シオちゃんねる in ロンドン(後編)
ウェストミンスター橋に近づくにつれ、川から風が吹いてきた。
シオは俺たちを映していたスマホを自分へ向け、殻の中から丸い子ども用の帽子を引っぱり出した。
殻の先にかぶせると、風でつばが少し傾く。シオは触手でつばを押さえ、カメラに向き直った。
「ニューヨークでもらった帽子、持ってきてたのか」
『にあう?』
『え、帽子!?』
『殻から出てきたw』
『シオちゃんの帽子姿、動画では初めてだよな?』
『自分でかぶってる。かわいい』
『しおかわいい』
『つば押さえてる触手までかわいい』
『しおかわいい』
『コメント欄、同じことしか言えなくなってるw』
「似合ってますよ、シオちゃん!」
名取の声も配信に乗る。
シオは自分を映していたスマホを俺たちへ戻し、つばを少し上げてから、橋の先へ景色用のスマホを向けた。
水の向こうには大きな観覧車が見え、振り返れば国会議事堂と時計塔が並んでいた。
さっきは塔を真下から見上げていたのに、少し歩いただけで、同じ建物が川沿いの景色の中へ収まる。
俺も歩道の脇で足を止め、音を消したままシオの配信を開いた。
『あれがロンドン・アイか!』
『シオちゃん、橋から振り返って!』
『うわ、ビッグベンと国会議事堂が一緒に入った』
『観光してる気分になるなぁ』
シオもその景色が気に入ったらしい。
時計塔を映すために使っていたスマホを少し引き、川と建物が同じ画面に入る位置を探す。
もう一台を持つ触手は、俺たちのほうへ向いたままだ。
橋を渡る人の邪魔にならないところで足を止め、シエルがシオの隣から向こう岸を指した。
「ほら、あっちから見ると、今度はこの橋も一緒に撮れるわ」
『あっちも いく!』
「全部歩くのか。初配信から元気だな」
「シオちゃん、観光は前から楽しみにしてましたからね」
支援チームの女性が言った。
名取はシオの帽子を直そうとして、触手で軽く止められている。
「はいはい。自分でできますよね」
その会話が配信に乗ったところで、すぐ近くから別の声がした。
「シオ?」
振り向いた観光客がシオを見ている。
帽子をかぶった小さな殻とスマホを構える触手を見て、その観光客は隣を歩いていた人の肩をたたき、シオを指さした。
少し離れたところからもシオの名前が聞こえる。
違う言葉で話している人たちなのに、名前だけは同じだった。
「It's Shio! Is that really her?(シオだ! 本物?)」
シオが触手を上げると、何人かが手を振り返す。
俺にも気づいた人はいたが、最初に声が上がるのはシオだ。
WEG東京の会場で選手たちに囲まれた時を思い出す。
あの時は大会の中だった。今は普通に観光している橋の上で、シオを見つけた人が足を止めている。
護衛の一人が、通る人のための幅を残しながら俺たちのそばへ寄った。
名取もシオのすぐ隣を離れない。
シオは人の顔へカメラを向けず、俺たちと川の景色を映したまま、呼び声のほうへ何度も手を振る。
その声と、画面の端で止まる人の姿は視聴者にも届いていた。
『今、現地でシオって呼ばれた?』
『聞こえた。しかも何人も』
『真壁さんも映ってるのに真っ先にシオちゃんw』
『この前のWEGでも選手が集まってたしな』
『我らがシオ神、ロンドン支部の信者を確認』
『現地の人を勝手に入信させるなww』
『冗談抜きで世界中でシオ信者増えているんだよなぁ』
『あの手振りを生で見られる現地組がうらやましい』
『画面越しでも見えてるだろ』
『現地と同じ時に見てるのが生配信のいいところだな』
『俺も今から橋へ行けば間に合う?』
『現地にいるのかよww』
名取がシオのスマホを見て吹き出した。
「ロンドン支部、私も入れます?」
「日本の信者代表じゃなかったのか」
「兼任します」
『名取さんが支部に立候補したw』
『もう幹部だと思ってた』
『誰が役職決めてるんだよw』
シオはコメント欄を見ていたが、遠くの観光客が手を振ると、風で傾いた帽子のつばを押さえ触手を振り返しそのまま橋の先へ歩き出す。
名取がシオの隣につき、俺たちも続いた。
護衛は前後に分かれ、通行人をよけながら同じ歩調で進む。
シオは俺たちに向けていたスマホを前へ伸ばした。
手元のスマホで見ているシオの配信には、帽子姿のシオと、その後ろを歩く俺たちが一緒に映っていた。
『見て、名取さんもずっとシオちゃんの横だ』
『支援の人もシエルも、当たり前みたいに一緒に歩いてる』
『真壁さんの配信だと仕事の場面ばっかりだから、この並び知らなかった』
『護衛らしき人まで含めて、いつものお出かけなんだな』
『シオちゃんの旅、同行者が豪華すぎる』
『そして主役が一番小さい』
『一番小さいのに一番目立ってるw』
俺はシオの横へ並んだ。
名取と支援チームの女性が笑いながら話す声を、スマホが拾っている。
シエルも次の景色をシオへ教えていた。
俺の配信では、名取たちの声が入っても、カメラは大抵、俺の手元か鑑定する物に向いている。
笑いながら歩く顔まで映すことはほとんどなかった。
シオは川へ向けていたスマホを、名取たちの笑い声が聞こえるとこちらへ戻した。
手元の配信画面には、話しながら歩く名取たちと、シオの隣で笑う俺まで入っている。
配信にも、撮る人の性格って出るもんだな。
橋を渡り終えたところで、シオが足を止める。
シオは川の向こうに並ぶ国会議事堂とビッグベンを映してから、俺たちへカメラを戻した。
また遠くで名前を呼ばれると、触手を上げて応える。
『はじめての なまはいしん たのしかった!』
「うん。かなりうまくいったんじゃないか」
『また やる!』
「もう次を決めてるのか?」
『こんどは りょうも もっと じゅんびして!』
「今日は俺、出演者だっただろ」
名取が笑い、シエルも隣でうなずく。
支援チームの女性は、シオの画面に出た最後の字幕を見守っていた。
『みんな みてくれて ありがとう!』
『こちらこそ!』
『初ライブが普通にロンドン観光なの、シオちゃんらしくて好き』
『普通かな? 現地でスター扱いされてたぞ』
『次回もシオちゃんねるで頼む』
『信者は次の配信まで橋で待機します』
『帰れw』
シオが配信を終える。
静かになったスマホをしまっても、橋の向こうから届くシオの名前は消えなかった。
シオは振り返ってまた手を振り、それから何事もなかったように俺の肩へ戻ってくる。
「おまえ、俺より目立ってたな」
『しおの ちゃんねるだから!』
そうだった。
今日は最初から、シオのロンドン旅行だ。
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