シオの食レポin世界鑑定学会(前編)
食べ放題じゃないと言ったのに、シオは返事をしなかった。
撮影用スマホを魔石の店へ向けたまま、白い石畳を進んでいく。
透明な箱に入った赤い魔石や、青白く光る板状の魔石が画面を横切った。
各店の鑑定士たちもシオに気づいていた。
磨き上げた高純度魔石を掲げる人もいれば、布袋に詰めた小粒の魔石を通路側へ出す人もいる。
シオが最初に止まったのは、赤い魔石を並べた店だった。
店先の中央には、内部まで澄んだ赤色の魔石がいくつも並んでいる。
どれも1つで数百ドル以上だ。
「1つで数百ドル……?」
思わず、並んだ値札を見直した。
高純度の魔石なら、そのくらいする物もあるとは知っている。
それでも、シオが食べる物として見ると簡単に手を出せる値段ではなかった。
「……魔石って、食べ物として見ると結構するんですね」
『数百ドルで驚くところ、真壁さんだわ』
『真壁さん、めっちゃ稼いでるやろ』
『配信のビュー数から真壁さんの稼ぎはだいたい分かるんやで』
『広告収益だけでも相当ある』
『ここにある魔石、全部買えるでしょ』
『なんならこのマーケットの品も全部買えるんじゃ…』
「いやいや。誰だってそんな高額な買い物をポンポンとすることはしないでしょ?? それに配信とかはそんな金額もらって…なかったような…??」
名取は驚かなかった。
「真壁さん、お金の管理を一切してませんからねー」
「……振り込まれているのは知ってますよ」
「それは管理してるって言わないです。配信収益も鑑定報酬も、明細を見ないでそのままですよね? 最近は大きな買い物もしてないでしょ?」
「……必要な物があれば買ってますよ。ただ大きな買い物は必要がなかっただけで」
「えー。真壁さんって、どれくらい稼いでんの?」
桐野が名取へ尋ねた。
名取はすぐには答えず、撮影用スマホから数歩離れた場所へ桐野を呼んだ。
二人は配信画面の端に入っているが、撮影用スマホのマイクからは離れている。
そこで桐野の耳元へ口を寄せ、小声で何かを伝えた。内容は、俺にも配信にも届かない。
「……え?」
桐野が聞き返すと、名取はもう一度耳打ちした。
桐野は声を上げかけ、両手で口を塞いだ。
「…………それ、配信だけ?」
名取がうんうん、と頷く。
桐野は俺と数百ドルの値札を見比べた。
「……真壁さん。なんで数百ドルでそんなに驚けるの?」
「数百ドルは高いでしょ。牛丼どのくらい食べられると思ってんですか」
『何を聞いた』
『シエルの反応でだいたい分かる』
『牛丼理論きたこれwww』
『本人だけ自分の収入を知らないの草』
『回収屋、口座も回収しろ』
『真壁さん着るものとか食べ物あんまり興味なさそうだもんなぁ』
『だな。ウニクロ以外に着ている服見たこと無いし』
『冷静に考えるまでもなく、真壁さん高額所得者だよな』
そんなことを俺らはやり取りしていた時も、シオは我関せずと魔石を求め中央を素通りした。
そして棚の端にあった赤褐色の小粒魔石へ、撮影用スマホを近づける。
「ちょっと待って。シオちゃん自身が映らないじゃん」
桐野が撮影用スマホを受け取った。
シオは専用スマホだけを残し、赤褐色の魔石が入った袋へ触手を伸ばす。
『高い方スルーした』
『迷わず端の安いのへ行ったぞ』
『シオちゃん、値札読めてる?』
『シオちゃんが値段で選ぶと思うな』
『意外と真壁さんのお財布感覚で生きてるかもしれんぞ?』
『真壁さん、シオちゃんにちゃんと美味しい魔石を捧げてください』
『捧げるwwwwさすがシオ信者ww』
値札は1袋30ドル。
名取が、手に取ってもよいか店主へ尋ねた。
返ってきた説明も、そのまま日本語へ訳す。
「中の魔力密度が3段階に分かれているそうです。魔道具の核にすると出力が安定しないので、砕いて別の魔石素材へ混ぜる加工用ですね。値段もその評価でつけたと言っています」
店主が頷くと、シオは袋から1粒だけ取り出した。
丸く整えられていない小粒を触手の先で持ち、向きを変えながら表面の色むらを見ている。
食べるために魔石を選ぶ姿は、前にも見たことがある。
ただ、これだけの品が並ぶ中で迷わず1袋へ絞ったのは初めてだった。
シオは小粒を袋へ戻し、専用スマホに文字を出した。
『これはよいものだ』
「……まだ鑑定してないからな」
俺も店主へ、鑑定してよいか確認した。
許可をもらい、シオが選んだ袋へ鑑定を使う。
――――――――――――――――――――
対象:層状小粒魔石(加工用規格外)
分類:魔道具用魔力素材
状態:欠損なし/魔力密度に3段階のむら
一般用途:粉砕後、ほかの魔石素材へ混合
一般評価:放出量が一定せず、単体の核材には不向き
摂取適性:潮晶殻獣幼体/良好
摂取時の作用:外側の層から順に崩れ、魔力が段階的に取り込まれる
安全性:有害鉱物・汚染反応なし
――――――――――――――――――――
魔道具の材料として安くなる理由は、店主の説明どおりだった。
密度にむらがあるせいで、一定量の魔力を出す核には向かない。
ただし、シオが食べる場合は別だった。
外側の薄い層から順番に崩れるので、高純度の魔石を一度に取り込むより負担が少ない。
