天空樹の帰還②
「これで補給できますね」
俺が言うと、桐野がこちらを向いた。
「……感想、それ?」
「いや、つながらなかったら、どうしようかと思ってたんだよ。この大きさだし」
手持ちの魔石でどうにかなる相手には見えない。
登録された補給先が使えて、本当によかった。
『《センター》が、実際に動いている……』
ヘルガは、球体から根へ伸びる光を見つめていた。
『これほどのものへ補給する施設だったのですね』
「まだ残量は低いですけど、回復は始まってます」
「わしらは、あの球が何なのかも分からんかった」
玄斎が呟いた。
「お前さんは、使うところまで行ってしまいおったな」
玄斎にそう言われて、ほかの鑑定士たちも俺を見ていることに気づいた。
褒められているのは分かるが、こんなに注目されると何と返せばいいのか困る。
俺が返事を探していると、足元のミルが顔を上げた。
「うむ。よく戻してくれた」
「あ、はい」
助かった。
ミルに頷くと、桐野が口元を押さえて外を向いた。
根を伝う光はまだ続いている。
ひとまず補給を待てばよさそうだと、俺はナバホの大地へ目を戻した。
赤い地面には、この木の大きな影ができていた。
あの影の中にいたら、何だと思って上を見るだろう。
そこまで考えて、俺は隣の桐野に声をかけた。
「あの、これって」
「何?」
「下からも、丸見えだよな?」
桐野は俺の顔を見て、それから頭上の巨大な枝へ目を向けた。
「この大きさの木が空に浮いてるのよ。見落とす方が難しいでしょ」
そうだよな。
俺だって、前に《センター》を見に来た時、頭の上にこんなものが現れたら絶対に撮る。
しかも今日は、世界鑑定学会の最終日だ。
俺は枝の向こうに広がる青空を、もう一度見上げた。
どうやら、補給が終わるまでのんびり待つだけでは済まなさそうだった。
◇
ナバホダンジョンの周辺では、アメリカダンジョン省(US-DDA)所属の探索者たちが、岩場に身を隠して警備を続けていた。
その1人が、足元の変化に気づいた。
日差しを受けていた赤い地面が、突然、影に覆われた。
雲が出たのかと顔を上げ、空を見た。
巨大な木が浮かんでいた。
枝葉が頭上へ広がり、幹の下から太い根が垂れ下がっている。
根の先は地面に届いていない。
さっきまで何もなかった空に、それがある。
「おい、上を見ろ!」
近くの仲間へ叫び、探索者は無線機をつかんだ。
呼びかける声に驚いた仲間も、空を見た途端に岩場から身を乗り出した。
「本部、緊急報告! ダンジョンの中心方向に巨大な物体が出現! 樹木のように見えます。根ごと空中に浮いています!」
報告している間にも、別の警戒地点から通信が入った。
同じものを目撃した探索者たちの声が重なり、本部からは同時に話さないよう指示が飛ぶ。
門前の米軍部隊でも兵士たちが空を見上げ、仲間を呼ぶ声が上がっていた。
探索者は無線機を握ったまま、巨木から目を離せなかった。
あれほどのものが現れたのに、地面は揺れていない。
落ちてくる様子もなく、巨大な根が空中に垂れたままだった。
報告は現地の警備本部から米軍側にも共有され、星門館の運営へ急報が送られた。
◇
その頃、星門館の大講堂では、真壁の鑑定位を巡る議論が続いていた。
「1層より深くまで読んだ以上、従来の最高位より上として扱うべきでしょう」
白髪の鑑定士が言うと、向かいの鑑定士が首を振った。
「では、何位と記載するのですか。球儀が残したのは、算定不能という正式記録ですよ」
英語で意見を交わす2人の前で、連盟の運営担当者は返答に困っていた。
順位式は終わったが、真壁の結果をどう扱うかは決まっていない。
全層を読破した記録も、創始者の刻文も、遺物による継承者認証も、その場にいた者たちが見ている。
それらを認めた上で、今までの制度へどう収めるかという話だった。
