残るは、針一本
封鎖探索路を出た俺たちは、そのまま外殻が保管されている政府施設へ戻った。
車が揺れている間も、膝の上に置いた保護ケースの中では、青白い核が一定の間隔で明るくなっている。
少し前まで、あの地下のどこにあるのかさえ分からなかったものだ。
それを俺が持って車に乗っていると思うと、どうにも変な感じがした。
政府施設へ着くと、来た時と同じ確認を受け、同じエレベーターで地下へ降りた。
何枚もの扉を通った先にある鑑定室では、白い手袋をつけた保全担当者がすでに待っている。
違うのは、俺たちが核を持ち帰ったことだった。
固定式の保存容器が開き、くすんだ銀色の外殻が鑑定台へ置かれる。
細かな文字と目盛りに囲まれた中央は、朝に見た時と変わらず空いていた。
その隣へ、先任調査員が保護ケースを置く。
透明な蓋が開いた途端、核の光が強まった。
ほとんど同時に、外殻の中央にも青白い光が宿る。
「もう、分かってるみたいね。核が戻ってきたって」
そう言った桐野も、それ以上は話さず二つの光を見守っている。
核が明るくなると外殻も続き、外殻が暗くなると核も元へ戻った。
離れていても部品同士の繋がりが残っていたことを、今度はそこにいる全員が見ている。
俺は鑑定台の前へ立ち、外殻と核の両方へ触れた。
中央の空所は、やはりこの核が収まる場所だ。
戻したことで外殻が壊れたり、地下の経路が勝手に開いたりする反応もない。
「戻せます」
俺の言葉が英語へ変わると、クロフォード局長は無言で一歩下がった。
サイラスも鑑定台の正面を空け、保全担当者は手袋をつけた両手を胸元まで引いている。
俺は保護ケースから核を持ち上げた。
親指の先ほどの球を、外殻の中央へ近づける。
押し込む前に、核は指先からふわりと離れ、そのまま空いていた場所へ収まった。
中央から細い光が走った。
くすんでいた文字が青白い光を受けて浮かび、文字盤の外周に並ぶ、方位目盛りのような細い線も順に灯っていく。
一本の光が、その細い線よりも外側にある銀色の外枠に沿って一周した。
それでも、中央の核から外周へ伸びるはずの針はない。
そこだけが空いたままなのに、外殻はもう壊れた古いコンパスには見えなかった。
やがて、方位目盛りのような線が並ぶ文字盤ではなく、それを囲む銀色の外枠の一か所に、青白い印が浮かんだ。
縦長の四角を二重に重ねた、扉を正面から見たような印だ。
ついさっき、閉じた金属扉の中央へ残ったものと同じだった。
その印を見たシオの声が、俺の頭の中へ届いた。
『あの とびら?』
「たぶん。調べてみる」
核を戻した今の外殻だけではなく、二つが統合された《フロンティア・コンパス》として鑑定する。
――――――――――――――――――――
対象:《フロンティア・コンパス》
状態:外殻・核統合/針欠損/部分起動
登録帰還地点:1
帰還地点:米国ニューヨーク、ブルックリン側旧災害区域地下・固定帰還扉
方位表示:停止(針欠損)
帰還経路:未形成(針欠損)
――――――――――――――――――――
朝の扉で間違いない。
「シオ、あの扉で合ってる」
シオの殻が小さく揺れた。
続けて、待っている人たちへ結果を伝える。
「帰る場所は登録されています。ただ、針がないので、どちらへ進めばいいのかも、そこまでの道もまだ出せません」
公式通訳が伝え終える前から、サイラスは印の浮かんだ銀色の外枠に顔を寄せていた。
彼は保全担当者へ早口の英語で何かを告げる。
担当者が保存記録から、核を戻す前に撮影された外殻の画像を壁面へ表示した。
いま印が光っている場所には、細かな目盛りしか写っていない。
過去の画像に印がないことを見届けたサイラスは、今度は落ち着いた声で話した。
『この印は、以前にはありませんでした。写真だけではありません。私が調べたすべての記録にも、一度も出ていません』
