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【書籍化&コミカライズ決定】会社をクビになった俺、深夜ダンジョンでゴミ拾いしてたら【鑑定】が覚醒して配信界のトップになった  作者: 小狐


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モニュメントバレーまで(後編)

 ハイウェイを南下し、ページの町を抜ける。


 町の建物が途切れると、窓の外は一気に赤茶色の大地へ変わった。

 低い灌木がまばらに生えているだけで、遠くまで視界を遮るものがない。青空の下で、平らな岩山が幾重にも重なっていた。


 道路脇に現れた案内板を曲がり、ホースシューベンドの駐車場へ入る。

 朝に写真で見た巨大な谷は、まだどこにも見えない。駐車場の先にあるのは、赤い砂地と緩やかな丘だけだった。


 車を降りると、乾いた風が頬に当たる。

 日差しは強いのに、風が吹くたび上着の隙間から冷気が入ってきた。


 シオは俺の肩へ移り、飛ばされないよう触手を襟へ巻きつける。


 『かわは どこ』


 「俺にも見えないな」


 「この先。歩いていけば、ちゃんと見えるから」


 桐野は迷う様子もなく、土の遊歩道へ入っていった。


 赤い砂を踏みながら、そのあとを追う。

 遊歩道には木陰がなく、足元では細かな砂が靴の下で鳴った。周囲には同じ方向へ歩く観光客がいるが、まだ川の流れる音すら聞こえない。


 なだらかな坂を越えると、風が少し強くなった。

 先を歩いていた桐野が足を止め、こちらへ振り返る。


 「真壁さん、ここから!」


 その横まで進んだところで、それまで丘に隠れていた谷が、一気に視界へ飛び込んできた。


 崖の上から、深い谷を見下ろす。


 眼下ではコロラド川が岩山を囲み、馬の蹄そのものの形で蛇行していた。

 朝に見た写真と同じ形だ。

 しかし、画面の中では分からなかった高さと大きさがある。


 「すごい、写真通りだ」


 『かわのまがりが なかなか しぶい』


 シオが自分のスマホへ打ち込み、名取へ送る。

 受信した名取は、画面を見て満足そうに頷いた。


 「シオちゃん、分かってるねー」


 「何が分かってるんですか」


 展望区画の中央には柵があったが、少し離れれば岩肌がそのまま崖まで続いている。

 遮るものが何もない場所へ近づく人もいた。


 「ここ、近づきすぎると危ないですね」


 「じゃあ、あそこから撮りましょう!」


 桐野が指したのは、柵のない側だった。

 崖の際よりは手前で、足場も平らに見える。それでも、その向こうには空しかない。


 「いや、怖いです」


 「大丈夫だって。私が先に行くから」


 桐野はためらいなく歩いていく。

 シオまでそのあとを追い、途中でこちらを振り返った。


 『りょうも くる』


 「俺はここで――おい!」


 伸びてきた触手が上着をつかんだ。

 踏ん張る間もなく、俺の体が桐野の方へ引かれていく。


 「ナイス、シオちゃん」


 「シオ、何やってんだ! 崖で人を引っ張るな!」


 『りょうは びびり』


 「あ、当たり前だろ!」


 桐野は一瞬目を丸くして、それから声を上げて笑った。


 「ごめんごめん。まさか、そこまで苦手だとは思わなくて」


 「誰のせいですか」


 『しおが まもる』


 「守るなら、先に引っ張るのをやめてくれ」


 桐野はまだ笑いながら、シオに引かれてずれた俺の上着を直した。

 それから俺の背中へ手を添え、数歩だけ元の道の方へ戻す。


 「ここなら大丈夫?」


 「……最初からここにしてください」


 足元の平らな場所を確かめて立つと、桐野がすぐ隣へ並んだ。


 「じゃあ、まずはスリーショットね」


 シオが触手でスマホを高く持ち上げる。

 左右へ動かし、俺たちと川の曲がりが一緒に入る角度を探していた。


 『さつえいは まかせろ』


 シャッター音が立て続けに鳴る。

 途中からシオは俺の肩へ乗り、さらに桐野側へ体を傾けた。


 撮り終えると、桐野が名取と支援チームの女性を呼ぶ。

 最後は4人とシオで並び、同じ景色を背に何枚も撮った。


 撮影を終えたシオが、触手でスマホを差し出してくる。

 画面には、馬蹄形に曲がる川と、その手前に並んだ俺たちがきれいに収まっていた。

 桐野と名取は笑顔で、支援チームの女性も少し控えめに笑っている。

 俺だけは崖から逃げようとしているのか、わずかに体が傾いていた。


 「真壁さん、顔が固い」


 「崖の近くまで引っ張られたんだから、仕方ないでしょう」


 「でも、これも思い出って感じでいいんじゃない?」


 名取の言葉に、シオが満足そうに殻を揺らした。


 画面から顔を上げると、写真の中では小さく収まっていた谷が、また視界いっぱいに広がる。

 乾いた風に吹かれながら、誰からともなく足を止め、しばらく眼下の川を眺めた。


 帰りの遊歩道へ向かいかけたところで、俺は一度だけ振り返る。

 あれだけ怖かった崖よりも、その向こうにある川の形の方が、今度は先に目に入った。


 「なんか旅行してるかんじがする」

 

 『りょうと りょこう たのしい』


 今は桐野の頭の上に鎮座するシオが聞いていたのか、シオは言葉を俺に向けて飛ばすと、盛大に光の屑をまき散らしていた。


 

