コンパスの核
右奥の接続口に、一本の石造りの通路が残っている。
俺は《導きのレンズ》を目元から下ろした。
それでも、通路は消えなかった。
さっきまで八つの接続口は、数秒ごとに違う場所へつながっていた。
今は右奥の石枠だけが淡く光り、その向こうの床が俺たちのいる石室と同じ高さで続いている。
「では、私が先に行きますねー」
名取は石枠の手前から通路へ片足を入れた。
靴の下には床があり、左右の石壁も途中で途切れていない。
「足場は大丈夫です。このまま先を見てきます」
名取が数歩進んだところで、俺も接続口を越えた。
シオは左肩に乗ったまま、光の残る石枠を何度も振り返っている。
US-DDAの先任調査員と桐野も続いた。
最後に入った桐野が後ろを確かめても、円形石室へ戻る入口は開いたままだった。
先任調査員が身体カメラの表示を見て、英語で報告する。
桐野によると、映像も通信も待機区画へ届いているらしい。
固定した道へ入っても、今のところ変わったことはない。
俺たちは床に延びる細い光をたどった。
通路はそれほど長くなかった。
少し進むと、奥に円形の石枠が見えてくる。
扉や取っ手はなく、石枠の内側は黒い面で塞がれていた。
けれど、床の光がその下まで届くと、黒い面が奥へ引いていく。
その先で、青白いものが光っていた。
名取が石枠の内側を見たまま、俺たちを片手で止める。
先に部屋へ入り、左右を確かめてから振り返った。
「誰もいません。真ん中に、何かあります」
俺も名取に続いた。
中は、さっきの中継部より一回り小さな円形の部屋だった。
その中央に、石と金属を組み合わせた腰ほどの高さの台がある。
台の上に浮かんでいたのは、親指の先ほどの青白い球だった。
思っていたよりも小さい。
球の中では、細かな光が絶えず回っている。
格納台から床へ、八本の淡い線が伸びていた。
七本は壁の中へ入ったところで暗くなっているが、俺たちが通ってきた方向の一本だけは明るい。
青白い球が脈打つように光るたび、背後の道へ続く線も同じ間隔で明るくなった。
『真壁さん」
名取の声に俺は頷き、《導きのレンズ》を開いた。
レンズの中に見えていた核の光点は、格納台の上にある球とぴったり重なっている。
やっと見つけた。
政府施設で見た《フロンティア・コンパス》の外殻には、中央に小さな空所があった。
目の前の球なら、あの場所へちょうど収まりそうだ。
レンズを下ろしても、青白い球は消えない。
動き続ける光点でも、経路の先にある目印でもなく、《フロンティア・コンパス》から失われていた部品そのものが、ようやく目の前にあった。
球だけを対象にして、鑑定する。
――――――――――――――――――――
対象:《フロンティア・コンパス》・核
状態:損傷なし/外殻・針との接続維持
現在作用:往路中継部および帰還経路の維持
――――――――――――――――――――
「ありました。これが核です。核としての機能も、ちゃんと生きています」
俺の言葉を、桐野がすぐに英語へ変えた。
その直後、通信機の向こうで複数の声が重なった。
椅子らしいものが倒れる大きな音まで聞こえてくる。
『皆、一度落ち着いてください。映像は切れていません』
クロフォード局長の声が通ると、待機区画の英語が少しずつ収まっていく。
それでも、すぐに次の報告は来なかった。
やがて、サイラスの声が聞こえた。
『……無事だった』
サイラスはいったんそこで言葉を切り、それから俺たちへ続けた。
『私は、あの外殻を何度も鑑定しました。核が残っている可能性も捨ててはいませんでした。それでも……こうして無事な核を見る日が来るとは、思っていませんでした』
続いてクロフォード局長が、まだ騒がしい待機区画から話しかけてきた。
『今朝は、入口の構造が一つでも分かれば十分だと思っていました。まさか、その日のうちに核まで見つけるとは……』
世界でも上位の鑑定士が、長い間探してきた遺物だ。
俺には親指ほどの球に見えるが、通信の向こうでは椅子が倒れるくらいの発見らしい。
桐野も格納台の前まで来た。
「え、あれが核? もっと大きいと思ってた」
「外殻の中央に入るなら、これくらいじゃないですかね」
「そうなんだけど。帰還経路を丸ごと動かしてるものが、あの大きさなの?」
俺にも、そこまでは分からない。
ただ、鑑定結果と目の前の光は一致している。
「じゃあ、この核を外殻へ戻せば、《フロンティア・コンパス》は直るの?」
桐野に聞かれ、俺は格納台の上の球へ目を戻した。
格納台の上に容器や蓋はなかった。
手を伸ばせば、そのまま青白い球を掴めそうに見える。
俺は核へ近づき、右手を出しかけたところで止まった。
核から伸びる光と、背後へ続く一本道が、同じ間隔で明るくなっている。
もし、この核を格納台から外したら、帰還経路はどうなるのか。
目の前の球だけを見れば、状態も接続先もさっきの鑑定で読めた。
けれど、核は今も格納台を通して中継部へ力を送っている。
ここで持ち帰るなら、見るべきなのは部品一つではなく、俺たちが帰るための道まで含めた全体だ。
今度は核だけではなく、格納台と帰還経路までを一つの設備として鑑定する。
――――――――――――――――――――
対象:《フロンティア・コンパス》核格納台・経路維持機構
状態:《フロンティア・コンパス》の核から動力供給中
核取り外し時:往路中継部および帰還経路停止
――――――――――――――――――――
俺は、伸ばしかけていた右手を下ろした。
「これ、そのまま持って帰れません」
桐野は背後の通路へ振り返った。
「持って帰った瞬間に、帰れなくなるってこと?」
「たぶん、今のままだと」
「先に鑑定してくれて助かりましたー。本当に」
名取はいつものように語尾を伸ばしたが、核へ近づこうとはしなかった。
通信機の向こうでは、さっきまで乱れていた英語が止まっていた。
「それでも、置いて帰る気はないんでしょ?」
「はい」
俺は《導きのレンズ》を開き直し、核を支えている格納台へ目を向けた。
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