世界鑑定学会のフリーマーケット(後編)
最初の店には、金属製の魔道具と探索用品が並んでいた。
どれもよく手入れされているが、木箱の端に置かれたランタンだけは外側のガラスが割れ、持ち手も大きく曲がっている。
値札は60ドルだった。
俺はほかの品より先に、そのランタンを手に取った。
「真壁さん、世界鑑定学会まで来て最初に見るのが壊れたランタンなの?」
「こういう方が気になるんですよ」
品川で回収の仕事をしていた頃から、壊れている品を見ると、使える部分が残っていないか確かめる癖がついている。
店を出していた中年の男性へ、手に取っていいか名取から聞いてもらう。
男性は頷き、ランタンの状態について説明してくれた。
かなり前に製造が終わった型で、交換部品はもう出回っていない。
灯りをつける機能も壊れており、修理代をかけるくらいなら新品を買った方が安い。
そのため、故障品として60ドルにしたそうだ。
説明におかしなところはない。
外装は壊れていて、ランタンとして使えないのも見れば分かる。
「鑑定しても大丈夫ですか?」
名取が英語へ訳すと、男性は笑って返事をした。
「そのための市だそうです」
許可をもらい、俺は手の中のランタンへ鑑定を使った。
――――――――――――――――――――
対象:壊れた探索用ランタン
分類:旧式探索用照明具
状態:照明機能停止/外装破損
再利用可能部位:内部の集光レンズ
適合先:同じ製造元の旧式救難信号灯
推奨:集光レンズを取り外し、旧式救難装備の修理を扱う工房へ売却
推定価値:9,000ドル前後
――――――――――――――――――――
俺は60ドルの値札を見直した。
ランタンとして修理できないという説明は合っている。
ただ、内部に収められた集光レンズまでは壊れていなかった。
同じ製造元が作っていた旧式の救難信号灯にも使われていて、そちらの交換部品として今も探されている。
「……これ、中のレンズはまだ使えます」
俺が鑑定結果を話すと、名取が男性へ伝えた。
男性はランタンを受け取り、内部を調べてから、さらに説明を求めた。
「ランタンを直すんじゃなくて、中のレンズを取り外して使うみたいです。同じ会社の古い救難信号灯に合います。修理を扱っている工房なら、9,000ドル前後で買い取ると出ています」
名取が通訳し終えると、男性が早口で何かを尋ねた。
「9,000ドルで間違いないのか、だそうです」
桐野も値札を見直している。
「150倍じゃん」
「製造元と型の表示、見せてもらっていいですか?」
名取はランタンの外側に残っていた刻印を確認し、俺が鑑定結果で見た救難信号灯と一緒に検索した。
しばらくして、海外の修理工房が公開している買い取り情報が見つかった。
同じ規格の集光レンズを状態に応じて最大9,000ドルで買い取り、在庫不足のため継続して募集している。
「ありました。本当に9,000ドルで募集が出ていますね」
名取が画面を男性にも見せる。
英文を読んだ男性は、ランタンの内部を改めて調べ始めた。
男性の見立ては、壊れたランタンとしての状態と修理費までだった。
そこは俺の鑑定結果と変わらない。
違うのは、壊れていない部品を取り外したあと、その部品がどこで使えるかまで一緒に表示されたことだった。
男性が名取へ何かを尋ねる。
「どこまでを1つの品として鑑定したんですか、だそうです」
「このランタンですけど」
俺は手に持った品を少し持ち上げた。
「中のレンズもランタンの部品ですし、それを使う信号灯もつながってますよね?」
名取がそのまま訳すと、男性は数秒黙ったあと、声を出して笑った。
たぶん、説明にはなっていない。
俺としては、このランタンを鑑定したとしか言いようがなかった。
男性は9,000ドルの買い取り画面を閉じると、ランタンを俺へ返した。
「これ、本当に60ドルのままでいいんですか?」
先に価値を伝えたのだから、値段を変えられても仕方がない。
しかし、男性は値札を外さなかった。
名取が、その返事を日本語へ直す。
「この値段をつけたのは私だ。そして、私が見つけられなかった使い道を見つけたのはあなたです。今から値段を変えたら、この市の意味がない」
「……ありがとうございます」
俺は値札どおり60ドルを払い、ランタンを袋へ入れてもらった。
桐野が、その袋を見る。
「世界鑑定学会で最初に買ったお宝が、それでいいの?」
「使える部分が残ってるなら、壊れてても問題ないですよ」
「やってること、品川の時と全然変わってないね」
そこは否定できない。
世界中の鑑定士が集まる場所まで来ても、最初に買ったのは壊れた探索用品だった。
ただ、60ドルで買った袋の中には、9,000ドルで探されている部品が入っている。
◇
俺たちのやり取りを見ていた鑑定士たちが、スマホで撮影を始めていた。
撮影禁止の札は出ていないので、名取も止めない。
近くの店からは次々に声がかかり、何を言われているのか分からないまま手を振り返すと、名取が笑った。
「明日も店を出すから、自分の品も見に来てほしいそうですよー」
数人の出品者が、こちらへ店の品を掲げて見せている。
「今の、配信でやったら絶対盛り上がるのに」
桐野に言われ、俺は会議棟側にある撮影禁止の印を見た。
「本当に、個人配信をしても大丈夫なんですよね?」
「大丈夫です。会議棟側へ向けない。撮影禁止の札がある人、お店、品を映さない。それだけ守ってください」
名取は、配信中もカメラの外から撮影禁止の表示を確認すると言ってくれた。
桐野も店を一緒に回れるらしい。
肩の上では、シオが専用スマホを掲げている。
『しお かめら』
「また撮ってくれるのか?」
『うむ』
撮る人と一緒に回る人、それに撮影範囲を見てくれる人までそろってしまった。
俺は翌日、フリーマーケットを回りながら個人配信をすることにした。
スマホから予定を登録し、配信タイトルを『回収屋チャンネルin世界鑑定学会』にする。
告知文に書いたのは、世界鑑定学会のフリーマーケットをシオ、桐野、そして護衛付きで一緒に回ることだけだ。
今日買ったランタンや、9,000ドルの鑑定結果については書いていない。
待機画面を公開すると、配信開始前なのにコメントが増え始めた。
『世界鑑定学会って配信していいの!?』
『ローマのフリマ動画なら見たことあるわ』
『回収屋が世界のお宝市に乗り込むの草』
『これをどう事故配信にもっていくかが腕の見せ所』
『シオちゃんカメラ復活きた!』
『最近シオちゃんのカメラマン、板についてきたよなぁ』
『シオちゃんがいない昔の配信動画見たんだが、真壁さんの動画ぶれっぶれで酷かったw』
『桐野ちゃんとシオちゃんいる配信はやはり豪華だな』
『全店制覇まで終われません配信ですね』
最後のコメントを見たシオが、専用スマホを操作する。
『ぜんてん せいは』
「やらないからな」
個人配信としては39回目になるが、まだ始まってもいない。
そう言いながら、俺も早く明日にならないかと、少しうずうずしていた。
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