予定外の招集③
「何が見えていたと言われても……最初から全部ですか?」
大阪ダン博事件では、途中から何が起きているのか追うだけで精いっぱいだった。
どこから説明すればいいのか、俺にも分からない。
「最初に、米国館の骨格標本が動き出した時点からお願いします」
ベルンハルトが読み上げた報告書には、当時の配信映像と鑑定結果が時刻ごとに記録されていた。
「あなたは対象をアンデッドグランドドラゴンと特定し、中途蘇生で復元率は6割前後、本来は雷属性でありながら腐属性を外部から付与されていると説明しています」
さらに、夢洲の下を流れる龍脈からの魔力供給が、リングによって部分的に遮断されていることまで記録されている。
「これらの情報を、事前に知っていましたか」
「標本がブルックリン橋事件で回収されたものだという説明は、米国館で読んでいました。でも、蘇生の状態や属性は、鑑定して初めて見ました」
俺の返答が通訳機を通り、少し遅れて各席へ届く。
「すべて、一度の鑑定結果に表示されたのですか」
質問したのはヘルガだった。
「はい。項目ごとに何度も鑑定したわけではありません」
返答が翻訳されると、ヘルガは報告書の記録時刻を確認した。
「対象の同定と蘇生状態の測定だけではありません。本来属性と外部から付与された属性を分け、魔力供給経路まで追っています。本来なら、それぞれ別の工程です」
「そうなんですか?」
澪がこちらを見た。
「そこで初めて知った顔をしないで」
シオも専用スマホを掲げる。
『りょう いつも これ』
「いつもではないと思うけど……」
「配信記録を見る限り、後から情報を組み立てた可能性もありません」
澪は、俺がドラゴンの状態を説明した時刻を示した。
事件後に得た情報を加える余地もなく、鑑定直後の配信で復元率と属性、龍脈からの供給状態を口にしている。
玄斎が七鏡座へ向けて言う。
「じゃから、真壁の鑑定を通常の手順に当てはめれば、最初から合わないことも多いじゃろうて」
「手順を否定しているのではありません。公式な記録として、何が行われたのかを確定しています」
ベルンハルトは、そのまま次の確認へ移った。
「ドラゴンを鑑定した後、あなたはリング内領域が閉じられていることを発見しています。何を対象に鑑定したのですか」
「何を……」
当時、屋上から下を見ると、逃げていた人たちがリングの周りへ集まっていた。
不自然だったため、そのあたりがどうなっているのかを鑑定した。
「リングと、その内側です。鑑定結果には、リングがダンジョンコアと融合して、内部を疑似的な空間として固定していると出ました」
「結界、建造物、空間境界を分けて鑑定したのですか」
「いえ。人が出られなくなっていたので、その場所をまとめて見ました」
通訳された答えを聞き、円卓の何人かが隣の席と顔を見合わせた。
ベルンハルトが確認する。
「あなたは、リング内領域全体を一つの鑑定対象として捉え、その中にあるコアとの接続と空間封鎖を読み取った。そういうことですか」
「言われてみると、そうなると思います」
シオのスマホに、新しい文字が出る。
『ひとごと』
「いや、ちゃんと説明しようとはしてるから」
笑う声が聞こえた。ベルンハルトはこの確認をそこで切り上げた。
そのとき、円卓のアメリカ側の席から、アメリカダンジョン省・歴史遺産鑑定室主任鑑定官のサイラス・グレイが初めて口を開いた。
「その後、あなたはダンジョンコアを手動で停止できると判断しています。なぜ、操作可能だと考えたのですか」
「大阪へ運ばれる前に、同じコアを一度鑑定していたんです。そのとき、手動で操作できそうな部分が見えていました」
操作できると判断した根拠を答えると、サイラスは質問の焦点を、見えていた機構そのものへ移した。
「管理用の術式ですか。それとも、緊急停止用の機構ですか」
「そこまでは分かりません。ただ、直接つなげば操作できるという実感がありました」
翻訳が終わっても、誰もすぐには質問を続けなかった。
何人かは困惑した顔で俺を見ている。
「待ってください。あなたの言う手動制御パネルとは、具体的に何ですか」
ヘルガの問いに、今度は俺が戸惑った。
「あぁ…えっと、コアの側面に浮かんでいた操作面です。鑑定すると、ダンジョンコアの外部制御端末だと出ました。そこから内部の状態を見たり、停止操作をしたりできました」
通訳を聞いたヘルガは、眉間を押さえた。
「真壁氏。ダンジョンコアは、世界でも特に研究が進んでいる領域の一つです。構造や魔力出力については、多くの国が長年研究を重ねています。しかし、制御系は別です」
ヘルガは、一度言葉を切ってから再度説明を続ける。
「確認されているコアの多くは、制御部分が深い情報層と複数の権限に守られています。外部から操作できる仕組みが存在すること自体は知られていても、そこへ到達するだけで難しい。通常ならコアを隔離し、対象に合わせた解析術式を用意したうえで、上位鑑定士と魔導工学師が専用設備を使って慎重に接続を試みます。ですがあなたは、その準備を何もしていません」
「……そうですね、はい。現場に行く前は、あのコアを止めることになるとは思っていなかったので」
「では、なぜ見ただけで制御端末へ到達できたのですか」
見ただけ、と言われても困る。
「最初にコアを鑑定したとき、制御方法の欄に、筐体側面の手動制御パネルから出力を落とせると表示されました。それで側面を見たら光の線があって、鑑定しながら触れると操作面が出てきたんです」
「未知の記号の意味も、画面の進み方も、鑑定で分かったと?」
「はい。どこに触ればいいかも表示されました」
今度の沈黙は、さっきよりも長かった。
