白いタヌキ
カクヨムのほうでサポーター専用SS【伝説の探索者エリアス外伝】 魔道具に魅せられた日 が公開されています!
この話は伝説の探索者、エリアス・ヴェインが探索者にどうしてなろうとしたのか、そして鑑定士として名を馳せてからの日常を描いた外伝となります。この外伝は本編ストーリーの進行具合で更新していく予定です。
探索者とはなにか、鑑定士とはなにか、そしてこの世界にダンジョンがなぜあるのか、そういった本編では描かれない謎を追い求める、そんな話を予定しています。
※カクヨムの方ではストーリー進行が遅いですが、専用エピソードを近況ノートの方に掲載していますので、興味ありましたら是非のぞいてみてください(サポーターズパスポート加入などが必要になります)
星門館の庭園の奥にある古い回廊は、真壁たちが通過したあと、元の静けさを取り戻していた。
行き止まりでは、《天空樹の間》へ通じていた石壁が、再び通路を塞いでいる。
人が通れるほどの長方形は跡形もなく消え、どこから見ても周囲と変わらない石壁に戻っていた。
その石壁へ、1人の人影が近づく。
人影は回廊の前後をうかがうと、石壁の中央へ手を伸ばした。
指先が石へ触れる寸前、乾いた音が鳴った。
見えない力に弾かれ、伸ばしていた手が跳ね上がる。
人影は1歩下がったが、すぐに石壁へ近づいた。
今度は触れず、石壁の表面を上から下まで調べていく。
唇がわずかに動き、何かを唱えるような声が途切れ途切れに聞こえた。
数字らしき音が混じったものの、何を口にしているのかは聞き取れない。
やがて、離れた通路から複数の足音が近づいてきた。
人影はすぐに壁を離れ、足音が角を曲がるより先に脇の通路へ消える。
あとに残ったのは、何の変哲もない石壁だけだった。
◇
「ようやく現れたか。エリアスの意志を継ぐ者よ」
白い生き物の言葉に、誰もすぐには反応できなかった。
子狸くらいの大きさで、全身は真っ白。
丸みのある体の後ろで、ふさふさした尾が揺れている。
見た目だけなら、山から迷い込んだ動物にしか見えない。
けれど、その生き物は俺を見上げ、確かに人の言葉を使った。
「最近のタヌキは喋るのか……」
「喋らないっつーの!」
静まり返っていた空間へ、桐野の声が響く。
その隣では、名取が両手を胸元へ寄せていた。
「ななな、この生き物は……か、かわいい!!」
「その反応も違うでしょ」
名取は巨大な木の周囲を警戒したままだったが、白い生き物を見る目だけは明らかに輝いていた。
「わしはタヌキではないわい。れっきとした名がある。ミルじゃ。エリアスからもらった、立派な名じゃぞ」
口が動いたようには見えない。
それでも声は、耳よりも頭の内側へはっきり届いた。
「ミル?」
エリオットが息をのみ、英語で尋ねた。
その言葉が同行通訳を介して日本語になる。
『エリアス――私の曾祖父から、その名を?』
「そうじゃ。エリアスがつけた名じゃ」
ミルが小さな胸を張る。
そこで、桐野が不思議そうに眉を寄せた。
「……あれ? このタヌキ、日本語で喋ってるのに、なんでエリオットさんにも分かるの?」
「じゃから、タヌキではないと言うておるじゃろう!」
ミルの抗議は、通訳を待たずに全員へ届いた。
桐野の質問は、少し遅れて同行通訳が英語へ訳す。
桐野の問いを知ったエリオットが目を見開き、返した英語が再び日本語へ置き換えられた。
『え? 私には英語に聞こえましたが……』
ドイツ側からも声が上がった。
同行通訳を介して伝わった話では、向こうにはドイツ語として聞こえていたらしい。
「ほっほっほ。これは思念波じゃからな。わしは口で喋っておらん。思念を直接届けておるから、おぬしらにはそれぞれ自分の言葉として聞こえるのじゃ」
思念波なら、俺にも覚えがある。
普段、シオの声が俺にだけ届く時と似ている。
