星門館での初日(後編)
古いヨーロッパの邸宅をそのまま持ってきたような建物だった。
淡い灰色の石壁に濃い色の屋根が重なり、正面玄関の左右には背の高い窓が並んでいる。
「え? ここなんですか?」
「こちら一棟が、日本側の逗留施設です」
「一棟全部?」
「はい」
また規模がおかしい。
正面扉が開き、中から先着していた日本側護衛チームが出てきた。
「お待ちしていました。こちらへどうぞ」
中へ入ると、広い玄関ホールから左右へ廊下が延びている。
客室に加えて食堂と応接室があり、会議に使えそうな部屋まで揃っていた。
俺とシオは割り当てられた部屋へ入り、荷物を置く。
ところが数分もしないうちに、扉がノックされた。
「真壁さん、これから事前打ち合わせです」
「………」
俺の行動パターンを先読みするかのようなこの早さ。
あと少しで消灯モードに切り替えようとした俺を決して見逃さない、この支援チームの真壁管理術。
WEG東京を通じて随分と支援チームには、そういう無駄な技術が磨かれたような気がする。
今日くらいは、このまま休ませてもらえると思っていたのに…。
打合せ場所として示されたのはいっぱいある会議室ではなく、俺の部屋についている執務室だった。
大きな机と応接用のソファーがあり、普通のホテルならここだけで一部屋として通りそうな広さがある。
そして支援チームと内閣府特命チームに加え、外務省の担当者が入ってきた。
桐野と名取も席につく。
シオは俺の隣で、専用スマホを机に立てている。
『しお かいぎじゅんび かんりょう』
シオ専用スマホにはそう書かれてあり、周囲に見せつけていた。
「うわぁ! シオちゃん!! 偉いね!! 誰かさんも見習ってほしいですよね!!」
「真壁さん、シオちゃんの仕事に対する姿勢は見倣ってください」
「………」
桐野は腹を抱えて笑っていた。
◇
「明日からの予定を確認します」
外務省の担当者が、壁の画面へ日程を表示した。
「世界鑑定学会は、明日10月27日から11月5日までの10日間です。最初の3日間は、鑑定学に関する研究発表と討議が中心になります」
画面には、10月27日から29日まで会議棟ごとの予定が並んでいる。
未分類遺物の判定基準、封印指定品の国際照合、ダンジョン構造鑑定の共有など、題名を読んでも俺には難しそうなものばかりだった。
「真壁さんには、この3日間の登壇も聴講も予定されていません」
「あ、はい」
そこは助かった。
「10月30日は、アメリカダンジョン省との面会があります。10月31日から11月4日までは、提出された鑑定記録の照合、個別審査、連盟内の順位協議が行われます」
日付が進み、最後の11月5日だけ大きく表示された。
「最終日は順位式です。真壁さんには、この順位式へ出席していただきます」
「俺が出るのは、アメリカダンジョン省との面会と、最後の順位式だけですか?」
「事前に確定している予定は、その2件です」
俺は机へ身を乗り出した。
「本当に、それだけなんですよね? 絶対ですよね??」
「はい。現時点で真壁さんに出席をお願いしているのは、その2件です」
「現時点という言葉が気になりますけど、それ以外の日は休んでいていいんですよね?」
「連絡が取れる範囲であれば、自由に過ごしていただいて構いません」
「本当ですね?! もう撤回なんてさせませんよっ!!」
「真壁さん、どれだけ確認するのよ!」
桐野が耐えきれずに笑い出した。
支援チームの女性は、何度目か分からない確認を黙って聞いている。
名取はシオを抱き上げた。
「真壁さんって、ホントに休みたかったんだねー」
シオが名取の腕の中から専用スマホをこちらへ向ける。
『げんだいしゃかいの やみ』
「そういう言葉、どこで覚えてくるんだ……」
画面の日程は、何度見ても2件だけだった。
これなら、観光に使える時間はかなりある。
「本日の予定は、以上です」
支援チームの女性が告げる。
