必ず入口へ戻る道
サイラスの言葉が通訳されると、クロフォード局長は数秒黙った。
それから、思い当たったように隣を見る。
『まさか、ブルックリンの地下で封鎖している、あの探索路ですか』
『私も今、同じことを考えました。あそこなら、ミスター・マカベの鑑定結果と一致します』
ブルックリン。
その地名を聞いて、隣にいる桐野も俺を見た。
昨日、俺たちが観光していた場所だ。
クロフォード局長は、すぐに過去の調査記録を鑑定室へ出すよう指示した。
その間に、保全担当者が台の上へ保存容器を戻す。
《フロンティア・コンパス》の外殻は柔らかな固定具へ収められ、透明な蓋の向こうで、また欠けた古い道具に戻った。
担当者は容器を台ごと運び出し、来た時と同じ重い扉の奥へ消えていった。
入れ替わるように、壁の大型画面へ地下通路の見取り図が映った。
『この探索路は、ブルックリン橋周辺を襲ったオープンワールド型ダンジョン災害のあと、復旧工事の途中で再発見されました』
サイラスが、画面の一点を示す。
橋から少し離れた場所に、地下へ続く細い線が延びていた。
『現代の地下設備より古いものです。しかし、誰が、いつ、何のために造ったのか。それを示す記録は見つかっていません。アビゲイル・ローワンとの関係も、今日まで分かっていませんでした』
現在、その入口はUS-DDAが管理する区画の中にあるという。橋の下や観光客が歩く場所から入れるわけではない。
サイラスが画面を切り替える。
映し出されたのは、過去に行われた調査の記録映像だった。
身体カメラを着けた隊員が、分厚い金属扉の前に立っている。
扉の向こうには、古い石を積んだ通路がまっすぐ延びていた。幅は数人が並んで歩けるほどで、左右に分かれる道は見当たらない。
調査隊が中へ入る。
先頭の隊員は、一定の間隔で壁に目印を残しながら進んでいた。
隊員の声には、画面の下へ翻訳された字幕がついている。
『3つ目の目印を設置。進路に変化なし。このまま直進する』
>1つ目
>2つ目
>3つ目
映像の時刻だけが進んでいく。
隊員たちは一度も曲がっていない。立ち止まって後ろを確かめることはあっても、来た道を引き返してはいなかった。
やがて、カメラの先に四角い影が見えた。
石造りの通路を塞ぐ、金属の扉。
形も、表面についた傷も、調査隊が開けた入口と同じだった。
先頭の隊員が足を止める。後ろにいた隊員は手元の記録を開き、最後に通過した目印の番号を読み上げた。
『我々は直進を続けている。折り返してはいない』
何度も確かめる声が、急に早くなっていた。
それでも前方にある以上、開けるしかない。
隊員が取っ手を握り、扉を押し開いた。
その向こうにあったのは、地下通路の続きではなかった。
机。照明。待機していた職員たち。
出発した時と同じ、US-DDAの待機区画だった。
『どういうことだ。なぜ、ここにいる』
先頭の隊員が振り返る。
扉の向こうには、今まで歩いてきた石造りの通路がまだ続いていた。
画面が二つに分かれる。
右側へ、入口で撮影していた別のカメラの映像が出た。
閉じていた金属扉が、待機区画側へゆっくり開く。
そこから現れたのは、通路の奥へ進んだはずの調査隊だった。
「え? 同じ扉よね?」
桐野が身を乗り出す。
「ああ。別の出口じゃない」
映像の中でも、待っていた職員が混乱していた。
戻ってきた隊員たちは、前へ進み続けていたと言う。
入口側の職員は、全員が入ってから扉には誰も触れていないと言い返している。
『こちらからは、あなたたちが同じ扉を開けて出てきたようにしか見えない』
職員の説明を聞いた隊員たちは、もう一度、背後の通路を振り返った。
暗転も、突然の転移もなかった。
調査隊の映像では、入口と同じ扉が通路の前方に現れただけだ。
『調査は、条件を変えて何度も行われました』
サイラスの説明に合わせて、別の映像が短く切り替わる。
人数を変えても、歩く時間を延ばしても、運ぶ装備を変えても、結果は同じだった。
壁に残した目印は順番に通過する。
それなのに、最後は必ず同じ金属扉が前方に現れる。
奥へ到達した隊は、一つもない。
原因が分からず、自分たちが地下のどこにいるのかも保てない。
US-DDAは安全な調査範囲を決められないまま、探索路を封鎖した。
ただ、入口の管理と記録の保存だけは、その後も続けてきたらしい。
俺は、最初の映像へ戻された画面を見つめた。
前へ進む。
同じ扉が現れる。
開ければ、全員が入口へ戻っている。
さっき鑑定で見た言葉が、頭の中に浮かんだ。
アビゲイルが最後に使った、帰還経路。
「この道、壊れているんじゃなくて、入った人を帰しているんじゃないですか」
通訳が英語にすると、サイラスは画面を見たまま動かなくなった。
『……帰している』
小さく繰り返したあと、サイラスが椅子の背から体を起こす。
『……そうか。我々は、奥へ進めなかったとばかり思っていました。もしここが帰還経路なら、この映像はすべて、道が調査隊を送り返した記録になります』
だから、条件を変えても結果が変わらなかったのかもしれない。
何度試しても失敗したのではない。
何度入っても、帰還させる仕組みが働いた。
クロフォード局長が腕を組み、過去の映像を見上げた。
『我々は、その現象を理由に封鎖しました。それが核へ近づく手掛かりだったとは……』
まだ、核がこの現象を起こしていると決まったわけではない。
けれど、核があるという帰還経路と、必ず入口へ戻される地下通路。
別々に分かっていた二つの話が、ここで初めて重なった。
俺には、もう一つ思い当たるものがあった。
「現地へ行くなら、《導きのレンズ》も持ってきたいんですけど」
「レンズって、天空樹の間で使ったもの?」
桐野の言葉に頷く。
「あの時も、見えている道と、本当に歩く道が違っていました。今回も同じようなずれなら、レンズで見えるかもしれません」
必ず通れるとは言えない。
ただ、肉眼では分からなかった道を、あのレンズは一度見せてくれた。
説明を聞いたサイラスは、画面に残る通路を見た。
それから、保存容器が運び出された扉へ目を向ける。
『レンズには、見えない道が映ったのですね。コンパスと組み合わせれば、これまでとは違う結果が出るかもしれません』
クロフォード局長は、その場で地下へ向かおうとはしなかった。
入口の立ち入りを再開し、過去の記録と現在の状態を照合する。
現地へ入る探索者の準備はUS-DDAが行い、俺たちがどこまで同行するかは日本側の担当者と名取を交えて決める。
まずは翌朝、入口の外から現況を確認することになった。
中へ入るかどうかは、それを見てからだ。
話がまとまると、サイラスは大型画面へニューヨークの市街地図を表示した。
地下通路の入口を示す赤い印が、ブルックリン橋のブルックリン側へ重なる。
見覚えのある橋。そのすぐ近くには、昨日歩いたダンボ地区の街並みがあった。
「私たち、昨日そこを歩いてたの?」
桐野が地図を覗き込み、今度は俺へ振り向く。
俺も画面の橋を見ながら、昨日の景色を思い出した。
ブルックリン橋で記念写真を撮り、カルーセルの前で災厄払いまでした場所だ。
肩の上で、シオが専用スマホを掲げた。
『やくばらい もう1かい?』
「……昨日の1回で十分だろ。念入りにやったし」
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