音もかなり少なくなっていた。静かな部屋で、果物を一つずつ食べていく。皿の上の果物が減っていき、最後の一切れを口へ運ぶ。食べ終わったあとは皿を流しへ持っていき、水で軽く流しておく。


台所を片付けたあと、風呂を沸かす。服を脱いで湯船へ入る。温かい湯が身体を包み、昼間に歩いたことで少し重くなっていた脚から力が抜けていく。肩までゆっくり浸かる。風呂場には湯気が広がり、窓が白く曇っていく。今日は剣も軽く振ったし、買い物のために町まで歩いた。たいした運動ではないが、こうして湯に浸かっていると、それなりに身体を使ったのだと分かる。長湯はせず、身体が十分に温まったところで風呂から上がる。



身体を拭き、寝間着へ着替える。冷たい水を一杯飲む。喉を通っていく冷たさが気持ちいい。時計を見ると、まだ普段寝る時間より早かった。でも、今日はもう眠ってしまうことにする。寝室へ向かい、布団を敷く。枕の位置を整え、布団へ入る。


明日の朝は店を開ける。仕込みもある。買ってきた肉や野菜を使って何を作ろうか、少しだけ考える。買ったばかりの種もある。畑の様子を見て、植えられそうな場所があれば少しずつ植えていけばいい。そんなことをぼんやり考えながら、身体を布団へ沈める。


ほとんど何もしていない。けれど、こういう一日も悪くない。目を閉じていると、少しずつ身体から力が抜けていく。昼寝もしたというのに、今日はよく眠れそうだった。まぶたが重くなる。耳に入ってくる音も、少しずつ遠くなっていく。意識がゆっくり沈んでいく。やがて、何も考えないまま眠りについた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。