「夕食は、御厨家の皆様とご一緒になります。開始時刻になりましたら、食堂へお越しください」
◇
夕方、俺とシオが食堂へ入ると、円形のテーブルがいくつか用意されていた。
中央のテーブルには、桐野と御厨家の3人がすでに座っている。
周囲のテーブルにはほとんど人がおらず、護衛チーム、支援チーム、特命チームがすぐ隣の席を使っていた。
「真壁さん、遅い!」
「ご無沙汰しています、真壁さん」
桐野の声に続いて、澪が会釈した。
「遅れてすいません。澪さんも、ご無沙汰してます」
俺は空いている席へ向かいながら、澪の隣にいる男性へ頭を下げた。
「あ、どうも。いろいろとWEGの時はお世話になりました」
「こちらこそです。WEGが無事に終わり、ほっとしています」
御厨宗一郎は、以前AICの鑑定室で会った時より表情が柔らかかった。
残る1人は、こちらを見ている和装姿の老人だった。
「えーと……」
「おじい様です」
澪が横から教えてくれた。
「御厨玄斎じゃ。ダンジョン庁で顧問と、特級鑑定士をしておる」
玄斎は腹の底から笑うような声を出した。
「おぬしの名前は、よう聞いておるよ。WEGの件はよくやった。御厨家は、おぬしに借りを作りっぱなしじゃな」
「ははは。なんか運が悪いのか、いろんなのに当たって……」
シオが俺の隣でスマホを掲げる。
『ひきよせている の まちがい』
「おまっ……」
「はっはっはっ! よく分かっておるではないか」
玄斎がさらに大きな声で笑い、桐野まで肩を揺らしている。
俺とシオが席につくと、夕食が運ばれてきた。
肉料理や温かいスープが円卓へ並び、色んな食べ物の匂いが広がる。
シオにも専用の高純度な魔石や専用魔石ジュースが置かれていく。
『こいあじ! よきよき』
食事が始まってすぐ、澪がこちらへ身を乗り出した。
「真壁さん。日本に帰ったら、競技用ダンジョンを遠隔管理した件、じっくり聞かせてください」
「澪、はしたないぞ」
宗一郎がすぐに止める。
「だって、映像越しに鑑定しただけでもおかしいのに、その先で管理者権限まで通したのよ? 聞きたいことはいくらでもあります」
「食事が始まったばかりだ」
「じゃあ、食後ならいい?」
「そういう話ではない」
親子の会話を聞いていた玄斎が、スープの器を置いた。
「ダンジョン管理の件は、今回の学会でも正式に報告が上がることになっておる」
「え?」
「競技用とはいえ、ダンジョンへ離れた場所から接続し、難易度を変更した事例じゃ。鑑定学とダンジョン管理の双方に関わる。もしかすると、おぬしも学会へ呼ばれるかもしれんぞ?」
「呼ばれても、俺から話せることが……」
シオのスマホがテーブルの上に出てきた。
『ふらぐ たった』
「シオ、縁起でもないこと言うのやめなさい」
「うーん、これは確実にフラグが……」
「桐野まで乗らなくていいから」
隣のテーブルでは、支援チームと特命チームが顔を寄せて何か話し始めていた。
時折こちらを見ているので、夕食の相談ではなさそうだ。
「絶対に出ないですから!」
俺が先に宣言すると、玄斎は声を上げて笑い、澪は「えー」とこぼして料理へ戻った。
◇
夕食を終えて部屋へ戻るころには、外はすっかり暗くなっていた。
明日から世界鑑定学会が始まる。
ただ、俺に予定されている仕事はまだない。
ベッドへ腰を下ろしたところで、スマホが鳴った。
桐野からのメッセージだった。
『明日、モニュメントバレーダンジョンいきましょ!』
【新作のお知らせ】
新作『人間嫌いのハイエルフ、父になる』の連載を開始しました!
※ハイファンタジーです。要注意!
人間を嫌っていた長命種のハイエルフが、ひょんなことから人間の赤ちゃんを拾い、慣れない子育てに奮闘するお話です。
本人はあくまで一時的に保護しているだけのつもりですが、周囲から見ると、どう見ても父親になりつつあります。
本作とはまた少し違った、ほのぼのとした子育てファンタジーになっています。
楽しんでいただけましたら嬉しいです!