ただ、ミルの思念は、この場にいる全員へ同時に届いているらしい。
「え? じゃあ、もしかしてミルは――」
「おぬし、みだりに鑑定をかけるでない。それから、後ろの連中もじゃ」
ミルの目が、俺から後方の鑑定士たちへ移る。
「この男は耐えられるようじゃが、おぬしらは違う。その力量でわしの奥まで覗けば、最悪、死ぬぞ?」
澪の靴が床をこすり、半歩下がった。
「全員、止めよ」
御厨のお爺ちゃんの命令に、宗一郎と澪が鑑定を切る。
エリオットもミルへ向けていた意識を外し、ヘルガは背後の鑑定士たちへ中止を指示した。
失敗して何も見えないのではなく、鑑定した側が死ぬ可能性があるらしい。
なんて怖いタヌキなんだ…。
俺は、視界に残っている表示へ目を戻した。
正確には、ミルが最初に喋った時点で、俺の鑑定はもう通っていた。
――――――――――――――――――――
種別:******/個体名:ミル
希少度:SSS
格:超高位生命体
契約主:エリアス・ヴェイン
契約状態:終了/死別
関係位階:《魂契盟友》
状態:長期待機/生命力低下
危険度:敵対意思なし
現在価値:算定不能
出身:******
読解状態:解読不能
意思疎通:広域思念伝達
対鑑定反応:一定深度を越えた鑑定に対し、鑑定者の精神・魂魄へ致命的な反動を返す
備考:魂を介した盟約によってエリアス・ヴェインと結ばれ、その生涯にわたり、世界各地の探索へ同行した
――――――――――――――――――――
最初に目を引いたのは、超高位生命体という格だった。
シオの高位生命体よりも、さらに上にあたる。
種別は読めず、出身欄も見たことのない文字と黒く潰れた部分しかない。
それでも、エリアス・ヴェインと《魂契盟友》という関係で結ばれ、その死まで行動を共にしていたことは読み取れた。
そして対鑑定反応には、ミルがさっき警告した内容が、そのまま表示されている。
「真壁さん、また先に鑑定しちゃってたんですね……」
名取が俺の顔を見ていた。
「いや、あれ見たら普通するでしょ?」
ミルが俺の前に浮かぶ表示を見透かすように、目を細めた。
「そこに出たことは口外無用じゃ。分かるな?」
読めない出身欄を、もう1度見直す。
「分かりました」
俺が頷くと、ミルは鼻を鳴らし、巨大な木へ体を向けた。
「百年余り、ここで待った。だが今日まで、誰1人として現れなんだ」
さっきまでの勢いが消え、白い尾がゆっくり下がる。
「あとどれほど待つのか。この身が先に尽きるのではないか。近頃は、そればかり考えておった」
鑑定結果にあった、生命力低下という文字を思い出す。
見た目からは分からないが、ミルの体には百年以上の時間が積み重なっている。
「まあ、エリアスの言ったとおりになったから、一安心じゃ。適当なこともよく言う男じゃったから、本当に現れるのか不安じゃったがな」
「百年以上……?」
澪が漏らした声に、宗一郎が続く。
「では、この個体はエリアス・ヴェインの時代を知る、生き証人ということか」
ドイツ側の鑑定士も何かを口にした。
同行通訳が、その内容を日本語へ変える。
『ダンジョン由来の生物なのでしょうが、あれほど明確に意思疎通できる個体など……』
言葉が途中で止まった。
その場にいた人たちの視線が、一斉に俺の左肩へ集まる。
シオは集まった視線を受け、専用スマホを取り出した。
触手の先で文字を打ち、画面を全員へ向ける。
『にんきもの?』
「そうですね! シオちゃんは人気者です!」
名取だけが迷わず答えた。
桐野は何も言わなかったが、今はそういう話ではないという顔をしている。
ミルはシオをしばらく見つめた。
シオもスマホを下ろし、肩の上からミルを見ている。
「ふむ。おぬしは、まだ目覚めて間もない個体か。それにしては、育ちが早すぎる気もするが……」
