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【書籍化&コミカライズ決定】会社をクビになった俺、深夜ダンジョンでゴミ拾いしてたら【鑑定】が覚醒して配信界のトップになった  作者: 小狐


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ブライスキャニオンの星空(後編)

 歩き始めて1時間ほど経ったところで、道の脇にある広い場所で休憩を取った。


 俺が水筒を出している間に、シオはいつの間にか名取のところへ移動している。

 そして名取の手元にあるスマホを、桐野も横から覗き込んでいる。


 「何を見てるんですか?」


 「シオちゃんの大作」


 嫌な予感がして、そちらへ近づいた。


 画面には、坂を下りる俺の後ろ姿が映っている。

 次の映像では、俺が上着を脱いでいる。

 その次は、水を飲んでいる顔のアップだった。


 「なんで俺ばかり撮ってるんだ」


 『りょう しゅじんこう』


 「主人公もいいが、景色を撮ってくれよ」


 『りょうも けしき』


 「俺も景色とかうまいこと言った顔をするな」


 桐野は声を抑えきれずに笑っていた。

 名取は画面を見たまま、笑いをこらえていた。


 「名取さん、それ消してください」


 「シオの著作物ですので、本人の許可が必要です」


 「護衛として守る範囲に、俺のプライバシーも入れてください」


 「生命の安全を最優先しています」


 俺のプライバシーはどうやら優先順位が低いみたいだ。


 シオが撮った映像は、桐野のスマホにも送られた。

 あっという間の出来事で止める間もなかった。


 「これ、入院中に欲しかったなあ」


 桐野は画面を見ながら、何気ない調子で言った。

 笑いかけたまま、俺は口を閉じた。

 桐野はすぐにスマホをポケットへ入れる。


 「変な意味じゃないって。暇だったから、真壁さんの事故配信ばっかり見てたのよ」


 「………WEG東京は事故配信じゃないし…」


 『ないす じょーく』


 「ジョークちゃうわいっ! あれは真面目にやった成果というか…」


 「真壁さん、真面目に事故配信しちゃうんですね!!」


 「面白かったよ。毎回、今日は何をやらかすんだろうって」


 「やらかしてません。むしろ競技に貢献したことだってあります」


 「あー聞いたわよ? ダンジョンコアへ勝手に接続したって話」


 「……桐野さん知ってるんですか?」


 「うん。結構有名よ? だから今回鑑定学会に呼ばれたんじゃないの??」


 よく考えるまでもなくあの件が漏れるのも時間の問題だろうな、と思い直す。

 何せ色んなステークホルダーの方々が目撃したのだから。


 そして休憩を終え、また坂を下る。

 桐野は先ほどと同じ速さで歩いていた。


 俺はその背中を必死に追いながら、桐野の歩き方に違和感がないか無意識に見ていた。



 ◇



 谷の底を過ぎると、当然ながら上りになった。


 つづら折りの道が岩壁の間を抜け、見上げるほど高い位置まで続いている。

 下りてきた時には考えないようにしていたが、最後に全部上り返す必要がある。


 「……これを上るんですか」


 「ほかに帰る道ないけど」


 「乗り物とかは?」


 「もちろんないよ」


 桐野が楽しそうに答えた。


 シオはこの旅のために特注した専用ポーチに収まり、俺の胸元から進行方向を撮影している。

 自分は歩かないので、とても元気だった。


 最初の数回は会話をしながら上がれた。

 そのうち返事が短くなり、最後は桐野が何か言っても手を上げるだけになった。


 「休む?」


 「まだ……大丈夫です」


 「その返事、探索者が言うと大体大丈夫じゃない時の合図よ」


 「俺は……探索者じゃないので………大丈夫です…はぁ、はぁ…」


 「どういう理屈?」


 桐野は呆れて苦笑いを浮かべた。


 そして少し先の曲がり角で、桐野が足を止めた。

 後続の邪魔にならない場所へ寄り、水筒を差し出してくる。


 「ほら。休憩」


 「桐野さんは……平気なんですか?」


 「平気。ってかこの程度で息あげてるようじゃ、探索者やってられないわ」


 桐野は水筒の蓋を閉め、岩壁に背を預けた。

 その時だけ、右脇腹の辺りへ手が動いた。

 服の裾を直すような、短い動きだった。


 俺が見ていると、桐野は手を離した。


 「痛むんですか?」


 「…痛くない」


 「今、触ってましたよね」


 「傷はもうないけど、たまに手が行くだけ。長く入院してたから癖になってるの」


 「本当に?」


 「真壁さん」


 呼ばれて、黙った。

 桐野は水筒を腰のホルダーへ戻す。


 「あの時、私が勝手にやったことだから。会うたびに申し訳なさそうにされる方が困るわ」


