閉ざされた石壁
「この場所に心当たりがあります。星門館の古い回廊です。今から行きましょう」
会場通訳がエリオットの言葉を日本語にした直後、俺は手元の《導きのレンズ》を見た。
さっきまで2枚だったものが、今は細い軸でつながったまま俺の手に収まっている。
「え、今からですか?」
『はい。ここから歩いて行ける場所です。確認するなら、今しかありません』
通訳を待っている間にも、エリオットはレンズに映った石壁から目を離さなかった。
順位式はすでに全員の測定を終えている。
残っているのは、開いたままの《千殻真球儀》と、正統継承者として大型表示盤へ出された俺についての対応のようだった。
「でもこれ、エリオットさんから借りた方も一緒になってますけど」
俺が確認すると、エリオットは少しだけ返事を遅らせた。
『所有について話す前に、祖先の遺産が何を示したのか確かめたいのです』
まあ、持ち逃げするつもりはないし、そもそもここからは俺だけで行ける話でもない。
星門館の担当者が、古い回廊への立ち入りを関係者に限って許可した。
日本からは御厨家の3人に桐野、名取、シオ、支援チームと特命チームが加わり、ドイツもヘルガを含む他国の高名な鑑定士と随行員が全員移動することになった。
ほかの国には、連盟運営が大講堂で事情を説明するらしい。
俺は《導きのレンズ》を持ったまま測定台を降りた。
日本区画の近くに来るとシオが左肩へ乗り、名取と桐野がすぐ近くへつく。
大講堂を出ても、《導きのレンズ》には先ほどの石壁が映り続けていた。
頭上には疑似太陽が昇り、午前の日差しが白い石畳と庭園を明るく照らしている。
俺たちが建物の間を抜け、いくつ道を曲がっても、レンズの中の像は動かない。
壁の継ぎ目の一部だけが一定間隔で白く明滅し、そこが目指す場所だと示しているようだった。
迎賓区画から離れるにつれ、石畳の道は次第に狭くなる。
一般の参加者に向けた案内表示も見当たらなくなり、やがて庭園の奥に、周囲の建物よりも古い石造りの通路が現れた。
古い回廊へ入ったところで、エリオットが歩く速度を落とした。
『ヴェイン家には、ナバホという地名と、星門館の古い見取り図が残されています』
通訳された話では、その図面は通路の途中で不自然に途切れ、先が空白になっているという。
俺がナバホダンジョンのセンターからエリアスの名前を見つけた日、エリオットは家伝の記録を頼りに、この回廊まで来ていたらしい。
『あの時、導鏡を石壁へ近づけると、初めて光が走りました。しかし、何度試してもそれ以上の変化はなく、壁の向こうも開け方も分かりませんでした』
エリオットの説明が終わると、ヘルガが足を止めた。
ヘルガがエリオットへ英語で問いかけ、その内容が少し遅れて日本語になる。
『では、あの日ここへ来たのは、センターからエリアス・ヴェインの名が出たことと関係していたのですね』
ヘルガの問いに、エリオットは今度はすぐ答えた。
『はい。あの時、私はあなたに嘘をつきました』
ヴェイン家の記録だけでは、連盟創始者の遺産に関するものだと証明できなかった。
中途半端な状態で公開すれば、ヴェイン家が創始者の遺産を私物化していたと疑われる。
エリオットは、それを恐れて黙っていたと認めた。
『その責任については、後で聞きます。まずは、その壁を見せてください』
ヘルガが話を切り、エリオットもそれ以上は弁明しなかった。
さらに奥へ進んだところで、先頭の2人が立ち止まる。
行き止まりにあったのは、レンズがずっと映していたものと同じ石壁だった。
扉も取っ手もなく、文字や開閉装置らしいものも見当たらない。
「ここで合ってるんですよね?」
『間違いありません』
俺がレンズを持ったまま石壁へ近づく。
あと数歩というところで、2枚の銀色の縁が同時に白く光った。
「ん?」
石壁の上側に、白い横線が浮かんだ。
両端から光が真っすぐ床へ向かって伸び、最後に下側の線がつながる。
何もなかった壁へ、人が通れるほどの長方形が描かれていた。
「これ、レンズの中で光ってた場所ですよね」
エリオットは、以前は細い光が導鏡へ走っただけで、壁には何も現れなかったと答えた。
完成したレンズか、俺が近づいたことのどちらかが引き金になったらしい。
ただ、長方形の中は周囲と同じ石のままだった。
光っているのは外周だけで、押せそうな場所もない。
俺も鑑定してみようかと思ったところで、エリオットが俺より先に石壁へ歩み寄る。
俺は進路を空け、《導きのレンズ》を持ったまま後ろへ下がった。
エリオットは、以前に導鏡を近づけた位置へ触れた。
上辺から左右の縁、壁と床の境目まで手で確かめても、白い線は変わらない。