「シオのこと、分かるんですか?」
ミルは俺の質問には答えず、巨大な木へ歩き始めた。
「まあ、よい。立ち話もなんじゃ。とりあえず中へ入れ」
「中に入る?」
見上げても、巨大な木の枝先は見えない。
どこにも建物らしいものはなかった。
「そうじゃ。ついてこい」
ミルは太い根を回り込み、そのまま先へ進んでいく。
名取が周囲へ注意を配りながら後を追い、特命チームも隊列を組み直した。
巨大な根の反対側には、白い階段があった。
石なのか木なのか分からない段が、幹の表面を巻くように上へ続いている。
入口らしい黒い長方形は、幹の低い位置に見えていた。
ただし、それは巨大な木を基準にした低さだ。
人間が登る階段として見ると、十分に長い。
「え? これ、登るんですか?」
「うむ。少し上に入口がある。さっさとついてこい」
ミルは軽い足取りで階段を上っていった。
俺たちも、その後へ続く。
最初のうちは、普通の階段と変わらなかった。
けれど、何十段進んでも入口は思ったほど近づいてこない。
前を行く人たちは、ほとんど歩調を変えずに上っている。
御厨のお爺ちゃんまで平然としていた。
そして俺だけが、少しずつ遅れていく。
「ちょっと休憩しません?」
「入口、もう見えてるでしょ。あと少しだから」
数段先から返ってきた桐野の声に、足を止めようとした俺は動き続けるしかなかった。
「さっきから、ずっと見えてるんですけど……」
誰も止まらない。
さらに階段を上ると、足が急に重くなった。
「いや、これ以上は無理です……」
「真壁さん、今度レベル上げに行きましょうか!」
少し上を歩く名取が、明るい声で提案してくる。
「それ、絶対きついですよね?」
「大丈夫です! 最初は軽めにしますから!」
名取の軽めが、俺の軽めと同じだとは思えない。
左肩のシオが、触手を1本だけ前へ伸ばした。
「シオ、今は応援より運んでほしいんだけど」
『がんばれ』
俺だけに思念を返し、シオは触手を引っ込めた。
結局、俺は幹へ手をつきながら、残った階段を1段ずつ上った。
踊り場へ着いた時には、ほかの人たちは木の扉の前に集まっている。
名取も先に踊り場へ着き、木の扉の前を警戒していた。
最後の1段を上った俺を見て、ミルが呆れたように尾を揺らす。
「おぬし、本当にエリアスの後継か?」
息を整えながら、俺は答えた。
「たぶん違うんじゃないかな」
人違いなら、急に大きな話へ巻き込まれずに済む。
「ここへ入れたことが何よりの証じゃ。残念じゃったな」
「そうですか……」
エリオットの唇がわずかに動いたが、声にはならなかった。
視線は俺から木の扉へ移り、そこで止まる。
ミルはエリオットへ何も言わず、前脚を扉へ触れた。
継ぎ目に沿って淡い光が走り、木の扉が内側へ開く。
その先にあったのは、遺跡らしい石室ではなかった。
外から想像していたよりも、ずっと広い。
入口から同じ床が続き、靴を脱ぐための段差や区切りもない。
名取が最初に踏み込み、異常がないと合図する。
俺たちも、靴のまま中へ入った。
正面には、何人も座れそうな長いテーブルと椅子がある。
壁際には棚が並び、その奥には調理台らしい設備まで見えた。
誰かが暮らしていた部屋にしか見えない。
「なんだ、ここ……」
「木の中に部屋があるのか?」
「向こうには調理場まであるぞ」
御厨家も海外の鑑定士たちも、生活の跡が残る室内を見回していた。
「誰か、ここで暮らしてたんですか?」
ミルが、何を当たり前のことを聞くのかという顔で俺を見る。
「そりゃ当然じゃろ」
部屋の奥へ歩きながら、ミルは告げた。
「ここは、エリアスの家なのじゃから」
読んでいただきありがとうございます。
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