おみやげ(前編)
両親との電話を終えてから、まだ半日も経っていない。
桐野のところには父親から、ロダン本家で俺たちを迎えるという連絡が来ていた。
ロンドンへ行く理由がまた1つ増えたのに、肝心の出発時刻は決まっていない。
「《天空樹》をそのまま英国へ飛ばす件で、日本政府と鑑定連盟、アメリカとイギリスが調整中です」
支援チームの女性は、ホテルの居間でそう説明した。
ニューヨークからロンドンまで空を飛ぶのだから、話が大きくなるのは分かる。
分かるが、俺の持ち物である《天空樹》を動かすだけで、4か所から返事を待つことになるとは思わなかった。
「じゃあ、今日はまだ出られないんですね」
「はい。移動できるようになり次第、お伝えします」
俺の肩でシオが身じろぎした。
専用スマホを両手代わりの触手で支え、画面を俺へ向ける。
『ろうどん まえに おみやげ!』
「ロンドンな。おみやげって、ニューヨークで?」
シオは力いっぱい殻を揺らした。
両親に会う時、ニューヨークで撮った写真を見せると言っていたのを思い出す。
何か渡す物も選びたいらしい。
「でも、ニューヨークにおみやげ屋なんてあるのか?」
「ありますよ。ほら」
名取がスマホを差し出した。
画面には《I Love NY Gifts》という店と、ハートマークのついたシャツが並んでいる。
「そんなに堂々とあるんだ」
「タイムズスクエアです。近いですよ」
「真壁さん、シオちゃんが探してる間に私も選んでいい?」
桐野までコートを手にしていた。
もう行くことになっている。
「いいよ。出発もまだだし」
シオがスマホを高く上げた。
『しょっぴんぐ!』
◇
店の壁は、ニューヨークという文字で埋まっていた。
Tシャツ、マグカップ、キーホルダー。
黄色いタクシーの模型が棚を走り、自由の女神は大小合わせて何体あるのか分からない。
「これ、ミルに似合わない?」
桐野が、自由の女神の冠を模した緑色のカチューシャを頭へ載せた。
俺はミルの白い毛並みと緑の尖った冠を想像する。
「怒られると思う」
「じゃあ真壁さんに」
「もっと怒ります」
名取が横で笑いながら、小さな雪の球を振っていた。
球の中では、自由の女神の周りを白い粒が舞う。
「これ、雪の降るニューヨークって感じがしますね」
「外は降ってませんけどね」
「おみやげには、こういう少し嘘っぽいのがいいんです」
支援チームの女性は、棚に並んでいたタクシー型の栓抜きを見つけた。
名取に見せると、2人で声を抑えて笑っている。
何に使うかは分からないが、使うたびにここへ来たことは思い出しそうだ。
シオは棚の下段をゆっくり移動していた。
俺が持ち上げた小さな写真立てには、ニューヨークの街並みが縁に描かれている。
「父さんと母さんには、これどうかな。シオが撮った写真を入れてさ」
『しゃしん いっぱい』
「1枚しか入らないから、選ばないとな」
シオは首の代わりに殻を傾け、撮影した写真を次々に表示した。
タイムズスクエア、橋、馬車。
俺が選ぼうとすると別の写真へ切り替えるので、どうやらどれも捨てがたいらしい。
「写真立ては買っておく。中身はロンドンまでに決めよう」
『りょうの おとうさんと おかあさんに!』
「そう。シオから」
シオは写真立てを抱えるように触手を回した。
その姿を支援チームの女性が撮り、名取と桐野が画面をのぞき込む。
「あ、今の顔かわいい」
「顔は見えないでしょ」
「分かるわよ、真壁さん」
桐野に言われると、俺も何となく分かる気がした。
買い物を終えて店の外へ出ると、シオは袋の中を何度も見た。
自分の分には、黄色いタクシーが揺れるキーホルダーを選んでいる。
『おかいもの たのしい』
「そうだな。気に入ったのがあってよかった」
シオが今度は俺の肩へ戻り、画面を切り替えた。
『かたかけ ばっぐ ほしい』
「シオのサイズだと、赤ちゃん用のしかないんじゃないか? 欲しいなら日本で探すよ」
『ここで しょっぴんぐ!』
シオはもうスマホで地図を開いていた。
名取がのぞき込み、桐野と目を合わせる。
「近くにありそうですね」
「……本当に?」
俺の問いに2人は笑って答えなかった。
◇
車を降りた先にあったのは、バッグ屋と呼んでいいのか迷う建物だった。
広いガラスの向こうに、整った間隔でバッグが置かれている。
入口の上には、俺でも知っている《GUCCI》の文字があった。
「ここ、超有名なブランドの店じゃない?」
「そうよ。行くわよ、シオちゃん」
『いくぞー!』
桐野とシオが真っ先に入っていく。
名取が続き、支援チームの女性まで吸い込まれるように後を追った。
