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【書籍化&コミカライズ決定】会社をクビになった俺、深夜ダンジョンでゴミ拾いしてたら【鑑定】が覚醒して配信界のトップになった  作者: 小狐


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針を返す条件

 湖畔に建つ本家 《ロダン・ホール》は、かつてこの地を守る城塞だった。

 アレクサンダーは屋敷の地下へ続く石段を一人で下りた。

 階段の先には石壁に囲まれた一室があり、地上の物音も届かない。

 部屋の奥には、黒い棺が一つ置かれていた。


 アレクサンダーは、その前で足を止めた。


 時計塔で新たな候補が見つかり、針を返すための案が検討されている。


 「Even if we find a way to return the needle...(針を返せるようになったとしても、か)」


 アレクサンダーは息を吐く。


 「As long as this remains, we cannot leave this land.(これがある限り、我々はこの地を離れられん)」


 最後に、低く呟いた。


 「Accursed Ark.(……忌々しい聖櫃め)」


 棺に背を向け、地下を後にした。



 ◇



 時計塔で使われていない接続候補を見つけてから、数日がたった。

 技術者たちは接続先を変えて案を調べ直しているそうだが、まだ実際に使えたという連絡はない。

 今回、俺たちが呼ばれたのは時計塔ではなく、湖畔の《ロダン・ホール》だった。


 当主から、針の返還の件で改めて話があると連絡があったのだ。

 シエルと一緒に車で本家へ向かう。

 名取と支援チームの女性も同行し、シオは専用スマホを抱えて俺の肩に収まっていた。


 招かれて来たのに、その針を知らないと言われたことがある。

 また話が終わる前に帰されないといいんだが。


 書斎へ入ると、アレクサンダーは机の前の席を示した。

 俺の隣に支援女性が座り、双方の言葉をその場で通訳してくれる。

 名取は俺の近くに残った。

 アレクサンダーは、俺たちが席に着くのを待って話を始める。


 「The experts are revising the proposal around the route you found. We may be able to keep the tower working without the compass needle, but that has yet to be established.(専門家は、君が見つけた経路に合わせて案を検討し直している。コンパスの針を使わずに塔を動かせる可能性はあるが、まだ確かめられたわけではない)」


 「はい。俺が見つけたのも、指示を受け取る側へ続いているかもしれない場所です。そこを使って塔を動かせるかまでは、まだ分かりません」


 シエルが伯父に尋ねた。


 「Uncle, are you ready to talk about returning it this time? You asked us to come here for that, didn't you?(伯父さん、今度は返す話をしてくれるの? そのために私たちを呼んだんでしょう?)」


 「Yes. I refused to help the ministry remove the needle before. I knew that removing it would put London at risk.(そうだ。以前、私は省に対して、針を取り外すための協力を断った。取り外せばロンドンに危険が出ると分かっていたからだ)」


 最初に来た時も、その理由を話してくれればよかったのに。


 シエルは少し間を置いて、伯父に尋ねた。


 「Uncle, I'm a Rodan too, but there's something I've always wondered. Is Big Ben one of the reasons our family has stayed here for so long?(伯父さん、私もロダン家の一員だけど、ずっと気になっていたの。ロダン家がこの地に居続ける理由の一つが、あのビッグベンなの?)」


 アレクサンダーはすぐには答えなかった。


 「Yes. It is one of the main reasons. As you know, the Rodan family has been rooted in Britain since the earliest days of explorers. We have protected this land ever since. The government and the public see us as its guardians.(……そうだな。それも大きな理由の一つだろう。お前も知っての通り、ロダン家は探索者の黎明期から英国に根を張り、この地を守ってきた。政府も民衆も、我々をこの土地の守り手と考えている)」


 「Then why this place in particular?(でも、どうして特にこの土地なの?)」


 「This region has long been known as a singularity. Dungeons have appeared here time and again, bringing disaster. Big Ben was one of the measures taken against that. The first head of our family worked with Elias to build the tower's magical mechanism, and it has been improved ever since.(この一帯は古くから『特異点』と呼ばれる土地なのだ。何度もダンジョンが発生し、災害に見舞われてきた。その対策の一つがビッグベンだ。初代当主がエリアスと協力してあの塔の魔道具としての仕組みを造り、その後も改良を重ねてきた)」


 シエルから、ロダン・ホールは昔、異界型ダンジョンやカーニバルから人々を守る拠点だったと聞いている。


 「それなら、時計塔があってもダンジョンができることはあるんですか?」


 支援女性が訳すと、アレクサンダーは答えた。


 「Yes. As your appraisal showed, the tower corrects the dimensional flow. It can reduce the disturbance, but it cannot change the nature of the land itself. This region remains prone to dungeons, even now.(ある。君の鑑定でも分かったように、あの塔は次元の流れを補正している。乱れによる危険は抑えられても、土地そのものの性質までは変えられん。今でも、この辺りはダンジョンが生まれやすい土地なのだ)」


 「So the family stays here in case another one appears?(だから、またダンジョンができた時に備えて、ロダン家がここにいるのね?)」


 「Exactly. If a dungeon opens, someone must protect the people. That has been our duty for generations.(そうだ。ダンジョンが現れれば、誰かが人々を守らねばならん。それを何代にもわたって担ってきたのがロダン家だ)」


