特級呪物、使ってみた
本日カクヨムのほうでサポーター専用SS シオのアメリカ旅行① 怪獣とMVP が公開されています!
※カクヨムの方ではストーリー進行が遅いですが、専用エピソードを近況ノートの方に掲載していますので、興味ありましたら是非のぞいてみてください(サポーターズパスポート加入などが必要になります)
その数日前、ロンドン市内のWBの臨時拠点には、時計塔周辺の監視報告が続いていた。
ノアは机に置いたタブレットで、監視班から届いた写真を開いた。
大時計の長針付近に仮設の足場が組まれ、塔の下には作業資材が運び込まれている。
技術者らしい人間の出入りも増え、周辺の規制は前より厳しくなっていた。
「これ、いよいよ針を外す準備じゃね?」
監視班に尋ねても、塔の中で何をしているかまでは分からない。
時計塔がダンジョンの発生を抑えているとしたら、針を外すための準備も簡単には済まないのだろう。
「塔の出入口は、そのまま見てて。当主が来たらそっちも頼む」
『了解です。出入りに変化があれば報告します』
ノアは続けて、市内各地のダンジョン出現を見ている担当と、塔から出る護衛車両を追う担当へ連絡する。
必要になった時の撹乱も、すでに任せてある。
配置はそのまま、動く合図はこちらから出すと伝え、各担当からの返事を読んだ。
「針が外れても、アレクサンダーが張り付いてたら意味ないしな」
相手は世界最強の一角だ。
塔の警備がどう変わるかも大事だが、まず本人に別の場所へ行ってもらわなければ、針を狙うどころではない。
そのために使えという品が、WB第3席から届いた。
机には、肘から指先までの、人間の腕らしい1本が置かれている。
古びた包帯が幾重にも巻かれていて、指の形まで隠し切れていない。
ノアは椅子から立ち上がり、思わず半歩下がった。
「なにこれ? めっちゃ邪悪じゃん」
そばにいた部下は、腕を置いた時と同じ調子で答えた。
「今回の作戦用に送られた特級呪物です」
「いや、それは聞いてるって! これ、封印してあるんだろ? 邪気がだだ漏れじゃん! よくそんなもん平気で触れるな、お前!」
部下は包帯の巻かれた腕を平然と持ち上げ、受領時の説明を続けた。
「広範囲の次元の流れに干渉して、条件の弱い場所で新しいダンジョンの発生を誘発するそうです。ただ、発生する場所や種類、数、規模、魔物は指定できません」
「じゃあ、使ってみないと何が出るか分からないわけ?」
「はい。ちなみに使えるのは1回だけです」
部下は腕を机へ戻したが、ノアは触ろうともしなかった。
けれど、アレクサンダーを動かせるだけの災害になるかは、これを眺めていても判断できない。
「これ、本当に効くんだろうな。1回で使い切って何も起きなかったら、俺どうすんの?」
『特級呪物を使い切ったのに、アレクサンダーは時計塔から一歩も出ず、針を奪う隙すら作れませんでした』
第3席にそう報告する自分を想像すると、使う前から嫌になってくる。
もう1個ください、と頼める品でもないだろう。
「……使うよ。使うけど、今すぐじゃないからな。塔の作業が始まりそうになったら教えて」
ノアは机の腕から目をそらし、タブレットの監視報告へ戻った。
◇
当日、時計塔の監視班から新しい映像が届いた。
ビッグベンの大時計は、文字盤と長針が見えないように大きな布で覆われている。
足場には作業員が集まり、塔の下の立ち入り規制も一段と厳しくなっていた。
『時計の部分に覆いが掛けられました。作業関係者も次々と塔へ入っています』
ノアはタブレットの映像を拡大した。
昨日までは見えていた長針が、今は布の向こうだ。
内部の作業までは分からないが、わざわざ大時計を隠して人を集めている。
「……これ、今日針を外すんじゃね?」
ノアは時計塔の観測担当に連絡した。
「時計塔の周辺の次元の流れ、監視を密にして。少しでも変化があったら、すぐ俺に教えて」
『了解です。変化があれば直ちに報告します』
「そっちは呪物の準備だ。起動する一歩手前まで進めといて。俺が合図するまで絶対に使うなよ」