俺と男性護衛だけが、入口の前へ残される。
「あの、真壁さん?」
「……あ、はい」
男性護衛に促され、俺も中へ入った。
静かな店内にはあまり嗅ぎなれない、いい匂いがした。
バッグも服も靴も、照明の下に1つずつ並んでいる。
値札は見当たらない。
たまたま見落としたのかと思い、横からのぞいても、やっぱりない。
「真壁さん、こっち」
桐野が、淡い青のバッグを肩へかけて振り向いた。
細い革紐が彼女の白い上着の上を斜めに走り、動くたびにバッグが腰の横で揺れる。
「私にもプレゼント!」
「え、今?」
「今よ。シオちゃんと買い物してるんだから」
「私にもお願いします」
名取まで、手袋を片手に笑った。
「普段、真壁さんを護衛してあげてるんですから」
「それを言われると弱いけど……」
「支援チームの方にもお願いしますね。真壁さん、いつも思いっきり働いてもらってるじゃないですか」
名取に腕を引かれた女性が、慌てて首を振った。
「私は結構です。今日は同行の仕事ですし」
「仕事でも、いつも俺の予定に付き合わせてますから。何かプレゼントさせてください」
女性はまだ遠慮していたが、名取に促されて棚へ向かった。
俺も棚を見る。
バッグにも財布にも、値札が見当たらない。
シオのバッグだけ買うつもりだったのに、贈り物がいくつも増えていた。
『りょうは おかねもち』
頭の中へ、シオの声が届く。
シオは同じ文を専用スマホにも出した。
「シオ。どこで覚えた」
「そうそう。ケチはもてないわよ!」
桐野はそう言って、俺の返事を待たずに別のバッグを手に取った。
店員もにこやかに鏡の位置を教えている。
「値段、分からないんだけど」
「聞けば教えてもらえるわよ」
「聞くタイミングを探してるんだよ」
桐野はバッグを替えて鏡の前へ行き、名取は手袋のまま細いベルトを試していた。
完全に取り残されている。
それでも、支援チームの女性が小さな革の名刺入れを遠慮がちに戻すのが見えた。
「それ、気に入ったんですか?」
「いえ、あの、仕事にも使いやすそうだと思っただけで」
「じゃあ、それにしましょう。仕事でも使えるなら」
女性は一度、名刺入れを見てから俺を見た。
「……ありがとうございます。大切に使います」
名取がすかさず桐野に目で合図する。
2人とも、何か勝ったような顔をしていた。
シオは店員と一緒に、子供向けの小さなバッグを見ている。
ひときわ短い紐のものを殻の上へ載せてみたが、すぐに滑り落ちた。
次のバッグは少し大きい。
シオは専用スマホに文字を打ち、店員へ見せた。
『Can you shorten the strap?(ひもを短くできる?)』
店員がうなずき、紐を調整してシオの殻の脇から斜めに回した。
バッグ本体は俺の手のひらほどで、触手を伸ばせば留め具に届く。
『This one!(これ!)』
店員が笑い、シオがバッグを見せる角度を変えるたびに、近くの店員まで寄ってきた。
「Are you Shio?」
シオの名前だけは俺にも聞き取れた。
『Yes! I'm Shio!(そう、シオ!)』
店員たちから歓声が上がる。
今度は1人がスマホを掲げ、写真を撮ってもいいかと英語で尋ねた。
『Yes!(いいよ!)』
また歓声が上がった。
俺が会話についていく前に、シオはバッグを揺らさないようポーズを決めていた。
撮り終わると別の店員が小さな帽子を持ってくる。
丸い子供用の帽子をシオの殻の先へそっと載せると、店員たちがまた騒いだ。
「似合うかな、それ」
『みて!』
シオは俺へ振り返り、帽子を見せる。
殻からはみ出したつばが、シオの動きに合わせて小さく揺れた。
「うん。似合ってる」
シオは鏡へ戻り、角度を変えて自分を撮り始めた。
今度は鏡に映る自分と、背後で服を見ている桐野まで画面へ入れる。
「真壁さん、こっちも見て」
桐野が試着室の前から呼んだ。
さっきまでの白い上着を脱ぎ、深い緑のワンピースに着替えている。
裾は歩くたびに少しだけ揺れ、青いバッグを合わせると、鏡の中の色がぱっと明るくなった。
「どう?」
バッグを見ようとしたのに、視線は桐野の顔へ戻ってしまう。
いつもなら軽口の1つくらい返せるのに、今日は言葉がつかえた。
「う、うん。似合ってる。……すごく」
「ほんと?」
「うん」
桐野は嬉しそうに、俺の前で1度だけ回った。
裾が遅れてついてきて、彼女が笑いながら手で押さえる。
「もう1回、言って?」
「……似合ってるよ」
すぐ横で名取が吹き出した。
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