星門館での初日(前編)
鑑定結果が消えても、俺の身体には何も起きなかった。
頭痛もないし、気分が悪いわけでもない。
目の前には相変わらず、赤い荒野に開いた巨大な門が立っている。
「真壁さん、大丈夫ですか?」
支援チームの女性が俺の顔を覗き込み、名取もすぐ横まで来ていた。
少し離れた護衛たちまで、こちらへ動きかけている。
「はい。全く問題ないです」
「えー? 無傷なの?」
桐野は俺の顔を覗き、それから巨大な門を仰いだ。
「こういうのって、鑑定返し対策は万全なはずなんだけど……。世界鑑定士連盟が、鑑定されたら困るものをそのまま置いてるわけないし」
その対策なら、鑑定結果にしっかり出ていた。
対鑑定反射術式《鏡返し》。
しかも、下手に鑑定すれば廃人になるかもしれない代物らしい。
ただし、俺に対しては迎撃停止と出ている。
万象招鏡による本人指定招待者として照合され、開示範囲は全層だった。
最後には、『深淵を読む者よ』、なんて大層な呼びかけまで入っている。
……これは、あまり話さない方がよさそうだ。
「鑑定結果からは、見ても大丈夫と許可をもらったみたいです」
「それだけ?」
「…それだけです」
桐野は何か言いかけ、支援チームの女性はタブレットの記録画面を閉じた。
名取も俺から一歩離れ、門の方へ向き直った。
全員、俺が見てはいけないところまで見たと思っているらしい。
多少なりとも俺との付き合いが出来てきたせいか、こういう時の俺の行動をしっかりと理解しているみたいだった。
「……では、入館手続きを優先します」
支援チームの女性が前方の警備担当へ合図を送り、俺たちは再び門へ向かって歩き始めた。
星門館の周囲には、さっき遠くから見えたものとは別に、平屋の簡易建築が何棟も並んでいる。
参加証の確認、持ち込み品の検査、随行員の登録など、建物ごとに役割が分かれているようだった。
外周はアメリカ軍の車両と兵士が塞いでおり、仮設フェンスには隙間がない。
星門館へ入るには、正面の検査棟を通るしかなさそうだ。
「あちこちに凄腕の探索者が散ってるね」
桐野が歩きながら、何もない赤土の斜面へ視線を向ける。
「この岩場に、ですか?」
俺が見ても、岩と背の低い灌木しかない。
「たぶんUS-DDA所属。ダンジョン省お抱えの探索者が、周辺警備に駆り出されてるんでしょ」
「へぇ……」
もう一度見たが、やはり分からない。
フェンス沿いにも検査棟の屋根にも、それらしい姿はなかった。
「俺には全く分からないですけど」
「周囲にゴロゴロいますよー」
名取がいつものテンションの高い声で言う。
そういえば、この人も八咫烏のS級探索者だった。
毎日一緒に車へ乗って、シオとメッセージを送り合っている姿ばかり見ていると、たまに忘れそうになる。
「むむむ? なにか今、失礼なこと考えてません?」
「ははは。名取さんも頼りにしてますよ?」
「むむむ? なんか馬鹿にされた気がします??」
シオがすぐに専用スマホを操作する。
『めいは すごうで』
「さっすがシオちゃん!! 誰かと違ってよく分かってる!」
「誰かって誰だよ……」
俺がこぼす横で、シオは名取へ続けて何かを送っていた。
そんなことをしているうちに、参加者保安検査を行うPSAエリアへ着いた。
ここからは、日本側の支援チームと内閣府特命チームが連携して手続きを進めていく。
俺は参加証と外交旅券を提示し、事前申告済みの手荷物と装備を検査台へ載せた。
シオも専用の随伴記録を確認され、殻の状態と魔力反応を照合される。
最後に俺たちの参加証がもう一度読み取られると、検査ゲートの表示が緑へ変わった。
「日本側招待者一名、随伴高位生命体一体、登録済み随行員。通過許可が出ました」
門へ続く白い通路の封鎖が解かれる。
すぐ目の前では、赤土が白い石畳へ変わっていた。
境界には扉も膜もない。ただ門の枠を越えた瞬間に、足元も気温も切り替わる。
俺は右足だけを星門館へ入れた。
靴の下は白い石畳で、顔には庭から流れてくる湿った風が当たる。
右足を戻すと、乾いた熱と赤土の上に戻った。
一歩入れば星門館で、一歩下がればモニュメントバレーだ。
『りょう』
隣を見るとシオも地面に下りて、門の境界を挟んで前後に動いていた。
白い石畳へ入り、赤土へ戻り、また白い石畳へ入る。
「シオ、これ面白いよな」
『おもしろい』
「真壁さん、シオちゃん。そんな修学旅行の子みたいなことしてないで、早く入りなさいよ」
桐野が星門館側から呆れた声を出し、支援チームの女性も腕時計を示した。
「後続の方もいらっしゃいます。続きは入館後にしてください」
「境界はここにしかないので、入館後は無理では?」
「遊んでないで、さっさと入ってください」
「……はい」
名取だけはシオへスマホを向けている。
「シオちゃん、めっちゃかわいい! もう1回! もう1回だけお願いします!」
『もう いっかい』
シオが赤土へ戻り、また石畳へ飛び込んだ。
後ろで護衛の一人が、こいつらマジで修学旅行気分だな、とこぼした。
◇
全員が星門館へ入ると、世界鑑定士連盟の職員がすぐにやってきた。
「日本からお越しの皆様ですね。日本側の逗留施設へご案内いたします」
流暢な日本語だった。
職員は俺たちの参加証を確認し、白い石畳の先に延びる道へ案内する。
門の中には、外から見えていた以上の建物が並んでいた。
庭園と水路の間を回廊がつなぎ、その向こうにも宿泊棟らしい建物が続いている。
「日本から招待されたほかの鑑定士の皆様は、すでに施設へお入りです」
「御厨家の方々ですね」
支援チームの女性が確認すると、職員が頷いた。
「御厨家……ああ、澪さんとかか。そういえば招待されてるって言ってましたよね」
「はい。御厨玄斎氏、御厨宗一郎氏、御厨澪氏の3名です」
道を10分ほど歩き、俺たちは日本側に割り当てられた施設へ到着した。
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※ハイファンタジーです。要注意!
人間を嫌っていた長命種のハイエルフが、ひょんなことから人間の赤ちゃんを拾い、慣れない子育てに奮闘するお話です。
本人はあくまで一時的に保護しているだけのつもりですが、周囲から見ると、どう見ても父親になりつつあります。
本作とはまた少し違った、ほのぼのとした子育てファンタジーになっています。
楽しんでいただけましたら嬉しいです!




