一度きりの帰り道
格納台を見直している間にも、通信機の向こうでは核の代わりになる動力について話が続いていた。
サイラスだけでなく、待機しているUS-DDAの技術担当者も加わっているようで、いくつかの案が英語で飛び交い、公式通訳が要点だけを日本語にしてくれた。
『今の装備では無理です。動力の規格も、格納台への接続方法も分かっていません。全員で戻り、遠隔回収を含めて準備し直すべきです』
サイラスの言葉を聞き、先任調査員も格納台を調べた。
腰ほどの高さがある台は床と一体になっていて、持ち込んだ道具で動かせるようにはとても見えない。
普通なら、いったん戻って準備し直すしかない。
「でも、外した瞬間に道は消えるんでしょ?」
「今のままなら」
桐野は核ではなく、それを支えている格納台を見た。
「これ、最初から外せないように作ったわけじゃないよね。どこかに持ち出すための仕組みがあるんじゃない?」
「置いた人も、あとで回収するつもりだったかもしれませんねー」
名取の言葉を聞いて、シオも俺の肩から格納台を覗き込んだ。
『いっしょに かえる?』
「帰るよ。核も一緒に持っていく」
まずは、核の周囲に埋め込まれた金属の輪だけを鑑定した。
何もない装飾に見えたが、結果には経路選択部と出ており、一か所だけ入っている切れ込みは固定位置を合わせるためのものらしい。
「この輪は動かせます。切れ込みを、残したい経路へ合わせるみたいです」
「じゃあ、帰り道に合わせればいいの?」
「それだけで核を外せるかは、まだ分かりません」
格納台の切れ込みから土台、床に伸びる光へと対象を変えながら、鑑定を重ねた。
現在の帰還経路や核からの動力供給までは出るが、安全に取り外す手順までは表示されない。
その間に、シオが一本の触手を伸ばし、金属環の外周へ先を向けた。
『もじ』
言われて近づいてみると、装飾に混じって、ごく浅い線が残っていた。
そこだけを鑑定すると、見覚えのある名前が表示される。
「これ、エリアスの署名です」
「《千殻真球儀》を作った人?」
「はい。《千殻真球儀》に残っていた署名と同じです」
この格納台も、エリアスが作った魔道具のようだった。
《千殻真球儀》も、表から見える部分だけでは本来の働きまで読めなかった。
この格納台も同じなら、金属環だけでなく、核と帰還経路までまとめて見る必要がある。
今度は、格納台と金属環だけでなく、核から入口まで続く帰還経路も含めて一つの設備として鑑定した。
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対象:《フロンティア・コンパス》核格納台・経路固定環
製作:エリアス・ヴェイン
状態:通常稼働/往路中継部および帰還経路へ動力供給中
回収手順:現在の帰還経路を最終固定後、往路中継を停止
最終固定時:核取り外し後も、現在の通過者が出発口へ戻るまで帰還経路を維持
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「この格納台、エリアスが作ったものみたいです。帰り道を残す手順も出ました。今いる全員が戻るまでなら、核を外しても消えません」
桐野が英語へ直すと、先任調査員が身体カメラで署名と格納台を大きく映した。
『……エリアス・ヴェイン。彼も、ローワンのコンパスを保管する設備に関わっていたのか』
サイラスから続きはなく、俺たちはすぐに操作の準備へ移った。
「桐野さんは真壁さんの近くで。私は後ろを見ていますねー」
先任調査員が身体カメラを格納台へ向けたまま数歩下がったところで、俺は金属環へ手をかける。
輪は格納台の上で回り、動かした分だけ切れ込みも位置を変える。
明るい一本の線へ合わせたところで、金属環が動かなくなった。
核から流れ出した青白い光が金属環を一周すると、床に伸びる八本の線のうち、壁の中へ消えていた七本が根元から順番に暗くなっていく。
代わりに、俺たちの背後へ続く一本が途切れのない青白い光へ変わった。
さっきまでは核が光るたび、道も同じ間隔で明るくなっていた。
今は核が暗くなっても、一本だけが光り続けている。
