カイエンタでの受付
カイエンタは、赤茶色の荒野に低い建物を集めた町だった。
平らな屋根の家や店舗が160号線に沿って並び、その向こうには乾いた大地がどこまでも続いている。
ガソリンスタンドや飲食店、何軒かのホテルも見えるが、建物の間隔は広く、日本でいう町並みとはだいぶ印象が違った。
夕方の日差しを受けた岩山が、町の背後で濃い影を作っている。
窓を閉めていても、赤い砂を巻き上げる風の音が聞こえた。
その入口だけは、田舎町とは思えないほど物々しい。
カイエンタを東西に貫く160号線の片側が規制され、コンクリート製の防護壁と仮設ゲートで車線が細く絞られている。
道路脇には警察車両が並び、武装した警備要員が通過車両を一台ずつ確認していた。
「町に入るだけですよね?」
「世界鑑定学会の関係者が集まっていますから、東西の出入口で検問を行っています」
支援チームの女性が、現地から届いた連絡を確認しながら答えた。
先導車が俺たちより先に検問へ入る。
運転席から書類が渡されると、警備要員が車体の下や荷室を確認し、無線でどこかとやり取りを始めた。
俺たちの車も、その後ろで止まる。
反対車線を走る一般車両は普通に町を出ていくのに、こちらの車列だけが何台も連なって待たされていた。
後ろには日本側の警備車両が続き、さらにその後方を現地警察の車が塞いでいる。
5分ほど待ったところで、先導車の助手席から護衛チームの一人が降りてきた。
ゲート脇の警備要員と言葉を交わしてから、こちらへ歩いてくる。
俺が窓を下げると、乾いた風と一緒に細かな砂が入ってきた。
「入域許可が出ました。このまま先導車の後ろに続いてください」
「分かりました」
護衛は車内を見回し、後部座席の名取へ顔を向けた。
「ここからは、お前が運転だ」
「あいさっさー!」
誰もすぐには返さず、エアコンの風だけが名取の前髪を揺らした。
護衛は返事をした名取を見たまま動かない。
支援チームの女性は目を閉じ、聞かなかったことにしたらしい。
「名取さん、何その返事」
桐野が先に突っ込んだ。
「いやぁ、なんとなく?」
「なんとなくで出る言葉じゃないでしょ」
名取は笑いながらシートベルトを外した。
午後までの観光が、まだ自分の中で消化しきれていないのだろう。
運転席を離れたばかりの俺も、すぐ次の予定へ動きたくはなかった。
ここで検問を通れば、さっきまでの旅行は本当に終わり、世界鑑定学会の予定へ戻される。
シオが名取と一緒に後部座席から降り、専用スマホを操作した。
運転席へ移った名取のスマホが鳴る。
『まだまだ りょこうは これから』
「そうだよね、シオちゃん!」
名取はさっきよりも元気になり、シオへ親指を立てた。
「運転中にメッセージを返すなよ」
「そこは大丈夫です。ちゃんと停車中なので!」
妙なところだけ仕事へ戻るのが早い。
全員が座り直すと、先導車が検問の奥へ進んだ。
名取もその後ろにつき、俺たちの車列は夕方のカイエンタへ入っていった。
◇
検問から数分で、町の中心部にあるホテルへ到着した。
3階建ての建物は世界鑑定学会の受付会場として貸し切られており、正面玄関には一般客が入れないよう規制線が張られている。
駐車場の入口にもアメリカダンジョン省の車両が停まり、受付用のテントと手荷物検査台が並んでいた。
「到着しました。皆さん、車から降りてください」
護衛チームに促され、俺たちは順番に車を降りた。
名取と日本側の護衛が先に周囲を確認し、その間に受け入れ側の警備要員が無線で到着を報告している。
玄関を通るまでに、身分証の確認と手荷物検査が2回あった。
ホテルの中へ入っても、壁際には装備を整えた警備要員が立ち、エレベーター前には通行証を読み取る臨時ゲートまで置かれている。
ロビーではアメリカダンジョン省の職員が案内を行い、濃紺の制服に木とレンズの記章をつけた世界鑑定士連盟の職員たちが受付を進めていた。
すでに何組もの参加者が順番を待っている。
夕方に差しかかっているのに、会話と名前を呼ぶ声が途切れなかった。
「申し訳ありません。お呼びするまで、割り当てられた客室でお待ちください」
通訳を介してそう告げられ、俺たちは2階へ案内された。
待機用に割り当てられた客室へ入ると、名取が真っ先にソファへ座る。
シオもその隣へ移り、今日撮った写真を専用スマホに表示した。
桐野はベッドの端へ腰を下ろし、ロビーでもらった案内用紙を眺める。
「鑑定学会って、こんな感じの受付なんだね」
「今回はモニュメントバレーでの開催ですから、このような形になっているのでしょう」
支援チームの女性は、客室内の電話と非常口の位置を確かめてから続けた。
「あの辺りには大きな建物がほとんどありません。ここである程度の手続きを済ませておかないと、向こうの受け入れが大変なことになると思います」
「なるほど。でもさ、なんでこんなところで開催になったんだろ?」
