もう一つの針
時計塔の調査から数日後、シエルの実家にいる俺へ、支援チームの女性が新しい依頼を伝えてきた。
アレクサンダーが、針の代わりに使えそうな魔道具を手配できたという。
「もう見つかったんですか?」
「以前の調査で発見されていた品だそうです。《次元針》という仮称で、次元の流れを正確に示す働きがあると聞いています。ただ、時計塔に使えるかは分からないので、真壁さんに鑑定をお願いしたいと」
新しく作る話なら、もっと時間がかかると思っていた。
前からあった品を使えるのなら、その方が早そうだが、俺は名前も初めて聞く。
「分かりました。実物を見てみます」
調査は前回と同じ保守区画でできるよう、当主が準備してくれるそうだ。
候補の品もそこへ持ち込み、今の針と比べられるようにするという。
設備を止めたり、針を外したりする許可は出ていない。
俺は依頼を受け、シエルにも連絡の内容を伝えた。
「代わりになりそうな魔道具が見つかったんだって」
「もう? 伯父さん、ずいぶん早かったわね」
「うん。前からあった魔道具みたいだけど、使えるかどうかはまだ分からないって」
「それを調べに行くの? 私も一緒に行くわ」
肩にいたシオも話を聞き、専用スマホを俺へ向ける。
『また とけい?』
「うん。また中で調べる」
名取にも予定が伝わり、前回と同じように護衛として同行することになった。
◇
ビッグベンへ着くと、俺たちは前回案内された保守区画まで上がった。
アレクサンダーはそこで待っていて、蓋の開いた保護箱を示した。
「This is the artefact I told you about. It was found during an earlier investigation, and I am told it shows the dimensional flow accurately.(連絡した魔道具はこれだ。以前の調査で見つかったもので、次元の流れを正確に示すと聞いている)」
今日も、支援チームの女性が通訳してくれる。
「分かりました。まずは鑑定してみます」
俺の返事が訳されるのを待って、箱の中の魔道具へ【鑑定】を使った。
――――――――――――――――――――
対象:魔道具《次元針》(仮称)
作用:次元の流れを正確に示す
――――――――――――――――――――
聞いていた通りの働きが出た。
ただ、今の流れが分かることと、それを正しい方へ導けることは違う。
もう少し詳しく、流れを示す以外に何ができるかを読んでみる。
だが、乱れを直す働きも、正しい経路を選ぶ働きも確認できなかった。
「次元の流れを正確に調べられる魔道具です。ただ、流れを変える働きはありません」
当主は訳を聞くと、すぐに尋ねた。
「Then it cannot replace the compass needle?(では、コンパスの針の代わりにはならないのか?)」
「このまま入れ替えるのは無理だと思います」
「どこが足りないの、真壁さん?」
シエルへ、前回読んだ針の働きを伝える。
「コンパスの針は、次元の流れに正しい道を示してたんだ。でも、こっちは今の流れがどうなってるか分かるだけだから」
「So we still need something that can show the right path.(やはり、正しい経路を示せる物が必要なのだな)」
当主の言葉が訳される間、俺は塔の方の仕組みを思い返していた。
せっかく手配してもらった次元針だ。
流れを読む働きまで、役に立たないと決まったわけじゃない。
実際に流れを直しているのは塔の方だ。
なら、塔自体に正しい流れを調べる機能はないんだろうか。
「……ちょっと待ってください。塔の方を、もう一度調べてみます」
「You examined the tower last time, did you not?(前回、塔はもう調べたのではなかったか?)」
「前は、今動いている仕組みを中心に見てたんです。ほかに使える機能がないか、もう少し調べてみます」
俺は時計塔全体へ【鑑定】を通した。
前回と同じ、稼働中の次元補正機構が表示された。
そこから、次元の流れを感知する機能がほかにないか、未使用の部分まで読み進めた。
――――――――――――――――――――
対象:時計塔・次元補正機構
未使用機能:人間界における適切な次元の流れを感知する
現在状態:機能未使用
現在の経路指示:《フロンティア・コンパス》の針から供給
――――――――――――――――――――
「……あれ?」
「どうしたの?」
「この塔にも、正しい次元の流れを調べる機能があるんだ。コンパスの針とは別に」
エリアスが塔を作った時から備わっていた機能だ。
それが今は、使われていない。
どうしてだろう。
故障しているのか、それとも別の機能が代わりをしているのか。
補正の機構へ戻り、経路の情報を受け取る先を追ってみる。
そこで読めたのは、コンパスの針が感知している内容だった。
針は現在の次元の状態だけでなく、適切な流れまで捉え、その上で最適な方向を示している。
塔は、その針から受け取った経路で動いていた。
「……そういうことか」
俺の声に、名取が尋ねる。
「何か分かりましたか?」
「はい。この塔、もともと正しい次元の流れを調べる機能があったんです。でも、コンパスの針がその役目までやってたから、使われてなかった」
説明が通訳されると、アレクサンダーが口を開いた。
「I had never heard of such a function in the tower.(時計塔にそんな機能があるとは、聞いたことがなかった)」
俺は箱の中の次元針を見た。
こいつは今の次元の流れを示す。
時計塔には、人間界で本来どう流れるべきかを感知する機能が残っている。
なら、コンパスの針一つに両方を任せなくてもいいんじゃないか。
「この次元針と、塔に残っていた機能を組み合わせれば、針の代わりになるかもしれません」
「How would that work?(どういうことだ?)」
「今の流れは次元針で分かります。塔には適切な流れを感知する機能がある。二つの情報を補正に使えるようにすれば、今の針がなくても塔を動かせるかもしれません」
「Can you make it work?(それを実現できるのか?)」
「次元針から塔へ情報を渡す方法も、使われていなかった機能を補正に組み込む方法も、俺にはまだ分かりません」
「Then I will take these findings back and consult those familiar with the artefact. The compass needle must stay where it is.(なら、この結果を持ち帰って、この品に詳しい者と相談しよう。コンパスの針はそのままだ)」
「お願いします」
俺たちは名取たちと時計塔を後にした。
◇
その日のうちに《ロダン・ホール》へ戻ったアレクサンダーは、修司と紗江を再び書斎に招いていた。
「……塔にも、そんな機能が残っていたのか」
修司の言葉に、アレクサンダーは答えた。
「遼が見つけた。コンパスの針が同じ働きをしていたため、使われずにいたようだ」
紗江が尋ねる。
「それなら、次元針が示す今の流れと、塔が感知する適切な流れ。両方使えるかもしれないのね?」
「ああ。ただ、次元針の情報を塔へどう渡すか、未使用の機能をどう補正に使うかは分からん」
「そこは遼の【鑑定】だけで決める話じゃないだろうね」
修司は紗江を見た。
「でも、必要な機能が分かったのなら、ここからは私たちの本領だね」
「ええ。魔道具の制作や改修なら、私たちの専門ですもの」
「まずはイージスにも連絡を入れておこう。追加の技術者と必要な資材、それから魔道具の分析や改修に使う機器も持ち込めるように手配するよ」
「私も次元針の調査記録をもう一度確認しておくわ。今度は時計塔に組み込むことを前提にね」
アレクサンダーが口を開いた。
「必要な協力は惜しまん。ただし、今のコンパスの針を動かすことはできんぞ」
「もちろん。代わりが使えると確かめられるまでは、今のままだよ」
「そうか。では、頼んだぞ」
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