次にヘルガが石壁の前へ出た。
封印文字や魔力の入力場所を探し、ドイツ側の鑑定士も光る線へ鑑定を通す。
星門館に使われている石材と壁の厚さは読めても、目の前の長方形を扉として示す結果は出なかった。
御厨家の3人も、それぞれの位置から石壁を鑑定した。
澪が発光線と石材の境目を調べ、宗一郎は周囲の壁や床につながる開閉機構を探している。
最後に玄斎が長方形全体へ鑑定を通したが、しばらくして小さく息を吐いた。
「……見えておるのに、扉としては読めん」
玄斎でも無理らしい。
ヘルガが危険な反撃機構は見つからないと説明すると、今度は名取が前へ出た。
光の内側へ両手を当てて押し、左右へ力を掛ける。
それでも石壁は動かず、指を掛けられる隙間すら現れなかった。
「びくともしませんねー。扉っぽく光ってるだけです」
支援チームと特命チームも壁の周囲を確認したが、館内設備として使える操作盤はない。
エリアスの子孫が触れても、世界上位の鑑定士が調べても、S級探索者が押しても開かなかった。
名取が石壁から手を離し、こちらへ振り返った。
「あのー、こういう時こそ真壁さんの鑑定でしょ!」
「分かりました。じゃあ、調べてみます」
俺は光る長方形の前へ戻った。
石壁だけなら、ただの行き止まりにしか見えない。
だが、壁へ白い線が出たのは、完成した《導きのレンズ》を持って近づいてからだ。
レンズの中にも同じ形が映っている。
なら、壁と光とレンズを別々に見る必要はない。
開きそうな入口と、そのために用意された道具をまとめて鑑定する。
――――――――――――――――――――
対象:《天空樹の間》外門
分類:星門館・秘匿接続設備
状態:閉鎖/開放待機
開放条件:《導きのレンズ》の正統継承者による操作
現在認証:真壁 遼
開放方法:《導きのレンズ》を展開し、2枚に映る外門の輪郭を現実の発光線へ重ねる
接続先:《天空樹の間》
――――――――――――――――――――
鑑定は弾かれなかった。
開け方まで、最初から普通に表示されている。
「普通に鑑定できましたけど」
「やっぱり!」
名取はうれしそうだが、周囲の反応はまったく違った。
「私は、星門館の壁としか出なかったんだけど」
「こちらも同じだ。開放手順まで読めたのか?」
澪と宗一郎が尋ねる間も、玄斎は石壁から離れたまま、俺の手にあるレンズへ注意を向けていた。
「真壁。その壁は、なんと出た」
公的な調査中だからか、玄斎は俺を小僧とは呼ばなかった。
「ここ、《天空樹の間》っていう場所の入口みたいです」
俺の説明も同行通訳を介し、《天空樹の間》という名称がエリオットたちへ伝わる。
通訳が訳し終えても、エリオットもヘルガもすぐには口を開かなかった。
「それと、開けられるのは《導きのレンズ》の正統継承者だけって出てます。現在認証は、俺の名前です」
通訳が言葉を置き換えると、ドイツ側の鑑定士から、それは先ほど大型表示盤へ出た認証と同じ名前なのかと声が上がった。
ヘルガは、自分たちには石壁としか読めなかった対象が、真壁にだけ正式名称と開放条件を示したのだと説明する。
エリオットは、俺へ預けた導鏡が組み込まれたレンズを見ていた。
『ヴェイン家に記録は残され、私もこの壁までは辿り着いた。ですが、この外門が待っていたのは、エリアスの子孫ではなかったのですね……』
通訳されたエリオットの声は、大講堂にいた時よりも小さかった。
そのまま少し黙ったあと、エリオットは壁に残る白い長方形を見た。
『では、この外門は開けられるのですか?』
「開け方も出てます。この2枚に映っている枠を、壁の光へ合わせればいいみたいです」
俺は《導きのレンズ》を軸から開いた。
2枚のガラスには、目の前の石壁と同じ長方形が、少しずつ違う角度で映っている。
支援チームと特命チームが、同行者へ壁から離れるよう伝えた。
御厨家と桐野が下がり、ヘルガたちも発光線を観測できる距離まで退く。
名取だけは俺のすぐ後ろに残り、石壁と回廊の両方へ警戒を向けていた。
左肩のシオも、レンズへ触れずにじっとしている。
「じゃあ、とりあえず俺がやってみますね」
俺は2枚のレンズを少しずつ動かした。
ガラスに映る長方形が近づき、目の前の白い線と重なっていく。
3つの輪郭が完全に一致した瞬間、レンズから伸びた光が石壁へつながった。
上辺を走った光が左右へ分かれ、最後に床近くの下辺を白く染める。
次の瞬間、長方形の光に囲まれた石壁が、音もなく奥へ沈んだ。
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