「それは……何も伝えられていません。前回はローマで行われたのですが、これほどの僻地での開催は、世界鑑定学会でも過去に1回しかなかったそうです」
「へぇ……1回はあったのね」
「初回がそうだったらしいですよ」
「初回なら、まだ会場も決まってなかったのかな」
支援チームの女性は、そこまでは資料にないらしく首を横へ振る。
会話が途切れると、名取とシオがスマホを持って桐野の方へ移動した。
ホースシューベンドで撮った集合写真を3人で見比べ、同じ場所なのに誰のスマホが一番きれいに撮れているかを話し始める。
俺は窓際の椅子に座り、少しずつ暗くなる町を眺めた。
160号線を走る車のライトが見える。
検問の方角では赤と青のランプが点滅していた。
ときどき廊下を人が通り、キャリーケースの車輪が硬い床を転がっていく。
そして待たされること30分。
ようやく支援チームの業務用タブレットに呼び出しが入り、俺たちは1階へ戻る。
受付会場はロビー横の宴会スペースに設けられていた。
簡易の仕切りでいくつもの窓口が作られ、その間をアメリカダンジョン省と世界鑑定士連盟の職員が行き来している。
俺らは先導する職員について、一番奥の窓口へ向かう。
受付職員は招待状と外交旅券を照合し、参加予定と持込品の申告内容まで順番に確認していく。
俺以外の全員は随行者として登録され、桐野と名取には顔写真入りの通行証が渡された。
シオについては、専用の随伴記録と保護許可証を照合している。
担当者は何度も画面を切り替えていたが、渡航前に日本側が資料を送っていたおかげで、追加の確認は求められなかった。
一通りの手続きが終わると、受付職員が薄い手袋を着ける。
隣に立っていた連盟職員が鍵付きのケースを開き、中から黒い金属板のような魔道具を取り出す。
手のひらより少し大きく、表面には何も書かれていない。
「最後に、鑑定士ご本人であることを確認します」
通訳が職員の言葉を日本語へ直した。
魔道具が柔らかな布の上へ置かれる。
連盟職員は触れた手を離さず、俺の方へ表面を向けた。
「これを鑑定してください。そこに表示される文字を読み取り、こちらへお伝えください」
「鑑定スキルを持っているかどうかの確認ね」
桐野が魔道具を横から覗く。
「そういうことですか。じゃあ、さっさと終わらせましょう」
肉眼では黒い板にしか見えず、傷や刻印もなければ、文字を隠すための覆いがあるわけでもない。
俺は表面へ意識を向け、そのまま鑑定を通す。
何かを深く探る必要はない。
表層に触れたところで、読み取りを待っていた術式が反応し、英語の文字列が浮かび上がる。
同時に、その文字を支えている古い製作情報まで鑑定結果へ現れた。
――――――――――――――――――――
対象:簡易鑑定認証板
分類:鑑定技能保有確認用魔道具
状態:正常
製作:エリアス・ヴェイン
認証刻文:THE WAY OPENS TO THOSE WHO SEE.
備考:肉眼による認証刻文の読み取りは不可。鑑定系スキルの接触時のみ刻文を開示する。
――――――――――――――――――――
伝説の鑑定士本人が作った魔道具を、参加受付の確認に使っているらしい。
簡単な機能なのに、職員が手袋を着け、鍵付きのケースから出した理由はそれだろう。
俺は用意されていた紙へ、表示された英語をそのまま書き写した。
【THE WAY OPENS TO THOSE WHO SEE】
書き終えた紙を受付職員へ渡す。
職員は文面を確認して頷き、連盟職員はすぐに認証板をケースへ戻していく。
「ご協力ありがとうございます」
通訳の日本語に合わせ、受付職員が俺へ右手を差し出す。
「ようこそ、世界鑑定学会へ。歓迎します、ミスター・真壁」
「あ、はい。よろしくお願いします」
握手を返すと、職員は俺の参加証を有効化し、首から下げるホルダーへ入れて渡してくる。
これで受付は終了だった。
◇
その夜は、世界鑑定士連盟がカイエンタに確保した別の宿泊施設へ移動した。
部屋の割り当てを確認し、廊下でそれぞれの部屋へ分かれる。
俺がシオと一緒に自室へ入ろうとしたところで、桐野が隣のドアから顔を出した。
「真壁さん、時間あったらモニュメントバレーダンジョン行ってみようよ」
「それいいですね! 久しぶりにダンジョン配信しましょうか」
廊下の先を歩いていた支援チームの女性が足を止める。
こちらを振り返らなかったので、聞こえていないことにして部屋へ入った。
【新作のお知らせ】
新作『人間嫌いのハイエルフ、父になる』の連載を開始しました!
※ハイファンタジーです。要注意!
人間を嫌っていた長命種のハイエルフが、ひょんなことから人間の赤ちゃんを拾い、慣れない子育てに奮闘するお話です。
本人はあくまで一時的に保護しているだけのつもりですが、周囲から見ると、どう見ても父親になりつつあります。
本作とはまた少し違った、ほのぼのとした子育てファンタジーになっています。
楽しんでいただけましたら嬉しいです!




