罠の匂い
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仕事部屋を出たノアは、廊下を歩きながらスマホの追跡報告を読んでいた。
車列は今もロダン・ホール方面へ進んでいる。
塔を出たアレクサンダーは巨人族の方へ向かったままで、市内各地へ部隊が動いているという報告も続く。
「そのまま追って。車が止まっても勝手に仕掛けるなよ」
追跡班へ返事を送り、ノアは車列の画像を開いた。
英国政府とロダン家の護衛が付いた車には、真壁遼が乗り、封印ケースも積まれているはずだ。
だが、ケースが載っていると分かるだけで、中身まで見えたわけではない。
《フロンティア・コンパス》の針を狙って襲いかかった結果、まったく別のものを奪って帰る羽目になるのは勘弁してほしい。
しかも、あれだけ警護を付けている相手だ。
道路上で足止めしたところで、欲しいものを探す時間をくれるとは思えなかった。
「ノア様、移送先の情報が入りました」
「英国政府に潜り込んでる工作員から?」
「はい。回収した針を、ロダン・ホールの地下魔導金庫へ移すよう指示が出ています。英国政府の管理と警護はそのままです」
「……本当にあそこへ持ってくのか。ケースの中も見た?」
「そこまでは。確認できたのは、針の移送手配です」
ノアは封印ケースを車に運び込む画像を見直した。
車列の進路も、工作員から届いた移送先と一致している。
「じゃあ、あのケースに針が入ってる前提で動く。ただ、中身は確認できてない。そこは忘れるなよ」
「承知しました」
ノアは建物の出口へ向かう足を止めた。
針に手が届くかもしれない。
その都合の良さが、かえって引っかかる。
「政府の金庫じゃないんだよな?」
「移送先はロダン・ホールです。政府施設へ変更されたという連絡は来ていません」
英国政府には、存在そのものがほとんど知られていない異次元金庫がある。
回収した針をそこへ入れられれば、奪いに行くのはまず無理だ。
ロダン家の守りも厳重だが、あの金庫と比べるなら、まだ近づく方法を探せる。
それほど厳重な金庫があるのに、なぜ針をロダン・ホールへ運ぶのか。
「針って、政府が手放したわけじゃないだろ。ロダン家に返すとか、そういう話も出てない?」
「出ていません。政府が管理を続けたまま保管する手配です。護送の指示も実際に動いています」
「だったら、自分とこの一番厳重な場所に入れればよくね?」
「その理由は、こちらからは確認できていません」
街では巨人が出ている。
急いで安全な場所へ移す必要があるのは分かるが、それだけでロダン家を選んだと決めるわけにもいかない。
「なあ、これって俺をロダン・ホールに誘い込む罠じゃね?」
「……ロダン家が、ですか」
「誰が仕掛けたかは分かんないけど。政府が異次元金庫を使わない理由も、それなら説明がつくだろ」
追跡班の映像と工作員の報告は一致している。
針を本当にロダン・ホールへ運び、奪いに来たところを待ち受ける。
相手が仕掛けるなら、そういう罠もあり得る。
ノアはスマホで車列の現在位置を確認した。
アレクサンダーが巨人族の現場から戻ったという連絡はない。
当主が街を守るために出撃したのは本当だろう。
だが、当主がいないからといって屋敷の警備がなくなるわけではない。
車列にも英国政府とロダン家の護衛が付いている。
道路で襲えば、その護衛と戦うことになる。
ケースを奪う前に包囲され、針を狙っていることまで相手に知られかねない。
「移送中の襲撃はなし。ケースを確保する前に囲まれたら終わりだ」
「では、ロダン・ホールの周辺を調べさせますか?」
見張りを増やして、罠があるか調べることはできる。
しかし、今もアレクサンダーは巨人族の対応に追われている。
騒ぎが収まって屋敷へ戻れば、針へ近づくのはいっそう難しくなる。
その間に政府が針を異次元金庫へ移してしまえば、もう奪いに行けない。
もう一度当主を引き離すために、あの邪悪な腕をもう一本送ってくれと頼むのも嫌だった。
あれは何が出るか選べない。
次にロンドンで何が起きるかも分からないのだから。
「いや。政府に潜らせた工作員に、俺がロダン・ホールへ入れるよう手引きさせろ」
「承知しました」
「罠かもしれないけど、針が政府の異次元金庫に入ったら手が出せない。なら、今のうちに動くしかないだろ。……入りたくねえんだけどなぁ」
部下が工作員へ連絡する間、ノアは車列の追跡班にも指示を送った。
「そっちは車列を追うだけでいい。到着しても、勝手に近づくなよ」
『了解です』
ほどなく、政府内部の工作員から手引きの準備に入ると連絡が届いた。
「よし。何か分かったらすぐ送って。俺も出る前にちょっと準備があるから、報告はスマホに頼む」
ノアは部下を残し、仕事部屋へ戻った。
しばらくして、再び廊下へ出てきたノアは、スマホに届いた追跡報告を確認した。
「……ま、これで保険もかけたしな」
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