おみやげ(後編)
本日カクヨムのほうでサポーター専用SS 真壁夫妻は、息子と連絡を取りたい(前編) が公開されています!
※カクヨムの方ではストーリー進行が遅いですが、専用エピソードを近況ノートの方に掲載していますので、興味ありましたら是非のぞいてみてください(サポーターズパスポート加入などが必要になります)
「はい、次は私です」
名取は黒の短い上着に着替え、肩から小ぶりのバッグをかけて出てきた。
普段の動きやすい服と違って見えるのに、足の運びはいつもどおり速い。
「どうです? 仕事中も使えそうですか?」
「仕事中は置いておいてよ。似合ってるし、格好いい」
「そっちを先に言ってください」
名取はそう言いながら、鏡の前で何度も肩紐を直していた。
支援チームの女性は、選んだ名刺入れと同じ色の細い財布を持ってきた。
でも鏡の前へは出てこない。
「それも気になったんですか?」
「仕切りが使いやすそうで。ただ、両方いただくわけには」
「さっきから財布もずっと持ってますよ。俺から贈るって言ったんですし、両方どうぞ」
女性は財布と名刺入れを並べて見つめ、少し笑った。
「……ありがとうございます。大切に使います」
俺が2つを店員へ預けると、桐野が薄い灰色のジャケットを持ってきた。
名取は淡い青のブラウスを選び、女性の腕へ重ねる。
「せっかくだから、これも着てみて」
「いえ、服までいただくのは」
「試着だけ。ね?」
女性は2人に勧められて試着室へ入った。
しばらくして出てくると、俺に予定を伝える時の落ち着いた雰囲気はそのままに、明るい青が顔の周りに増えていた。
ジャケットの袖を直しながら、彼女は少し照れたように俺を見る。
「変ではないでしょうか」
「似合ってますよ。さっきの財布の色とも合ってます」
「私もこれ、いいと思います」
支援女性は鏡の前でもう1度袖を整えた。
その様子を見て、俺は店員へジャケットとブラウスも頼んだ。
「真壁さん、さすがに買いすぎです」
「似合ってましたから。今日は俺からのプレゼントなんで、遠慮しないでください」
そう答えると、今度は彼女が自分で服の棚へ戻った。
深い赤のワンピースをそっと取り、鏡の前で体に当てている。
「これは仕事では着られませんけど……実は、気になっていました」
「休みの日に着ればいいと思います。試してみますか?」
支援女性はうなずき、また試着室へ入った。
出てきた時には、桐野が真っ先に声を上げる。
「それ、絶対に似合うと思った!」
長い裾が歩くたびに揺れ、仕事中は見せない楽しそうな笑顔が鏡に映った。
名取が淡い色のバッグを彼女の腕へかけると、桐野も笑いながらうなずいた。
「仕事用の服と、このワンピースなら、どちらがいいですか?」
「どちらも似合ってます。着る日が違うんだし、両方でいいんじゃないですか」
「……では、もう少し選んでもいいですか?」
彼女は自分でコートを持ってきた。
桐野がそれに合うストールを、名取が靴を選ぶ。
女性は薄い色のコートと紺色のコートをそれぞれ試し、俺の前へ戻ってきた。
「真壁さん、どちらがいいでしょう?」
「仕事なら紺ですけど、休みの日は薄い方が似合いそうです」
「……では、2着ともいただきます」
「そうですね。2着……2着?」
店員が2着とも奥へ運び、バッグと靴も購入品へ加わった。
名取と桐野は顔を見合わせて笑っていた。
「真壁さん、本当にありがとうございます」
「………い、いつも助けてもらってますから。今日は好きなのを選んでください」
彼女が笑って別の棚へ向かうのを見送ってから、俺は値札が見えないことを思い出した。
「値段がわからないことがほんとに怖いな…」
そして周囲を見回した。
「なんか、俺だけ場違いですね」
試着室のそばで立っていた男性護衛へ、小声で言った。
「これは女性の買い物ですから。男は黙って見守るのみです」
「経験者ですね」
男性護衛は、それ以上何も言わずにうなずいた。
妙に説得力があった。
その後も桐野は別の上着と靴を試し、名取は彼女の服に合う小物を選んだ。
桐野が奥のジュエリーケースで腕時計を試すと、名取まで隣のケースをのぞき始める。
俺は店員へ値段を尋ねようとしたが、桐野が時計を着けた手を俺へ伸ばしてきた。
「ね、ロンドンにも着けていける?」
「うん。服を替えても似合うと思う」
「じゃあ、これもお願い」
値段を聞く機会は、そのまま消えた。
シオの番になると、店員が小さな帽子をいくつも運んで来た。
シオは1つずつ殻へ載せ、鏡の前を行ったり来たりする。
最後には最初の帽子に戻り、選んだバッグを肩にかけて俺の前へ来た。
『りょう みて!』
「ずっと見てたよ。それが1番だな」
殻の縁で細かな光が跳ねる。
店員がまた声を上げたので、シオは得意げに帽子を少し傾けた。
気づけば、店に入ってから何時間も経っていた。
買った物は店員が奥へ運んでいる。
俺は途中から、何が何点になったのか数えるのをやめた。
◇
会計になると、奥の小部屋へ案内された。
椅子に座った俺の前へ、革張りのファイルが置かれる。
支援チームの女性が後ろに立った。
ファイルを開く。
合計欄の数字を右から追った。
いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん……は?