「その判断は、改めて協議することになります。本日は記録どおりの結果を――」
運営担当者の言葉を、駆け寄ってきた連盟職員が遮った。
「外部警備の米軍から連絡です。ナバホダンジョンの中心方向に、巨大な樹木のようなものが現れたそうです。空中に出現し、そのまま浮いていると」
鑑定士たちも口を閉じ、職員の話を聞いた。
運営担当者は、今聞いた言葉をどう受け取ればいいのか迷った。
「地面に生えたのではなく、根ごと宙に浮いているという意味ですか?」
「はい。現地の部隊が確認しています。現在は出現した場所にとどまっているそうです」
近くの席で話していた参加者が立ち上がった。
ほかの者へ何があったのか尋ねる声が広がり、運営担当者の周りにも人が集まり始める。
「私は外へ確認に行きます」
運営担当者が告げると、白髪の鑑定士も続いた。
「私も行きましょう。樹木が空に浮くというのは、どういう状態なのか」
大講堂を出る時には、後ろへ続く人が増えていた。
外で何かが起きたという話が、途中の廊下や庭園にいた参加者にも伝わっていく。
職員へ事情を尋ねる者もいれば、先に向かった知人を追う者もいた。
庭園の上には、普段どおりの空が広がっている。
だが、これは星門館の内側にある空だ。
現実のナバホで何が起きても、ここからは見えない。
運営担当者は門までの道を急いだ。
門を抜けると、乾いた風が顔に当たった。
外部警備に就いていた兵士たちが、赤い荒野の先を見上げている。
運営担当者もそちらを向き、足を止めた。
木が、空に浮いていた。
幹から四方へ伸びた枝が、岩山の上まで広がっている。
枝葉の下には太い根がいくつも垂れ、その先と地面の間には、はっきりと空間があった。
あれだけの重さを支えるものが、下に何もない。
それでも巨木は傾かず、青空の中にとどまっていた。
報告を聞いた時、運営担当者が思い浮かべたのは、先ほど通った庭園にあるような木だった。
今見えているものは、遠くの岩山と並べてようやく大きさを考えられる。
これを見てから大講堂へ戻り、先ほどの議論を続ける気にはなれなかった。
「どこに現れたと……」
後ろから来た白髪の鑑定士も、途中で話すのをやめた。
門から数歩進んだところで立ち止まり、根の下に広がる赤い大地を見ている。
「浮いている。あれが全部……」
続いて門を出た参加者たちも、兵士たちが見上げている先へ目を向けた。
岩山の上に広がる枝葉と、宙に垂れ下がる巨大な根を目にして、あちこちで驚きの声が上がる。
後から出てきた人々も巨木に気づいて足を止め、門前は次第に混み合っていった。
「門の前を空けてください。こちらからも見えます」
兵士の案内を受け、運営担当者たちは警備区画の中で場所を譲った。
見上げているうちに、枝先が風を受けて揺れた。
運営担当者はつられて身構えたが、幹の位置は変わらない。
根を地面に張っていないものが、どうやってあの姿勢を保っているのか。
「あれは、生きた木なのか。それとも、木の形をした魔道具なのか」
白髪の鑑定士が言った。
運営担当者には、どちらとも答えられなかった。
目の前に現れたものを何と呼べばいいのかさえ、まだ分からない。
「真壁遼氏にも、見てもらえませんか」
白髪の鑑定士の提案に、運営担当者は大講堂での測定を思い出した。
誰も到達したことのない0層まで読み、隠されていた遺物を現した鑑定士だ。
この正体を確かめたい時に、頼みたい相手は確かにその人物だった。
「真壁氏は、ヴェイン氏たちと館の奥へ向かわれています」
「では、知らせてください。あの方なら、何か読めるかもしれない」
運営担当者は、外まで一緒に来た連盟職員を呼んだ。
「日本側へ連絡してください。真壁氏が今どちらにいるか、確認をお願いします」
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