「残りましたねー」
名取の声を聞いてからも、俺はしばらく待ったが、一本道の光は変わらない。
手を伸ばして格納台の上に浮いている核を掴むと、青白い球は抵抗もなく台から離れた。
格納区画の明かりが落ちる。
暗くなった七方向に対して、入口へ続く一本だけは消えなかった。
掌に収まった核の中では、細かな光が変わらず回っている。
先任調査員が通信機へ英語で報告した。
『核を回収。帰還経路は維持されています』
待機区画から大きな声が返ってくる。
言葉は分からなかったが、少なくとも戻ってこいと言っていることは、桐野の通訳を待つまでもなかった。
「じゃあ、戻りましょうか」
「うん。今度は、それを絶対に落とさないでね」
「両手で持つと歩きにくいんですけど」
「そういう心配をしてるんじゃないから」
シオが俺の肩から身を乗り出し、掌の核を見ていた。
俺は核を右手に持ったまま、来た道を戻る。
往路中継部まで戻ると、八つあった接続口のうち七つは石壁に塞がれ、入口へ続く石段だけが残っていた。
先任調査員は身体カメラで核と経路を記録しながら進み、名取は最後尾を守っている。
帰り道はもう切り替わらない。
床の青白い光に沿って進むと、やがて入口の金属扉が見えた。
俺とシオが先に扉を越え、桐野と先任調査員が続く。
待機区画にはクロフォード局長とサイラス、それに残っていた調査員たちが集まっていた。
最後に名取が金属扉を越える。
その瞬間、扉の向こうに残っていた光が奥から細くなった。
青白い一本道は消えていくが、光は扉の手前まで来ると、そのまま金属の枠へ流れ込んだ。
開いたままだった扉が閉じ、中央に指先ほどの青白い印が残った。
俺の手にある核も、それに合わせるように一度光った。
「全員、戻りましたー」
名取が日本語で告げると、桐野が英語へ直した。
先任調査員からも正式な報告が入り、待機していた調査員たちから拍手が上がる。
クロフォード局長は、名取の報告を聞きながら、俺たち全員が扉のこちら側にいることを確かめた。
それから俺の手の中にある核を見て、長く息を吐く。
『長年、何度調査しても入口へ戻されるだけでした。その先にあった核を、誰も失わず持ち帰った。すべて記録に残します』
公式通訳の声を聞きながら、サイラスは閉じた金属扉の前へ立った。
『……そうか。必要だったのは、新しい動力ではなかったのですね。帰り道の分は、最初から設備の中に残っていた』
俺としては鑑定結果に出た手順を使っただけだが、帰り道が閉じたあとの扉にまで印が残るとは思っていなかった。
今度は、手の中の核と金属扉を一緒に鑑定する。
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対象:《フロンティア・コンパス》帰還地点
状態:登録済み/待機
接続:回収済み核との接続維持
機能:《フロンティア・コンパス》が保持する帰還経路の終点となる
再使用条件:外殻・針・核の統合
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「この扉、帰る場所として登録されたみたいです」
通訳を通して伝えると、サイラスは金属扉の中央に残った印へ近づいた。
『この扉へ戻る。それをコンパスが覚えた、ということですね』
クロフォード局長は、周囲の職員へ英語で指示を出した。
公式通訳によると、金属扉とその周辺は埋め戻さず、US-DDAの管理下で区画ごと保存するという。
入るときにはただの封鎖扉だったものが、今ではコンパスの帰り先になっている。
「あの、これを入れるものはありますか」
俺が核を見せると、クロフォード局長の返事より先に、先任調査員が遺物用の保護ケースを持ってきた。
「今する話、それなの?」
桐野に言われても、親指ほどの球を手で持ったまま政府施設まで帰るわけにはいかない。
「落としたら困るし」
「それはそうだけど……」
核が保護ケースへ収まると、クロフォード局長は政府施設へ戻る車両の手配を始めた。
透明な蓋の中で光る核と、閉じた金属扉に残る小さな印。
二つの青白い光は、同じ間隔で明るくなった。




