真壁とエリオット③
向かいに立つ女は、長い旅から戻ったばかりのような格好をしていた。
使い込まれた上着を着て、腰には古い装具を下げている。
顔は見えているのに、名前へ結びつく部分だけが削り取られたように認識できない。
「分けたよ。形は3つになったが、繋がりまでは切っていない」
「ならいい。あれなら、形を分けても繋がりは残る。いつか、そこまで読める鑑定士が現れれば、また1つに戻せるだろう」
「それよりエリアス、後継者は決まったのかい?」
「……いや、継ぐ者は結局現れることはなかったな、※※」
「そうか……となると、これはどうするんだ?」
女が窓の外へ顎を向けた。
俺もそちらを見たが、暗いガラスには室内の明かりしか映っていない。
「そうだな……後継者がいないとなれば、避難させるしかなさそうだ」
「まあ、そうなるか……しかし、もったいないな」
「ははは、確かにな。これだけ便利な乗り物だっていうのになぁ」
2人が話しているのは、何かの乗り物らしい。
ただし、車や飛行機のことではない。
言葉の調子だけでなく、エリアスが窓の外へ向けた目からも、もっと大きな何かだと分かる。
「だが、どうするんだ? 簡単に隠すといっても、我々の後継は不甲斐ない結果に終わりそうだが……」
「そうだなぁ……※※※※さまと相談になるが……、※※※※になるだろう」
「そうだな。それが1番だろうなぁ」
聞こえているのに、肝心な部分だけが頭へ入ってこない。
名前と同じで、そこだけ記録から抜かれている。
そうか…これは過去の記録だ。
導きのレンズを覗き込んだときに何かしらの効果が発動した結果、俺は過去にあったのであろう記録を、今見ているのだろう。
そしてエリアスが椅子を引いて立ち上がった。
その手には、俺が持っている物と同じ《導きのレンズ》がある。
エリアスはレンズを目元へ運び、ゆっくりと覗き込んだ。
まるで何かを探すかのように周囲をレンズで見ている。
そして、こちらの方向――俺の方へ向いた時だった。
レンズの向こうから、まっすぐこちらを見つけたかのように動きが止まる。
そして、目が合った。
「ほう……若き鑑定士よ。我々ではここまでだったが、やれることはやったつもりだ。あとは、お前たちに託すぞ」
過去のエリアスが、俺個人を知って告げた言葉ではない。
いつか、この記録まで辿り着く鑑定士へ残した言葉なのだと思う……多分。
それでも、エリアスの目は最後まで俺を見ていた。
次の瞬間、部屋の景色が中央の1点へ吸い込まれた。
壁と机に続いて、2人の姿まで細い線になり、最後には小さな点となって消える。
あとに残ったのは、何も見えない暗闇だった。
「…………ここは?……」
声を出しても、返事はない。
前も後ろも分からない。
足元があるのかさえ怪しかった。
ただ立っている感覚だけが残っている。
「……どうするの、これ??」
真っ暗闇の中に一人ぽつんと立っている俺。
どうやったらここから出られるのだろうか、そう思ったときだった。
遠くで、小さな光がガラス片のように砕けた。
「あれは…」
光が砕けた場所に、今度は淡い光の屑が生まれる。
1つ消えるたび、その先にもう1つ。
見慣れた、あの光だった。
「こっち、なのか?」
光の屑を追って足を出す。
進むたびに次の光が生まれ、暗闇の中へ道を作った。
どれほど歩いたのかは分からない。
やがて、少し先に四角い輪郭が浮かび上がった。
近づくと、光を放つ1枚の扉だった。
ドアノブへ手を伸ばし、ひねる。
白い光が一気に広がった。
◇
「真壁さん? ちょっと、人の話聞いてる??」
すぐ近くに、口先を尖らせた桐野の顔があった。
「あ、ああ。聞いてます?」
「なんで疑問形なのよ」
「ははは……」
朝食会場へ戻っていた。
庭から入る朝の光も、料理の匂いも戻っている。
桐野の手には《導きのレンズ》があった。