俺にとっては、鑑定結果に出た手順を追っただけだ。
だが彼らにとっては、本来なら専門家と設備をそろえて探す入口を、俺が一度の鑑定で見つけ、そのまま内部へ入っていったことになるらしい。
ベルンハルトが確かめるように言った。
「あなたの鑑定は、制御端末の存在を見抜いただけではない。接続方法を示し、未知の操作体系を読み解き、権限ロックの解除手順と停止シーケンスまで提示した。そういうことですか」
「……はい、そうですね……そうなるのか。でも、コア全体を理解していたわけじゃありませんよ? 必要なところだけ鑑定しました」
円卓の何人かが、また顔を見合わせた。
「……あの状況で、必要な情報層だけを選び取れていることも、我々の常識から外れています」
ベルンハルトは、さらに術式網の話へ移った。
手動制御パネルの先にあったコア内部の術式ラインは、推定3万8千本以上。
通常の解析には、魔導工学師系の上位スキルと専用解析設備が必要だと、真壁自身の鑑定結果にも表示されていた。
「その術式網へも、同じように鑑定だけで入ったのですか」
「はい。外部干渉を切らないと停止できないと出たので、もう一段深く鑑定しました」
「3万8千本以上あると分かったうえで?」
「ほかに止める方法がなかったので」
玄斎がうなった。
「そこで引き返すのが、普通の鑑定士なんじゃがのう」
「あの時は状況が状況でしたし。外ではドラゴンと戦っていましたから、引き返せませんでした」
俺はできるだけわかりやすく説明したつもりだったが、納得した顔は一つもなかった。
「では、その中から外部干渉に使われていた3本を、どのように特定したのですか」
「あれは、最初の1本だけはすぐに見えました。ほかとは違って青白く見えて、そこへ鑑定を集中させると、アンデッド属性付与と出たんです」
「色は魔力波長を視覚化したものですか」
「うーん…それは分かりません。俺にはこう、色が違うな、そう見えていました」
「2本目も、同じように?」
「いえ。かなり苦労して探しました。似たようなラインばかりで、途中で鼻血も出ていたと思います」
当時は気にする余裕もなかったが、記録映像には残っているらしい。
赤みを帯びた術式ラインへ鑑定を深く通し、暴走命令の継続送信に使われていると確認した。
最後に見つけた黒く濁ったラインは、外部ダンジョン接続と表示されていた。
「役割は、術式を一つずつ解析して判定したのですか」
「そうなる…のかな? 鑑定結果に出ていましたので。一つずつ解析したのかと言われると…どうなんでしょうか」
「……3本の発生源まで追跡しましたか」
「していません。3本とも切ってコアを再起動する方を優先しました」
俺の返答が各国語へ変わるたびに、円卓の空気が重くなっていく。
彼らが知りたいのは詳しい手順ではなく、どうして俺だけが、準備も知識もなしにその手順へたどり着けたのかだった。
けれど俺には、見えたものを鑑定し、表示された順に進んだとしか説明できない。
「問題は、一本ずつ読んだかどうかじゃないの」
澪が口を挟んだ。
「専用設備も技術班もない場所で、鑑定だけを使って、普通なら入口を探すところから始める制御系へ入った。そのうえ、外部干渉まで探し切ってる。それも戦闘のすぐ近くで」
「でも、3本とも切らないとコアを再起動できなかったので……」
玄斎が声を上げて笑った。
「必要だったからできた、で済ませられるなら学会はいらんわい」
俺としては、ほかに方法がなかったとしか言えない。
ベルンハルトは、報告書に残る時刻を追いながら確認を重ねた。
俺は最初にアンデッドグランドドラゴンの種別と蘇生状態を特定し、本来の雷属性と外部付与された腐属性、龍脈からの魔力供給経路まで一度に読み取った。
その後はリング内領域の空間封鎖を見抜き、ダンジョンコアの手動制御パネルへ接続している。最後には3万8千本を超える術式ラインを鑑定で直接読み、外部干渉に使われた3本を順に探し出した。
「これらを専用設備のない災害現場で、ほぼ連続して行ったことに間違いありませんか」
「……言われてみると、結構いろいろ見てますね」
『いまさら』
シオの表示だけは、翻訳を待たずに澪と玄斎へ伝わった。
ベルンハルトは、現行の鑑定位で最高位にいるエリオットへ意見を求めた。
「ヴェイン殿は、どう評価しますか」
名を呼ばれたエリオットは、当時の記録を確認してから答えた。
「これは、鑑定深度だけでは説明できません。深い情報層まで到達できる鑑定士であっても、対象を切り替える速度や、空間を対象に含める範囲、複雑な術式網を追い続ける処理能力まで高いとは限らない。真壁氏の記録では、そのすべてが一つの事件で成立しています。少なくとも、既存の鑑定深度だけを基準に比較することは困難です」
「同意します。ただし、本人が手順と原理を説明できない以上、記録だけで最終的な結論を出すこともできません」
ベルンハルトの返答に、エリオットは異論を挟まなかった。
そこで、サイラスがもう一度発言した。
「3本目の外部ダンジョン接続について、接続先を調べようとは思わなかったのですか」
「余裕がありませんでした。切断してコアを再起動しないと、外で戦っている人たちが危なかったので」
「……そうですか」
サイラスはそれ以上聞かなかった。
3本目だけを聞かれたことも、そのときは気に留めなかった。
「少なくとも、この結果を偶然、あるいは単発の異常事例として処理することはできません」
これで終わりかと思い、通訳機へ手を伸ばしかけた。
その前に、ベルンハルトが次の記録名を読み上げる。
「次は、WEG東京です」
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