荒野の星門館
翌日の昼、俺たちはカイエンタを出発した。
モニュメントバレーまでは、車で約1時間。
昨日と同じように先導車が前を走り、俺たちの後ろには日本側と現地側の警備車両が続いている。
町を離れると、茶色に近い赤土の大地が一面に広がった。
これまで見てきた鮮やかな赤い岩とは違い、土も岩も少し暗く、乾いた色をしている。
空は高く、雲はほとんどない。
一本道の両側には背の低い灌木がまばらに生え、風が通るたび細い枝を揺らしていた。
しばらく走ると、地平線の上に奇妙な岩山が見え始める。
頂上だけを巨大な刃物で平らに切ったような岩山。
その周囲を支える斜面は長い年月で削られ、中央には垂直に近い赤褐色の壁だけが残っている。
さらに進むと、太い岩塔が2本並んだ場所も見えた。
片側へ突き出た形まで含めると、荒野から巨大な手袋が生えているように見える。
「写真で見た形だ……」
「モニュメントバレーっぽくなってきたね」
桐野が窓へスマホを向ける。
シオも反対側の窓から撮影しており、名取は前を見たまま、ときどき道路脇や後続車を確認していた。
周囲には本当に何もない。
赤土を貫く道路の上を、俺たちの車列だけが進んでいく。
やがてモニュメントバレーの岩山が近くなり、道路の先に白い仮設建物が見えてきた。
警察、アメリカダンジョン省、救急、消防、それ以外にも判別できない公的機関の車両が並んでいる。
道路脇にはプレハブの庁舎が何棟も建てられ、アンテナと監視カメラが赤い大地から突き出していた。
その中央には、道路をまたぐドライブスルー型の検査施設が展開されている。
先導車が検査レーンへ入り、俺たちの車も後ろに続く。
ゲートが閉じると、係員が入域許可証と乗員名簿を照合し、車体の下へ検査機器を差し入れた。
爆発物反応を調べる装置が車体の周囲を動き、手荷物と荷室も確認される。
最後に参加証を読み取り機へ当てると、頭上のランプが赤から緑へ変わった。
「通過許可が出ました」
名取が先導車からの連絡を受け、車を発進させる。
検査施設の先には、赤土を固めて作った広い臨時駐車場があった。
大型車や黒塗りの公用車、各国のナンバーをつけた車が何列にもわたって停まっている。
世界鑑定学会という名前だけでは実感できなかった規模が、ようやく車の数として見えてくる。
関係者の誘導に従って、指定された区画へ車を停めた。
「ここからは徒歩で迎賓館へ向かいます」
支援チームの女性が予定を確認する。
車を降りると、日本側の護衛がすぐに周囲へ広がった。
黒いスーツ姿の警護担当に加え、少し離れた場所には特務隊の精鋭チームが装備を整えている。
先頭と左右、それに後方まで固められ、俺たちはその中央を歩くことになった。
「これ、さすがに目立ちません?」
「安全確保を優先しています」
「俺たちより護衛の方が多いですよね」
支援チームの女性は人数を数えず、前方の誘導員へ合図を返す。
他の参加者らしい人たちは歩みを緩め、各国の随行者や連盟職員も、俺たちが通り過ぎるまで視線を外さなかった。
どこかの国の警備担当が無線へ手を伸ばし、同行者の位置を変える。
俺たちが横を通るだけで、相手側の護衛まで仕事を増やしていた。
別に、こちらから何かする予定はない。
最近はそう思っている時ほど周囲の警戒が増えるので、口には出さなかった。
◇
臨時駐車場を抜けたあとも、赤土の上に敷かれた通路は長く続いている。
仮設フェンスの向こうには岩と灌木しかなく、世界三大学会の迎賓館らしい建物は見当たらない。
乾いた風を受けながら歩くこと数十分。
前方の岩陰を抜けたところで、先頭の護衛が足を止めた。
俺たちがその先へ視線を向けると、後ろから続いていた足音まで消える。
赤一色の荒野に、数十メートルはある巨大な門が立っていた。
太い枠だけで作られた、窓のような形をしている。
門の左右と上には荒野の景色が続いているのに、枠の内側だけがまったく別の場所へつながっていた。
赤土は門の手前で途切れ、その先には白い石畳が延びている。
広い庭には手入れされた芝生と樹木が並び、葉の濃い緑が風に揺れていた。
さらに奥には、白い壁と大きなガラス窓を持つ建物がいくつも見える。
高い柱のある正面棟、左右へ延びる回廊、その間を流れる水路まであり、荒野の仮設会場とは思えない。
門の外では乾いた砂が転がり、内側では噴水の水が日差しを反射している。
赤褐色の大地に、豪華な施設と鮮やかな緑を切り取った巨大な窓を置いたようだった。
「なんだこりゃ……」
「すご……」
「あれが、今回の世界鑑定学会の会場となる異界迎賓館《星門館》です」
支援チームの女性が、巨大な門へ片手を向けた。
シオも専用スマホを掲げる。
『こうやに ぽつんと もんがある』
確かに、言葉にすればそうなる。
ただし、荒野に立つ門は遠近感がおかしくなるほど巨大で、枠の内側には街と言ってもいい規模の施設が収まっている。
俺たちだけではない。
周囲を歩いていた他国の参加者たちも、門が見える場所へ出るたびに足を止めていた。
「私も実物を見るのは初めてですが、会期中はあの星門館内の迎賓館に宿泊し、世界鑑定学会へ参加することになります」
「シオの言う通り、ほんとにポツンと異次元の街がある感じだな……」
「あれが世界鑑定士連盟の超級遺産かぁ……」
桐野は巨大な門を見上げたまま、隣でそう呟いた。
「桐野、あれを知ってるのか?」
「うん。結構有名な魔道具だけど、滅多に使用されることはないって聞いてる。なんでも、動かすだけでとんでもない量の魔石が必要らしいよ」
あの太い枠のどこに、門の向こう側を固定する術式が収まっているのか。
施設そのものを異次元空間に置いているなら、どうやってこの場所と接続しているのか。
俺は門の枠を上から下まで目で追い、そのまま鑑定をかけた。
「あ、それに鑑定かけちゃ駄目よ?」
桐野の声が、少し遅れて届く。
「下手するとカウンターを喰らって、廃人になるかも」
「え?」
もう鑑定をかけたあとだ。
俺が口元を引きつらせたまま桐野へ顔を向けると、シオが下からこちらを見上げた。
『りょう やったな』
シオの触手が、目で追えない速さで専用スマホの画面を叩く。
次の瞬間、桐野、名取、支援チームの女性が持つスマホから、ほとんど同時に通知音が鳴った。
三人が画面を開くと、俺に見せたものと同じメッセージが表示されていた。
『りょう やったな』
全員が黙った。
「あはは……」
その間にも、鑑定結果は最後まで表示されていく。
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対象:異界迎賓館《星門館》
分類:超級遺産/移動式異界迎賓施設魔道具
所有:世界鑑定士連盟
製作:エリアス・ヴェイン
状態:正常稼働中
展開領域:固有異界《星庭》
内部施設:迎賓館、会議棟、宿泊区画、鑑定位測定用隔離棟、資料保管庫、危険物保管庫など
動力:高純度魔石集積炉十二基
維持消費:一日あたり高純度魔石二千四百個相当
防衛機構:対鑑定反射術式《鏡返し》
防衛状態:鑑定者照合により迎撃停止
照合結果:万象招鏡による本人指定招待者《真壁遼》
開示範囲:全層
備考:ようこそ、深淵を読む者よ。
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