災厄を払っておこう
翌朝、ホテルを出た車は、セントラルパークの近くで止まった。
高層ビルの間から公園へ入った途端、周囲を占める色が変わる。
頭上には黄色や赤に染まった木々が広がり、舗装路の脇には落ち葉が積もっていた。
「昨夜、上から見えていた暗い場所は、ここだったんですね」
「昼に来ると、全然違って見えるでしょ」
桐野は昨日の夜から調べていた地図を開き、迷わず湖の方へ歩き始める。
ミルもその横を歩きながら、木々の隙間に見えるビルを見上げていた。
「高い家をあれだけ建てておきながら、真ん中には森を残したのか」
「森じゃなくて公園ですけど、広いですよね」
俺の肩で撮影していたシオの殻へ、黄色い葉が1枚落ちてきた。
触手が伸びたものの、シオは葉を払わない。
代わりに専用スマホのカメラを自分へ向け、殻に載った葉まで画面へ収めた。
「待って、シオちゃん。そのまま」
桐野が葉の向きを少し直し、今度は自分のスマホで撮り始める。
シオは殻を右へ傾け、次は左へ傾けた。
黄色い葉が帽子のようについてくる。
「朝からずいぶん撮るのう」
ミルが呆れていると、シオの触手が地面へ伸びた。
落ち葉の中から赤い1枚を選び、ミルの頭へ載せる。
『おそろい』
「わしまで飾るでない」
そう言いながら、ミルは葉を落とさなかった。
白い二匹は、黄色と赤を1枚ずつ載せたまま先へ進む。
桐野は少し歩くたびに、その後ろ姿を撮っていた。
◇
木々の間を抜けると、湖の上に白い橋が見えた。
水面のすぐ近くを、弓のような緩い曲線が渡っている。
橋の上では何組もの観光客が足を止め、湖と色づいた木々を背景に写真を撮っていた。
「ここがボウ・ブリッジ。次は4人で撮ろう」
桐野が、当然のように俺の立つ場所まで決め始める。
「昨日も撮ったばかりですよ」
「昨日は夜で、今日は昼。場所も違うから別の写真」
「1枚あれば十分じゃないですか」
「足りません」
シオは俺の肩から下りると、専用スマホへ文字を打った。
『りょうも』
「分かったよ」
撮影役は名取が引き受けた。
俺と桐野が並び、その前にシオとミルが座る。
シオの殻には黄色い葉が残っていた。
ミルの頭に載った赤い葉も、まだ落ちていない。
「ミル、そのままでいて。すごくかわいいから」
「かわいいと言われるために載せておるのではないぞ」
「でも、取らないんだ?」
ミルは答えず、湖の方を向いた。
名取が笑いながら何度かシャッターを切る。
撮れた写真には、秋の湖と白い橋、その手前で葉を載せた白い二匹がきれいに収まっていた。
桐野は昨日の夜景写真と並べて保存し、満足そうにうなずいた。
◇
午後は車でロウアー・マンハッタンへ移動した。
通りの先に、2本の石造りの塔と、そこから伸びる無数のケーブルが見えてくる。
ブルックリン橋だった。
歩行者用の入口から上がると、木の通路が川の上へ続いていた。
両側には街が広がり、イースト川を船が行き交っている。
石の塔が近づいたところで、俺は足を止めた。
「ここ、見たことあるぞ」
「来たことあるの?」
「いえ。大阪のダン博で見ました」
「あそこにブルックリン橋の展示なんてあった?」
「米国館にあったグランドドラゴンの骨です。1970年代のブルックリン橋事件で出た個体だって、プレートに書いてありました」
「橋じゃなくて、ドラゴンの骨から思い出したんだ……」
「先に見たのがそっちなので」
当時、この橋を中心にオープンワールド型ダンジョンが発生し、周辺の街までダンジョン領域へ取り込まれた。
グランドドラゴンが現れたのも、その最中だったという。
探索者研修で見た映像の橋は封鎖され、辺りにはダンジョンの光が漂っていた。
しかし、今は違う。
復旧工事はずいぶん前に終わり、橋は事件以前に近い姿へ戻されている。
木の通路を観光客が歩き、自転車用の道には途切れることなく人が通っていた。
「人間は、壊されたものを同じ形に戻したのじゃな」
