エリアスの家(後編)
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対象:《天空樹》
分類:移動型高位生命体/浮遊樹
希少度:SSS
契約主:エリアス・ヴェイン
契約状態:終了/死別
状態:長期休眠/エネルギー残量低下
現在地:次元間退避領域《天空樹の間》
原座標:ナバホダンジョン中心領域
主機能:長距離飛行/内部居住空間維持
退避機能:《異界退避》継続中
登録補給先:ナバホ補給基点
補給接続:切断/待機
継承状態:正統継承者認証済み
正統継承者:真壁 遼
起動状態:停止
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最初の2行を読み直す。
「……あ、この木、生き物みたいです」
名取の靴が床をこすり、後ろにいた鑑定士の何人かも片足を上げかけた。
「この木そのものが?」
桐野が聞いてくる。
「はい。名前は《天空樹》。移動型高位生命体で、浮遊樹って出てます」
「ちょっと待って。浮遊って、まさか……」
「空も飛べるみたいですよ」
俺が説明し終えると、海外側の鑑定士たちからも声が上がった。
エリオットとヘルガは床や壁を見直し、何人かの鑑定士はもう一度鑑定を試している。
それでも、《天空樹》という名前を口にする者はいなかった。
「つまり、空を飛ぶ木の中に家があるってこと?」
「鑑定結果では、そうなってます」
「家ごと飛ぶの……?」
名取が天井を見上げる。
左肩にいるシオが専用スマホを取り出した。
触手の先で文字を打ち、画面をこちらへ向ける。
『そら とぶ?』
「飛ぶみたいだぞ」
俺が答えると、シオはスマホを下ろし、足元を見た。
その中で、玄斎だけは《天空樹》という名前を聞いてから動いていなかった。
やがて、自分の胸元にある学会の参加証を手に取る。
そこには、一本の木とレンズを組み合わせた、世界鑑定士連盟の紋章が入っていた。
「まさか……この木か」
その参加証を、俺たちへ向ける。
「世界鑑定士連盟の紋章に刻まれておる、一本の木じゃ」
宗一郎と澪が参加証を確かめ、エリオットたちも自分の胸元へ手を伸ばした。
百年以上、世界中の鑑定士が使ってきた紋章。
その木が、今も生きて俺たちの足元にいる。
「それと、もう一つあります」
俺は鑑定表示の下側を見た。
「《天空樹》は、俺を正統継承者として認証してるみたいです」
日本側から先に声が上がる。
「やっぱり真壁さんだったんですね!」
名取が真っ先に喜ぶ。
「レンズも入口も、今度はこの木までか……」
桐野は足元の床を見た。
「エリアス・ヴェインが遺したものが、すべて真壁へつながっておるということか」
そう言って、参加証を握り直した。
エリオットは、先ほどまで触れていた椅子へ目を戻した。
曾祖父の家であり、ヴェイン家へ残されたレンズが導いた場所でもある。
それでも、《天空樹》が認証した名前は俺だった。
エリオットが英語で話す。
『《導きのレンズ》が真壁氏を選び、外門も真壁氏にしか開けられなかった。ここで別の名が出る方が、不自然だったのでしょう』
エリオットの表情は変わらなかった。
俺が何か答えるより先に、ミルが鼻を鳴らす。
「当然じゃ。そうでなければ、わしがここまで通しておらん」
ミルも《天空樹》も、俺がここへ入った時点で答えを出していた。
「ナバホ補給基点……」
その名前を口にした瞬間、赤土の中央に浮いていた黒い球体が頭に浮かぶ。
俺が配信中に鑑定した時、《センター》は未成立のダンジョン核ではなく、大型移動型ダンジョン由来生命体へエネルギーを供給する施設と出ていた。
あの時点では休止中で、供給対象とはつながっていない。
「もしかして、あの《センター》が待ってたのって、この木だったんですか?」
ミルが満足そうに頷く。
「ようやくそこまでつながったか。そうじゃ。《センター》は、この者へ力を戻すために、エリアスが設けた場所じゃ」
支援チームと特命チームの人たちも、あの時の配信記録を確認していた。
「でも、《センター》は供給対象未接続になってましたよね」
「この者が異界へ退避した時に、送り先を見失ったからの」
そこで、《センター》に表示されていた別の項目を思い出す。
供給源は、周辺異界領域に蓄積した魔力だった。
ナバホダンジョンの中には、魔物もダンジョン資源もない。
世界で唯一、魔物が出ないダンジョンと呼ばれている。
「じゃあ、ナバホダンジョンに魔物が出ないのって、《センター》が周りの魔力をずっと集めてたからですか?」
「そのとおりじゃ」
「供給先がいなくても、集める方だけは止まってなかった?」
「うむ。魔物や資源を形作るほどの力が、あの地には残らん。《センター》へ集められたまま、使われずに溜まり続けておる」
ミルの説明が全員へ届くと、海外側から出ていた声が止まっていく。
世界で唯一、魔物が出ないダンジョン。
異界領域だけを残して死んだダンジョン。
ナバホの奇跡。
そう呼ばれていた場所は、《天空樹》へ力を送るための設備が、百年以上も動き続けていた場所だった。
「百年余り、誰もダンジョンの成り立ちを見抜けなんだということか……」
玄斎が、参加証を握ったまま呟いた。
ヘルガが英語で尋ねた。
『《センター》に蓄積した魔力は、今も《天空樹》へ供給できるのですか?』
「つなぎ直せばよい。そのために、この男を待っておった」
ミルが俺を示す。
鑑定表示では、《天空樹》の状態は長期休眠で、エネルギー残量も低下している。
「でも、どうやって《センター》まで運ぶんですか?」
俺は足元から、壁と天井へ目を移した。
外から見た幹は、建物よりも大きい。
空を飛べるとしても、この隔離された場所からどうやって出るのか分からなかった。
名取も同じところが気になったらしい。
「《天空樹》をここから出して、ナバホダンジョンまで飛ばすということですか?」
ミルは、不思議そうに名取を見た。
「何を言っておる。ここは、とうにナバホじゃぞ」
今度は、全員がミルの言葉を受け取ったまま動かなかった。
「でも、ここって《天空樹の間》でしょ? 私たちは星門館の奥にあった壁から入ってきたんだけど」
桐野が周囲を見回す。
「《天空樹の間》は、ナバホダンジョンの中心から、この者ごと次元の狭間へ退避させた領域じゃ」
ミルは前脚で床を軽く叩いた。
「星門館の外門は、ここへ入るための道にすぎん。この者の《異界退避》を解けば、飛んで向かう必要などない」
俺は鑑定表示の原座標を見た。
ナバホダンジョン中心領域。
どこまでを「中心領域」と呼んでいるのかまでは、表示から読み取れない。
「元の場所って、どこですか?」
ミルは前脚を床へ置いたまま、俺を見上げる。
「おぬしらが《センター》と呼んでおる、ナバホダンジョンのど真ん中じゃ」
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