そばの部下が、机に置かれた包帯巻きの腕の準備を進める。
ノアは時計塔の映像を見ながら、観測担当からの連絡を待った。
ほどなくして、次元の流れを見ている担当から報告が入る。
『時計塔の周辺で、次元の流れに変化を確認しました!』
「来たか。……よし、起動するぞ!」
ノアは第3席側から教えられた手順で呪物を起動した。
その瞬間、包帯の隙間からどす黒い靄が噴き出した。
靄は机の上を覆い、端から床へと流れ落ちていく。
部屋の照明は変わっていないのに、腕の周囲だけが異様に暗い。
さらに、床に広がった靄がノアの靴先まで流れてきた。
「うわっ!? ちょ、待て待て! なんか出てる! めっちゃ出てるって!」
ノアは慌てて後ずさる。
だが、部下は机の上の腕を見たまま、平然と答えた。
「起動は成功したようですね」
「いや、そういう問題じゃなくて! これ本当に封印されてんの!?」
包帯から溢れていた黒い靄は、やがて薄れて消えた。
机の上には、何事もなかったかのように腕が残っている。
「……マジで勘弁してくれよ」
ノアは呪物から距離を取ったまま、スマホで市内の監視班に報告を求めた。
市内の班からは、まだ新規ダンジョンの報告がない。
「……さて、どうなる?」
腕の指先は、まだ包帯からのぞいている。
ノアがその形を眺めている間に、テムズ川の南側を見ている班から連絡が来た。
『新しい入口が出ました。小規模です』
「お、出た出た。ちゃんと効いてるじゃん」
最初の報告には、周囲の道と入口を撮った映像も付いている。
場所を確認したノアは、塔の監視班にも当主の動きがないか尋ねた。
まだ変化はないという。
そこで、市内北側の担当からも新しい入口の報告が入る。
路上にできたものだが、こちらも小規模らしい。
「……あれ?」
ノアが聞き返す前に、西側からの連絡が重なった。
人通りのある通りの近くに、新規の入口を確認したという。
『現時点では、こちらも小規模です』
「めっちゃ小粒じゃね? もう少し大きいの、出てないの?」
別地区からも報告は来ていたが、今のところ大規模なものを見つけた班はなかった。
見えている入口の位置が次々に送られてきて、塔の出入口からは相変わらず動きなしの返事が来る。
「これじゃ嫌がらせ程度じゃん。アレクサンダー、出てこないでしょ」
「ノア様っ!」
部下の声に、ノアは机へ目を向けた。
包帯からのぞいていた指が崩れ、机に砂のようなものが落ち始めた。
ノアが右手を近づける間にも形が失われ、包帯の中からさらに砂がこぼれてくる。
「はあっ!? もう崩れてるじゃん! いやいや、これで終わりってマジ!?」
もう少し待てば、今度こそ大きいのが出る。
そう期待したかったが、腕の形は見る間に崩れていく。
巻かれていた包帯が沈み、手順をもう1度試そうにも、腕そのものが残っていない。
「……これ、俺が使うの早すぎたとか、そういう話になる?」
貴重な品は使い切ったのに、当主はまだ塔の中だ。
このまま針を狙えと言われたら、アレクサンダー本人を相手にすることになる。
ノアは、砂になった腕を前に椅子へ座り直した。
『ノア様、ビッグベンのそばにとんでもない渦が! さっきの入口とは大きさが違います!』
時計塔周辺の監視班から、割り込むように連絡が入る。
ノアはタブレットへ送られた映像を開いた。
外から撮られた画面に、巨大な渦と道路を離れる人々が映っている。
さっきまで市内から届いていた映像とは違い、そばの車が妙に小さい。
「……え?」
ノアが画面を見ているうちに、渦の色が赤く変わった。
監視班からも、すぐに続報が来る。
『赤い……カーニバルです』
「初手カーニバル!?」
生まれたばかりの入口から魔物が出てくるとしても、これは早すぎる。
小粒ばかりだと文句を言っていたところへ、いきなりカーニバルを持ってこられてもそれはそれで扱いに困ってしまう。
……いや、待てよ。
これだけ派手なカーニバルなら、さすがにアレクサンダーも時計塔でじっとしてはいられないだろう。
そう考えたら、むしろ大当たりじゃないか?
