回収屋チャンネルinモニュメントバレー①
翌朝、俺とシオは日本側に割り当てられた屋敷の1階ロビーで桐野を待っていた。
背の高い窓の向こうには、星門館の庭園が広がっている。
空は明るくなり始めたばかりで、噴水の水音が広いロビーまで届いていた。
階段から降りてきた桐野は、俺たちを見つけると片手を上げた。
「おはよ。昨日はよく寝られた?」
「そこそこかな? 隣で動画視聴に夢中な誰かさんに、何回も睡眠妨害されましたけど」
俺の肩にいたシオが専用スマホを掲げる。
『よるは しおのじかん』
「誰が決めたんだ、その時間」
「シオちゃん、どんどん成長していくねぇ」
桐野は笑いながら玄関へ向かう。
シオは反省する様子もなく、俺の肩で昨日見ていた動画の続きを開いていた。
外へ出ると、支援チームと内閣府特命チーム、護衛チームがすでに待っている。
庭園側の警備導線まで確認済みらしく、出発の合図を待つ人だけでもかなりの人数だった。
「みんな、おはようー!」
「おはようございます」
桐野の挨拶に、あちこちから返事が重なる。
最後に名取がこちらへ駆け寄ってきた。
「おっはようございまーす! シオちゃんも、おはよ!」
名取が片手を上げると、シオは触手を伸ばして手のひらを軽く叩いた。
「いぇーい!」
『いぇーい』
「いつの間にそんな交流を……」
目の前で会っているのに、普段はスマホでメッセージを送り合っている二人だ。
俺の知らない挨拶が増えていても、もう驚かない方がいいのかもしれない。
全員が揃うと、日本側逗留施設から星門館の入口へ向かった。
白い石畳を抜けて巨大な門をくぐり、昨日遊んだ境界を越えると、朝の乾いた空気が顔に当たる。
外部警備区画で簡単な退出確認を受け、俺たちは用意されていた車両へ乗り込んだ。
先導車の後ろに名取の運転する車が続き、さらに支援チームと護衛の車両がつく。
目指すのは、星門館が設置されている一帯から、さらに奥へ進んだ中心領域だった。
正式な登録名はナバホダンジョン。
モニュメントバレー方面の赤い荒野と重なるため、現地の案内ではモニュメントバレーダンジョンとも呼ばれている。
昨日まで、星門館の周囲にある警備区画だけを見ていたせいで実感が薄かった。
あの巨大な門が置かれている赤土の大地も、すでにダンジョンの内側らしい。
一般的なダンジョンのような入口や地下階層はなく、広い異界領域が地上へ重なっている。
こうしたオープンワールド型で、長期間安定して人が入れる場所は極めて珍しい。
しかも、ここではモンスターが一切出ない。
モンスターが出現しないダンジョンとしては、世界で唯一とされている。
「ダンジョンに入ってる感じ、全然しないな」
車窓の外には、朝日に照らされた赤い岩山と背の低い灌木が続いている。
魔物どころか、動いているものは遠くを飛ぶ鳥くらいだった。
「そういう場所だから、学会も開けるんでしょ。普通のオープンワールド型なら、鑑定士を何百人も集めるなんて無理よ」
「それはそうか」
隣では、シオがスマホを窓へ向けている。
昨日の夜にあれだけ動画を見ていたのに、撮影となれば元気だった。
しばらく車で進んだところで、先導車が赤土を固めた広い場所へ入った。
遠くには複数のビュートが並び、その間を細い管理用道路が延びている。
名取が指定された位置へ車を停め、護衛チームが先に周囲へ散った。
安全確認が終わると、俺たちも車を降りて配信の準備を始める。
「真壁さん、久しぶりのダンジョン配信だね」
「そうですね。回収屋チャンネルで普通にダンジョンを歩くのは、かなり久しぶりな気がします」
シオは俺の返事を待たず、撮影用スマホのカメラ設定を開いていた。
明るさを変え、画面の向きを確認し、触手でもう1台のスマホを持ち上げる。
『さつえいは まかせろ』
「頼もしいけど、今日は1台でいいからな」
少し離れた場所では、支援チームと特命チームが同時にため息をついていた。
朝の冷たい空気の中で、その息だけが妙に白く残った。
◇
昨日の夜、夕食を終えて部屋へ戻ると、桐野からメッセージが届いた。
『明日、モニュメントバレーダンジョンいきましょ!』
そういえば、カイエンタの受付を終えた時にも、同じ話をしていた。
明日は特に予定がない。
『行きましょう!』
送信して間もなく、桐野から返事が来た。
『じゃあ明日、早朝に1階ロビー集合ね』
『了解!』
そこまで連絡したところで、俺はベッドの上に置いていた配信用スマホを見た。
最近はダンジョン配信ができていない。
WEG東京では何度もカメラの前に出たが、あれは大会の公式配信だ。
モンスターが出ないダンジョンなら、危険な戦闘が映る心配もない。
久しぶりに、回収屋チャンネルで配信するか。
俺は支援チームへ連絡し、明日の行き先と一緒に配信の希望を伝えた。
『いや、さすがに配信は……』
通話の向こうで、支援チームの女性が言葉を切った。
「配信は、あそこだと駄目なんですか?」
『駄目と確定しているわけではありません。ただ、世界鑑定学会の開催区域に近く、各国の招待者も滞在していますので。それにラスベガスでも話しましたが、流石にこういう状況ですしやめておいた方が…』
「でも、センターまで行けば星門館からは離れるんですよね?」
『それは、そうですが……』
支援チームの女性が答えを探している間に、シオが専用スマホをこちらへ向けた。
