3つで1つ
翌朝。
俺たちを乗せた車は、ニューヨーク市内にある政府施設の前で止まった。
窓の外には、昨日見た観光地のような華やかさはない。大きな建物の前に警備員が立ち、車が敷地へ入る前にも、身分証と訪問予定を確認されている。
生命力を戻している途中のミルは、ホテルで休んでもらうことになった。
ここへ来たのは、俺とシオ、桐野、名取。日本側の支援チームと特命チームの担当者、それから公式通訳だ。
施設の中へ入ると、受付前で待っていたクロフォード局長が、こちらへ大きく手を広げた。
『おはようございます、ミスター・マカベ! 改めて、ニューヨークまでお越しいただけたことに感謝します』
通訳の日本語を聞き終えてから、俺も頭を下げる。
「おはようございます。今日は、よろしくお願いします」
桐野たちも順番に挨拶を交わした。
クロフォード局長は全員の顔を見回すと、昨日はニューヨークを楽しめたかと尋ねてきた。
「はい。行きたかった場所は、ほとんど回れました」
桐野が答えたあと、俺も付け加える。
「最後には、災厄払いまでしてきました」
通訳された途端、クロフォード局長が笑顔のまま首を傾げた。
俺の肩にいるシオは、すぐに専用スマホを操作する。
『やくばらい かんりょう』
画面を見せられたクロフォード局長は、今度は通訳へ顔を向けた。
昨日のカルーセルで何をしたのか説明を聞き、声を上げて笑う。
『それなら、今日の鑑定も安心です!』
「そうだといいんですけどね……」
挨拶を終えると、クロフォード局長の隣にいたサイラスが前へ出た。
『写真や資料ではなく、実物を見ていただける日を待っていました。今日は、よろしくお願いします』
言葉は落ち着いていたが、これまで会ったときよりも、俺を見る目に力がある。
長年、自分で調べてきた遺物なのだ。
結果が出るかどうか、誰よりも気になっているのだろう。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
必要な挨拶を済ませ、俺たちはクロフォード局長たちの案内で建物の奥へ進んだ。
最初の扉では、全員の来訪者証を一枚ずつ照合された。
その先にも警備員が立つ扉があり、クロフォード局長が同行しているだけでは開かない。
別の職員が許可を確認して、ようやく通された。
さらに奥にあったエレベーターは、地上の職員が使っているものとは分かれている。
俺たちが乗り込むと、担当者二人が別々に操作し、重い扉が閉じた。
表示のない壁を見ているうちに、エレベーターが下へ動き始める。
「ずいぶん、深くまで降りるんですね」
通訳が伝えると、クロフォード局長が頷いた。
『ここには、金額をつけられない歴史遺産が保管されています。私一人の許可だけでは、最深部へ入ることもできません』
しばらくして、足元へ伝わっていた振動が止まった。
エレベーターの外にも警備員が待機しており、その後ろには、銀行の金庫室で見るような厚い扉がある。
そこでも二人の担当者が確認を行い、扉がゆっくりと左右へ開いた。
ようやく辿り着いた地下保管区画は、温度が一定に保たれているのか、少し肌寒い。
壁際にはいくつもの扉が並んでいるが、どれも中は見えなかった。
その一室へ通され、さらに奥の鑑定室へ入る。
中央には鑑定台があり、壁際に固定された保存容器の前で、白い手袋をつけた保全担当者が待っていた。
担当者がクロフォード局長と書類を確認してから、保存容器を開ける。
中から出てきたのは、手のひらに載るほどの古い外殻だった。
くすんだ銀色の縁には細かな文字と目盛りが刻まれている。
しかし、方角を示す針も、それを留めるはずの中央の核もない。
写真で見たとおり、壊れた古いコンパスにしか見えなかった。
「これ一つを、あの警備で守っているんですか……」
思わず口にすると、クロフォード局長は笑わずに答えた。
『アビゲイル・ローワンが残した遺産です。たとえ一部しか残っていなくても、この保管区画から簡単に動かせる品ではありません』
さっきまでの明るい調子とは違う。
何枚もの扉と長いエレベーターの先に置かれた外殻は、見た目以上に重いものらしい。
保全担当者が外殻を鑑定台へ置いた。
クロフォード局長はその前で、俺が以前提示した条件について、US-DDAとして原則受け入れると伝えてきた。
『正式な取り決めは、鑑定結果と復旧の可能性を確認したあとになります。まずは、本日ここで調べていただきたい』
「分かりました。約束どおりなら、俺も調べます」
返事が通訳されると、クロフォード局長は一度だけ大きく頷いた。
俺が鑑定台へ近づく前に、サイラスが外殻の横へ立った。
『これまでの鑑定で、アビゲイル本人が所有していたこと、表面に残る使用履歴、外殻に破壊や強制的な分解の跡がないことまでは確認できています』
サイラスは、外殻の中央にある空所へ視線を向けた。