『外殻が、いま初めて表示したものです』
そう言ったあと、サイラスは黙り込んだ。
コンパスの外殻を長く調べてきた本人だから、何が変わったのかは誰より分かるのだろう。
その隣では、クロフォード局長が額へ手を当てていた。
『ええと……今日の予定は、外殻の鑑定まででした』
通訳がそこまで伝えたところで、桐野が吹き出した。
クロフォード局長は、そのまま言葉を続ける。
『核を見つけて、地下から持ち帰り、その日のうちに外殻へ戻す。そんな日程は組んでいません』
「核がニューヨークにあったから、先に回収しただけなんですけど」
「近くにあったら取ってきていい、って話じゃないでしょ」
桐野に言われたが、見つけたものを置いたまま帰る方が気になる。
しかも、安全に持ち帰る方法まであったのだ。
「でも、まだ針がないので動きませんよ」
俺としては、そちらの方が問題だった。
その言葉を聞いたサイラスが、しばらく黙ったあとで首を横に振った。
『昨日まで、この外殻は何をしても答えを返しませんでした。いまは、帰る場所を一つ示しています。これを動いていないとは言えません』
サイラスはクロフォード局長へ、管理記録も変えるべきだと伝えた。
するとクロフォード局長は、保全担当者にも聞こえるようにはっきりと告げる。
『記録上の扱いを変更します。保管中の欠損遺物ではなく、復旧作業中の《フロンティア・コンパス》です』
ただ核を元の場所へ戻しただけで、扱いまで変わってしまった。
俺にはそこまでの差がまだ分からないが、サイラスは今度こそ迷わず頷いていた。
外殻の目盛りが落ち着いたあとも、扉の印だけは青白く残っている。
帰る場所は決まった。そこへ向かう方角と道を示す針だけがない。
『残りはロンドンですね』
クロフォード局長は、今朝の記録と鑑定結果をUS-DDAから英国側へ送ると続けた。
ただし、調べる場所はビッグベンの長針内部だ。
すぐに見せてもらえるとは考えていないようだった。
その話を聞いていた桐野が、少し考えてから口を開く。
「それなら、私からパパにも話してみる。うちだけで決められることじゃないけど、本家に相談するなら、その方が早いから」
名取も、US-DDAの記録を日本側で受け取り、英国へ提出できる資料を整えるという。
桐野の家だけに頼るのではなく、公的な連絡も同時に進めることになった。
外殻と核は、統合したまま保存容器の中へ戻る。
地下区画を出て通信を使える待機室まで戻ると、桐野はすぐ父親へ電話をかける。
会話は英語なので、詳しい内容までは分からない。
それでも、途中でビッグベンとUS-DDAが何度も出てきて、俺の名前まで聞こえた。
電話の向こうでは、最初に驚いたような声が返り、そのあとしばらく桐野の説明を聞いていた。
通話を終えた桐野が、呆れたように俺を見る。
「パパ、旅行で帰ってくる話じゃなかったのかって言ってた」
「それは、そうだと思います」
「真壁さんが言う?」
俺が見つけなければ、今ごろは普通にロンドン観光の話だけをしていたはずだ。
「ご家族から本家へ、相談は届きそうですか?」
名取に聞かれ、桐野はスマホをしまった。
「伯父さんに話してみるって。US-DDAの資料も送ってほしいってさ」
これで針を見せてもらえると決まったわけではない。
それでも、ビッグベンの長針にコンパスの針が入っているという話は、これでロダン家の本家まで届く。
「観光だけのつもりだったんだけどな」
「先に長針の中身を見つけたの、真壁さんでしょ」
言われてみれば、その通りだった。
次の行き先はロンドンのままだが、向こうでやることだけは確実に増えていた。
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