ミルは石の塔を見上げ、そこから川の両岸へ続く街を眺めた。
「全部を新しくすることもできたはずじゃ。それでも、この姿を残したかったのか」
「この橋が好きな人が多かったんだと思います」
塔をくぐった先で、桐野が足を止めた。
「ここなら、橋も街も入る。写真撮ろう」
「今度は全員ですか?」
「もちろん」
警護担当の1人に撮影を頼み、俺たちは通路の片側へ集まった。
シオは専用スマホへ文字を打ち、頭上へ掲げる。
『ぶるっくりん!』
ミルはもう赤い葉を頭から下ろしていたが、シオの黄色い葉はまだ殻に残っている。
桐野は俺の隣へ立ち、シオとミルを間に入れるように少し前へ押し出した。
撮れた写真の背後には、復旧した石の塔とケーブルが伸びている。
ダン博で見たのは、ここから回収されたグランドドラゴンの骨だ。
同じ場所で、今度は俺たちの写真が1枚増えた。
◇
橋を渡ったあとは、ブルックリン側のダンボ地区へ向かった。
赤煉瓦の建物の間に石畳が続き、通りの先ではマンハッタン橋が建物に挟まれて見える。
そこから川沿いへ出ると、ブルックリン橋の下にガラス張りの建物があった。
中では、色鮮やかな木馬が音楽に合わせて回っている。
《ジェーンズ・カルーセル》
100年以上前に造られた回転木馬らしい。
「ブルックリン橋事件の時、この辺りもダンジョンに飲み込まれたんだけど、カルーセルはほとんど被害を受けなかったんだって」
桐野は、ガラスの向こうで回る木馬を見ながら続けた。
「事件のあと、災厄が来ないように祈ってから乗る人が増えたみたい」
「じゃあ、真壁さんは災厄を払っておいた方がいいね」
桐野がスマホをしまい、俺を見た。
「どうして俺だけなんですか」
「それは、やっておいた方がいいと思いますよー」
名取まで、すぐに桐野へ加わった。
「真壁さんと一緒にいると、警護の予定が普通に終わったためしがないので」
「俺が起こしたわけじゃないですよね?」
「祈るだけで済むなら、念入りにやっておけ」
ミルにも勧められた。
シオは専用スマホを俺へ見せる。
『ねんいりに』
全員から言われると、断る方が難しい。
俺はガラス越しに回るカルーセルへ向かい、胸の前で手を合わせた。
明日からも、何も起きませんように。
隣では、シオが2本の触手をぴたりと合わせている。
ミルも目を閉じ、桐野と名取まで同じように祈り始めた。
「俺だけじゃなかったんですか?」
「一応ね」
祈りを終えると、シオはガラスの向こうで回る白い木馬へ触手を伸ばした。
『のる』
支援チームの女性が係員と話し、シオとミルも馬車なら一緒に乗ってよいことになった。
「わしまで乗るのか?」
『ミルも』
「一度だけじゃぞ」
白い二匹が馬車の前側へ座り、俺と桐野がその後ろへ乗る。
名取は外に残り、スマホのカメラをこちらへ向けていた。
音楽が始まると、馬車がゆっくり動き出す。
ガラス越しにブルックリン橋が現れ、木馬に隠れ、1周するとまた戻ってきた。
シオは橋が見えるたびに触手を上げ、ミルも途中から尾を高く振るようになった。
「ミル、楽しんでるよね?」
「せっかく乗ったのじゃ。楽しまねば損じゃろ」
「さっきまで嫌そうだったのに」
桐野が笑い、シオとミルの間から見える橋を撮った。
外では名取も、馬車が前を通るたびにシャッターを切っている。
カルーセルを降りたところで、支援チームの女性に連絡が入った。
「クロフォード局長たちも、ニューヨークへ到着したそうです。明日の朝は、予定どおりホテルを出発します」
「分かりました」
「災厄も払ったし、今度こそ予定どおり終わりそうね」
桐野の言葉を聞いたシオが、専用スマホへ新しい文字を打つ。
『やくばらい かんりょう』
明日は、伝説の探索者が残したコンパスの鑑定だ。
俺はもう一度、まだ回っているカルーセルへ向かって手を合わせた。
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