「急に固まるから驚いたわよ。これ、手から落ちそうだったから預かったけど」
「すみません。助かりました」
自分の右手を見る。
手首には、シオの触手が1本触れていた。
一定の間隔で、俺の手首を軽く叩いている。
暗闇で見えた光の屑も、同じ間隔で現れていたような気がする。
「シオも、俺を呼んでくれてたのか」
シオは触手を離すと、何事もなかったように机に置かれてあるシオ専用高純度魔石の隣へ戻った。
桐野からレンズを受け取る。
もう1度、鑑定結果を表示させた。
名称も機能も、さっきと変わっていない。
ただ、備考欄の最後に1文だけ増えていた。
――――――――――――――――――――
備考:使い方と使用者の選択により、示される場所は変化する。
深淵を読む者よ、千殻真球儀の深淵を暴き見ろ。
――――――――――――――――――――
追記にあった千殻真球儀は、11月5日の順位式で、俺の鑑定深度を測るために使う魔道具である。
昨日の非公開聴取で、予定を前倒しせず、当日に測定すると決まったばかりだ。
このタイミングでこの表記は、とても偶然とは思えない。
記録の中のエリアスは、後継者が現れなかったと言っていた。
そして、いつか記録へ届く鑑定士に、残りを託すと告げた。
「…………なるほど?」
千殻真球儀の奥に、何かを残している。
ただし、それが何なのかはまだ分からない。
あの2人が隠した乗り物も、伏せられた名前も、今の情報だけで決めつけることはできなかった。
『ミスター・マカベ?』
エリオットが、俺の返事を待っている。
名取もこちらを見ていた。
この場で話せば、11月5日を待たずに千殻真球儀を調べる話になるかもしれない。
各国がレンズの確保に動き、正体不明の乗り物まで探し始めれば、朝食の席で扱える話ではなくなる。
まずは大事になる前に、自分で確かめた方がいいだろう。
レンズをエリオットへ返す。
「いえ、特にそれ以上の内容は書かれていませんでした」
名取が英語へ訳すと、エリオットは一瞬だけ俺の顔を見た。
それからレンズを受け取り、革紐ごと丁寧に手の中へ収める。
『……そうですか。突然、このような不躾な鑑定を頼んでしまい、申し訳ありません』
「いえいえ。俺も勝手に鑑定が出ただけなので」
俺の返事を聞き、名取が少し表現を整えて伝えてくれた。
さすがに「勝手に出た」を、そのまま英語にするのは難しかったらしい。
エリオットは《導きのレンズ》を上着の内側へ戻した。
『しかし、昨日の査問では、ここまでとは感じませんでした。あなたの鑑定スキルは、どこまで届くのか底が知れない。今は、そう思います』
褒められているのだと思う。
名取の通訳を聞いても、どう返せばいいのか分からなかった。
「昨日も今日も、普通に鑑定しただけなんですけどね……」
「その普通が、たぶん普通じゃないんですよ」
名取が苦笑しながら言う。
桐野も大きく頷いていた。
その後は、イギリスで人気のダンジョン料理や、星門館で出される紅茶の話になった。
名取に通訳してもらいながら話しているうちに、皿の上の朝食もなくなっていく。
エリオットは先に席を立ち、俺たちも少し遅れてサロンを出た。
◇
日本側の逗留施設へ戻ると、午前の打ち合わせまでは一時解散になった。
桐野は自分の部屋へ戻り、名取も護衛担当との連絡に向かう。
俺は客室のソファーへ体を沈めた。
目を閉じると、暗闇の中で砕けた光がまだ頭に残っている。
あの光がなければ、戻るための扉に気づけたか分からない。
シオは専用台座へ戻り、朝の続きらしい動画を開いていた。
俺は、その小さな背中へ声をかける。
「シオ、ありがとな」
シオは画面から目を離さないまま、触手を1本だけ上げた。
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