スカイ・クリア・リゾーツ
案内された部屋は、外から見た通り半球型だった。
入口を抜けると、正面に大きなベッドがあり、その向こう側が床から天井まで透明になっている。
この荒野にある峡谷の合間に作られたこの施設は、いくつもの半球型施設が立ち並んでおり、球面の半分が透明のガラス格子状窓になっていて、中々に面白い施設になっていた。
この半球型ドーム施設1つごとに1部屋となっており、俺は「これ普通に宿泊したらいくらするんだ…」と少しだけ費用のことを考えてしまう。
部屋内は小さな冷蔵庫や浴室、暖房もあり、完全にホテルの一室になっていた。
しかしながら、いつものように俺は落ち着かない。
ベッドに座ると、荒野の真ん中へ寝具だけ置かれた気分になる。
「ここで寝るのか……」
『しお すごい』
シオは俺の肩から降り、スマホを構えたまま室内を回り始めた。
ベッドを撮り、天井を撮り、冷蔵庫を撮る。
浴室の入口まで行ったところで、俺は殻を持ち上げた。
「そこは撮らなくていい」
『なぜ』
「なぜでも」
『しお しゅざい』
「取材にも範囲があるんだ」
シオは納得していないようだったが、スマホを天井へ向け直した。
透明な屋根には、夕方の薄い青が残っている。
雲はほとんどない。
もう少し暗くなれば、このままベッドから星が見えるらしい。
俺が荷物を開けている間も、外では警備担当が配置を確認していた。
無線の短い声が壁越しに聞こえ、車のドアが何度か閉まる。
せっかく景色のいい部屋なのに、自分の周囲だけ空港の保安区域のようになっていた。
荷物の中には、支援チームが言っていた防寒着が入っている。
厚手の上着に手袋とニット帽が重なり、その下から見覚えのないトレッキング用の靴まで出てきた。
靴のサイズは合っている。
「本当に、いつ測ったんだ」
『りょう くつ』
「そうだな。俺の靴だな」
『あした あるく』
「明日は、この靴で歩くのか」
その時、シオのスマホへ新しい通知が届いた。
シオはスマホの画面を見せてきた。
桐野からメッセージが届いている。
『明日の話は夕食の時に。今夜は18時半に受付棟集合。遅れたら置いていくから』
着いたばかりなのに、もう次の予定が始まっていた。
◇
夕食は、受付棟に併設されたレストランで取ることになった。
真ん中に大きな暖炉があり、焼いた肉と香辛料の匂いが店内に広がっている。
窓の外はすっかり暗くなり、ガラスに店内の明かりが映っていた。
俺と桐野、シオが同じテーブルにつき、少し離れた席に支援チームと警護担当が分かれて座っている。
休暇のはずなのに、周囲を見ると俺と桐野の関係者がレストランを占有していた。
「真壁さん、アメリカ初日の感想は?」
桐野は大きな皿の肉を切りながら聞いてきた。
「とても移動が長いです」
「ほかには?」
「……ラスベガスの建物が派手でした」
「小学生の感想みたい」
「ほとんど車の中だったんですよ」
「明日はちゃんと外を歩けるから安心して」
その言葉に、俺はナイフを止めた。
「どれくらい歩くんですか?」
「2時間くらいかな。写真撮りながらなら、もう少しかかるかも」
「聞いていた話より長いんですけど」
支援チームから渡された予定表には、ブライスキャニオン視察と書かれていた。
トレッキングという文字は、小さな補足欄にしかなかった気がする。
「大丈夫。初心者でも歩けるコースにしたから」
「桐野さんが言う初心者って、探索者の初心者ですよね?」
「普通の観光客も歩いてるコースよ?」
「俺、レベル1ですよ」
桐野はナイフを皿へ置き、俺をまじまじと見た。
数秒してから、名取の方を見る。
名取は肉を口へ運びかけた姿勢で桐野の視線に気付くと、静かに頷いた。
「知ってたけど、改めて聞くとすごいわね」
「凄いって何がですか」
「その状態で、よく今まで生き残ったなって」
それは本当に俺もそう思う。
シオの前には、魔石を細かく砕いて魔力水へ混ぜた食事が置かれていた。
一口味わったシオが、殻を小さく左右へ振る。
『うすい』
「今日の食事は薄味か。シオの健康とか考えて研究所の人が献立作ってるみたいだが…」
『こいあじ』
「シオちゃん今日の食事は気に入らないの?」
