時計塔の正体
――――――――――――――――――――
対象:時計塔全体
分類:巨大魔道具
製作者:エリアス・ヴェイン
状態:稼働中
――――――――――――――――――――
エリアスの名前がある。
俺はシエルへ声をかけた。
「……これ、エリアスが作った魔道具だ」
「時計を?」
「いや、塔ごと」
シエルは、上へ続く軸を追って天井を見上げる。
「何度も見てたのに……。あれ全部、そうだったの?」
俺の日本語を、支援チームの女性がアレクサンダーへ英語で伝えた。
当主の返事も、彼女を介して聞く。
「You can even read the maker's name.(製作者まで読めたのか)」
「はい。今、機能の方も見ています」
表示には、時計を動かす以外の用途も出ていた。
――――――――――――――――――――
作用範囲:ロンドン一帯
現在作用:次元の乱れを常時補正・安定化。突発的なダンジョン発生を抑制。
――――――――――――――――――――
この塔一つで、ロンドン一帯をずっと守ってたのか。
「この辺り、もともと次元が不安定なんですね。それを、この塔で抑えてる。今も、ずっと働いてます」
「この塔がなかったら、街中にダンジョンができるってこと?」
「この塔が止まると、こっちと向こうの境界が不安定になって、何もなかった場所にも急にダンジョンが開くことがあるみたい」
塔の前でシオを撮っていた人たちや、橋を歩いていた人たちを思い出す。
あの人混みの中にいきなりダンジョンができたら、逃げるだけでも大変だ。
俺の説明が伝わると、アレクサンダーが口を開いた。
「I cannot tell you everything. But the Rodan family has been entrusted with protecting London, and Britain as a whole, for more than a century.(全てを話すことはできんが、ロダン家は百年以上前から、ロンドン、ひいては英国を守る役目を任されてきた)」
シエルが伯父に話しかける。
「And Big Ben was part of that, Uncle?(ビッグベンも、そのためのものだったの、伯父さん?)」
「Yes. I was told that the first head of our family had this tower built in consultation with Elias, to stabilize the dimensional flow around London. That needle is still in use here. We cannot simply hand it over, even if the purpose is to restore the Frontier Compass.(そうだ。この辺りの次元の流れを安定させるため、初代ロダンがエリアスと相談して造ったものだと聞いている。今もこの塔で使っている針だ。《フロンティア・コンパス》へ戻すためとはいえ、簡単に渡すわけにはいかん)」
名取は俺のすぐそばで、保守区画の入口へ注意を向けている。
当主の話を聞き終え、俺は鑑定結果へ意識を戻した。
コンパスの針は、この中で何をしているんだ。
次元の乱れを補正している機構へ読み進め、そこに組み込まれた針を確かめる。
塔の側には、針から受け取った経路に沿って補正すると出ていた。
では、その経路は、どこへ向かうものなのか。
針が何を示し、それを塔がどう使っているかを順に追っていく。
経路といえば、まずニューヨークの地下が思い浮かぶ。
あの時は、俺たちが入口へ戻る道を見つけた。
ここにも、どこかへ通じる道があるのかと思ったが、経路へ導かれているのは人ではなかった。
周辺の次元の流れ。
その行き先を、針が示している。
俺はそこで読むのをやめず、針の働きを受け取る塔の方まで確かめた。
――――――――――――――――――――
対象:《フロンティア・コンパス》の針
現在作用:次元の流れに正しい経路を示し、時計塔の補正機構を導く。
――――――――――――――――――――
ニューヨークで読んだコンパスの本来機能を思い出す。
地形も階層も、空間のつながりも変わる場所で、進む方位と帰り道を示す物だった。
俺なら、これが直れば知らない場所でも迷わずに済む、くらいしか考えない。
その針だけを取り出して、次元の流れを導かせようなんて、よく思いついたものだ。
「針の働きが分かりました。乱れている次元の流れに、正しい道を示してるんです。塔はその道に沿って流れを整えています」
「So it is not the needle itself that corrects the disturbance?(針そのものが、乱れを直しているわけではないのか?)」
「はい。実際に流れを整えるのは、この塔です。針だけあっても、ロンドンを守る今の働きにはなりません」
アレクサンダーは、訳を聞いてからもう一度尋ねてきた。
「We knew the needle was needed to keep London stable, but not exactly how it worked. So that is why Elias chose a compass needle. Then can you also tell what would happen to the tower if we removed it?(針がロンドンの安定に必要だとは分かっていたが、詳しい働きまではつかめていなかった。だからエリアスは、コンパスの針を選んだのか。では、針を外した時に塔がどうなるかも分かるか?)」
「分かりました。取り外した場合の方も、確かめます」
俺が続きを読もうとすると、名取が声をかけてきた。
「真壁さん、ニューヨークで核を外した時は、帰り道だけ残せましたよね。ここにも、似たような仕組みはないんでしょうか?」
「ああ、あれか。同じようにできるなら助かる。ちょっと待って」
格納台の輪を回し、入口へ戻る一本だけを残した時のことを思い出す。
核を手に取っても、床の光は消えなかった。
あの格納台もエリアスの作ったものだった。
今回も何か用意してくれていれば、と思いながら、取り外しに関わる情報を追っていく。
先に確かめたのは、針の導きがなくなった後、塔の補正がどこまで続くかだった。
今の流れが落ち着いているのは、塔が働いている間だけらしい。
針を外した場合の情報には、補正を維持できなくなると出ていた。
しかも、そこから先が早い。
悪化し始めてから何かを用意する、という順番では追いつかない。
俺は今の土地の状態へ戻り、塔が抑えている乱れの大きさを読み直した。
「……今のまま針を抜くのは、まずいです。この土地の次元は、思っていたよりずっと乱れています。塔が抑えられなくなったら、たぶん、すぐに悪化します」
シエルが尋ねた。
「すぐって、外したその場で?」
「うん。抜いた直後から、一気に乱れが強まるって出てる。外してから何とかしようじゃ、間に合わないと思う」
「核の時とは、違いそうですね」
名取に言われ、俺もあの帰り道の終わりを思い出した。
最後に名取が扉を越えると、後ろに残っていた光が消えていったのだ。
「あの時は、全員が外に出るまで道が残ればよかったけど、こっちは俺たちが帰った後も、ずっと動かしておかなきゃいけないからな」
説明が英語に訳される間、アレクサンダーは口を挟まなかった。
「That is a risk we cannot take. I cannot agree to removing the needle while London's safety depends on it.(その危険は冒せん。ロンドンの安全があの針にかかっている以上、取り外しには賛成できない)」
俺は針の働きが必要な箇所を、もう一度確かめた。
取り外した後に残る塔へ、同じように道を示す物をつなげられないか。
帰り道を一度残す方法よりも、そちらを調べた方がよさそうだ。
読み進めると、流れを導く働きを引き継がせれば、塔の補正は続けられるらしい。
そういう働きの魔道具が、ほかにもあるだろうか。
「取り外すには、先に代わりの物を用意する必要があります。この針と同じように流れを導いて、塔を動かし続けられる魔道具です」
「Do you know of such an artefact?(そのような魔道具に心当たりはあるのか)」
「今のところは、ありません。候補があれば、この塔で使えるか調べます」
「I will ask around as well. Until we have a replacement, the needle must stay where it is.(こちらでも当たってみよう。代わりを用意できるまでは、針を動かすわけにはいかん)」
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援いただけると励みになります。




