八本道
本日カクヨムのほうでサポーター専用SSシオシーリーズ2作 が公開されています!シオがブログを公開した話とダンジョンTubeで動画投稿デビューの話となっております。本編に少しだけリンクする話となっております。
※カクヨムの方ではストーリー進行が遅いですが、専用エピソードを近況ノートの方に掲載していますので、興味ありましたら是非のぞいてみてください(サポーターズパスポート加入などが必要になります)
レンズの中で、石段の一段目が光っている。
肉眼へ戻せば、目の前にあるのは継ぎ目のない石壁だ。
足を出せば普通にぶつかりそうなのに、二枚のレンズを重ねた時だけ、その向こうへ階段が続いている。
名取が俺のすぐ後ろへ回った。
US-DDAの先任調査員が俺の身体カメラの録画を始め、待機区画との通信を確認している。
「真壁さん。足がつかなかったら、そのまま戻ってきてくださいね。私、すぐ後ろにいますから」
「その時はお願いします」
桐野が両腕を差し出すと、シオは渋々そちらへ移った。
俺が壁の前へ出るまで、触手の先だけは服をつまんだままだった。
『すぐ もどれ』
頭に届いた声へ頷き、俺はもう一度レンズを覗いた。
一段目は、さっきと同じ場所にある。
俺は右足を持ち上げ、石壁へ向かってゆっくり下ろした。
靴の先が壁の表面に重なる。
けれど、石へ当たる感触はなかった。
そのまま靴だけが壁の中へ消え、足の裏に硬いものが触れた。
レンズに映っていた石段だ。
「ちょっと、本当に足が消えてる!」
後ろで桐野の声がした。
外からはそう見えているらしい。
俺は壁へ肩からぶつからないよう、身体の向きをレンズに映る階段へ合わせた。
もう片方の足も踏み込む。
一瞬暗くなったり、どこかへ落ちたりはしなかった。
待機区画の白い照明が視界の端へずれ、その代わりに、薄暗い石段が足元から下へ延びている。
全身がこちら側へ入ると、レンズを外しても階段は消えなかった。
振り返ると、数段上に待機区画の明かりが四角く見えていた。
俺が通った場所だけ、石壁ではなく、向こう側を覗く窓のようになっている。
『真壁さん、聞こえますか?』
通信機から名取の声が聞こえた。
「聞こえます。足場もあります」
『分かりました。そこで一度戻ってきてください』
言われた通り一段上がり、明るい境界へ足を入れる。
今度も何かを通り抜けた感触はなく、次の瞬間には、さっきまで目の前にあった石壁から待機区画へ出ていた。
桐野が抱えていたシオが、すぐに触手を伸ばしてくる。
俺の肩へ戻ると、服をいつもより強く掴んだ。
「戻れました。少なくとも、入口のところは一方通行じゃないです」
俺の報告は公式通訳を通して、クロフォード局長と調査班へ伝えられた。
先任調査員が身体カメラの映像も確認する。
外から撮った映像では、俺の身体が石壁へ入ったところで消えている。
俺の身体カメラには、その先に続く階段と、振り返った時に見えた待機区画の明かりが残っていた。
クロフォード局長は二つの映像を見終えると、調査班へ人数を絞って進入を続けると伝えた。
俺とシオには名取が続き、桐野とUS-DDAの先任調査員が後方を固める。
クロフォード局長とサイラス、公式通訳、残りの調査班は待機区画に残る。
「今度は私も行くからね」
桐野は背負った弓へ手をやり、石壁の前へ進んだ。
「昨日は橋の上を歩いてたのに、今日はその下で壁抜けか。旅行の予定にあったかしら、これ」
「俺の予定にはなかったです」
「私にもなかったわよ」
名取が俺のすぐ後ろにつき、石壁の前を空けた。
今度はシオを肩へ乗せたまま、レンズに映る一段目へ足を置く。
境界を越える瞬間、服を掴んだ触手へさらに力が入った。
俺が往路側から位置を伝えると、名取が同じ場所へ踏み込んでくる。
続いて桐野、最後に先任調査員も石壁の向こうへ姿を現した。
入ってしまえば、全員に階段が見えるようだった。
レンズを持っていない桐野も、目の前に続く石段を見下ろしている。
「中からだと、本当にただの階段なのね」
桐野が後ろを振り返った。
その直後、待機区画からサイラスの声が届いた。
英語だったため、桐野が少し遅れて訳してくれる。
「この階段が映った記録は一件もない。こっちからは、今も私たちが石壁の中にいるように見えてるって」
US-DDAの調査隊は、何度もこの入口へ入っている。
それでも、全員が正面の一本道を進み、この階段を見つけられなかった。
俺たちは、壁にしか見えなかった場所から、その記録にない地下へ降り始めた。
階段は、人が一人ずつ歩ける程度の幅しかない。
古い石の両側に壁があり、ところどころへ淡い光が埋め込まれている。
