鑑定位の洗礼
11月2日、俺は前日に頼まれたとおり、上位鑑定士たちが値段をつけた品を見て回った。
品の名前も、壊れている箇所も、元の用途も正しく鑑定されている。
ただ俺が、修理した後の利用先や、別の道具と組み合わせた場合の使い道まで口にすると、何度も質問を受けることになった。
それから11月3日と4日も、フリーマーケットを回り、頼まれた品を鑑定しながら過ごした。
そして11月5日。
10日間にわたって開かれた世界鑑定学会は、とうとう最終日を迎えた。
順位式へ向かう準備を終えた俺は、客室のソファーに座っている名取へ尋ねた。
「俺は、その千殻真球儀っていう球を一回鑑定すれば終わりなんですよね?」
「真壁さんがやることだけなら、そうですねー」
名取は、タブレットに表示された進行表を下へ動かした。
「ただ、真壁さんは特別招待枠なので一番最後です。それまでは会場で待ってもらいますよ」
すぐに終わると思っていたのだが、どうやら違うらしい。
「最後って、今日は何人測るんですか?」
「今の鑑定位保持者が238人。その後に、新しく鑑定位入りを狙う候補者が50人ほどですー」
「その全員が、もう一度測るの?」
桐野も名取のタブレットを覗き込む。
「いえ。最初に測るのは、希望再測定を申請した人だけですね。その後で、新しい候補者が測ります」
俺は、聞いた人数を頭の中でもう一度数えた。
「保持者が238人なら、鑑定位も238位までじゃないんですか?」
「そういう順位じゃないんですよ。千殻真球儀の測定結果を、1位から1000位までの位置へ当てはめるんです」
名取がタブレットに現在の順位表を出した。
最高位は、エリオット・ヴェインの56位。
だからといって、1位から55位までに誰かがいるわけではない。そこはすべて空位だった。
「上へ行くほど測定結果の差が大きくなるので、1位から899位までは空いているところが多いです。ただし、900位から1000位までは全部埋まっています」
「上は空いてるのに、下だけ百人以上いるの?」
「新しく鑑定位へ入る人の多くが、最初は900番台になるんですよ。そこから順位を上げられる人が少ないので、下に偏ってるんです」
鑑定士は238人しかいないのに、1000位まで存在する理由は分かった。
だが、下がすべて埋まっているなら、別の問題が出てくる。
「新しい人が900番台に入ったら、1000位の人はどうなるんですか?」
「一度だけ、残留再測定を受けられます。それでも1000位以内へ戻れなかった場合は、鑑定位を剥奪されます」
希望再測定は、順位を上げたい保持者が事前に申し込むもの。
残留再測定は、新しい候補者に押し出された者へ与えられる、最後の一回だ。
「それも、みんなの前でやるの?」
「判定の透明性と不正防止のため、誰が入って、誰が外れたのか、その場で表示されるそうです」
名取によれば、鑑定位を失うと決まった瞬間に絶叫した者や、泣き崩れた者もいたらしい。
桐野が露骨に顔をしかめた。
「透明性って言えば聞こえはいいけど、それを全員で見るのは趣味悪くない?」
制度として必要な面はあるのだろう。
それでも、見ていて気分のよいものではなさそうだ。
シオが専用スマホを持ち上げた。
『しお 1い』
すぐに次の文字へ切り替わる。
『りょう 2い』
「俺、まだ測ってもいないのに2位なのか」
「シオちゃんランキングでは確定みたいね」
では、どうすれば1位になれるのか。
俺が聞いても、シオは画面を変えなかった。
名取が時刻を確認して立ち上がる。
「そろそろ行きましょう。大講堂まで少し歩きますから」
◇
客室を出て通路を進むと、同じ方向へ歩く人が次第に増えていった。
鑑定士だけではない。
各国の行政職員には通訳と警備担当が付き、式の判定を残す記録係も同行している。
「本人一人の順位じゃないんですね」
「鑑定位は、国際取引や危険物認定で、その国の信用にも関わりますからねー。候補者の多くは、国や公的機関の推薦を受けています」
俺に鑑定位がつけば国益になると、日本政府が言っていた理由を改めて理解した。
連盟職員による招待証の確認を受け、大講堂の扉を抜ける。
その先には、代々木第一体育館を思わせるほどの空間が広がっていた。
すり鉢状の客席が、中央の床を囲んで何段も続いている。
中央には円形の測定台があり、その上に球体が一つ固定されていた。
あれが《千殻真球儀》のようだ。
さらに上には、四方向から見える大型表示盤が吊られている。
「あの表示盤は、千殻真球儀に出た判定を大きく映すためのものです。判定するのは、あくまで千殻真球儀の方ですよー」
客席は国ごとに区切られていた。
区画の入口に国名と小旗が掲げられ、鑑定士、候補者、随行する職員たちがまとまって座っている。
二百五十人近い保持者と、約50人の新規候補者。
その付き添いまで含めれば、客席にいる人数はさらに多い。
新規候補者らしい人たちは、手元の進行表を何度も見直していた。
900番台の認定証を胸につけた人の中には、測定台よりも大型表示盤ばかり見ている人もいる。
まだ誰も測っていないのに、新人の結果を警戒しているのだろう。
「日本の区画はこちらです」
連盟職員に案内された先では、御厨家の三人が俺たちを待っていた。
挨拶を終えると、澪が中央の測定台を見る。
「この認定式、趣味が悪いと思いません?」
「全員の前で鑑定位を失うとは知りませんでした」
「私が去年入った時も、押し出された人がいたんです。透明性が必要なのは分かりますけど、泣いているところまで見せなくてもいいでしょう」
「順位に公的な信用を持たせる以上、密室で入れ替えを決めるわけにはいかん」
玄斎が中央を見たまま答えた。
「あれは、世界的な鑑定士となるための洗礼じゃ」
「おじい様は、去年もそう言ってましたよね」
二人の意見は、今も変わっていないらしい。
「御厨家の皆さんも、今日は測り直すんですか?」
玄斎と宗一郎は、今回は申請していなかった。
「私は希望再測定を申請しました」
答えたのは澪だった。
「822位でしたよね」
「はい。去年測った時は、そこまででした」
この一年、澪はAICで多くの鑑定記録を見てきたという。
その中には、俺が機器だけでなく、接続先や運用経路、過去の原因までまとめて鑑定した記録も含まれている。
「真壁さんと同じことができるわけではありません。でも、どこまでを1つの対象として見るのか。考え方はかなり変わりました」
澪は、中央の千殻真球儀を見た。
「考え方を変えたことで、今の私が822位より上へ行けるのか。それを知りたいんです」
「去年の自分を越えて、初めて成果じゃ」
玄斎は、結果が出る前から褒めるつもりはないようだ。
「順位を上げられるといいですね」
「真壁さんは、自分の心配をしてください」
俺は最後まで待って、一度鑑定するだけだ。
そう答えると、桐野と名取がそろってこちらを見た。
大講堂の照明が落ちた。
中央の測定台と《千殻真球儀》へ光が集まり、客席の会話が止まる。
進行役が、最初に現鑑定位保持者の希望再測定を行うと告げた。
続いて新規候補者を測り、その結果に応じて残留再測定を行う。
大型表示盤が切り替わった。
そこに、現鑑定位と最初の測定対象者の名前が表示される。
『希望再測定――現鑑定位822位、御厨澪。測定台へ』
澪が席を立った。
玄斎と宗一郎は何も言わず、中央へ向かう澪を見送る。
澪は日本区画を出ると、照明の集まる《千殻真球儀》の前へ歩いていった。
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