正統継承者
エリオットの掌には家伝のレンズがあり、その正面では、もう一枚が球儀の中心に残っている。
『二枚で一つ。それは、そろえることで本来の機能を取り戻すという意味でしょうか』
通訳された問いに、俺はもう一度、二枚の形を確かめた。
大きさはほとんど同じで、銀色の枠には互いを避けるような切り欠きがある。
「そのレンズが行き先を見つけて、球儀の中の方が、そこまでの道にするんだと思います」
『では、二枚をどのように合わせれば?』
「そこまでは、まだ」
実際に二枚をそろえてみないと分からない。
そう答えると、アメリカ区画からの質問が、区画通訳を介して中央へ届いた。
『ならば、経路を作る側のレンズは、別の探索器具が持つ方角や導きも受け取れるのでしょうか』
発言者は、US-DDA歴史遺産鑑定室主任鑑定官のサイラス・グレイだった。
まだ動いてもいない道具から、ずいぶん先の使い方まで考えている。
「分かりません。今のところ、組になると分かっているのは、その二枚だけです」
俺の返答が英語へ置き換わると、サイラスはそれ以上の質問を重ねなかった。
続いて、ドイツ区画の通訳を介し、ヘルガの声が大講堂へ届いた。
『ヴェイン卿。その品は、本当にこれまで一度も反応しなかったのですか』
エリオットは、答えるまでにわずかな間を置いた。
『長い間、何も示しませんでした』
『長い間、ですか』
『……今は、二枚を試すことが先でしょう』
エリオットが話を戻し、家伝のレンズを俺へ向けた。
『マカベ氏。どのように試しますか』
「それ、ちょっと見てもいいですか。もう一度、鑑定してみたいんですけど」
エリオットは掌の上のレンズを見た。
古い革紐を指でまとめると、銀色の枠ごと俺へ差し出す。
『鑑定のためにお預けします』
通訳を待ってから、俺は両手で受け取る。
そして鑑定を始めようとした、その瞬間。
曇っていたガラスの中心に、白い光が灯った。
「え?」
光は細い筋では終わらず、ガラスの内側から円いっぱいに広がっていく。
正面で、《千殻真球儀》の中心も白く光った。
主鏡に宿った光が一本の線となり、俺の手元まで伸びてくる。
手にしたレンズからも、同じ光が立ち上がった。
二本の光は俺の掌の上で交差した。
球儀の中心から、主鏡が音もなく浮き上がる。
「え、ちょっと」
主鏡は止まらなかった。
真っすぐ俺の手元へ飛び、導鏡の銀枠へ重なる。
金属同士が澄んだ音を立てた。
二つの銀枠がかみ合い、一本の細い軸が間を貫く。
閉じれば二枚がぴたりと重なる。
開けば、それぞれのレンズを別の角度へ向けられる。
離れていた二枚は、折り畳み式の一つの器具になっていた。
「……壊してないですよね、これ」
エリオットへ確かめても、返事はなかった。
本人も、初めて見るらしい。
代わりに、《千殻真球儀》の外殻へ光が走った。
千の層を外側から順番に駆け抜け、最後の光が中心へ消える。
大型表示盤から、順位表が消えた。
誰かが操作した様子はない。
白くなった画面へ、新しい文字が一行ずつ刻まれていく。
――――――――――――――――――――
《千殻真球儀・遺産継承認証》
対象:《導きのレンズ》
希少度:SSS
統合状態:完全
継承認証:完了
正統継承者:真壁 遼
記録者:エリアス・ヴェイン
――――――――――――――――――――
真壁遼の名が正統継承者として刻まれた途端、大講堂のあちこちから声が上がった。
会場通訳が《正統継承者》の意味を各国語へ置き換えるたび、離れた区画からも新しいどよめきが返ってくる。
ヴェイン家ではなく、初めて球儀を完全解読した日本の鑑定士が選ばれた。
大型表示盤に残る六つの項目は、その事実を誰にも否定できない形で示していた。
正統継承者。
そこに書かれている名前は、何度見ても俺のものだった。
アメリカ区画から、サイラスの発言が再び通訳へ回された。
『これは、ミスター・マカベが申告した鑑定結果ではありません。《千殻真球儀》と遺物自身が、彼を正統な継承者として認証した結果です』
エリオットは大型表示盤を見上げたまま、しばらく動かなかった。
『祖先が待っていたのは、血を継いだ者ではなかった』
その声が震えていることだけは、通訳を待つまでもなく分かった。
『その意志と鑑定を、先へ運べる者だったのですか……』
少し遅れて、エリオットの言葉が日本語へ置き換わった。
そう問われても、俺には答えられない。
「いや、俺、何を継ぐのか聞いてないんですけど」
大型表示盤の文字は変わらなかった。
だがその時、《導きのレンズ》の銀色の縁が白く明滅した。
「今度は何だ?」
折り重なった二枚の中央で、曇っていたガラスが少しずつ透き通っていく。
俺はレンズを持ち直し、浮かび始めた像を覗き込んだ。
映っていたのは、石造りの細い回廊だった。
像は誰かが歩いているように回廊の奥へ進み、いくつかの角を曲がっていく。
やがて動きが止まり、扉も取っ手もない石壁が正面に現れた。
壁を横切る継ぎ目の一部だけが、白い光を繰り返し明滅している。
『マカベ氏。何が見えたのですか?』
エリオットの問いが通訳された。
「石の壁です。たぶん、このレンズが示している場所だと思います」
俺はレンズを持ったまま、エリオットから覗ける向きへ差し出した。
エリオットがレンズの中央を覗く。
『……あ、ここは……』
◇
正統継承者の公示に続き、真壁はレンズに石壁が見えると告げた。
それを覗いたエリオットは、映った場所に心当たりがあるような声を漏らしている。
各国区画では、鑑定士が認証の文面を書き留め、どこの石壁なのかと通訳へ尋ねる者が相次いだ。
日本区画では、桐野が呆れたように口を開いた。
「驚いたけど、真壁さんならありそうなのが困るんだよなぁ…」
名取も、完全解読の先に待っていた認証を見ていた。
「第4節まで読み切った先に、継承認証まで用意されていたんですかね?」
「うーん…どうだろ? でも真壁さんだからなぁ。またとんでもないものに選ばれちゃった」
「ええ。ですが今回は、世界中が同時に見ています。これはちょっと……」
その隣で、澪は大型表示盤に残る真壁の名を指さした。
「正統継承者って、そんなものがその場で決まるんですか?」
「私にも分からない。世界魔道具遺産級の品に、名指しで選ばれたとしか言えない」
宗一郎はそう答えたものの、声には確信がなかった。
玄斎は、完全な形になった二枚のレンズを見た。
「少なくとも、あの球儀は、小僧がすべてを解き切る時を待っておったのだろうな」
御厨家の三人が言葉を失う中、シオが専用スマートフォンへ文字を打ち込んだ。
その画面を、桐野たちへ向ける。
『ばしょ でた』
中央で、エリオットが真壁へ告げた言葉が、会場通訳を介して日本語へ置き換わる。
「この場所に心当たりがあります。星門館の古い回廊です。今から行きましょう」
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