「…………これ、単位は?」
「ドルですね」
「えっ?」
隣に控える名取は、何でもない顔でうなずいた。
支援チームの女性が俺名義のカードを取り出し、店員へ渡す。
「一括で」
「かしこまりました」
「えっ??」
「真壁さん、ありがとうございます」
「ほんと真壁さん太っ腹!!!」
「…………」
困惑しているのは俺1人だった。
◇
会計はあっさり終わった。
店の外へ出て車に乗り込んでも、俺はファイルに並んでいた数字を思い出していた。
「そういえば、買った物は?」
「持ちきれませんので、ホテルへ送ってもらう手配になっています」
支援チームの女性が平然と答えた。
持ちきれないほど買ったのか。
そうだよな、あの金額だもんな………。
俺の肩に戻ったシオが、専用スマホを自分へ向けていた。
いつもの巻き貝のような殻の上に、何か載っている。
「シオ、それは?」
『ぼうし もらった!』
さっき店員がかぶせていた幼児用の帽子だ。
シオはそれを少しずつ傾け、何枚も自撮りを続ける。
「まあ、かわいいな、それ」
帽子のつばの下から、光の粒がぱっと散った。
車内の全員がシオを見る。
「しかしそんなに撮ってどうすんだよ」
『あげる!』
「あげる? どこに?」
『まいぶろぐ と まいちゃんねる!』
「ふーん、そうなのか……」
俺は窓の外へ目を戻し、3秒後にシオへ向き直った。
「……えぇぇぇぇ!? シオ、何だよ、マイブログとマイチャンネルって!」
「え? 真壁さん、知らないんですか?」
名取が本気で驚いていた。
「シオちゃんのブログとチャンネル、めちゃくちゃ有名じゃないですか」
「ほんとに知らないの? アメリカ旅行編、すごく人気よ」
桐野まで当然のように言う。
「アメリカ旅行編って、何の話!?」
シオが専用スマホをかざした。
再生された動画には、グランド・セントラルの天井を見上げるシオとミル、ブルックリン橋のメリーゴーランド、俺が写っていない夜景が続く。
場面の切り替えは軽快で、英語の字幕まで入っていた。
「これ、支援チームが編集して載せてるんですか?」
シオは別のスマホを見せた。
『まいのーとぴーしーで へんしゅう!』
「……?! まさかシオが自分で??」
シオは後部座席の足元を探り、薄いノートパソコンを引っぱり出した。
表面には星と貝殻のシールが隙間なく貼られている。
「……ここにも名取の悪い影響が」
「悪い影響って何ですか!」
名取が頬をふくらませる横で、支援チームの女性が笑いながら口を開いた。
「シオちゃんのチャンネル、登録者が2,000万人を超えていますよ」
「……2,000万人?? 俺の聞き間違いじゃないですよね?」
「そうよ。今やシオちゃんは世界的なスターだもの」
桐野がシオの帽子の位置を直した。
俺は自分のスマホを取り出しかけて、やめた。
「ん? ちょっと待って。俺のチャンネルの登録者より多くないか?」
シオが帽子のつばを上げた。
俺だけに、明るい声が届く。
『まかべくん ちゃんねるこうしん だいじだよ?』
俺は何も言い返せなかった。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援いただけると励みになります。