 「……そんな土地だったんですね。だとすると、コンパスの針を返してもらうのは、やっぱり難しいですか?」


 俺の質問が訳されると、アレクサンダーは答えた。


 「Not necessarily. That is why I asked you here today. I wanted to discuss our response to the ministry.(必ずしもそうではない。だからこそ今日は君たちを呼んだ。省への回答について話したかったのだ)」


 省への答え、と聞いて、俺は当主の顔を見た。

 針を動かすなという話なら、もう時計塔で聞いている。


 「……それで、省にはどんな返事をするつもりなんですか?」


 支援女性が訳すと、アレクサンダーは答えた。


 「If this land can be protected without the Frontier Compass needle, the Rodan family has no reason to insist on keeping it. But Big Ben is under government control, and ownership of the needle is a separate matter. I cannot decide its return on my own.(《フロンティア・コンパス》の針がなくてもこの地を守れるなら、ロダン家が針に執着する理由はない。だが、ビッグベンは政府の管理下にある。針の所有権は別の話だ。私一人で返還を決めることはできん)」


 「じゃあ、ロダン家が返してもいいと思っても、国が認めるとは限らないってことですか?」


 「Precisely. From what we know of its history, I expect the needle may eventually be returned to the United States. But it has been used in Britain's clock tower for generations. Ordinarily, the two governments would have plenty to dispute.(そういうことだ。経緯を考えれば、最終的には米国へ返還される方向になるだろう。だが、針は長年、英国の時計塔の一部として使われてきた。本来なら両国で揉める話になる)」


 シエルが伯父に尋ねた。


 「Then how do we persuade the ministry?(だったら、省にはどう説明するの?)」


 「That is where Mr. Makabe's appraisal changes matters.(そこで話を変えられるのが、真壁君の鑑定だ)」


 「俺の【鑑定】ですか?」


 「The American request already included your report tracing the missing needle to Big Ben. Your appraisal of the compass also identified Abigail Rowan as its owner, and you have since examined the clock tower. Put those findings together in an official supplementary report, and the ministry will find it difficult to dismiss the American request.(米国からの要請には、針の所在を示した君の鑑定書がすでに添えられている。コンパスの所有者がアビゲイル・ローワンだったという鑑定結果もあるし、その後、君は時計塔も調べた。それらを追加の正式な鑑定書にまとめれば、省も米国からの要請を簡単には退けられん)」


 そういえば、ニューヨークでコンパスを鑑定した時、所有者としてアビゲイルの名前が表示されていた。


 「……ああ、なるほど。俺に、追加の鑑定書を出してほしいんですね?」


 「Exactly. And you are no ordinary appraiser now. You have been recognized among the very best in the world. A report issued under your name will carry considerable weight.(その通りだ。それに君は、もはや普通の鑑定士ではない。世界でも最上位に数えられる存在になってしまった。君の名前で出す正式な鑑定書には、相応の重みがある)」


 支援チームの女性もうなずいた。


 「それでしたら、特命チームとも連携して進めましょう。以前の鑑定結果に、今回時計塔で確認した内容を加えた追加の鑑定書を作成します。《全層読破者》としての認定情報も添えられます」


 「……ちょっと待ってください。その《全層読破者》って、正式な肩書きなんですか?」


 「はい。世界鑑定学会の公式発表では、真壁さんに授与された正式な称号として扱われています。日本政府にも通知が届いていますよ」


 「えっ、そうだったんですか?」


 名取が横から声をかけてきた。


 「よっ、全層読破者!」


 「名取さんまで……」


 シオも俺の肩で専用スマホを操作し、画面をこちらへ向けた。


 『ぜんそうどくはしゃ ちゅうにっぽい』


 「おい、シオ。そういう言葉、どこで覚えたんだよ」


 シエルも画面を見て笑っている。


 「まあ、いいじゃない。使えるものは何でも使わないとね」


 「使うのはいいんだけど、その呼び方はちょっと……」


 支援女性が話を戻した。


 「では、鑑定書の内容と提出方法については、ロダン家の担当者、特命チーム、私たち支援チームで協議して進めます。英国ダンジョン省との調整も必要ですね」


 アレクサンダーは使用人を呼んだ。


 「Have our representatives work with them. Inform the ministry that the Rodan family is prepared to discuss returning the needle and that our earlier refusal no longer stands. The needle must remain in place until a safe alternative has been established.(ロダン家の担当者も協議に加えてくれ。返還に向けた話し合いに応じることと、以前の協力拒否を撤回することを省へ伝える。ただし、安全な代わりが確かめられるまでは針を動かしてはならん)」


 「Certainly.(承知しました)」


 使用人は頭を下げ、書斎を出ていった。


 書斎を出ると、シエルが俺の隣に並んだ。


 「伯父さんが、あなたの鑑定書を頼りにするなんてね」


 「最初は針なんて知らないって言われたのにな」


 「その伯父さんが、家の担当者まで動かすって言ったのよ」


 「うん。なら俺も、ちゃんとした鑑定書を出さないとな」


 「そうね。全層読破者さん」


 「……シエルまでその呼び方かよ」


 シエルは楽しそうに笑った。

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