『どうがに いっぱい あがってる』
「ナイス、シオ!」
俺はシオが開いた動画一覧を、支援チームとの通話画面へ映す。
「動画サイトにも、モニュメントバレーダンジョンの動画が普通に上がってるじゃないですか。問題ないですよね?」
『一般公開区域の映像であれば前例はあります。ただし真壁さんの配信となると、確認する範囲が極端に増えます』
「観光客が映していい範囲しか撮りません。シオもいますし、いつもの配信と同じです」
シオは俺の横で、触手を使って大きな丸を作った。
『……確認します。少しお待ちください』
通話が終わった。
シオは待っている間も動画を開き、センター周辺の景色を俺に見せてくる。
約30分後、支援チームから連絡が来た。
『短い時間でしたら、調整可能です。ただし撮影場所は事前確認済みの範囲に限定し、警備上の指示が出た場合はすぐに終了してください』
「どのくらいなら大丈夫ですか?」
『まずは30分以内でお願いします。配信経路については、内閣府特命チームとダンジョンTube側で調整します』
30分もあれば十分だろう。
そもそも、長い時間配信するほどのネタがあるかも怪しい。
「じゃあ、それでお願いします」
『承知しました。開始前には必ず、現地の特命チームへ声をかけてください』
「はい。ありがとうございます」
通話を終えると、シオが枕元で専用スマホを掲げた。
『はいしん けってい』
「決まったから、今日はもう寝ような」
『よるは これから』
シオは、このあと深夜まで動画を見続けた。
◇
朝の赤い荒野で、俺は回収屋チャンネルへログインした。
ダン博後の緊急配信以来なので、個人配信としては今回が38回目になる。
配信設定を開き、タイトルと開始予定時刻を入力する。
「いまから緊急動画配信を始めます、と」
入力した文章を読み上げてから、配信予告を掲載した。
数秒もしないうちに、待機画面へコメントが流れ始める。
『なに? いまから??』
『真壁さんのダンジョン配信?!』
『うぉぉぉぉぉ! 我らが王が品川に降臨じゃぁああああ』
『やべぇ! まさかの品川だとはっ!』
『まってたぞ!!』
『シオちゃん見れるのっ?!』
『今から品川突撃だ!』
品川という文字が何度も流れている。
そこで、配信予告に場所を入れていなかったことに気づいた。
「あ、場所入れてなかった」
「書き直さなくていいの?」
「もうすぐ始めますし、見れば分かるでしょう」
桐野は俺のスマホを見たあと、何も言わずに支援チームの方を見た。
支援チームの女性は、特命チームの担当者と何か確認している。
まあ、大丈夫だろう。
◇
同じころ、日本のダンジョンTubeでは、急な海外配信に対応するためスタッフが集められていた。
内閣府特命チームから緊急連絡が入ったのは昼過ぎで、通常なら数日かける配信経路の確認を、数時間で終わらせることになった。
いきなりの招集だったため、スタッフを集めるところから難航した。
海外回線との接続、遅延確認、コメント監視、権利処理まで、必要な担当が一度に呼び出されている。
配信ディレクターの相馬は、複数のモニターに並ぶ確認画面を見ていた。
「まさかアメリカからダンジョン配信するとか、ノーマークすぎた……」
「相馬さん!」
スタッフが真壁の回収屋チャンネルを表示する。
「真壁さん、今から緊急配信の告知出してます!」
「え?」
相馬が画面を確認すると、すでに待機コメントが高速で流れていた。
ダンジョンTube側が用意した海外中継用の予約枠は、まだ接続待ちのままだった。
「こっちの配信設定を使うって、特命チームに言っただろ? 確認して!」
「はい!」
一方、スタッフから連絡を受けた現地の特命チームは、互いのタブレット画面を見比べた。
「ダンジョンTubeが用意した予約枠は、どの画面から選ぶんだ?」
特命チームは全員が苦い表情を浮かべていた。
何せ、配信などやったことがないのだ。
いつもはダンジョンTube側が行っていたり、専門スタッフが担当していたのでいきなり言われても、初めての経験で右往左往していた。
「予約枠という連絡は来ている。だが、真壁さんの画面で選ぶ項目までは……」
「いまから切り替えられるのか?」
「切り替えられる、と向こうは言ってるが……これか?」
「いや、そこじゃないだろ。この設定から…」
誰も真壁のスマホに表示された画面を特定できないまま、ダンジョンTubeとの通話が続いた。
◇
そのやり取りを知らない俺は、通常の配信設定をすべて終えていた。
「シオ、そっちはどうだ?」
シオは撮影用スマホを持ち、2本の触手で大きな丸を作る。
「シオちゃん、そんなことまでできるようになったんだねぇ」
桐野が近くで丸を真似すると、シオは触手の形を少し整えた。
名取は撮影範囲の外から周囲を見ており、支援チームと特命チームはまだ連絡を続けている。
「じゃあ、緊急ダンジョン配信始めますか」
シオは撮影用スマホを横向きにして、俺と桐野、それから自分が収まる画角を決めた。
赤い岩山を背景にした3人の姿が、確認画面へ映る。
『りょう かいし いって』
桐野を見ると、笑顔で頷いた。
「シオ、開始いくぞ!」
シオが触手で動画開始ボタンを押す。
「あーみなさんお疲れ様です。久々の回収屋チャンネルです」
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