世界鑑定学会のフリーマーケット(前編)
説教された翌日の10月31日、アメリカ側から返事が届いた。
俺は星門館の日本側共用室で、名取が読み上げる文面を聞いていた。
向かいのソファーには桐野が座っている。
シオはいつもどおり俺の肩だ。
「アメリカ側から正式な返事が来ましたよー。結論から言うと、真壁さんが出した条件は原則受け入れるそうです」
昨日の説教にかかった時間を考えると、決まる時はずいぶん早い。
「じゃあ、あのまま話を進めるってことですか?」
「はい。ただし、コンパスを完全な状態へ戻せた場合に限ります。細かい内容は、実物を鑑定したあとに正式な契約へまとめるそうです」
《フロンティア・コンパス》の本格的な鑑定は、11月5日の順位式が終わってから行う方向で調整されているらしい。
まだ何日か先だが、少なくとも条件を断られたわけではなかった。
名取は共有された文面を最後まで読み、こちらを見る。
「あと、これは日本側からです」
「まだ何かあるんですか?」
「今後、新しい条件を出す時は、必ず先に相談してください、とのことです」
「……すいません」
桐野がソファーの背にもたれたまま口を挟んだ。
「今後は、って書かれてる時点で信用ないよねぇ」
肩の上でシオが専用スマホを操作する。
『こんごは そうだん』
「シオまでそっち側なのか」
文面を読み終えた名取は、タブレット端末の画面を消した。
今日も個別審査や記録の照合が続いていて、必要になれば呼ばれることになっている。
それまでは待機だった。
「じゃあ、呼ばれるまでフリマ見にいかない?」
そう言って桐野が立ち上がる。
「世界鑑定学会で、フリーマーケットをやるんですか?」
「今日から始まってるの。世界鑑定学会のフリーマーケット」
世界最高峰の鑑定士が集まる学会でフリーマーケットを開くと言われても、俺はその様子をうまく想像できなかった。
「見れば分かるって。ほら、行こ」
◇
日本側の区画を出て共用サロンへ近づくと、庭園の方から人の声が聞こえてきた。
白い石畳の両側には、長机や木箱、地面に広げた敷物を使った小さな店が続いている。
各国の小旗と手書きの値札が並び、その下には、磨かれた魔道具だけでなく、刃の欠けた探索用ナイフや片方だけの手甲、使いかけの魔石、古い測定器まで置かれていた。
何に使うのか見当もつかない金属の塊を、何人もの鑑定士が囲んでいる店もある。
別の店では、会議室で見かけた高位鑑定士が客に値切られ、笑いながら値札を書き直していた。
想像していた学会の催しとは、だいぶ違う。
シオが肩の上で専用スマホを掲げた。
『おまつり』
「ですねー。これはもう完全にお祭りです」
名取がすぐに同意する。
「去年のローマは、もっとすごかったみたいね。動画見る限りだと、広場から周りの通りまでお店が続いてて、普通の市民とか観光客もいっぱい来てたし」
「一般の人も入れるんですか?」
「いつもはね。世界中の鑑定士が値段をつけたお宝を買えるんだから、そりゃ人気出るでしょ」
桐野がスマホで去年の動画を見せてくれた。
ローマの広場には店が隙間なく並び、買った魔道具をカメラへ掲げる人や、家族で値札を見比べる人が映っている。
投稿した市民は、世界の鑑定士が見つけたお宝を買える祭りだと紹介していた。
今回は星門館の中なので一般客はいない。
それでも参加者は品物を撮影したり、出品者と値段を相談したりしながら石畳を歩いている。
入口に立つ大きな案内板の前で、名取が足を止めた。
そこには、若い鑑定士たちを前にして、敷物へ道具を並べるエリアス・ヴェインの古い写真が載っていた。
「始めたの、エリアスなんですね」
「そうみたいですね。ええと……当時の鑑定士は、今ほど収入の高い職業ではなかった、と書いてあります」
名取が英語の説明を日本語に直していく。
昔は探索の補助や記録を任されても、仕事に必要な道具や質のいい魔石を買えない若い鑑定士が多かった。
エリアスはそういう人たちへ道具が渡るように、自分が探索で得た品を安い値段で並べたらしい。
「じゃあ、最初は若い鑑定士を助けるためだったんですね」
「それだけではないみたいです」
名取が、その先を読み上げた。
普段の仕事では触れない品を自分の目で見て、値札より上の使い道を探す。
鑑定士としての腕を試す場にすることも、エリアスの目的だった。
自分で価値を知っている貴重品を、わざと安く並べることさえあったという。
当時ここで買われた品の中には、その後の探索や研究で成果を出し、今では国宝級と評価されている物まであるらしい。
「価値があると知っていて、安く出してたんですか?」
「見つけた人へ渡すところまでが、この市だったんだと思います」
桐野は店の並ぶ石畳を見ながら続ける。
「助けるためでもあるし、腕試しでもある。だから今も、値札をつけた本人の前で堂々と鑑定するのが普通なんだって」
安い物を探すだけではないらしい。
そういうことなら、何も見ないで買う方がもったいなかった。
「まず、あの辺から見てみます」
俺が入口に近い店へ向かうと、名取も並んで歩き出した。
「今回も撮影や配信はできます。ただ、会議棟側へカメラを向けないこと。それと、撮影禁止の札がある人、お店、品は映さないでください」
赤い斜線の入ったカメラの札が、いくつかの店に出ている。
会議棟へ続く通路の入口にも同じ印があった。
「そこだけ守れば、普通に配信していいんですか?」
「いいですよ。去年までの動画も、ほとんど一般参加者や鑑定士が撮ったものですから」
特別な申請もいらないらしい。
配信との相性はよさそうだったが、まずは自分で見て回ることにした。
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