上を向けば、待機区画へ戻る四角い明かりはまだ見えた。
帰り道が見えているだけでも、正面の一本道を延々と歩くよりは気持ちが楽だ。
しばらく下りたところで、先任調査員が立ち止まらずに英語で何かを言った。
「現実の地下なら、もう管理施設の基礎より下に出てるそうです」
名取が訳してくれる。
壁の中に隠れていた階段というより、入口から別の空間へ下りているらしい。
俺は歩きながら《導きのレンズ》を開いた。
入口へ戻る光は、背後の階段に沿って一本だけ延びている。
その一方で、核を示す小さな光は落ち着かない。
階段の下に見えた直後、右の壁の向こうへ移り、次はさらに深い場所で点滅した。
入口で見た時と同じだ。
こちらへ入っても、核の座標は動き続けている。
やがて階段が終わり、円形の石室へ出た。
床の中央には、八方向へ延びる線が刻まれている。
線の先には同じ形の石造りの接続口があり、部屋をぐるりと囲んでいた。
針のない方位盤みたいだ。
そう思った時、正面の接続口で暗闇が揺れた。
黒い膜のようなものが薄くなり、その向こうに石の通路が現れる。
ただし、床は俺たちの立つ場所とつながっていない。通路全体が横倒しになり、こちらから見れば壁を歩く向きへ延びている。
桐野が弓へ手を伸ばす。
しかし矢を構えるより早く、横向きの通路は暗闇へ戻った。
今度は右奥の接続口が明るくなる。
向こう側に見えたのは、天井に水面が張りついた石の部屋だった。
水はこちらへ流れ込まない。
床の中央から右奥へ延びる一本の線が光り、すぐに消える。
次は背後、その次は左。
接続口そのものは動いていない。
向こうにつながる場所だけが、次々と入れ替わっている。
「これは、いきなり入らない方がよさそうですねー」
名取が俺たちの前へ出て、接続口へ近づかないよう片手を広げた。
接続口が開いている間に通っても、全員が同じ場所へ着ける保証はない。
通信機から、サイラスが早口で話す声が聞こえた。
桐野が、その内容を伝える。
「この部屋も、切り替わってる接続先も、US-DDAの記録にはないって。……こんなの、本当に誰も見たことないみたい」
俺は《導きのレンズ》を覗いた。
核の光点は、八つの接続口の間を移っている。
正面に出たと思えば背後へ移り、次は床よりも低い位置で瞬いた。
光を追って身体ごと向きを変えると、シオが触手を俺の襟へ巻き直す。
「それ、追いつける動きじゃないでしょ」
桐野の言う通りだった。
接続先が変わるたびに追いかけていたら、いつまでも選べない。
俺はレンズを下ろし、床の方位盤と八つの接続口をまとめて見た。
対象を一つの設備として捉え、鑑定を使う。
――――――――――――――――――――
対象:アビゲイル・ローワンの帰還経路・往路中継部
状態:帰還経路固定/往路接続先巡回中
機能:指定された目的地へ通じる接続口を固定する
現在の目的地:未指定
――――――――――――――――――――
核が、この石室の周りを飛び回っているわけではない。
核を収めた場所を含め、接続先の方が動いている。
だから、核の現在座標も一つに定まらなかったのか。
おそらく、何も指定せず正面の一本道へ入った調査隊は、固定されている帰還経路を歩き、最後には入口へ戻った。
けれど、この中継部は、本来なら目的地を選んでから使うものらしい。
俺はもう一度《導きのレンズ》を開いた。
さっきまで探していたのは、《フロンティア・コンパス》の核そのものだ。
動く核をそのまま追ったから、光点も八方向へ飛び続けた。
「核じゃなくて、核が置かれている場所を探してみます」
なら、アビゲイルが核を残した格納区画を探せばいい。
その場所へ向かう道を意識し、二枚の像を床の方位盤へ重ねる。
レンズの中で光が揺れた。
正面から右へ移り、そこで止まりかけて、また別の線へ流れていく。
俺は床の刻線とずれないよう、二枚の角度を少しずつ変えた。
八方向へ散っていた光が中央へ戻る。
そこから一本だけ、右奥の接続口へ向かって延びた。
床に刻まれた線も、同じ場所で淡く光る。
右奥の石枠へ光が走り、その向こうに現れた通路が、今度は消えずに残った。
レンズの中では、核の光点も同じ接続口の奥にある。
まだ、その先が安全なのかは分からない。
光がいつまで残るのかも、核がどんな状態なのかも見えていない。
それでも、さっきまで八つの入口を飛び回っていた光は、もう動かなかった。
初めて、核へ向かう道が止まった。
読んでいただきありがとうございます。
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