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【書籍化&コミカライズ決定】会社をクビになった俺、深夜ダンジョンでゴミ拾いしてたら【鑑定】が覚醒して配信界のトップになった  作者: 小狐


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モニュメントバレーまで(前編)

 首筋を、柔らかい何かが撫でている。


 虫だろうか。

 そう思って手で払うと、今度は反対側から触られた。


 しかも、脇にも何かが入り込んでくる。


 「んっ……なんだ?」


 くすぐったさに耐えきれず目を開ける。

 視界のほとんどを、朝日に照らされた青白い殻が塞いでいた。


 俺の頭の上に乗ったシオが、こちらを覗き込んでいる。

 首筋と脇をくすぐっていたのは、シオの触手だった。


 「何やってんだ?」


 『あさだから おきろ』


 「起こしてたのか。もっとまともな起こし方はないのか?」


 シオは触手を引っ込めると、得意そうに殻を揺らした。


 『しえるから いいほうほうだと おしえられた』


 「あいつ……」


 昨日、目覚ましを止めた件で何か吹き込まれたらしい。

 成功したと判断したシオは俺の頭から枕へ下り、満足そうに丸くなった。


 カーテンを開けると、窓の外には白っぽい朝の光が広がっている。

 だが、暖房の効いた部屋から一歩も出ていないのに、窓際へ近づくだけで冷気を感じた。


 高地の朝は思った以上に冷える。


 俺は熱めのシャワーで眠気を飛ばし、上着まで着込んだ。

 洗面所から戻ると、ベッドの上に置いたスマホが震える。


 桐野からのメッセージだった。


 『起きてる? 朝ごはん行こう』


 返事を打とうとしたところで、シオの触手が横から伸びてきた。

 スマホを持ち上げ、慣れた動きで画面を操作する。


 『しおが ちゃんとおこした』


 送信して、数秒。


 『シオちゃんえらい!』


 すぐに返事が届いた。


 『にんむ かんりょう』


 シオは追加でそう打ち込み、俺へスマホを返してくる。


 「任務だったのか、それ」


 初めの頃は文字を打つだけでも時間がかかっていた。

 今では画面のロックを外し、相手を選び、自分から報告までしている。


 成長しているのは間違いない。

 教わる内容の選び方だけは、少し考えてほしいが。



 ◇



 受付棟へ行くと、桐野たちはすでに朝食を取っていた。

 俺も皿へパンと卵料理を載せ、空いている席へ座る。


 「おはよう、真壁さん。よく起きられたね」


 「誰かさんがシオへ余計な方法を教えたおかげで」


 「効果あったでしょ?」


 「ありましたけど、明日からは普通に声をかけてください」


 桐野は返事をせず、シオへ親指を立てた。

 シオも触手の先を曲げて、それらしい形を返している。


 朝から元気だな…。

 一方の俺はというと、昨日のトレッキングの疲れが残っている。

 椅子から立つたびに脚が重かった。


 「それで、今日はページまで移動するんですよね?」


 「うん。ここから南にある町。途中じゃなくて、ページに着いてから2か所観光して、夕方にはモニュメントバレーの手前まで行く予定」


 「観光はどこへ行くんです?」


 「ここ!」


 桐野がスマホを取り出し、保存していた写真を見せてくる。


 最初に表示されたのは、巨大な谷だった。

 緑色の川が赤い大地を深く削り、馬の蹄のような形で大きく曲がっている。


 次の写真には、赤や橙色の岩壁が映っていた。

 細い通路の両側で滑らかな岩が波打ち、上から差す光まで色づいて見える。


 「ホースシューベンドと、アンテロープキャニオン。ここ、ずっと来てみたかったんだぁ」


 どちらも、俺が普段なら自分から調べることのない場所だ。

 それでも写真を見るだけで、少し実物を見たくなった。


 朝食を終えて駐車場へ出ると、桐野が1台の4WDの横で手招きした。


 「真壁さんって、車を運転するの?」


 「免許は持ってますよ。今回の渡航前に国際運転免許証も念のためと言われて取りました。ただ、最近はほとんど運転してないですけど」


 「じゃあ、最初は私が運転するから、後半は真壁さんね」


 「は?」


 問い返した時には、桐野は左側の運転席へ乗り込んでいた。



 ◇



 俺が助手席へ座り、後部座席には名取と支援チームの女性が乗る。

 警護車両が前後についたのを確認して、桐野はエンジンをかけた。


 「じゃあ行くよ! レッツゴー!」


 4WDが駐車場から走り出す。


 「こうやってアメリカの大地を運転してみたかったんだよね」


 「意外ですね。桐野さんなら、もう何度も運転してると思ってました」


 「実はアメリカに来るの、今回が初めてなの。普段は日本とヨーロッパの往復がほとんどだから」


 「へぇ……そっちの往復もなんか桐野さんっぽさありますけど。じゃあ、安全運転でお願いしますね?」


 「もちろん!」


 返事だけは頼もしかった。


 しばらくして、桐野は舗装された道から少し逸れて脇道へ入った。

 車の下で細かい石が弾け、窓の外を針葉樹が流れていく。


 道は細く、曲がりくねっている。

 前の車両が土埃を巻き上げるたびに、その向こうが見えなくなった。


 「な、なんで、こんな荒れた道を選んだんです?」


 場所によっては、森というよりジャングルの中を走っているように見える。


 「楽しそうだから」


 桐野は迷いなく答えた。


 その時、頭上で風を切る音がした。

 いつの間にかサンルーフが開き、シオがそこから身を乗り出している。

 下半分は触手で座席へ固定し、もう1本でスマホを構えていた。


 『しえる もっととばして』


 「シオ、何言ってんだ。これ以上飛ばすと危ないだろ」


 「シオちゃんのリクエストだからね! 飛ばすわよー!」


 「応えなくていいです!」


 見通しの利く直線へ出た途端、エンジン音が高くなる。

 速度そのものより、路面の凹凸がひどい。


 車体が跳ねるたびに体が座席から浮き、シートベルトに引き戻された。


 後ろを見ると、支援チームの女性は天井の把手を両手で握っている。

 その隣で、名取は声を上げて笑っていた。


 シオも風を正面から受け、殻を輝かせている。

 楽しんでいないのは、俺と支援チームの女性だけだった。


 それから約1時間。


 4WDがようやく平らなハイウェイ89へ合流した。

 シオが車内へ戻り、サンルーフが閉じる。


 「死ぬかと思った……」


 『もっと のりたかった』


 「……十分乗っただろ」


 「私、もう1周いけるよ」


 名取が元気よく手を挙げる。

 支援チームの女性は乱れた髪を直す気力もないらしく、窓の外を見たまま動かなかった。

【新作のお知らせ】

新作『人間嫌いのハイエルフ、父になる』の連載を開始しました!

※ハイファンタジーです。要注意!


人間を嫌っていた長命種のハイエルフが、ひょんなことから人間の赤ちゃんを拾い、慣れない子育てに奮闘するお話です。

本人はあくまで一時的に保護しているだけのつもりですが、周囲から見ると、どう見ても父親になりつつあります。


本作とはまた少し違った、ほのぼのとした子育てファンタジーになっています。

楽しんでいただけましたら嬉しいです!

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