ノアは渦の大きさを確かめ、塔の監視班へ呼びかけた。
「当主が塔を出たら、すぐ教えて。出入口から目を離すなよ」
『監視を続けています。巨大渦は、まだ拡大しています』
赤い渦の中から、大きな人影が出てくる。
車よりはるかに大きな体が、渦の外へ歩み出た。
さらに、その後ろにも別の人影が続いている。
『巨人族の出現を確認。複数います。魔力反応は、今の観測だとA級ダンジョン並みです』
ノアが最初の巨人を見ている間にも、その後ろから別の巨人が赤い渦を抜けてくる。
「……いや待て、これヤバくね? 呪物、やらかした?」
どこに何が出るか選べないとは聞いたが、当主を引き離すだけのつもりで、こんなものが出るなんて。
ノアは机に残った包帯と砂へ、文句を言いたくなった。
「やりすぎたらそれはそれで、俺めっちゃ怒られるんだが……」
『周辺住民の避難が始まっています。こちらも撮影位置を下げます』
監視班からの報告に、ノアはすぐに答える。
「渦には近づくなよっ! 巨人のそばまで行かなくていいから。それよりも塔の監視を強めて!」
撮影班が離れても、画面にはまだ赤い渦が映っている。
呪物はもう砂になっているのに、市内に現れた入口も、この巨大な渦も消える様子はなかった。
巨人の出現を報告した班が位置を変える間、塔の出入口を見ている担当から、新しい連絡が届く。
『アレクサンダー本人を確認。時計塔を離れて、巨人族の出た方へ向かっています』
「あいつ、本当に出てきたのか……」
ノアは担当が送った映像で、塔を離れた当主の姿を確かめた。
「……よし。針のところから離れた。塔に残った警備の方も見てて」
残った連中がどう動くか、そこを見てから近づけばいい。
ノアが監視の報告を待っていると、少し後に同じ班から続報が来た。
『護衛の付いた複数の車両が、時計塔の規制区域から出発しました』
「……え? 当主は巨人の方へ行って、塔から護衛車両?」
塔の監視班から、車列が出発する前に撮影した映像と追加の報告が届いた。
『真壁遼が車列の一台に乗り込むのを確認しました。英国政府の警護担当とロダン家の護衛も同乗しています。厳重に封印されたケースも同じ車に運び込まれました』
「……あのケース、針じゃね?」
続いて、車列を追う班から連絡が入る。
『政府の施設へ向かっている様子ではありません。今の進路はロダン・ホール方面です』
「……俺、めっちゃついてる?」
ノアは立ち上がり、追跡担当へ指示を返す。
「その車列、絶対見失うなよ。俺も向かう。勝手に襲うな」
塔の監視班には、残った警備と人物の出入りを追うよう伝える。
市内の撹乱を受け持つ担当からも、指示を待つ連絡が来ていた。
「そっちも予定どおり続けて。英国政府とロダン家の部隊が、どの現場へ向かったか教えてくれ」
ノアは追跡報告をスマホで確認し、部屋を出た。
「……あの車に針まで積んでたら、出来すぎだな」
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援いただけると励みになります。




