あいつ、やるぞ
大型表示盤に俺の名前が出た途端、大講堂のあちこちから話し声が重なった。
国別区画の私語までは、通訳用のイヤホンへ入ってこない。
何を話しているのかは分からないが、いくつもの区画から「Makabe」という名前だけは聞こえてくる。
タブレットへ俺の情報を呼び出し、隣に座る鑑定士や通訳へ画面を見せる随行員もいた。
表示盤の名前を確認してから、日本区画へ顔を向ける者もいる。
近い区画の画面には、WEG東京の公式配信で見た覚えのある映像まで出ていた。
俺が競技用ダンジョンの入口に立っている場面と、今ここに座っている本人を確かめているらしい。
「各国とも、あれが真壁遼かって顔してますよー」
名取が、周囲の反応をそのまま言葉にした。
「鑑定位を持たない特別招待者は、真壁さんだけです。各国の方が測定結果を見ようとするのも当然だと思います」
少し後ろの席から、真壁専属支援チームの女性担当者が補足する。
「まだ、何もしてないんですけど」
「してきたから呼ばれているのよ」
桐野に返され、俺は大型表示盤を見上げた。
呼び出しは消えずに残っている。
隣の席では、シオが専用スマホをこちらへ向けていた。
『いってらっしゃい!』
「行ってくる」
俺が席を立つと、各国区画の話し声がもう1度広がった。
日本区画の通路へ出て、1人で中央の測定台へ向かう。
途中の区画からも俺の名前や「WEG」という言葉が聞こえ、中央へ近づいても注目は外れなかった。
さっきまで測定を受けた者たちも、この中を1人で歩いていた。
順位を測る前に、この注目へ慣れる方が大変そうだ。
《千殻真球儀》の前まで来ると、世界鑑定士連盟の進行役が俺の名前と測定区分を確認した。
大型表示盤も、呼び出しから測定前の情報へ切り替わる。
――――――――――――――――――――
測定対象:真壁遼
現鑑定位:なし
測定区分:特別招待枠
――――――――――――――――――――
鑑定位を持っていないことまで、大講堂全体へ表示された。
最初からないので、そこは別に困らない。
「準備が整いましたら、《千殻真球儀》へ鑑定を通してください」
進行役の案内が、イヤホンを通して日本語で届く。
同じイヤホンには、測定中の連絡用として日本区画の支援回線も繋がっている。
俺は目の前の球体へ向き直った。
客席から見ていた時より、表面を覆う刻文が細かいことだけは分かる。
一番外側が1000層で、中心へ向かうほど鑑定が難しくなると聞いている。
順位を知るだけなら、読めるところまで読んで終わりでいい。
だが、《導きのレンズ》の備考には、千殻真球儀の深淵を暴き見ろと書かれていた。
俺が確かめたいのは、その言葉が示した先だ。
《千殻真球儀》へ鑑定を通す。
球体の表面を覆う文字が、一斉に切り替わった。
大型表示盤にも、測定中の情報が映し出される。
――――――――――――――――――――
現在到達層:1000層
現在到達節:第1節
暫定鑑定位:1000位
――――――――――――――――――――
1000層の第1節に刻まれた情報が、鑑定結果として読める形へ変わる。
続いて第2節へ進み、第3節と第4節も読み終えると、球体表面の刻文が次の層へ切り替わった。
第1節には層を識別するための情報があり、第2節から先には、その状態や成り立ち、別の物へ及ぼす作用が続いている。
澪の測定中に名取から聞いた通りの分かれ方だった。
ただ、俺には4つの節が別々の問題には見えない。
今の状態は成り立ちに繋がり、成り立ちは、その層が何に作用するかへ続いている。
全部が同じ層について書かれた鑑定結果なので、前から読んでいけば第4節まで途切れなかった。
大型表示盤の数字も、999層、998層と下がっていく。
層ごとに文章は違う。
それでも、鑑定結果に出ている情報を読んでいけば、そのまま次の層へ繋がった。
900層台を抜け、800層台へ入る。
澪の測定では、この辺りから数字の更新が少しずつ遅くなっていた。
俺の鑑定結果には、まだ読み取りにくくなるような変化はない。
文章に使われている言葉は難しくなっているが、何について書かれているかが分からなくなるわけではなかった。
1つの節が終わると、鑑定結果はそのまま層全体の繋がりへ続いた。
第4節まで読めば、次の層の第1節が鑑定結果へ加わる。
俺がしているのは、その続きを読むことだけだ。
各層の第1節から第4節までを読み、次の層へ鑑定を通す。
《千殻真球儀》は到達点を判定し続け、大型表示盤の数字を更新した。
大講堂では、さっきまで聞こえていた話し声が減っていた。
国別区画の随行員たちは、タブレットよりも大型表示盤を見ている。
暫定鑑定位が、澪の622位より上へ入った。
到達層とは別に動いている数字だが、今の測定結果が澪の確定結果を越えたことは分かる。
澪は俺の鑑定記録を調べ、1年かけて順位を200位上げた。
その澪の622位を越えたと出ているが、俺は何か特別な読み方をしたつもりはない。
各層に出てくる4つの節を、第1節から順番に読んできただけだ。
まだ先も読める。
ただ、この作業を最後まで繰り返すのは、正直少し面倒になってきたし、頭も疲れている。
俺は、鑑定をそれ以上先へ進めるのをやめた。
大型表示盤の数字が止まる。
測定終了の表示は出ていないのに、球体から顔を上げた俺を見て、国別区画の話し声が増えた。
後ろに控えていた進行役へ振り返り、声をかけた。
「すみません。これ、最後まで順番に読まないと駄目ですか?」
「……えっ?」
「あ、えーっと。1000層分を1つずつ順番に読むと、めちゃくちゃ時間がかかるし、こっちもちょっと疲れるかなって」
俺と進行役のやり取りは、まだ会場通訳には乗っていない。
国別区画では、俺たちが何を話しているのかと、通訳や随行員を通じて運営へ確認を求める動きが広がった。
その要望に応え、運営は俺と進行役のやり取りを至急会場通訳へ回す。
少し遅れて各国語の翻訳が届くと、国別区画のざわめきが一段大きくなった。
◇
日本区画の支援回線にも、真壁の要望が届いた。
「あー……また始まりましたねー」
「またですか……」
真壁専属支援チームの女性担当者に続いて、特命チームの職員も口を開く。
「今回も、止めても無駄でしょうね」
「真壁さん、今度は何をするつもり?」
「何言ってるの? 千殻真球儀は、外側から順番に測るものでしょ」
「まさか、あの小僧。途中の層を飛ばし、最深部へ直接鑑定を通してよいかと聞いておるのか?」
玄斎の言葉が、それまで重なっていた日本区画の声を止めた。
「父さん。千殻真球儀は、そういう測り方をするものではないでしょう」
「というか、層を飛ばすって発想自体がないんだけど。……そんなこと、できるの?」
その隣で、シオが専用スマートフォンを持ち上げた。
画面が、日本区画の一同へ向けられる。
『あいつ やるぞ』
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