『ですが、針と核へ続く魔力は検出できませんでした。取り外された時期も、現在地も分からない。私が読めたのは、ここに残っている外殻の情報だけです』
調べられることは、すべて調べたのだと思う。
説明に迷いはなく、分かっていることと、分からないことがはっきり分けられていた。
ただ、俺は別のものを知っている。
《導きのレンズ》で見た、エリアスと名前の分からない女性の会話。
――形は3つになったが、繋がりまでは切っていない。
あの言葉が、このコンパスのことなら。
「外殻だけじゃなくて、針と核も含めて調べてみます」
俺の言葉を聞き、サイラスの視線が上がった。
『ここにない二つも、ですか?』
「はい。三つに分かれていても、繋がりが残っているかもしれませんから」
通訳が伝え終わっても、サイラスはすぐに返事をしなかった。
やがて鑑定台から一歩離れ、俺へ場所を譲る。
『お願いします』
俺は外殻へ手を触れた。
調べたいのは、目の前にある銀色の部分だけではない。
失われた針と核を含む、本来の《フロンティア・コンパス》。三つで一つの遺物として、鑑定する。
視界の中に、鑑定結果が表示された。
――――――――――――――――――――
名称:《フロンティア・コンパス》
所有者:アビゲイル・ローワン
状態:外殻・針・核の三分割状態。三部品の接続は維持されている。
本来機能:地形、階層、空間接続、環境変化に左右されず、進むべき方位と帰還経路を示す。
外殻:現在の鑑定対象。
針:英国ロンドン、ビッグベンの大時計にある長針内部。
核:米国ニューヨーク、アビゲイル・ローワンが最後に使用した帰還経路内。
備考:核の現在座標は固定されていない。
――――――――――――――――――――
目の前にない二つの部品まで、まとめて表示されている。
あの女性が話していたとおり、三つの繋がりは切れていなかった。
外殻から手を離し、待っている全員へ顔を向ける。
「三つは、まだ繋がっています」
通訳が英語へ直すと、クロフォード局長が鑑定台へ身を乗り出した。
サイラスは動かなかったが、外殻を見つめる目が大きく開いている。
『接続が、今も残っているのですか?』
「はい。外殻と針と核は、離れていても一つのコンパスとして扱われています。だから、残りの二つも鑑定できました」
今度は、通訳が言い終える前から、サイラスが小さく息を吐いていた。
伝わった言葉を確認し、ゆっくりと眼鏡へ触れる。
『私たちは、残された外殻を鑑定していた……。ミスター・マカベは最初から、失われた二つを含む遺物そのものを対象にしたのですね』
サイラスは悔しがる様子もなく、鑑定台を見たまま何度か頷いた。
『……そうか。最初から三つで一つだと分かっていなければ、その鑑定は始められない。私には、できなかった』
世界でも上位の鑑定士にそう言われると、どう返せばいいのか困る。
「でも、外殻について分かっていた情報は、全部合っていましたよ」
俺の返事を聞き、サイラスが初めて少し笑った。
『ありがとうございます。では、我々が届かなかった二つについて、聞かせてください』
俺は、先に針の鑑定結果を伝えた。
「針はロンドンにあります。ビッグベンの大時計、その長針の中です」
内容が通訳されたあとも、しばらく誰も声を出さなかった。
クロフォード局長は口を開きかけたまま、隣のサイラスを見る。
「ビッグベンって、あの時計塔よね?」
桐野が俺へ確かめるように言った。
「たぶん、そのビッグベンです」
「次に行くところじゃない」
そうだった。
ニューヨークの次は、桐野が見たがっていたロンドンへ行くことになっている。
俺の肩で、シオが素早く専用スマホを掲げた。
『ろんどん!』
張り詰めていた鑑定室の中で、桐野だけが小さく笑う。
しかしクロフォード局長は、すぐには笑えなかったようだ。
『失われた針が、他国の歴史的建造物の一部になっているとは……』
クロフォード局長は額へ手を当てた。
見つかったからといって、時計の長針から簡単に取り出せるものではないらしい。
その話はあとで考えてもらうとして、もう一つの結果を伝える。
「核の方は、ニューヨークの地下にあります」
クロフォード局長が、額に当てていた手を下ろした。
『ニューヨークに残っているのですか?』
「ただ、普通の場所じゃありません。アビゲイルが最後に使った帰還経路の中にあります。外殻との繋がりは残っていますが、核の現在座標は固定されていません」
俺の説明が英語へ変わっていく間、サイラスの表情が変わった。
さっきまで外殻を見ていた目が、今はクロフォード局長へ向いている。
二人は英語でいくつか言葉を交わした。
クロフォード局長が問いかけると、サイラスははっきりと頷く。
それからサイラスは、俺たちへ向き直った。
『その条件に当てはまる封鎖探索路が、一つあります』
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