 「でも、俺を庇ったせいで」


 「庇わなかったら、真壁さん死んでたでしょ」


 言葉を返せなかった。


 「だから庇った。それでみんなが助けてくれて、私は今ここにいる。終わり」


 「終わりって……」


 「終わりにして。……少なくとも旅行中は」


 桐野はそう言って、また坂を上り始めた。

 数歩進んだところで振り返る。


 「ほら、行くわよ」


 「休憩は?」


 「私は終わった」


 「勝手すぎません?」


 「早く来て」


 結局、俺は追いかけるしかなかった。


 最後の坂を上り切った時には、足より先に呼吸が限界だった。

 視線の先には、朝とは違う角度から岩柱の群れが広がっている。


 桐野は先に着き、こちらへスマホを向けていた。


 「真壁さん、下って、登って、登頂おめでとう」


 「……撮らないで……ください…はぁ…はぁ」


 「シオちゃんから、撮影許可はもらってる」


 「俺からも……取ってくださいよ…」


 『りょう がんばった』


 シオは胸元からこちらを見上げた。

 名取が少し遅れて上がってきた警護担当へ連絡を入れ、全員の到着を確認した。


 その横で、桐野はまだ笑っている。

 少なくとも2時間近く歩いた姿を見る限り、今にも倒れるような状態ではない。


 俺は水を飲み、もう一度だけ桐野の立ち方を確認した。

 桐野は気づいていたはずだが、今度は何も言わなかった。



 ◇



 トレッキングを終えたあとも観光は続き、電動アシスト自転車を借りて、園内の舗装された共用道をのんびり走った。

 昼は指定されたピクニックエリアでバーベキューをし、午後は自転車を置いて、朝とは別の展望地をいくつか歩いた。

 結局、ブライスキャニオンを出たのは夕方だった。


 リゾートへ戻った頃には、ちょうど夕食の時間になっていた。


 受付棟で食事を済ませ、部屋へ戻った俺は、そのままベッドへ倒れた。

 シオは疲れていないので、枕元で朝から撮った映像を見返している。


 『りょう おそい』


 「撮影者は歩いてないからな」


 『しお つかれた』


 「何に?」


 『さつえい』


 「それはお疲れさま」


 しばらく横になるつもりが、目を開けると外は暗くなりかけていた。

 スマホには、桐野からメッセージが届いている。


 『19時、外に集合。上着忘れないで』


 今日の予定は終わったと思っていた。


 重くなった足を動かし、もう一度防寒着を着る。


 外へ出ると、リゾートの通路照明が必要最低限まで落とされていた。

 宿泊用ドームから漏れる光も、カーテンで遮られている。


 桐野は受付棟から少し離れた場所に、折り畳み椅子を並べていた。

 足元を照らすのは、警護担当が持つ赤い灯りだけだ。


 「ここまで暗くするんですね」


 「星を見る場所だからね。明るいと台無しでしょ」


 「警備の人は困りません?」


 名取を見ると、暗視装備らしいものを装着していた。


 「問題ありません」


 「準備がいいですね」


 「真壁さんの周囲は、暗い場所の方が警戒項目が減ります」


 どういう意味だ。

 聞くと余計な説明が返ってきそうなので、椅子へ座った。


 目が暗さに慣れるまで、空には明るい星しか見えなかった。

 数分待つと、その間を埋めるように小さな光が増えていく。


 ガラスドームから見た時より、ずっと多い。

 空の一部が白く霞んで見えるほど星が集まり、端から端まで薄い帯になって続いていた。


 『ほし いっぱい』


 シオが俺の膝の上で、殻を大きく開いた。

 縁の光がいつもより明るくなる。


 「シオ、今日は少し暗くできるか?」


 『なぜ』


 「シオが明るいと、星が見えにくくなる」


 『しお ほしに まけた』


 「いくらシオでも宇宙相手に勝てないさ」


 殻の光が、ゆっくり弱くなった。

 完全には消えず、膝の上だけを淡く照らしている。


 桐野が隣の椅子に座った。


 「これが見たくて、ここ選んだのよ」


 「桐野さんが宿を決めたんですか?」


 「候補を出したのは私。あとは、そっちとこっちの警備が勝手に話を大きくした」


 少し離れたところで、日英双方の担当者が同時に視線を逸らせた。

 聞こえないふりをしているらしい。


 「普通のホテルじゃ駄目だったんですか?」


 「入院中、ずっと天井ばっかり見てたからね。次に泊まるなら、屋根がない場所がよかったの」


 桐野は背もたれへ体を預け、上を向いた。


 「それに、次に真壁さんと会うのが病室っていうのも嫌だったし」


 「俺、そんなに入院しそうですか」


 「そっちじゃない」


 「違うんですか」


 「私がよ」


 「ああ……」


 また余計なことを言った。

 桐野は気にした様子もなく、スマホの星座アプリを開いた。