「値段も、魔道具用としての評価も合っています。ただ、シオが食べるなら、こっちの方が取り込みやすいみたいです。有害な鉱物も入っていません」
名取が訳すと、店主は中央の高純度魔石と30ドルの袋を見比べた。
自分の見立てを否定されたわけではないと分かり、興味深そうにシオを見ている。
俺もシオを見た。
「シオ、魔石の良し悪しを見て分かるのか?」
シオは専用スマホへ文字を打ち、桐野が構える撮影用スマホへ画面を向けた。
『しおは ませきまいすたー』
「魔石マイスター??」
そう言いながら、俺は店主へ30ドルを支払った。
受け取った袋から小粒を1つだけ出し、シオへ渡す。
シオは赤褐色の小粒を胴体へ押し当てた。
魔石が殻の下へゆっくり沈み、赤い光が外側から3回に分かれて薄く広がる。
光が消えると、シオは専用スマホへ入力した。
『よきよき』
「それで食レポを終わらせるのか」
『食べた!』
『本当に魔石食レポ始まった』
『30ドルの規格外がシオちゃん向けだったのか』
『魔道具用と食用で評価が逆になるの面白いな』
『鑑定より先に選んでたぞ』
『ませきまいすたー爆誕』
『食レポがよきよきで終わった』
桐野はシオと30ドルの値札を同じ画面へ入れている。
鑑定表示は映っていないが、3つの層が順に光ったところまで視聴者には見えていた。
その様子を見ていた隣の店から、別の魔石も試してほしいと声がかかった。
さらに向こうの店からも声が上がる。
名取が聞き取った内容をまとめた。
「うちの地域の魔石も食べ比べてほしい、あっちの小粒なら違う反応が出るかもしれない、だそうです」
シオは隣の店へ体を向け、専用スマホの表示を変えた。
『しょくれぽ しごとは つらい』
「……ぜんぜん辛そうにみえないんだが」
シオは別の30ドルの魔石詰め合わせ袋を俺の買い物袋へ入れ、俺へ会計を促し、次の店へ向き直った。
「1袋あれば、しばらく足りるだろ?」
専用スマホには、『しおは たべざかり』と出ている。
「真壁さん、このフリマで今までいくら使ったか分かってる?」
「140ドルですよ」
「とてつもなく稼いでいる人が、このフリマで140ドルしか使ってないの?」
「……収入は関係ないでしょう」
「その2つ、いくらになるんだっけ?」
「だいたい15,000ドルです。まだ売ってませんけど」
「稼ぐ方の数字ばっかり大きくなって、使う方が全然追いついてないじゃん」
「まだ売ってないので、稼いではないです」
「そういうところだけ細かいよねー」
名取もシオの横へ回った。
「今日のシオちゃん、朝は相馬さんの説明を聞いて配信設定を終わらせて、配信が始まってからはずっと撮影してますからねー」
「俺もずっと鑑定してますよ」
「シオちゃんは撮影しても30ドルだけです」
「その言い方だと、俺が何も払ってないみたいになるんですが」
名取は俺の言い分を無視した。
「放っておいたら、シオちゃんの労働対価まで国から支給された魔石だけになっちゃいそうです。たまにはシオちゃんが欲しい物に使ってもいいと思います!」
『シオちゃんのギャラ30ドルで終了?』
『配信設定もカメラもやってます』
『回収屋、稼ぐ専門で使い方を知らない』
『壊れた物には即決するのにシオちゃんの食事は渋る男』
『真壁さんのいいとこみてみたい~!』
『まずは予算を提示してください』
撮影用スマホには、シオと30ドルの袋と俺が並んで映っている。
たしかにシオは、配信が始まる前から相馬の説明についていき、ここまで撮影を続けていた。
俺は撮影用スマホの画面を流れていくコメントを見た。
『真壁さん、ひとつ景気よくお願いします!』
『シオちゃんにごちそうしてあげて』
『予算を言うまでケチ疑惑は晴れません』
「ぐぬぬ……」
ここまで言われて、上限をつけるのもなんか腹が立つ。
「分かりましたよっ! みんな俺をケチ扱いしてっ!! 予算無制限です!!」
俺の宣言が終わると同時に、シオが専用スマホをこちらへ向けた。
『あんたが たいしょう!』
「誰が大将だ」
桐野が撮影用スマホを向けたまま笑い出した。
「大将、予算無制限だって!」
「真壁さん、意地で決める予算じゃないですよー? 本当にそのまま訳しますよー?」
「もう言いましたから。お願いします」
『大将!』
『よっ、太っ腹!』
『シオちゃんから大将認定いただきました』
『大将、魔石区画を端から端までお願いします!』
『名取さん、撤回される前に訳して』
『予算会議、勢いだけで可決』
名取が笑いをこらえながら、出品者たちへ向き直った。
「ちょっと待ってください。無制限なのは予算だけです。食べるのは店ごとに1つ。買う前に俺が安全を確かめます」
シオはすぐに専用スマホの表示を変えた。
『がってん しょうち』
「返事だけは早いな」
名取が予算は無制限であることと、購入前に俺が安全を確かめる条件を各店へ訳した。
近くの店では、高価な魔石を1つずつ掲げるのをやめ、小粒や加工端材を袋ごと通路側へ並べ始める。
どう見ても、なし崩し的な食べ比べ会場だった。
読んでいただきありがとうございます。
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