「どうも濃い味がいいらしいです。まぁいつものことですけど」
俺が伝えると、桐野が自分の皿を少し持ち上げた。
「こっちは味濃いよ?」
「シオは人間の料理を受け付けませんよ」
「あ、そうだった」
桐野は笑いながら皿を戻す。
シオは専用スマホを操作した。
すぐに桐野のスマホへメッセージが届く。
『しおも こいあじ』
「自分の料理も濃くしてほしいってこと?」
シオが殻を上下へ揺らす。
「人間用の調味料は使えませんが、専用食の配合なら研究所へ伝えておきます」
食事管理を担当する職員が、離れた席から答えた。
食事を終えるころには、移動中の疲れが一気に出てきていた。
暖炉の熱もあって、座ったまま眠れそうだ。
桐野は食後の飲み物を手にしながら、明日の予定をスマホへ表示した。
「朝6時半にここ集合。車で公園まで行って、最初に日の出を見る。そのあと下へ降りるコースね」
「日の出を見るのに、そこまで早く出るんですか?」
「むしろ遅い方だけど?」
「……じゃあそれで。でも病み上がりなんですから、桐野さんも無理しないでくださいよ」
「もう病み上がり扱い禁止」
桐野はカップを置き、俺を見る。
「明日ちゃんと歩くところを見たら、真壁さんも納得するでしょ」
「一日歩けたからって、もう大丈夫だという証明にはならないでしょう」
「退院してから何度も検査を受けたし、リハビリも終わってる。医師から運動の許可も出てるわ」
「なら、どうしてわざわざ俺の前で証明するんですか」
桐野はしばらく黙っていた。
「真壁さん、私を見るたびに、あの時の怪我を思い出してるでしょ」
「……別に、そんなことは」
「じゃあ明日、私が少し歩くのを遅らせても、止まれって言わない?」
「それは止めます」
「ほら」
桐野は呆れたように笑った。
「心配するなとは言わないけど、旅行中まで申し訳なさそうに見られるのは嫌なの。私が無理だと思ったら、自分から言う。痛みも隠さない。それならいい?」
「本当に自分から言いますか?」
「言うわよ。名取さんも一緒なんだから、隠したってすぐばれるし」
少し離れた席で、名取がこちらへ親指を立てた。
会話を聞いていたらしい。
「分かりました。痛みが出るか、息が苦しくなったら、その時点で引き返します」
「真壁さんもね」
「俺も?」
「レベル1で、普段ほとんど山を歩かない人が何言ってるの。明日は標高も高いんだから、むしろ心配なのは真壁さんの方よ」
桐野はスマホの行程表をこちらへ向け、途中の休憩地点を二か所示した。
「日の出を見たあと、最初は短いコースを歩きます。そこで真壁さんの様子を見て、続けるか決める。これなら文句ないでしょ」
俺の体力まで確認される予定にいつの間にか変更になっていた。
「……分かりました。お互い、無理だと思ったら引き返す。それでお願いします」
「交渉成立ね」
桐野は満足そうに食後のカップを持ち上げた。
◇
部屋へ戻ると、ガラスの天井に星が出始めていた。
東京で見るより数が多い。
シオはベッドの上へスマホを置き、何かを操作している。
「何してるんだ?」
『あらーむ』
画面には、午前5時45分と表示されていた。
「早すぎないか」
『しお おきる』
「俺が起こすんだろ」
シオは返事をせず、枕の真ん中へ移動した。
初めての海外旅行で、初めてのガラスドーム。
せめて少しくらいは夜更かしして景色を眺めたかった。
その横で、シオはもう殻に引っ込んでいた。
俺も諦めて照明を落とす。
するとすぐに桐野から新しいメッセージが届いた。
『寝坊したらドームごと起こすから』
………どうやって?
何となくだが聞かない方がいい気がして、俺はスマホを伏せた。
【新作のお知らせ】
新作『人間嫌いのハイエルフ、父になる』の連載を開始しました!
※ハイファンタジーです。要注意!
人間を嫌っていた長命種のハイエルフが、ひょんなことから人間の赤ちゃんを拾い、慣れない子育てに奮闘するお話です。
本人はあくまで一時的に保護しているだけのつもりですが、周囲から見ると、どう見ても父親になりつつあります。
本作とはまた少し違った、ほのぼのとした子育てファンタジーになっています。
楽しんでいただけましたら嬉しいです!