 画面を空へ向け、表示される線と星を見比べている。


 「たぶん、あれが夏の大三角」


 「10月ですけど」


 「秋でも見えるの」


 「昨日調べたんですか?」


 「今日は朝に調べた」


 「意外と新しい知識だった…」


 『しえる べんきょう』


 「そうよ。真壁さんと違って勉強してるの」


 「シオ、その話を広げなくていい」


 『りょう ふべんきょう』


 アメリカへ来てから何度目だろう。


 しばらく、誰も話さなかった。


 風が通るたびに低い草が擦れ、少し遅れて上着の隙間へ冷気が入る。

 遠くで何かの鳴き声がしたが、姿は見えない。


 シオはスマホを空へ向けていた。

 画面には黒い画像しか映っていない。


 『とれない』


 「星は撮るの難しいからな」


 『しお みる』


 「その方がいい」


 シオはスマホを膝へ置き、殻ごと上を向いた。


 桐野も黙ったまま星を見ている。

 俺は隣にいることを確認してから、同じように空を見上げた。


 旅行中は終わりにしてほしい。

 昼間に言われた言葉は、まだ頭の片隅に残っている。


 謝るのをやめたからといって、忘れられるわけではない。

 ただ、今ここで元気にしている桐野へ、病室の話ばかりするのも違うのだろう。


 「……なんか動いている星があるような…」


 俺は満点に輝く星々の中で、ゆっくり動く星があることに気付く。


 「あれは…多分人工衛星じゃない?」


 「え? 人工衛星って見えるんですか??」


 「普段は見えないけど、こういう場所だと見えるらしいわ。あ、ほら! あそこもそうじゃない?」


 「……あ、ほんとだ。あれ? じゃあその上に連星みたいなのもそうですか?」


 「うわっ! すご…8つくらい連なって移動してる…」


 「こうしてみると、人工衛星ってめっちゃくちゃ多いんですね」


 「あれがあるから人間は文明の恩恵にあずかれているのね」


 「凄い時代に生きてます…ほんとに」


 そして俺たちは無言になって星を眺めていた。

 東京では見たことのない夜空に満天の星が瞬き、そして輝く。

 夜空を埋め尽くすほどの星たちにただただ、無言で見続けていた。


 「あっ!」

 

 「流れ星!!」


 『よぞらに ながれる ながれぼし』


 2人と1体は満点の夜空に、いきなり出現した赤い線を遺した流れ星に目を奪われていた。


 「うわぁ…俺、流れ星初めて見ました。あんなに大きく、そして一瞬で通り過ぎるんだ…」


 「私は何回かあるけど、あんなに綺麗に流れ星見たのは初めてだなぁ」


 『しおは はじめて』


 それから何度か流れ星を見る度に2人と1体は騒ぎ立てる。

 そして無言になって夜空を見るを繰り返していた。 


 「気が付いたら数時間経ってました」


 「恐るべし、星空、ね」


 『しお おほしさま すき』


 「シオも気に入ってくれたなら俺も嬉しいよ」


 「毎日こんな素敵な星空見られたら素敵だよね」


 俺は満天の星空に心を奪われつつも、桐野の毎日、という言葉に明日のことを少しだけ考えた。


 「そう言えば桐野さん」


 「なに?」


 「明日は、何時ですか」


 桐野がこちらを向いた。


 「今、それ聞く?」


 「それも大事なので」


 「7時出発。ページまで行くよ」


 「そこまで何時間かかるんですか」


 「うーん…3時間くらい? 途中で寄りたい場所が2つあるの」


 桐野はスマホの予定表をこちらへ向けた。

 朝の欄から、すでに細かい予定が並んでいる。


 「これ、観光ですよね?」


 「もちろん!」


 桐野は一度、画面へ目を落とした。


 「たぶん?」


 最後の一言が気になった。

 俺が予定表を詳しく見ようとすると、桐野はスマホを引っ込めてしまう。


 「今日は星を見る日。明日の話は明日!」


 「集合時間だけは変えないでくださいよ」


 「起きなかったら、またシオちゃんのアラームを鳴らすから」


 膝の上で、シオの殻が楽しそうに揺れた。


 俺は星空を見上げながら、明日こそ普通の移動日であってほしいと願った。

 今のところ、その願いが通ったことはあまり……ない。

【新作のお知らせ】

新作『人間嫌いのハイエルフ、父になる』の連載を開始しました!

※ハイファンタジーです。要注意!


人間を嫌っていた長命種のハイエルフが、ひょんなことから人間の赤ちゃんを拾い、慣れない子育てに奮闘するお話です。

本人はあくまで一時的に保護しているだけのつもりですが、周囲から見ると、どう見ても父親になりつつあります。


本作とはまた少し違った、ほのぼのとした子育てファンタジーになっています。

楽しんでいただけましたら嬉しいです!

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