 ◇



 次に向かったのは、ページ近郊のアンテロープキャニオンだった。


 予約を確認し、ナバホのガイドと合流する。

 地上から見ただけでは、赤い地面に細長い亀裂が入っているようにしか見えない。

 

 「でもなんか、見たことはあるんですよね。何かの写真かな?」


 「ナショナルジオグラフィックにも載ってるから、それかも。私も写真を見てから来たかったんだー」


 ガイドに続き、金属製の階段を下りる。

 入口は狭く、体を横へ向けなければ通りにくい場所もあった。


 下まで行くと、景色が一変した。


 両側の砂岩は、布を何枚も重ねたように波打っている。

 細い空から差し込む光を受け、橙色だった壁が、見る角度によって赤や紫へ変わった。


 ガイドは、鉄砲水と長い時間をかけた侵食が、この形を作ったのだと説明した。


 俺も近くの壁へ鑑定を使う。


 ――――――――――――――――――――

 対象:ナバホ砂岩の侵食壁

 分類:自然由来

 状態:長期侵食

 備考:接触・採取禁止

 ――――――――――――――――――――


 当然ながら、ここにあるのは持ち帰っていい資源ではない。

 表示を閉じると、桐野がすぐ隣まで来ていた。


 「真壁さん、ここで撮ろう」


 またシオがスマホを構える。

 俺が壁際へ立つと、桐野は肩が触れるほど近くへ寄ってきた。


 「ちょっと近くないですか?」


 「何言ってんの。記念撮影ってこんなもんでしょ」


 桐野はそう言いながら、少しだけ顔を反対へ向けた。

 赤い岩からの照り返しかもしれないが、頬まで赤く見える。


 シャッター音が鳴った。

 振り向くと、シオは自分のスマホだけでなく、桐野と俺、それになぜか名取のスマホまで触手で持っていた。


 『たて よこ りょうほう』


 「いつの間に私のまで持ってきたの?」


 名取が笑う。

 シオは4台を順番に前へ出し、縦向き、横向き、少し下からと、器用に角度を変えていく。


 俺と桐野。

 そこへシオが加わった3人。

 名取とシオ。

 最後は支援チームの女性も呼び、全員で並んだ。


 前半の運転でげっそりしていた支援チームの女性も、いつの間にか自分から撮影場所を探している。


 「こっちの方が光がきれいに入ります」


 ガイドの説明を聞きながら狭い谷を進み、何度も足を止めた。



 ◇



 地上へ戻った時には、全員のスマホに似たようで少しずつ違う写真が増えていた。

 色んな写真をそれぞれ見比べてみたり、もっとこういう感じで撮ればよかったよね、などと女性陣とシオがかしましく、メッセージを併用して騒ぎ立てていた。

 

 「こういう旅行はほんと久しぶり…修学旅行以来??」


 俺は誰にも聞かれること無く小声で独り言ちる。

 三流大学を出て、就職してからずっとこういう光景は俺の人生に無かったと思う。


 「ありがとな。桐野…」


 

 ◇

 

 

 アンテロープキャニオンを出たあとは、約束どおり俺が運転席へ座った。

 桐野が助手席、名取と支援チームの女性が後部座席に戻る。


 「真壁さん、もう少し出しても大丈夫だよ?」


 「……これが普通です」


 「行きの方が楽しかったのに」


 「何言ってんですか。交通ルールは順守、です」


 俺はそう言うと、時折道路の端に設置してある速度上限の交通標識をチラリと確認する。


 「この道路は65マイル制限ですから」


 「護衛の立場としては安全運転助かります!」


 名取は後部座席から声をかける。

 そしてシオは俺の肩ではなく、後部座席の中央に座っていた。

 4台のスマホから写真を集め、自分のスマホに保存しているらしい。


 「楽しかったねー。シオちゃん、この写真も送って」


 名取が画面を横から覗き込む。


 「アンテロープキャニオンは、写真で見るのと全然違いましたね。あの光は実際に中へ入らないと分かりません」


 支援チームの女性まで、少し興奮した声で会話へ加わっていた。

 桐野も助手席から振り返り、気に入った写真について話している。


 俺は前を向いたまま、その声を聞いていた。


 予定に追われ、事件に巻き込まれるだけではない。

 こういう時間も、案外悪くない。


 窓の外から緑が減り、赤茶色の大地と低い岩山が目立つようになった。

 やがて道路脇に、カイエンタの町へ入ったことを示す看板が見える。


 モニュメントバレーまでは、ここからまだ少し北だ。


 「このまま目的地へ行くんですか?」


 「その前に、ここで参加者の手続きがあります」


 支援チームの女性が業務用タブレットを確認しながら答えた。


 「世界鑑定学会の参加者は、身元確認、参加証の発行、持込品の申告、それから現地へ入るための手続きを済ませます」


 「色々って、それですか」


 「はい。真壁さんは確認項目が多いので、少し時間がかかるかもしれません」


 さっきまでの旅行気分が、急に遠ざかっていく。

 どうやら今日は、観光だけで終わる日ではなかったらしい。

【新作のお知らせ】

新作『人間嫌いのハイエルフ、父になる』の連載を開始しました!

※ハイファンタジーです。要注意!


人間を嫌っていた長命種のハイエルフが、ひょんなことから人間の赤ちゃんを拾い、慣れない子育てに奮闘するお話です。

本人はあくまで一時的に保護しているだけのつもりですが、周囲から見ると、どう見ても父親になりつつあります。


本作とはまた少し違った、ほのぼのとした子育てファンタジーになっています。

楽しんでいただけましたら嬉しいです!

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