針のない羅針盤
本日カクヨムのほうでサポーター専用SS『WEG東京 鑑定競技を解説します!①』が公開されています!
本編エピソードに入っていたのですが、長すぎるという理由で泣く泣くカットした真壁のWEG東京鑑定競技のエピソードとなります。全5話形式で、本日は1話目を公開しています。数日後に2話目を公開予定です。
カクヨムの方ではストーリー進行が遅いですが、専用エピソードを近況ノートの方に掲載していますので、興味ありましたら是非のぞいてみてください(サポーターズパスポート加入などが必要になります)
「真壁遼氏に、依頼したいことがあります」
特命チームの担当者は、クロフォードから目を離さずに聞き返した。
「依頼、ですか」
「ええ。正確には、彼の鑑定能力をお借りしたい」
外務省の担当者が、手つかずのコーヒーを前に口を開く。
「対象を伺っても?」
「もちろん」
クロフォードは傍らの革製書類ケースを開き、一枚の写真を円卓の中央へ置いた。
写っているのは、古びたコンパスに似た魔道具だった。
くすんだ銀色の外殻には細かな文字と目盛りが刻まれている。
だが、方角を示すはずの針も、それを支える中央の核もない。
名取が席から身を乗り出し、写真を覗き込んだ。
「これ、壊れたコンパスじゃないんですか?」
「そう見えるでしょう」
クロフォードは写真の外殻部分を示した。
「正式な登録名は《フロンティア・コンパス》。ダンジョン黎明期から我が国が保管している魔道具です」
「ずいぶん昔から残っているものなんですね」
支援チームの女性が、写真の下に記された所有者名を読んだ。
「アビゲイル・ローワン?」
「伝説の探索者六名の一人です」
その説明で、外務省の担当者の顔つきが変わった。
名取だけは聞き覚えがないらしく、隣へ小声で尋ねる。
「そんなに有名な人なんです?」
「ダンジョンが現れ始めた時代の探索者です。アメリカ各地の未踏領域を調査し、異界の中で方角と帰還経路を見つけることに長けていたとされています」
クロフォードが代わって答えた。
アビゲイルはすでに故人である。
彼女の死後、《フロンティア・コンパス》はアメリカ政府の管理下へ置かれた。
だが、回収された時点で、コンパスからは針と核だけが消えていた。
「破壊された跡はありません。保管記録にも、主要部品を取り外したという記載は残っていない。盗難、消滅、所有者の死に伴う機能停止。これまで、いくつもの可能性が検討されてきました」
特命チームの担当者が、クロフォードを見た。
「それを、真壁さんに鑑定してほしいと?」
「ええ。ただし、今すぐ結論を求めるつもりはありません。正式な依頼は10月30日の面会で行います。今日は、そうした案件があると先にお伝えしたかった」
そこで、クロフォードの隣に座っていた男が口を開いた。
「私からも、ぜひお願いしたいと考えています」
男はサイラス・グレイと名乗った。
US-DDA歴史遺産鑑定室の主任鑑定官。
鑑定位を持つ高位鑑定士であり、《フロンティア・コンパス》の調査を以前から担当しているという。
「外殻がアビゲイル本人の所有物だったことは確認できています。製作時期も、表面に残る使用履歴もおおむね一致する。しかし、失われた部分については、私の鑑定でも追えませんでした」
「だから、真壁さんですか」
「WEG東京での記録も拝見しました。通常の鑑定士が止まる情報層を、彼は何度も越えている。私が以前から追ってきた答えへ、真壁氏なら届くかもしれません」
サイラスの話を聞き終え、特命チームの担当者は写真を円卓へ戻した。
「依頼があることは伝えます。ただし、受けるかどうかを決めるのは真壁さん本人です」
「もちろんです」
クロフォードは異論を挟まなかった。
名取が写真を見たまま尋ねる。
「ちなみに、危なくないんですよね?」
クロフォードはすぐには答えなかった。
短い沈黙の後、サイラスが引き取る。
「現時点で、コンパスそのものから危険な反応は確認されていません」
「現時点で、ですかぁ……」
「未知の魔道具について、絶対に安全だと断言する鑑定士はいません」
名取の隣で、支援チームの女性も写真を見直した。
「安全性についても、正式な資料をお願いします」
「用意しましょう」
「その内容を確認してから、真壁さんへ伝えます」
特命チームの担当者が話を区切った。
日本側の四人は、最後まで朝食へ手をつけないまま席を立った。
◇
同じ頃、星門館の別棟では、エリオット・ヴェインが一人で配信の保存映像を見ていた。
荒野に浮かぶ黒い球体。
その前に立つ真壁が、深層鑑定で読み取った内容を説明している。
エリオットは、鑑定結果の一箇所で映像を止めた。
設置者――エリアス・ヴェイン。
同じ姓を持つだけではない。
エリオットにとってエリアスは、世界鑑定士連盟の創始者である前に、自らの祖先だった。
エリオットは机の鍵を開け、古い革張りの手帳を取り出した。
ヴェイン家に残されてきた私的な記録である。
世界鑑定士連盟にも、ロンドン迷宮監査院にも、その内容は提出していない。
古びたページをめくると、途中にナバホという地名が記されていた。
その隣には、星門館のものと思われる古い見取り図が描かれている。
しかし、図面の一部は不自然に途切れていた。
通路の先が空白になり、その向こうに何があるのかは残されていない。
エリオットは手帳を上着の内側へ収め、部屋を出た。
館内案内板で資料保管庫への道を確かめる。
だが、実際に進んだのは表示された経路ではなかった。
迎賓区画から離れ、古い石壁に囲まれた回廊へ入る。
学会参加者が使う理由のない道である。
手帳の見取り図が示していた場所は、その奥にあった。
回廊は一枚の石壁で行き止まりになっている。
扉も取っ手も、封印を示す文字も見当たらない。
エリオットは首から下げていた小さなレンズを取り出した。
これもまた、ヴェイン家に伝わる遺品だった。
曇ったガラスと銀色の縁で作られ、鑑定しても用途は表示されない。
歴代の当主が何を試しても、一度も動いたことはなかった。
そのレンズを石壁へ近づける。
曇った表面に、細い光が走った。
エリオットはレンズと壁を見た。
もう一度近づけると、光は同じ場所へ現れる。
「……今まで、一度も反応しなかったものが」
「そこで何をしているのですか、ヴェイン卿」
背後からヘルガ・ノルドの声がした。
エリオットはレンズを上着の内側へ戻し、振り返る。
「少し、確認したいことがありまして」
「……センターから、あなたの祖先の名前が出たことと関係が?」
「いいえ。関係ありません」
ヘルガは行き止まりの石壁へ目を向けた。
もちろん、そこには何もない。
「そうですか」
納得した様子はなかったが、ヘルガはそれ以上追及しなかった。
「七鏡座があなたを探しています。センターの鑑定結果について、意見を聞きたいそうです」
「すぐに向かいます」
ヘルガが回廊から去った後も、エリオットはその場に残った。
ヴェイン家の記録にも、この壁の向こうに何があるのかは書かれていない。
ただ、真壁がナバホへ来た。
センターへ施されたエリアスの偽装を破った。
そして、長年沈黙していた遺品が初めて光を放った。
エリオットは何もない石壁を見つめた。
「真壁遼。あなたは、何を目覚めさせたのです」
読んでいただきありがとうございます。
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